第39話 最後まで口から出まかせ
「ザンカ。頼んだ」
「了解」
ザンカたちは、東にいる敵に向かって攻撃を仕掛け始めた。
包囲戦の状況下で、敵を移動させるのは至難の業である。それでもザンカたちは東にいる敵に向かって攻撃を仕掛けて、全体を徐々に移動させ始めた。
それは、攻撃が一方的に通るのだと思っていた王国兵の当てが外れたためである。
彼らは戸惑ったのだ。ザンカらがここまで攻勢に出て来るとは思わずにいた事で、王国兵は少しずつ東へと移動していくことになった。
そのジリジリと移動していく中で、ヒザルスはネアルとノインの二人と対峙していた。
「あなたたちが、王国の重鎮ですかね・・・そちらのお二人はどなたでしょう。お名前は?」
「ほう。これは仕方ないとして。貴様、将であろうに私の名すら知らんのか!」
ネアルは隣のノインを指差して答えた。
「ええ。存じません。どなたなのでしょうかね。私は端の将軍でしてね。戦争について詳しい情報を知りません。私はね。王国どころか、どなたが帝国の重鎮であるのかもわからないくらいに、帝国の端の端の隅っこにいる武将なのですよ。ですからご無礼があると思いますので、あらかじめ謝りたいと思います。申し訳ありません」
とにかく、話す言葉に真実がない。
ヒザルスは帝国でも重要な将の一人。八大将の一人である。
「貴様、ペラペラと・・・嘘ばかりを・・・ありえん。あの大元帥殿が・・・こんな男を重役にするわけが・・・ないだろう」
ネアルは飄々としたヒザルスに戸惑う。
自分の好敵手であるフュンがこのような軽い男を将にするわけがないと思った。
「私はネアル・ビンジャーだ!」
若干怒りが混じった自己紹介だった。
「へえ。ネアル・・・・・どなたですかね」
「名前を聞いても知らんのか。本当に貴様。帝国の将なのか。戦う相手の王の名すら知らんのか。あ、ありえんぞ!!!」
大陸中に名が轟いているはず。
今まさに戦争を開始したことで、更に知名度はあると思っていたネアルは首を傾げた。
「乗せられるな。ネアル。あれはそういう態度の男なのだ。軽薄の塊だぞ。自分の部下が死んでも、なんとも思わん男だ」
ノインが二人の会話に割って入った。
「本当か」
「ああ。俺の事を命懸けで食い止めた男を、それまでの男と吐き捨てたのだ」
「なんだと!? 貴様・・・」
一瞬だけノインを睨んだヒザルスは、すぐに表情を元に戻して、飄々とした態度を貫く。
「ええ。そうですよ。当たり前です。人は生きてこそ、偉いのです。死にゆく者に何の価値があるのでしょうか。ええ、そうだ。死体に価値なんてありませんよ。この世においては無価値です」
「貴様、部下を!」
軽薄さに呆れたネアルが攻撃を仕掛ける。
ヒザルスは、その攻撃を不敵に笑いながら受け止めた。
「なに! 私の剣を。こんな軽薄な男が!?」
ネアルの片手剣をヒザルスも同じ片手剣で受け止める。
「戦えるのか・・・貴様」
「ええ。もちろん。私は戦う貴族ですからね」
ネアルの攻撃を受け止めて、後ろに下がったヒザルスが忽然と消える。
「これは!?」
「ネアル。影の力だ。本体はこっちにいる」
ノインがネアルの横で、剣を振るう。すると、消えたはずのヒザルスが出現した。
「やはりな。貴殿。影の力を・・・元はナボルか!」
ヒザルスは剣を止められたことに戸惑っていない。
この男が必ず自分を見破ると思っていたからだ。
「違う」
「そうか。だったら、サブロウたちと同じ存在か?」
「・・・サブロウ???」
ヒザルスは、ノインの事をサブロウと同じ存在だと思った。
別大陸から来た人間か、それともその人間たちの子孫であると思った。
「この男厄介だな」
「ネアル。どうする。お前がやるか」
「そうだな。こんな所で時間をかけたくないからな。共闘するか」
「そうするか」
ここから、二対一での激闘が始まると思われた。
だが一分後には。
「た、助けてください・・・命だけは・・・どうか。捕虜にでも何でもなります。奴隷にでもなりますので・・・お願いします」
ヒザルスが命乞いをし始めた。
