第49話 炎の剣聖 灼熱のランディ

 「タイローだと。貴様が? 容姿が違うぞ」

 「容姿? ん、私を知っている?・・・なぜですか? 私はあなたとは会ったことがない」

 「み、見たことがあるのだ」 

 「そうですか。どこで見たのでしょうかね。気になりますね」


 タイローは、王様の服を好まない。

 服は戦闘服が基本。特に戦場に出る際は、舞踏家の衣装になっていた。

 身軽な軽装を基準として、動きやすさだけを重視した物。

 それと、彼は髪も短くして、短髪になって雰囲気が変わっていたのだ。

 

 ノインがその容姿の変化を知っている理由は、ナボルであるからだ。

 幼い頃からナボルに所属させられてしまったのがタイロー。

 だからこそ、よく知っている。


 「私としてはあなたを倒すのが一番であると思います。ですがそれは不可能だ。という事で、時間を稼がせてもらいましょう」

 「なに?」

 「行きます!」


 タイローが光のように速い。

 遠くの位置から一瞬で詰め寄り、顔面狙いの拳も速い。


 「あ、ありえん。なに」

 「くっ。この正拳を躱しますか・・・素晴らしいですね」


 ここから、タイローの猛攻を防ぐだけになるノインであった。


 ◇


 「死になさい。ミシェル」

 「はあああああああ」


 最後のチャンス。大振りになっているアスターネの隙をついた一撃。

 倒れている状態でも、ミシェルは槍を突き出した。

 でもその槍は無残にも空を切る。

 右の目が完全に見えていなかった。

 だから、アスターネを捉えることが出来なかった。


 「危ないわね。まだ諦めてなかったのね。でも、これで終わりよ」


 アスターネの刃は振り下ろされた。


 「それはちょっと待ってくれ。お嬢ちゃん」

 「え!?」


 アスターネの曲剣が簡単に止まる。

 押しても、力を入れる所を変えても、自分の剣がミシェルの手前で止まる。

 アスターネは、この戦場には居なかった男性の声を聞いた。


 「いや、あなたが、麗しいミシェルさんでいいのかな。特徴がそうなはずだ」

 「あ。は、はい。あなたは・・・どなたで」


 片方の目で見ても、見たことがない男性。

 真っ赤に燃えたような髪に、赤い瞳を持つ男性が目の前にいる。


 「俺は、ランディ。ランディ・バードだ。ラーゼの獅子の一人だな」

 「・・・ん? ら、ラーゼの獅子ですか。あ、あなたが・・」 

 「ええ。そうですよ。ではまずはこの戦場。俺に任せてくれ。立て直しに入らないと、全滅ルートだからな。ここ!」


 ランディは、指を辺りに回した。帝国側に最悪な戦況。

 周りの兵士たちがやられていたのだ。

 ミシェルとマサムネの負傷。

 リアリスの指示が飛ばなくなったことで、全体が押されていた。


 「それじゃあ。ラーゼの獅子よ。王国兵を蹴散らせ! 出てこい」

 「「おおおおお」」


 ランディの合図とともに、後ろから三千の兵が出現した。

 味方は一万と少し、敵兵は二万程。

 戦力差のある場所に、彼ら三千が援軍としてやって来た。

 量は少ない。しかし、質が違う。

 太陽の戦士に近しい者たちの実力が発揮される時が来た。


 「その数で何をするのよ。少ないわ」


 ランディの前にいるアスターネが聞いた。


 「ああ、お嬢ちゃんは、俺たちの事を知らないのか」

 「お嬢ちゃんですって!? そんな小娘じゃないわ」

 「悪いな。俺にはあんたが、若く見えてな。まあ、それはいいや。そんで、嬢ちゃんが俺たちの事を知らないのは良くないぜ。俺たちは、太陽の戦士とは違った形になった。戦士・・・ラーゼの獅子だ。俺たちは止まらないぜ。たとえ相手が屈強な王国兵でもな!」


 ランディの言った通りの展開となる。

 数の違いをもろともしない。

 圧倒的優勢だった王国軍が、ラーゼの獅子たちの初撃を止められず、次々と押し込まれる形となる。


 「なに!? あ、ありえない」

 「それじゃあ、あんたらもここを引かないと、逃げるタイミングを失うぜ。いいのかな」

 「え?」


 アスターネが周りを確認して首を振り続ける。

 自分たちの支配域が狭まっているのを感じた。


 「まずい・・このままじゃ」

 「そうだぜ。このままじゃ、あんたとあっちにいるおっさんは、二人ぼっちになっちまうぞ。まあ、そうさせるように俺の王が、時間稼ぎをしてんだけどさ」

 

