第40話 ウォーカー隊の魂はここにある

 斜面がズレた地点から、更に上にいるマサムネ。

 安全圏となっている場所から土砂崩れの終着地点を確認した。

 

 「ヒザルス・・・ザンカ。悪いな・・・俺が殺したようなもんだ・・・でもお前らの命懸けの作戦で、相手の王まで倒したってことだよな。すげえ奴らだ・・・俺はお前らを誇りに思うぜ・・・」


 マサムネは敵の中にネアル王がいたことを確認していた。

 望遠鏡から見える濁流の痕は、土砂まみれになった谷底。

 先程までは兵士らがいたが、今は人が見えない。


 「あれで助かるなら・・・相当な運の持ち主だぞ」


 望遠鏡を外して、マサムネは振り向いた。


 「モモ!」

 「はい」

 「影部隊を連れて、向こうで戦っている連中を出来るだけ救って、ミシェルの所まで下がれ。そのままお前らはそこで待機だ」

 「はい」

 「行ってくれ」

 「はい! でもうちは、それでいいけど。マサちゃんはどうすんの?」

 「俺はここで偵察しておく。ここには一人でいた方が安全だからな。頼んだ」

 「はい!」

 

 返事に力があるモモは、影部隊を連れて仲間を退却させる動きをした。


 「あれでは、生きられんだろうな。まあどうせ死んでるだろ・・・ん?」


 ◇

 

 「がはっ・・・ぶは・・はぁはぁ」


 ネアルは土の中から出てきた。

 土砂は体を覆ったはずなのに、自分は助かっていた。


 「な、なぜ・・・私は生きている?・・・ん、そうだ。ノインは? それに私の兵たちは」

 「ぐおっ・・・ほ、骨が折れてるか・・・クソ」

 「ノイン!?」


 ノインも土の中から勢いよく出てきた。

 二人ともどうやら浅い位置にいたらしい。 

 完全に埋もれていたら死んでいた。


 「おお。ネアル。お前も悪運があるな」

 「ノイン、生きていたか」

 「ああ。兵たちに感謝する。俺たちを守ってくれたのは、ここにいる味方だった。本当にすまない。お前たちの命のおかげだ・・・」


 ノインは前方の土に向かって、頭を下げた。


 「ん? 私たちの後ろで兵たちが壁になったのか」

 「ああ、そうだ。俺たちの最後。土に飲み込まれる寸前にだな。俺の影部隊と、お前の精鋭兵たちが壁になってくれたようだ。それで土砂の威力が弱まったらしい。あとは、雨の影響で若干土が柔らかいのも助かった要因かもしれない」

 「なるほど・・・じゃあ、私たちは・・・皆のおかげで生き残れたのか・・それでも二人しか生き残れなかったのか」

 「そうだな。五千以上いて、生き残ったのが二人か・・・とんでもない負けの戦闘だな」

 「ああそうだ。向こうの将の作戦は、こちらの考えの外にあったな」


 ヒザルスを毛嫌いしていたネアルも、ここは相手を称賛するしかなかった。


 「あの男、全てが嘘だったのか。薄情者じゃない。忠臣ではないか。私としたことが、簡単に相手を決めつけて・・・見誤ったか。やはりあのフュン・メイダルフィアが、責任ある役職に置いていたのだ。軽薄な男なわけがない。チッ。私は彼も信用していなかったってことか」

 

 彼の考えを信じなかった自分に腹が立つ。

 ネアルは好敵手に一度でも疑いの目を向けてしまった事に、はらわたが煮えくり返るくらい悔しかった。

 ネアルは、二度と疑わないと気を取り直す。

 

 「ネアル。俺たちも下がるぞ。このままここにいてもしょうがない。全滅してしまったのは痛いがな」

 「そうだな。どっちへ行くべきだ。ノイン。北の山脈は取っているのか?」

 「わからん。本陣急襲の作戦は上手くいったが、俺が抜けている部隊たちがどうやって戦っているか分からん」

 「それはそうだな・・・お前の作戦が上手くいっていたのだからな・・・そうだな。こうなれば南の山脈の要所に行こう。ブルーならば本隊を移動させて、南の要所に兵を派遣しているだろう」

 「そうか。行ってみるか」

 