綺麗な土下座を披露して、おでこは完全に地面に着いていた。
「く、くだらん。あれだけ戦えるのに、拍子抜けだな。この男、根性がないわ」
あっさり負けを認める敵が気に食わない。
ネアルは、吐き捨てるようにして言った。
「どうするんだ。ネアル。こいつ、捕らえるのか」
「そうだな。あっちもどうせ決着はつくしな・・・でも嫌だな。こんな奴を捕虜にするのか・・・今、ここで斬り伏せておきたいわ」
二人の視線先はザンカ方面に移った。
包囲攻撃が完成に近づき、円陣形は崩れ始めている。
「どうか、お命だけは・・・」
二人の視線を邪魔するようにヒザルスは、そばにいるノインの足にすがった。
「どけ。邪魔だ。屑が」
ノインがヒザルスを蹴る。
蹴りの威力で転げていくヒザルスは、最後に仰向けになる。
その時、彼の目は、右にある山の斜面を見ていた。
チカチカと光の信号が出ている。
『ヒザルス・・・準備が出来た。二分で行く。カウントは二十でやる』
マサムネの言葉を見たヒザルスは、何事もなかったのように立ち上がった。
先程の綺麗な命乞いの恥ずかしさなど、一切見せない。
「は~はははは。それでは、そちらの御仁たち。このヒザルスの晴れ舞台にお付き合い下さりありがとうございます。ええ、華があるでしょう。私にはね」
「なんだ急に?」
ずっと冷静な態度を貫いていたノインですら、ヒザルスの変貌に驚いた。
自信に満ち溢れた顔をしている。
「いやいや、あなたが帝国の王で、あなたが重要な戦士と見た。そのお二人が、こちらの戦場に来てくれて助かりますな。俺たちを追いかけてくれて非常に助かりますよ・・・ええ、本当に」
「何を言っている貴様」
「ネアル王。あなたは何故。こちらの戦場に? そもそもあなたはアージスに向かった方が良かったのでは?」
ネアルは、ヒザルスの巧みな変化のせいで戸惑う。
「ん? 何故そんなことを聞く?」
「いえいえ。これはただの世間話です。私の見解としてはですよ。あなた様は、アージス平原の方に行った方が良かったですよ。やはりここを奪っても意味がない」
「貴様、戦略を知らんのか・・・・・ここを奪えれば、お前たちを少しずつ追いやることが出来るだろうが。川から援軍を運ばなくて済む」
「ええ。その通りだ。少しずつ我々を削る作戦だ・・・だがしかし、それが目的だとすると。逆に考えて、あなたたちは弱点をさらけ出しているのですね」
「弱点だと」
「王国軍。あなたたちは水軍が弱い。自信がないと見える。今、現在の戦略上の作戦ではそういう事でしょう。もしくは、自信が名入り理由は、船作りが苦手なのですかな」
「なにを? 王国に苦手などないわ」
「自然が良いのか。それとも争いがあった時代が長いからか・・・あなたたちは強靭な肉体を持っていますよね。それは帝国人よりも遥かに強い体だ。まるでサナリアのようなね・・・ん。という事はやはり戦い続けてきた歴史がそうさせたのか。サナリアも戦いの歴史だけは長いからな・・・まあいい、そんなことはどうでもいい。それとですね。あなたたちは、手が器用じゃないですよね。我々帝国人よりも、体が強くとも、手は器用じゃないと見える。我々と武器の差がありますからね」
帝国と王国。
その違いは、ヒザルスが指摘したように、体の強靭さと、武具などの違いがある。
今まで互角に戦ってきても、実際には差があるのだ。
一般兵の基準で強さを考えると、王国の方が明らかに強い。
ただ、帝国の優秀な将たちが、王国にも負けず劣らずであるから今まで戦争が上手くいっていた部分がある。
それと武具類にも違いがあり、帝国としてはビクトニー工房を始めとする武器の性能が、完全に王国よりも質が良いのだ。
だから互角に戦えると言ってもいい。
「それで何が言いたいんだ。貴様。それがどうしたと言うんだ」
ノインもネアルと同様に前に出てきた。
二人でヒザルスの前に立つ。
