第48話 フュン・メイダルフィアのもう一人の盟友
帝国歴531年5月21日。
各戦場が落ち着き、状態が安定したハスラ広域。
船を殲滅することに成功したフーラル川の戦場では、ララとマルンの水軍が、王国側の川岸で待機した。
この意図は、牽制の意味合いでの布陣だった。
なぜなら、彼女らは王国領土に足を踏み入れる事はなく、パルシスに対して圧をかけるだけに留まったのだ。
この戦いで、相手に川を使用させない。
その気迫を感じる王国側は追加の部隊を川には派兵しなかった。
これにて、川からの進軍でハスラを脅かす危険を排除して、残りは山だけとなる。
結果として、王国も帝国もガイナル山脈に集中することになる。
そして、そのガイナル山脈側は、王ネアルが本陣に留まり、東の要所との連携を翌日以降に画策していたのだが、昨夜の伝令兵が途中で帰ってきてすぐに連絡が取れたために、状況が把握できた。
その中身は、ノイン軍の方も敵との交戦をして、少々痛手を負い、防御陣を敷くことにしたとの連絡であった。
だからネアルは、東から援軍は期待できないとして新たな作戦を練り始める。
東との連携ではなく、西の自国領土からの援軍であるとした。
◇
帝国歴531年5月22日。
急遽ルコットに援軍要請を出したネアルは、ゼファー軍を倒す作戦を考える。
武力連携で、力の戦いが出来ない今。
罠に嵌めて相手にペースを握らせない戦い方をしなければ、ゼファーを倒すことが出来ない。
それほどの圧倒的武力だと、ネアル自身頭を悩ませていた。
そして、この頃。
ノインの方では、一つ疑問が浮かぶ。
それが、いつまで経ってもネアルたちからの連絡が来ない事である。
一度目。そして二度目。こちらから連絡してもあちらからの連絡が来ず。
忙しいのかとも思ったが、そうではないと思い始める。
三度目の伝令兵を小隊として送ったのだ。
◇
帝国歴531年5月23日
ノインが、自分たちの置かれている状況を理解する。
それは、ネアル側の伝令兵が自分たちの場所に来てくれたおかげでようやくわかったのだ。
ネアル側が敗走。
そして、そのため連携を取りたいが取れない状況になっているので、そちらはそちらで対処しろとの指示がこちらにすでに出されていること。
そして自分らが伝えようとしていた情報が、相手に若干食い違って伝わっている事。
この三点により、ノインはどこかで情報が途切れたと判断した。
連絡路にした道の途中に、敵が潜伏していたことに気付く。
こちら側のテリトリーになった場所だから油断をしていた。
そして、こんな器用なことが出来るのは、影部隊ではないかと判断したのだ。
こちらの影部隊が、あの時の土砂崩れに消えてしまった事が、ここに来て響くとはノインは思いもしなかった。
しかし、この事実で、気付くのがもう一つ。
この行動の意味は、こちら側の連携を防ぐという意味合いもあるのかもしれないが、それ以上に、帝国軍は、王国軍と出来るだけ戦争をしたくないとの表れではないかと、ノインは考えた。
だから、ここでノインは動く。
「アスターネ。奴らは延長戦を狙っているぞ」
「延長戦? どういうこと??」
「ああ、おそらく、あちらが勝つことを想定して動いている。ネアルの方で勝ち。このまま俺たちを挟撃しようと考えているのだと思う」
「なるほどね。たしかに、ネアル王の場所が奪われると、うちたちが挟み込まれるものね」
「そう。だから、嫌がらせをしてきたのだ。今までの三日間も本格的な攻撃はして来なかった。この俺たちが作った堅い防御陣。これのおかげで無理をしなかったのかと思ったが。そうじゃない。そもそもここを落とす気がなかったんだ」
「そうかもね・・・でもそれなら、どうする。ノイン?」
「ああ、次。明日だ。仕掛けるぞ。反撃で敵を狩り続ける。どうせ奴らは、バラバラにいるんだ。なら各個撃破だ」
「いいわ。やりましょう。でもどうやって?」
「また明日も攻撃が来ると思う。その時、お前が守れ。お前の方が防御が上手いからな。いつものように守っていると敵に思わせろ。その飛び出てきた敵に俺が食いつく。消滅させて、そこから進軍を開始する」