 ネアルとノインだけは無事であった。

 だから、戦争が継続となる。

 しかし、ザンカとヒザルスが、二人のお抱えの兵たちを全て始末できた。

 この事が、ここから続くハスラ広域戦争のカギを握っていたのである・・・。



 ◇


 「あ、あれで生きてんのか。ちょくちょく振っている小雨の影響か・・・あっちに行った土が柔らかかったか!? クソ、埋まりきらなかったか。ザンカとヒザルスのあの決意の行動でも、仕留めきれないのかよ。あいつら、運がありすぎだろ・・・こうなるとモモに任せている兵たちの回収が重要だな。でも、モモなら大丈夫だから。俺は先にミシェルとリアリスだな。二人の所に行こう。おそらく激戦が始まるな」

 

 マサムネはまだ戦争が終わっていないことを知る。

 そして今の帝国の状況は劣勢。

 戦場を維持させるためにはミシェルの戦場が鍵を握るはずだと、マサムネは東へと進んでいった。


 移動をして、ミシェルがいる場所まで退却したマサムネ。

 しかし、布陣しているはずの軍がどこにもいない。


 「いない・・・なぜだ。この場所なはず・・・消えたのか」


 風切り音が聞こえた直後、矢が自分の足元に刺さった。


 「な!? 矢? これは文」


 矢文が到着した。


 『マサムネ。こっち。東の山を見て』


 「この綺麗な字は・・・・リアリスか」


 意外にもリアリスは字が綺麗である。

 

 「どれ・・・お! あそこか。あいつら隠れてたのか」

 

 マサムネは彼女たちと合流した。


 ◇


 「マサムネ様」

 「ミシェル。それにリアリス。準備をしてくれ」

 「準備? マサムネ。あなたは前方にいたんじゃなかったっけ。ヒザルスの場所じゃ?」

 「ああ。いた。しかし、負けた。ヒザルスもザンカも死んだ。俺が殺した」

 「「え!?」」


 マサムネは事の顛末を二人に説明した。


 「マサムネ様。それはあなた様が殺したわけじゃないですよ」

 「いや、ミシェル。俺が殺したんだ。あいつらの意志だとしてもな・・・仲間殺しさ」

 

 自分の罪だと言い張るマサムネの心情の全てを知ることはできない。

 ミシェルはそれ以上何も言えなかった。


 「ヒザルスも。ザンカも・・・死んじゃったのか・・・二人とも・・・そっか・・・死んじゃったのね」


 二人の会話の間、リアリスは空を見上げていた。

 さっきまで雲があったのに、今は青天の空に変わっている。

 青い空が悔しさを倍増化させる。

 リアリスは、唇を噛み締めて泣くのを我慢した。


 「二人とも。これから、ここが戦場になる。南側がどうなっているかは推測に過ぎないが、おそらくはザンカが谷に降りたってことは・・・」

 「そうですね。負けた状況により、下に向かったってことですね。もしかしたら時間稼ぎのために谷に向かった?・・・それだとザンカ軍の連絡が来るかもしれません」

 「そうだな。俺の方が脚力があるから、俺が先に着いたのかもしれん」

 「・・・ええ、おそらくは・・・。ではマサムネ様。こちらも敵を迎撃する準備をしましょう」

 

 ミシェルは、部下に前の配置の場所を注目していろと指示を出した。

 伝令兵が来るかもしれない。


 「マサムネ・・・あたしらはここで敵を倒すの?」

 「そうだな。最終防衛ラインであるからな。戦う場所はここが良いと思うんだ。ただ、勢いは向こうが優勢だ。二つも奪ったからな。だから難しい戦闘にはなる。あちらの士気に対して、こちらは場所の優位で戦うしかない・・・」


 自由人マサムネが珍しくも真剣な表情で二人に思いを告げる。


 「でも、あいつらに俺たちの恐ろしさを見せてやる。ラメンテで育ってきたウォーカー隊流の最強の戦闘スタイルで勝負しよう。ここからは軍じゃねえ・・・俺たちは、ミラが作った最強の傭兵集団ウォーカー隊だ・・・俺たちはただじゃ終わらねえ・・必ずここで敵を消していく。いいな。二人とも」

 「はい」「うん」


 ミシェル。リアリス。マサムネは準備を始めた。

 軍としてではなく、ここからはウォーカー隊流の戦闘準備だった。


 

