第二章 二大国英雄戦争第三戦 ギリダート攻略戦
第53話 とっておきの作戦! サナリアの箱舟計画
帝国歴531年5月6日。
帝都城のバルコニーにいるフュンが、西の空を一人で眺めていた。
「そろそろだと思いますね」
一昨日あたりからバルコニーに来ては空を確認している。
戦いはもうすぐだと、予感がしていたのだ。
だからフュンは、空からの知らせを待っていた。
「父さん」
「ん? アイン。どうしましたか」
「何しているのですか」
アインが隣に立った。
「ええ、お知らせを待っているのですよ」
「知らせ? それは、戦場のですか」
「ん? なぜ分かるのです」
「父さんがいつもお仕事している時にブツブツ呟いていますから、わかります。そろそろ戦いが始まるのですね」
「・・・あらま、耳がいいのですね。さては盗み聞きしてましたね」
「はい。ドアの影からこっそり」
幼くてもアインは、ちゃっかりしている。
「まったくあなたは抜け目ないですね・・・えっと父はですね。これから戦わないといけません」
「そうですか。やはり父さんが前線に出るのですね」
「ええ。そうですよ。ですから、あなたが、母さんを守ってくださいね」
「父さん。今回・・・母さんは行かないのですね」
アインは、可愛らしい目でフュンを見つめた。
「はい。行きません。今回はここで大人しくしてもらおうと思いましてね。だからアインが、母さんを守ってくださいね」
「わかりました」
「ええ、良い子ですね。しかし、素直なのは良い事ですが、何でも言う事を聞く人間になってはいけませんよ。あなたは自身の力で、物事を考えるのです。いいですね。父の言葉。母の言葉。この二つ。必ずしも正しいものばかりじゃありませんよ。信念を持って生きてください。いいですね!」
「はい」
「うん・・・って、子供に話す内容じゃありませんね。もう少し大人になったら、また教えましょう」
「いいえ。わかります。父と母の全てを鵜呑みにするなという事ですね」
「いや、そうなんですけど・・・なんで理解しているんでしょう。この子???」
自分の息子はまだ五歳。
なのに会話について来るのはなぜだろう。
自分で教えておいて、不思議に思うフュンであった。
「父さん」
アインが空に指を指した。
「ん!?」
「青ですね」
「来ましたか・・・アージスに敵ありですね・・・アージスが先か。それは予定外だ。ハスラが先だとばかりに思ってましたね」
「父さん」
「ん? はい?」
「お気をつけて、今すぐに出るのでしょう。今のうちに先に挨拶しておきます」
「あ、はい。いってきますね」
「はい。お待ちしてます」
気を遣われたと思ったフュンは、苦笑いで準備を始めた。
本当に五歳なのかと思うほどにしっかりしていた。
「クリス!!!」
部屋の中に戻ったフュンはクリスを呼んだ。
「はい。フュン様」
「やりますよ。僕らの出番です! 僕は音声拡声器で、帝都民に話します。その前に、あなたは帝都を封鎖。そしてあれの準備を」
「はい。おまかせを」
「ではお願いします」
クリスが準備を始めると、すぐにフュンがもう一度バルコニーに立ち民たちの注目を浴びた。
◇
聞いてくださいとフュンが言ってから、十分後。
集まった聴衆に対してフュンは穏やかに話しかける。
「皆さん。急遽ですが、申し訳ない。大元帥フュン・メイダルフィアから連絡がありまして、お話しますね」
突然の事でも民たちは静かに話を聞く。
大元帥を信頼している証拠だった。
「先程、前線から連絡が来まして、王国との戦争が始まりました。場所はアージスです。いよいよ。僕らはあの王国と本格的な戦争をします。それは、僕らが守り、相手を送り返すような戦争じゃありません。領土を奪いあう戦いが始まるのです」
自国のごたごたがあった中で、互いに戦ってきたのが両国。
本格的な戦争になるのは今回が初めてに近い。
少なくとも両国に生きる人間たちは、このような戦争を経験した事がない。
それは、前皇帝エイナルフや前国王クターでも経験がない事だ。
だから現在の両国は、未知数の場面に出くわしている。
「五年前。ここで僕と皇帝陛下が宣言した時から、王国とは戦う事が既に決まっていました。それが今、訪れたのです。しかし皆さん、安心してください。僕らは準備してきましたよ。経済圏の擁立。それをお手伝いする道路の作成。そして、力を蓄えるための兵士の調練。切り札となる兵器の開発です。本当に色々な事を準備してきました。それは・・・この日、このため。この戦争に勝つためです」
フュンの力強い言葉のおかげで、民の心に不安が生まれなかった。
皆、冷静な表情を崩さず、静かに話を聞く。
「でも正直な話。僕は戦争をしたくありません。皆さんと共に、平和に生きていきたいです」
今から決戦だというのに、戦意のあがらない言葉を出した。