 倒すのが難しい事は一目でわかった。

 だけど封じ込めるのは出来る。

 そう考えたタイローは、ノインとの戦闘を長引かせていた。


 「それと、あんたが逃げ腰じゃないのなら、俺が斬り伏せてもいい。いくぜ」

 「な!?」


 ランディが一直線に向かってくる。

 アスターネは曲剣で対抗しようと、剣を前に出した。

 何もたくらみのない真っ直ぐな剣。

 特徴も癖も何もない。素直な一撃が頭上に降り注いだ。


 「ぐっ。お、重い! なんて重たい一撃なの」

 「へえ、お嬢ちゃん。なかなかやるぅ」

 

 軽い言葉に対して、ランディの一撃は重たい。

 押し切るようにして、剣が動いてくる。


 「は、離れろ。この」

 

 アスターネが前蹴りを出すと、当たる寸前ランディが自分で後ろに下がった。


 「おっと。じゃじゃ馬だな・・・よし。んじゃこれはどうよ」


 突進からの斬りかかり。

 連撃ではなく、一刀に力を込める戦闘スタイルがランディである。


 「こ、この男・・・いちいち攻撃が重たい」

 「悪いな。俺って、あんたにとっては重い男みたいでさ。でもこの愛、君に届けてみせようか」

 「・・・な、何言ってんのよ。この男!」

 「重たい男の告白一撃だぞっと」


 ランディ・バード。

 ラーゼの獅子の実質の長。形式的にはタイローが長。

 

 彼らは、太陽の戦士となれる器を持つラーゼの民である。

 太陽の人を信仰していたのが、過去のラーゼの民。ロベルトの民だ。

 しかし、彼らはその思いを継承してはいるが、太陽の人を信仰することを選択しなかった。

 彼らは太陽の人の願いを受け入れた。

 

 そう彼らは、太陽の人の友人となることを選択したのである。

 だから、彼らは過去のラーゼの民とは違い、独自の力を発揮し始めた。

 龍舞を基本として、各々が武術を磨いた結果、太陽の戦士とは別の戦士。 

 ラーゼの獅子となった。


 そして、ランディ個人の事だが。

 彼は、のちに剣姫の四天王。

 炎の剣聖 灼熱のランディとなる。


 飄々としていて、口が軽快。

 しかし、彼の攻撃は情熱を持った重たい一撃。

 外面と中身が全く違う男。

 それが真っ赤な思い人ランディ・バードである。

 

 「さあ、どうするのかな。あちらさんも選択肢はないはずだけどな」


 ランディは、タイローの方を見た。


 ◇


 「ほ、本当に・・・貴様はあのタイローなのか」

 「ん? やはり、私の事を知っている人ですか? あのタイローなんて言い方。知り合いのような言い方だ・・・それにあなた、どこか怪我をしてますね。肋骨でしょうか・・・なんとなく動きが悪い」

 

 タイローの龍舞に悪戦苦闘のノイン。

 素手の人物に押されるなど、初めての事だった。


 「ん!? まずいか。戦局が良くない。引くしかない・・・」


 ノインは自分たちの置かれ始めた状況を理解した。

 ラーゼの獅子たちの強襲攻撃で、徐々に引いていた。

 自分とアスターネが敵陣に取り残されるかもしれない。

 

 「下がるぞ。アスターネ」

 「え?」

 「ここは引く」


 ノインが全速力で逃げると、アスターネも同じ動きをした。

 そこで、ランディが聞いて来る。


 「大将! どうする。追うかい?」

 「いいです。ランディ。帝国軍を守る動きをしてください」

 「りょーかい」


 敵の敗走を確認してからタイローは、一番の重傷者であるミシェルの元に向かった。


 ◇


 「ミシェルさん。目を見せてください」

 「は、はい」


 ミシェルは押さえていた右手を外して、タイローに目を見せた。


 「こ、これは・・・深い。ふ、深すぎます」 

 

 ミシェルの右目の傷は予想以上に深かった。

 タイローでも驚きで一瞬止まる。


 「ランディ。医療班はいないですよね」

 「いないですね。速度重視でこちらに来ましたから。山の方面の援軍は、高速移動できる獅子たちだけで来ています」

 「そうですか。まあこうなると・・・ここの大将はミシェルさんですか」

 

 ミシェルは頷いて答える。


 「そうです。私は下がることが出来ません」

 「駄目です。治療をしないといけません。次の方は・・・」

 「こいつだ。リアリスだ」

 

 マサムネが放心状態のリアリスをそばに連れてきた。


 「あ、あたしが。あたしのせいでミシェルが・・・マサムネが・・・」

 「リアリス・・・あなた・・・リアリスしっかりして」


 ミシェルが優しく言っても、リアリスはブツブツ呟いただけで返事をしなかった。


 「駄目だ。ミシェルが代わりに怪我したことがショックだったみたいだ。心が折れちまってる」

 

 マサムネが答えた。

 

 「そうですか。ですが、ここはあなたが重要です・・・失礼します」


 タイローは、リアリスのほっぺたを両手で覆うようにして優しく叩いた。


 「リアリスさん。あなたは、帝国の将です。ここは、仲間の為に動くのですよ。ミシェルさんが傷ついたのがあなたのせいであっても無くても、あなたは仲間の為に動く。それが大切です。より多くの仲間を救わねばなりません。立場があるのです。甘えはいけません」