 ◇


 その頃のマールは、仲間たちと共に逃走劇を繰り広げていた。


 「はぁはぁ。まだだ、とにかく逃げるですぜ。あっしが最後尾に・・・皆走れ。とにかくゼファーの元へ」


 山を下り、もう一つの山を登って、今は更に下っている所。

 マールらは、まだまだ追いかけてくるパールマン軍を振りきれなかった。

 逃げても逃げても追いかけてくる敵はしつこかった。


 「待てえ。いつまで逃げる気だ。腰抜けども」

 「うっさい奴ですぜ。戦うわけがないのに・・・よし。あっしが最後尾。それなら、これでも喰らえ」


 マールがサブロウ丸ピカリン号を放り投げる。

 七色の光が敵の目を眩ませた。


 「急げ。この山を下れば・・・ゼファーがいる!」


 皆の命懸けの逃走の希望は、ゼファー軍。

 鬼の男が、絶望的な状況に追い込まれた彼らの唯一の希望なのだ。


 「くそ。目が治るのが早い! もう追いかけてきた」


 マールが振り向くと、再びパールマン軍は追いかけてきていた。


 「うわああああ」


 マールの前方にいる兵が転んだ。

 走りっぱなしで足腰に限界が来ていたのだ。


 「大丈夫ですかい。慌てず立ち上がって! でも急いで」

 「は、はい。マールさん。申し訳ないです」


 マールは倒れた兵に手を差し伸べた。


 「いいんですぜ。とにかく急がないと。ここは中腹に差し掛かる所。あっしらもあと少しで・・・ゼファーに会えるはず」

 「は、はい!」

 

 立ち上がった兵と共に走りだそうとすると。


 「捉えた! 貴様が長だな」

 「な?! パールマンか! クソっ」

 「死ね。この野郎。いい加減に逃げるな」

 「死ぬか。このデカブツ。それにお前がパールマンか。ただデカい男じゃないか。こんな奴に・・・ザイオンが・・・」


 その場にいなかったマールにだって、当然あの時の話を聞かされた時の激しい怒りがある。

 ザイオンは盟友。ウォーカー隊は家族。

 それが彼らの共通意識だ。


 マールは取りだした曲刀を使って、パールマンの大剣をいなした。


 「なに!? その小さな体で!?」

 「あっしらを舐めるな! ウォーカー隊の隊長になる者たちに弱い者はいないのだ」

 「面白い。まずは貴様から、消すとしよう」

 「消してみろ。あっしは、やられんわ」


 技巧派対パワー型。

 両者の対決は正反対の性質によって、戦いが長引くかと思われた。

 しかし、圧倒的な体格を誇るパールマンの圧力に、マールは一気に劣勢になる。

 剣でいなしたはずが、パワーで叩き潰される。

 パールマンの大剣によって吹き飛ばされた。

 マールの体が木の幹に当たって、ボールのように跳ね返って地面に倒れた。

  

 「がはっ・・化け物か・・・ザイオンが力負けしたのも、分かる気が・・・」

 「貴様も面白い奴だったわ。だが、俺には及ばない」

 「は・・・言ってくれるぜ・・・」


 目がぼやけてきたマールは、映し出すものすべてが三重に見えていた。

 パールマンの声が大きくなってきているから、近づいてきているのが分かる。

 目ではもうパールマンとの距離感が分からない。


 「限界だな。もう死ね。俺は余計な情けをかけない男になったんだ。あの男が俺を変えたのだ。死ね。マールだったな」

 「くっ・・・ここで死ねる・・・か」

 「ふん。それでも終わりだ」


 パールマンの大剣の音が聞こえる。

 巨大な旋風が巻き起こったような音と共に、大剣が近づいて来た。

 マールは自分が死ぬよりも、ザンカとの約束を果たせない事に悔しさを覚えた。


 「くそ・・・あっしは・・・兄貴の軍を・・・・ザンカの兄貴から託されたのに・・・・ちくしょ・・・守れないのか」

 「なに!?」

 『ゴギン』


 鳴り響いた音は、マールを切り裂いた音じゃなかった。

 ぼやけた視界の中でも分かる。

 目の前のパールマンの大剣が、槍によって止まっていた。 


 「マールさん!」 


 マールは一声で、誰が来てくれたのかが分かった。


 「あ・・・き、来てくれていたのか・・・ゼ、ゼファー!」

 「はい。ここからは我にお任せを!」


 ウォーカー隊は、やられっぱなしでは終わらない。

 鬼神ゼファーは、帝国軍の大将であっても、ウォーカー隊の隊長でもある。

 ウォーカー隊が受けた借りは、ウォーカー隊が返すのが筋。

 劣勢の帝国軍。

 その中で最も強い男が戦場に現れた。


 ハスラ広域戦争での、鬼神ゼファー・ヒューゼンの戦いが始まる。

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