「わかった。そうしましょう」
「だから今日は休憩だな。休んでおこう」
「了解。交代もテンポよくやって、皆を回復させるわ」
「頼んだ」
ノインとアスターネは明日の為の準備をし始めた。
◇
帝国歴531年5月24日。
この日が、ガイナル山脈での激戦の日である。
始まりは、ガイナル山脈東。
ミシェル軍が、ノイン軍の本拠地となった陣に攻撃をした事から始まる。
過去三日間と同じ行動であったその軽い攻撃。
小突いて、引いて、別な場所を、小突いて、引いて。
この繰り返しで、穴を見つけようとする動きかと、三日間は思っていた。
だが、この行動の意味は、何もない。
ただの時間稼ぎである。
だから、防御に徹している振りをしていたノインが、突撃部隊を率いて外に飛び出る。
思わぬ行動であるから、ミシェル軍が戸惑い足を止めてしまった。
彼らノイン軍は、そばに来たミシェル軍ではなく、山の中腹に潜伏してるミシェル本人がいる本陣を狙った。
ノインは知っていたのだ。
敵がどこにいるのかを。
ただただ、守りに徹していただけではなかった。
その虚を突かれるのがミシェルであった。
「まずい。ここに来るのですね。抜け目がない。すでにこちらの存在を知っていましたか」
「ミシェル」
そばに待機していた狩人部隊のリアリスが走ってこちらにやって来た。
「リアリス。なぜここに」
「たぶん一緒の方がいい。あいつは、強い。あいつだけ動きが違うんだ。あたしの弓もニ、三当てたのに、剣で斬ったんだよ。ありえない。お師匠様までは行かなくても、あたしの弓だって相手を射抜けるはずなのに・・・」
「そうですね。リアリスのあの弓をですか」
ミシェルでも防ぐのが難しいリアリスの矢。
それを躱すのではなく、斬るという離れ業を持つ男。
迫りくるノインを見ながら、ミシェルは気を引き締めていた。
「来ます。私が先頭で、補助を任せます。リアリス!」
「了解。でも気を付けて。強いから」
「ええ。もちろんです」
ミシェル対ノイン。
両者の戦いが、この激闘の開幕戦である。
◇
「女か・・・ちっ。やりにくいが、手加減はしないぞ」
「ええ。しなくて結構です!」
両者が相対した瞬間、剣と槍が交錯した。
力は当然ノインだが、技は互角だった。
ミシェルが槍を滑らせて攻撃を回避した。
「ほう。俺の一撃・・・受け止める力量があると」
「鋭いですね・・・ですが、このくらいの速度では、見慣れています」
「面白い。この速度を見慣れているとは・・誰かそばに強き者がいるのだな」
「ええ。いますよ。あなたのよりも速く鋭い攻撃を持つ人がね・・・いえ、人じゃないかもしれません。私の旦那様は鬼ですからね」
「ほう。その鬼に会ってみたいもんだ。それじゃあ、これならばどうだ」
ミシェルはノインの剣を華麗な槍さばきでいなす。
彼女の流れるような槍技は、美しい。
「完璧だな。美しい。やるな・・・ん!?」
猛烈な矢が三本。
全てがノインの急所目掛けて飛んできた。
頭、首。心臓。三点を狙った矢。
通常の兵士ならばここで倒れるが、ノインは別格の強さを持っていた。
全てを弾き返した。
「これは。あの時の矢か。戦いの邪魔だな」
「あたしの矢が。この距離でも・・・防げるの! なんで」
矢を放った位置が前回よりも近い。
なのに敵は簡単に防いだ。
「俺とこの女の決闘の邪魔をす・・・」
リアリスの方に移動しそうになるノインを、ミシェルが槍で止めた。
「リアリス! 全体の指示を。その合間に矢をお願いします。注意を引いてくれるだけでいいのです。あなたはそこにいてくれるだけで脅威なのです」
「う、うん。わかった」
リアリスは彼女に言われたとおりに、指示を出した。
「私は敵将を狙う。狩人部隊は敵の兵士たちを! ミシェル部隊は、敵の進軍を止めて、左右が壁になってこちらまで来させないようにして」
戦いは一騎打ちが基本で、リアリスが援護する形となった。
◇
