第47話 それぞれの思惑
完全撤退後。
ネアルは仲間たちの前で珍しい姿を見せる。
焦りの表情に、嘆きの言葉が出た。
「し、信じられん。あの強さ・・・まさしく怪物。化け物だ。あんなものをどうやって止める。私が出向くしかないか・・・他に止められるような者がいない・・・あの武についていけるのは私だけか」
「駄目です。ネアル王。大変に危険であります。あの強烈な武、それにネアル様は、肩のお怪我が完治していません・・そんな状態では、あれとの戦いなんて出来ませんよ」
ゼファーの強さが想定外。
あれと対抗できるのは自分とおそらくもう一人である。
だから。
「そうはいってもブルー!」
ブルーが首を縦に振らない。
危険人物と大将であるネアルが戦う事を良しとしない。
「ならばだ。あと戦えるのはノインだけだ。奴はどうなっている? 伝令兵は?」
「来ていないそうです」
「本陣にも送って来ないだと? おかしいな・・・こちらのは送っているのだろう?」
「はい。送っています。ですが、来ていません」
「どうしてだ。奴は報告を怠るような男じゃない。それにアスターネもいるのだ。おかしいな」
連絡を怠るような人間ではないのに・・・。ネアルの頭の中は疑問で埋まる。
「王!」
後ろから声が聞こえて、ネアルは振り向いた。
「パールマン!? 休んでいろ。その怪我は軽くない」
肩に包帯が巻かれているパールマンがやって来た。
「俺に、チャンスを。奴を倒してみせる」
「駄目だ。怪我がないならいいが、今の負傷状態であの男とは戦ってはならん。化け物だぞ。あれはな。人の域を超えているかもしれん」
「それでも俺しか戦えないはずだ」
「いや、戦える。あれを封じる手を考えるしかあるまい。お前は休め。これは命令だ。思った以上にその怪我は重いはずだ」
肩が動かない状態のパールマンは、重傷である。
横に腕を動かすのが出来ても、上に上げる事が出来なかった。
だから、ネアルはパールマンに戦う事を禁じて、本陣待機にさせていた。
「ネアル様。彼を倒せる策があるのですか」
「・・・うっすらとな。だから今は考えるを固めるぞ。奴は罠に嵌めねばならん。じゃなければ、絶対に奴には勝てん・・・しかし、ここは時間をかけよう。優位な位置は我らの方にある。あちらの位置の方が分が悪いのだ。この優位な部分を上手く使わねばな」
そう優位な戦場を得ているのは王国軍。不利なのが帝国軍。
なのに、ゼファーの圧倒的な武力によって、その差を覆されただけ。
でもそれは、こちらの優位な部分を上手く利用できなかったから、ゼファーを倒せなかったのだ。
ネアルは、少しの失敗で諦めるような男ではなかった。
「まずは連携を取る。向こうが負けるという事はないだろうからな。こちらの本陣が安定的に置けるのは確実だ。だが、万が一がある。その万が一で落とされる心配を消すために、連携を取るべきだ。それに、ここにどれくらいの兵を残せばいいのか。考えるためにも必要な連絡をする。ひとまず、ここはあちらの状況を知ろう。ブルー。ノインにもう一度連絡をしろ」
「はい」
「あとは、警戒を怠らずに、兵だけは休ませた方がいい。パールマンも休んでいろ。怪我を直すのが優先だ」
「・・・はい」
ネアルは、パールマンを休ませて、ブルーに全ての手配を任せた。
天幕で一人になったネアルは黙々と何かを考えていた。
◇
夜。伝令兵は西からやって来た。
王国軍の本営と、ノインの本陣が連携を取れない理由。
それは、この連絡路となる場所にマサムネがいたからであった。
「今度はあっちから来たな・・・連携を取ろうと必死だな。もしかしたら、ゼファーか、ララが何かやってくれたのか」
マサムネは、仲間たちがネアルを追い詰めた可能性があると踏んだ。
「ん? モモ。こっちに戻って来たのか」
「はい」
「捕まえたのはどうした」
「こうしました」
「・・・あ?」
モモの後ろにいた影が、変装していた。
型取りした顔を変装の仮面にしていた。
「まさか、お前・・・」
「はい。夜なので、この簡易お面状態でも大丈夫でしょう。表情の細かい部分は分からないかと」
「・・・わかった。気を付けろよ」
「はい」
影となり移動を開始して、彼らは伝令兵と偶然会う形を装った。
◇
「お前は・・・トルド! トルド。伝令で動いていたのかよ。遅いぞ」
「ああ。悪かった」
西から来た伝令兵と、偶然出会ったのはトルドではない。
帝国の影部隊の一員『ナビ』である。
ナビは、元は皇帝のドラウドで潜入型のドラウドである。
サブロウの訓練をこなしたことで、変装の達人となった。
今回、各戦場の影には、このようなドラウドの人材が紛れ込んでいる。
今の帝国は、皇帝のドラウドとサブロウの影、そして太陽の戦士が同じ訓練を受けている状態で、それぞれの得意な分野を伸ばしつつあるのだ。
影は一通りの変装が得意。
そしてドラウドたちは、元々敵地潜入のプロである。
だから、両方をマスターしたナビは、違和感のないトルドを演じている。
ちなみに本物のトルドは捕虜としてミシェルらが管理している。
「良い位置を確保してから、こちらは伝令を送っていなかっただろ」
「そうだ。だから俺が来たんだよ。ネアル王が状況を知りたいとさ」
「ああ。そうか。ならここで交換しておこう。そうした方が連絡を早く伝えられるだろ」
「そうだな。いいぜ。俺の方はな・・・」
西から来た伝令の内容は。
戦いはしたが撤退を余儀なくされた。
今はガイナル山脈中央南の要所を確保しているに留まっている。
だから、東に進軍したノイン軍の状況が知りたいとのことだった。