 「・・・え?・・・あ、あなたは」

 「そうですよ。前を向いて! あなたは、この軍を率いていかないといけません! ミシェルさんの代わりに!」

 「あ、あたしが・・・でも・・・み、ミシェルが・・・あたしのせいで・・」

 

 タイローの優しい呼びかけのおかげで、意識が戻って来ていた。

 リアリスの瞳に色が戻る。


 「リアリス。あなたのせいじゃありません。あれは私が未熟だったのです。私がもっと強ければ、完璧に防ぐことが出来たはずです」

 「・・・あ、ご・・・ごめん。ミシェル・・・あたしのせいで。目が・・・・」

 「いいの。あなたの目が無事であればいいのです。私は槍使い。目はあなたほど重要じゃないです」

 「・・・でも。戦う人にとって・・・目は・・・」

 「でもじゃないのです。あなたが居れば、この軍は帝国を守り切れる。あなたの弓は、それくらい重要ですよ」

 「・・・うん」


 泣きじゃくるリアリスをミシェルは優しく抱きしめた。

 

 「ごめんね。ごめんねミシェル」

 「謝る必要はありませんよ。リアリス」

 

 抱きしめ合う二人をそのままにしてあげて、話は進む。


 「それで、タイローは、ミシェルをどうする気なんだ?」

  

 マサムネが聞いた。


 「ええ。ミシェルさんはこのままラーゼに行ってもらいます。ランディ。数人で部隊編成をして、ミシェルさんを護衛してください。高速でラーゼに向かい研究室へ。最高の医療を彼女に、私の名を使って受けさせてください」

 「はい。わかりましたよ。やっておきます」


 ランディが手配をしている間。

 落ち着いた二人にタイローが話しかける。


 「そこで、リアリスさん。あなたがこの軍の将をやってください。私も参加します。ラーゼの獅子たちが帝国軍を護衛しますので、あの軍をあそこに封じ込めましょう」

 「あ、あたしが・・・」

 「それならば私は安心です。リアリスなら出来ます」


 ミシェルの優しい笑みにリアリスは安心した。

 自分が軍を引き継ぐ決意を固める。


 「封じ込めるだと? 何か策があるのか」


 マサムネが聞いた。


 「はい。おそらくですが。私のもう一つの軍の力で、上手くいってくれれば、あの軍は引いていくでしょう。だから時を待ちましょう。この戦争。出来る限り時間を使った方がいいのでしょ?」


 タイローが取り出したのは作戦書だった。


 「それは・・・フュンの作戦か。タイロー。作戦書・・・お前ももらっていたのか」


 マサムネのみがその存在を知っている。


 「はい。彼からお願いが来ましたよ」

 「お願い?」

 「はい。この作戦書。半分以上がやってくれませんかね。みたいなですね。軽い感じで書いてあるものでしてね。命令じゃなくて、私へのお願いだと思っちゃいましたよ。ハハハ」


 フュンの作戦書にはこう書かれている。

 援軍のタイミングはこちらから。

 ただし、援軍を送るかどうかはタイローさんに一任します。

 注意点を一つ。

 帝国と王国の戦いが始まって、ラーゼ近海の海に敵が出現した場合は要注意。

 援軍は再考してください。

 そして、戦いが始まって10日以上経過しても、敵が出現しないのであれば、ラーゼは安全だと思います。

 一週間経っても来ないなら、大体九割は来ないと見ていいので、その時ご決断をお願いします。

 まあでも、全部判断はお任せします。

 来れたら来ます程度でいいので、無理をしないでくださいね。

 お国の安全が第一ですからね。

 タイローさん。こっちは、なんとかしますから~。


 という軽いお手紙の中にもう一つ作戦プランの説明も書いてあった。

 重要機密事項を別な国に教えるフュンの度量がおかしいのは、タイローでも思う事。

 普通ならば教える事はないのだが、フュンは違う。

 なにせこれは、友人と秘密を共有するだけの感覚であるからだ。

 友を信頼するフュンならではの他国への作戦漏洩とも言える。

 国の重要職を担う人物としては、ある意味怖い。

 でも、それがフュンなのだ。


 「ふっ。フュン、そうか。あいつ、ラーゼにも戦争準備をさせていたのか。別な国まで動かせるのか」

 「ええ。そうですね。でもこれは、是が非でも叶えたいお願いですよ。彼と私。そしてヒルダとサナ。マルクス。私たちは友人ですからね。ええ、友達のお願いを聞いただけだ。私たちにはね。やってみてくれませんか。この一言だけで十分なんですよ。それだけで、私たちはどこへでも駆けつけますよ」


 ただ何も考えず、損得勘定もなく。ただ友人の危機に駆けつけただけ。

 タイローも妻ヒルダと同じ理由で戦場に立つ。

 強力な援軍『ラーゼの獅子』ともう一つの部隊を戦場に呼び込んでいたのだ。

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