ミシェルの鋭い攻撃が通用していない。ノインの防御は鉄壁だった。
それに対して、ノインの攻撃はミシェルに通用していた。
傷を負うのはミシェルばかりになっている。
だがしかし、幸いにも致命傷じゃない。
彼女の急所に攻撃が来る寸前。
ギリギリの所で防御が可能となっているのだ。
その要因は。
「くらえ。この野郎。ミシェルから離れろ!」
リアリスの矢にあった。
彼女の矢が攻撃の途中で来て、ノインの剣が少しだけ鈍るためにミシェルの防御が間に合っていた。
「いい加減、邪魔だな・・・」
ノインが言った直後。
ミシェルから顔を背けて、リアリスの方を見た。
その顔が苛立ちに溢れていて、ミシェルは嫌な予感がした。
「消すか。ふん!」
「消えた!? まさか。これは、影! まずい。リアリス。逃げて」
「え!? い、いない!?」
リアリスは影が見えない。でも、ミシェルは影の適性がある。
しかし、その彼女の目でもノインの影の動きは見えなかった。
どこに消えたか分からないがとにかくミシェルは、リアリスの方に走った。
「死ね。貴様が邪魔だ」
横から声が聞こえた。
リアリスが左を振り向くと、そこにいたのは・・・敵じゃなく。
「見つけたぜ。お前の影は一度見た!」
マサムネであった。ノインの影を一度体験しているマサムネには、敵の影の移動が見えていた。
影移動は、何度も晒してはいけない。
確実に敵を消す時にだけ使用するのだ。
適性があればあるほど、見破るまでの時間を必要としない。
「また邪魔な奴が」
「ザンカとヒザルスの借りはここで返す」
ノインの剣をダガー二本で逸らした。
「リアリス。下がれ。影はお前には無理だ」
「わかった。マサムネ。気を付けて」
「おう」
マサムネがノインとの戦闘に入ってほっと一安心しているのも束の間。
「リアリス。駄目。油断しないで」
「え!?」
「後ろ!」
ミシェルの言葉通りにリアリスが後ろを振り向くと、飛び掛かって来ているアスターネが曲剣を自分に向けていた。
確実に致命傷になる一刀が、頭の上から降り注ぐ。
「な!? ま、まにあわ・・」
「ここでおさらば。あなたが一番厄介ですからね」
アスターネの一閃がリアリスの首に届く。
その時、ミシェルがリアリスを肩で押し込んだ。
「うわっ」
「リアリス。あなたがここでは重要です・・ぐっ」
吹き飛ばされたリアリスが、次の瞬間に見た光景とは・・・。
「あら、狙いはあなたじゃなかったのに。別にあなたとは戦っても勝てるからね」
「・・くっ・・・い、言ってくれますね・・・」
右目から血が滴り落ちているミシェルであった。
「ミ、ミシェル」
「あなたは下がりなさい。あなたはこの戦闘に重要なのです・・・いなくては、敵を倒せない。マサムネ様だけでは・・・・さすがにあの人には勝てない」
「でも、あなた・・目が・・・」
「いいから早くしなさい。私はこの人を止めます。あなたはマサムネ様の援護を」
「・・う。うん」
自分のせいで、ミシェルが傷ついた。
リアリスは目に涙を浮かべながらも、マサムネの援護に入った。
「へえ、あなた。その目でうちを倒せると。片眼になったのに」
「はい・・・倒しますよ。気負ってしまうかもしれない。あの子の為にもね」
「やれるのであれば、やってみなさいよ。生意気な女」
「はい。やってみせましょう」
「くっ。減らず口ね。どこまで持つか。はああああ」
負傷したミシェルと、アスターネの戦いが始まった。
片目では捉えられない部分がある。
視界の半分を失ったミシェルには、アスターネの曲剣の軌道を読めなかった。
「くっ」
「ほらね。うちの剣。止められないじゃない」
そこから、わずか五分。
慣れない環境での戦闘で、体力を失ったミシェルが膝をついた。
「終わりね。あなた。ようやくだわ。やっとあなたを倒せるときが来たわ。あの時の借りは返す」
アスターネの剣が、力尽きているミシェルの頭の上に向かう。
その一方で。
◇
「面倒な敵だ。ちょこまかと」