でも正直者の彼は嘘をつかない。本音で語る。
「僕は、サナリアの動乱の時代に生まれました。少数の部族が乱立していたサナリアは、豊かな大地を持っていたくせに、そこを分け合わずに争いを続けました。愚かです。実に愚かですよ。サナリアという大地に住まう人間として、一つのサナリア人になっていれば、馬鹿みたいな戦争をしなくて済んだのです。僕の故郷は、一つであれば、今もサナリア国としてアーリア大陸に存在していたでしょう。でもサナリアには無理でした。国の困難を乗り越えるには、国と民の思いが一つである必要がありますから、その力を持たないサナリアには、国を継続させることなど。不可能なのですよ」
故郷だから、サナリアへの思いは当然に心の中にある。
「・・・しかしですね。僕の故郷と同じように、帝国もまた内戦をしていました。それも表面でも、水面下でもです。だから、僕は思いましたよ。争いなんて、どこにでもある事なんだとね・・・サナリアだけが特別じゃなかったんだとね。嫌ですね。どこも戦いばかりで・・・」
聴衆はフュンの感情が込められた言葉に固唾を飲んで見守る。
「争いなんて、小さなサナリアにもあって、大きな帝国にだってある。だったら、さらに大きなこの大陸にも当然に争いは起こりますよね。争いの火種なんてものは、消える事がないのでしょう。だって、少数部族でも小さな領土の奪い合いをして。一つの巨大な国家の中にも主導権を握る戦いがあって。そして今や、二つの強大な国との間にも、覇権を巡る争いがあるのですよ。こんな風に舞台が大きくなっても、人は争い続ける。これらはどうしようもない事らしいです」
フュンの声は少しずつ大きくなっていた。
「でもそれでも僕は諦めたくない。悩んで、考えて、どうすればいいのか。人が争うことを止める方法があるんじゃないかとずっと考えていました・・・そして、いつになれば終わってくれるのか。数の違いがあっても。争いの大きさが変わっても、これが必ず起きてしまう現象であるならば、これはもう解決する手段が一つしかないと、ある答えに辿り着きました。それが、この大陸が一つとなる事。それしかなかったのです。争う相手がいなくなるしかなかったのです」
力強い宣言に、聴衆は完璧に静まり返った。
息すら聞こえてこない。
「しかし、それは相手の国を滅ぼす。人を皆殺しにする。そういうことじゃありません。相手の国に勝って、僕らと一緒に生きてもらうのです。だから、僕らは全てにおいて努力をしました。経済から軍事、そして全員が協力する体制作りですよ。これはかつてない強大なガルナズン帝国になったと思います。それで、そこにです! 僕らは、彼ら王国を取り込むのです。僕らが作ったこの帝国の良さを理解してもらい、この大陸を一つの平和な大陸にするのです」
敵の完全破壊。
フュンの目的はそれではなかった。
王国を倒した後に、丸ごと吸収して、帝国と融合する。
それがフュンの目的だった。
悩んで考え抜いて、目指したい。平和への道だった。
「その夢の実現。平和への一歩の為に! イーナミア王国には負けてもらいます! 僕ら、ガルナズン帝国が、平和のために勝つ! 信念をそこに置いて、僕らは進みましょう。よろしいでしょうか。皆さん。僕らは相手が憎くて戦争をするんじゃない。相手に理解してもらうために戦って勝つのです。だから、皆で必ず勝利しましょう。大陸の平和のために! アーリアに住まう人々の為に、僕らは新しい大陸となるために、人々が発展するために勝つんだ」
フュンは拳を前に突き出す。
皆と共に、進みたいとした願いを拳に込めた。
「勝利は、我らガルナズン帝国が手にする! そこから大陸を平和にする。いいですか。ガルナズン帝国の民たちよ。この国が、アーリア大陸を一つにしてみせよう・・・僕らは大陸の未来に、夢と希望を持つ人々となる・・・そう、僕らは皆で、アーリア大陸のアーリア人となるのだ!! 戦うぞ。ガルナズン帝国。僕らは協力して、アーリアの為に突き進むのだ」
天高く拳を突き上げると、民も声を天まで届ける。
「「「「あああああああああああああ」」」」
フュン・メイダルフィアの理想は、大陸の平和。
帝国人と王国人の融合。
新たな人種、アーリア人の誕生である。
目指すべき理想は、ただ勝つよりも高いものであった。
フュンと共に突き進む帝国人の士気は最初から最高潮であった。
「それでは、僕らが勝利に向かうための作戦を発動させる!」
フュンは、自信を持って、とある宣言をした。
「サナリアの箱舟計画を始める!」
帝国歴531年5月6日。
フュン・メイダルフィアが実行した作戦。
サナリアの箱舟計画は、全くの互角である王国と帝国の戦争を一変させる究極の奇襲攻撃であった。
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