「そうか。わかった」
「それで、お前の方は?」
「こっちは、東の要所を確保し続けるために、防衛準備をしている。敵がどこに潜伏しているかさ。全然わからない状態なんだよ。だから防御を固めているんだ。山での戦いはあっちに分があるみたいでさ。だから、要所を平地のように整備してだな・・・それで・・・」
「なるほど。準備が長く必要なのか」
「そういうことだ。あまり変化がないかもしれないから、この後の連絡は遅くなるかもしれない。大きな変化があればすると思う」
「わかった。そういうことだったか。じゃあ、戻るよ」
「ああ。こっちも戻る」
「じゃあな。また」
「ああ。また」
西の伝令兵と別れた後、ナビはモモと話す。
「ナビちゃん」
「ああ、モモさん。ゴホゴホ」
「大丈夫?」
「いや、声が辛くてですね。男性の声は真似がしにくいです」
ナビは女性。
だから、男装するのが大変であるけども、しっかり男性の声に変化させることが出来る。
声真似が自然なのだ。
「そっか。無理させちゃったね。次から休んでいいよ。あと、それでどうだった?」
「えっとですね。こちらからの連絡があまりできない。防衛で手一杯みたいな事を伝えてみました」
「ナビ! よくやった」
マサムネもこの場に現れた。
「あ、マサムネさん。私のさっきのでいいんですか」
「大丈夫。いい仕事だったぞ。それにな。元々、この手を使えるのはニ、三日だと思う。それが、今ので四、五日に伸びたくらいかもな。とにかく、こちらはあいつらをあそこに閉じ込めて、ゼファーがあっちの軍を倒すのを待った方が良いかもしれないからな。嫌がらせをするのが一番なんだ」
「なるほど。それじゃあ、私とモモさんが、ここで見張りを続ければいいんでしょうか?」
「ああ。そうだな。今日の伝令はもうないにしても、明日からは、互いの連絡がなく、都合が悪くなるだろうな。こっちの仕事も危険度が増していく。だから良いタイミングで切り上げるぞ。明後日あたりには撤退だ」
「「はい」」
マサムネらの計略は地味であるが、重要な戦略だった・・・。
◇
ゼファー陣営。
「ゼファー。感触はどうだった」
「マールさん。手ごたえがなくて驚いています。ただ、あの軍の強さから言って、おかしいです」
「おかしい? どういうことだ」
「第七次アージス大戦で戦った時の彼の兵たちはもっと強かった。だから、あれらは彼本来の兵士たちの力ではない。と我は思います。それはもしやですが・・・」
話している途中で気付いたゼファー。
情報を合わせて、ネアルの兵士たちが消えたのだと理解した。
「なるほど。それでか」
「ゼファーさん、どうしました?」
ライノンが聞いた。
「はい。ザンカさんが倒したのでしょう。反対側に逃げたウォーカー隊と共にネアル王の直属の兵を完全消滅させたんだと思います。だから我の攻撃がこうもすんなりと通っているというだけですな」
「なるほど。倒した・・・しかもすべてですね。なるほど。そうなると、ネアル王のそばにいるのは、完璧な手足となる兵士たちではない。そういう事ですね。ゼファーさん」
「そいつは好都合でありやすね・・・あっしらにも勝機があるってことですぜ」
三人は勝利に浮かれる事はなかった。次への対応を話し合う。
◇
そして深夜。
男は一人、山頂に立っていた。
山裾には、ゼファー軍がいる。
戦いに勝利した帝国軍の様子を窺っていた。
「・・・ネアルが負けた・・・これは面白い。あそこにいる男は・・・太陽の下にいる男ではなく、太陽のそばで、共に輝いている男だったのか。これは俺の目が良くないな。見誤っていたな。認識を変えなければいけないぞ」
暗闇の中でも、辺りの様子がしっかり見えている。
そして、その男は、
「ネアルは、どう考えるんだろうな。単純な力勝負じゃ・・・また負けるぞ。武の強さが違う。そしてそれを止めるはずの、お前も・・・その怪我じゃ無理だろ。そして、もう一人。奴を止めることが出来るノインも、あんなところで無駄に時間を使っているからな」
男は北東の方角を見た。
すぐそこに連なる山が見えているが、その先の山にノイン軍はいる。
男は、連絡を受けていもいないのに、ノインの軍が要所を確保していることを知っていた。
「あいつ、相手が仕掛けている計略を見抜けないのか。やっぱりナボルとしてもだったが、考えを張り巡らしてねえ。あいつ、単純なんだよ。自分の考えが正しい。絶対だと信じているから他に思考が向かない。要はあいつ。自分にのみ夢中になりやすいのさ。相手の立場に立って、何が一番嫌かを考えていない。だから、太陽に負けたんだよ。あの太陽は、そういう部分が上手い。人を信じているし人が好き。なのに、人が嫌がることをよく理解している。本当に化け物的な思考を持っているんだ。そしてだ。今の彼が考えていること。それが・・・」
男は、南東に体を向けて、帝都の方角を見た。
「もし俺の予測通りだとしたら・・・やはり面白い。もしもだ。それをやれるのだとしたらな・・・さすがだぞ。太陽の人! フュン・メイダルフィア!! この大陸に楔の一撃を入れる気なのだな。ネアルは相手を弱らせる一撃を考えていたが・・・あなた様は、この戦いの初手にして、いきなり決めに来ているのですな・・・フフハハハハ。面白い。これだから、あなたの観察をやめられない。さすがだぞ。我らの主。太陽の人・・・その輝きは正しく・・・大陸の太陽だ! 俺が待ち望んだ太陽の人だ」
暗闇の中、男は静かに笑った。
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