「強いな。影にしてもやけに強い・・・レヴィさんや俺たちの技とも似てないような気がするな・・・」
マサムネはなんとかノインの攻撃を防いでいた。
ほぼほぼギリギリの攻防。
一つ間違えば大怪我は間違いない。
緊張感ある中でマサムネは戦っていた。
「ふぅ。じゃあ、本気を一つ出すか。あの弓女が矢を射る前に決着を着ける」
リアリスが、弓を引いている間に、ノインが加速。
影移動ではなく通常移動。
リアリスは、初めて敵を目で追えなかった。
「は、速い!?」
マサムネの側面に現れる。
敵の攻撃を防ぐための身体を回す時間がない。
「影かと思ったか。俺は通常でも速いのさ。別に影はおまけだ」
「くそ・・・まずい」
ノインの剣を防ごうと、ダガーを横に出して防ごうとするも、体勢が悪く力が入らない。
マサムネは、ダガーごと斬られた。
だが、防御をしきれない事を悟っていたマサムネは、攻撃が当たる直前で、体を半分捻れたことで、左の脇腹の傷で怪我を収められた。
致命傷じゃないので、マサムネは、再度の攻撃に転向しようとするも、敵の動きはさらに上を行っていた。
右の腰にあるクナイを持った瞬間。
「それも遅いわ」
「なに!?」
ノインの左の蹴りが、マサムネの腹に突き刺さる。
「ぐあっ・・・ごほごほ」
吹っ飛ばされたマサムネは地べたに倒れた。
「強い・・・強すぎる・・・くそ」
「まずはこの男から消すか」
「やめろ! マサムネから離れろ!」
リアリスは矢を放ったが、ノインに軽く弾かれた。
「もう見切った。何度も攻撃されれば慣れるわ」
「え・・・あ、あたしの矢が・・・」
「雑魚ではないが、その程度では勝てんぞ」
自分の得意攻撃が役に立たない。ミシェルにも大怪我を負わせてしまった。
心労が重なり、リアリスの心が砕けてしまった。
攻撃をもらってもいないのに、その場にへたり込んでしまった。
「そこの女もこれで終わりか・・・まあいい。この男から、消す」
「ぐ・・・ミシェル。リアリス。逃げてほしいが・・・もう無理か。二人とも・・・ボロボロすぎるわ」
「ふっ。自分の心配よりも、部下の心配か。暢気だな」
ノインが剣を上に振り上げた。
天に向いた切っ先が振り下ろされる直前だった。
「部下!? 違うな・・・俺たちは家族だ・・・ウォーカー隊は・・・家族・・・みんな・・・大切な・・・・家族だ!」
「ふっ。じゃあ、その家族。一人でも失えば、あとは連鎖して弱まっていくだけだろう。では、サラバだ。面倒な敵よ!」
マサムネの頭上に刃が振り下ろされた。
◇
「いやいや、この方は、フュンさんの大切なご家族の一人。マサムネさんですからね。そう易々と殺させはしませんよ」
「なに!?」
振り下ろした刃に指が二本。人差し指と中指がノインの剣を捕まえていた。
「驚くのですね。これくらいの事でね。あなたも達人でしょうにね」
「俺の剣を受け止めるだと。しかも手で!?・・・あ、ありえん」
男性はニッコリ笑って、急に背後に向けて叫んだ。
「ランディ! ミシェルさんを助けなさい」
「はい大将。おまかせを!」
ノインは、この男の雰囲気に、飲み込まれてはいけないと、後ろに下がっていった。
「だ、誰だ。貴様は!」
「私ですか。あなたに名乗るほどの者じゃないですよ。マサムネさん。大丈夫ですか」
淡々としている男性は、マサムネの介抱をした。
胸のポケットから傷薬を取り出す。
「ぐっ・・・あ、お前は・・」
「ええ、この傷薬を使ってください。ラーゼ産のですが、バッチリ効きますよ。今から治療しておけば、すぐにでも良くなりますから」
「あ、ありがとう・・・お前が、まさか・・・ここに来てくれているとは・・・」
「はい。エリナさんから救援要請をもらいましたからね。私たちが来ましたよ」
「助かったよ・・・タイロー」
マサムネたちの窮地に駆けつけたのは、帝国最大の友好国ラーゼ。
その王、タイロー・スカラである。
フュン・メイダルフィアのもう一人の盟友である。
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