「ええ。そうですよ。こんな事はどうでもいい。ただ、川を取った方が、援軍を運び出しやすかったということですね。あなた方は、船の技術を上げるべきでしたよ。フーラル川を取った方が、あなたたちは今後を戦いやすかった。そして川を取れば、あなたはこの戦場じゃなく、戦争全体で勝てたかもしれません。おそらくこの戦争が終わった時に、あなたは後悔するでしょう・・・そうアドバイスをしてあげます。あなたが俺の話を聞いてくれるかは知りませんがね」
「ふっ。私にアドバイスだと? 敵である貴様がか・・・舐めた男だな。さっきまで命乞いをしていた男のくせに」
「ええ。受け入れてもらえると嬉しかったですね。しかし。もう遅いです」
「「?????」」
脈絡のない文章に首を傾げる。
二人はヒザルスから目を離せなくなった。
「ザンカ! すまない。あと少しらしいわ」
「了解だ」
「俺とで、すまんな。本当はお嬢のそばが良かっただろ。老衰がよかっただろ。は~はははは」
「はっ・・別にいいわ。それでお嬢が守れるんだろ」
敵の攻撃を必死にいなしているザンカが、ヒザルスの言葉に返事をする。
「ああ。守れるぜ。ここが、俺たちの華だ・・・ふぅ・・・アルマート。サルトン。シゲマサ。ザイオン・・・シルク様。俺たちはここまでだ。ジークとお嬢との旅はここで終わりだな」
「そうだな」
ザンカが敵から下がって来た。ヒザルスの背中に背中を合わせる。
「ザンカ、やっぱ悪いな。俺に付き合ってもらってな」
「だからいいって」
「マールにも謝らんとな」
「大丈夫だ。マールも覚悟している」
「そうか・・・」
「それこそ。マサムネに悪いよな」
二人はマサムネがいる遠くの斜面を見た。
「ああ。そうだな・・・でもマサムネなら大丈夫だ。あいつは自由。俺たちの中で一番自由な男さ」
「ははは。そうだな。あいつなら乗り越えるもんな」
「ああ。そうだ。よし、ザンカ。最後に暴れるか」
ヒザルスがもう一度山を見る。
点滅カウントが20に入った。
「いくぞ」「おう」
ヒザルスとザンカが、二人に襲い掛かる。
ヒザルスの一閃はノインに、ザンカの攻撃はネアルに向かった。
両者の攻撃は鋭く、一般兵であれば瞬殺の一撃。しかし二人の強者には通用しなかった。
返り討ちに遭い。
互いに致命的な一撃をもらう。
「ぐはっ」
「ごほ」
二人が地面には倒れずに、膝をついて敵を見た。
「ふっ。攻撃する勢いはまだ持っていると・・・意味が分からん男だ。命乞いしたり、アドバイスしてきたり・・・攻撃して来たり・・・いったい、何がしたいのだ・・・」
ネアルが戸惑っている間にカウントは0に近づく。
「いやいや、悪いけども。俺たちと共に死んでもらいましょうかね」
「なんだ唐突に、ここで死ぬのは貴様らだけだろう」
「それがですね。あなたたちも、ここで終わってもらおうかと思いますよ。ここで王たるあなたが死ねば、王国も終わる。そうなれば、帝国の勝利は確実でしょうからね。こちらにはフュン様がいますからね・・・あなたの国で、彼に対抗できるのは・・・そこのあなただけだ・・ふっ。フュン様の素晴らしさを見抜き。そして恐ろしさを感じているあなただけが・・・彼と唯一戦えるのですよ・・・・なんてね。いや、あなたの方を買い被ってますかね。実際には、我々のフュン様の方が、強き御方に決まっているか・・・・は~ははは」
「な、何を言っているんだ? さっきから・・・なにを・・・ん!?」
『ゴーン・・・バーン・・バババババ』
北の山の斜面から爆発音が響いた。
一つ鳴ってからは、次々と連鎖して爆発していく。
音から間もなくして、山の斜面がズレた。
「なに!? 爆発だと」
ネアルが斜面を見る。
「まさかこれは人為的に・・・貴様ら」
ノインが気付いた。
「下がるぞ。ネアル急げ」
「なに? そうか・・・しまった」
ネアルも気付き走り出そうとするが、ヒザルスとザンカが逃げ道を塞いだ。
「いやいや。あなた方には、ここにいてもらわないと・・・」
「そうだ。お前らも仲良くあの中さ」
目の前の山が断層からしてズレている。
そのズレは大きな土砂崩れへと変化する。
波打つ土が谷へとなだれ込む。
「どけ。貴様らも巻き込まれるぞ」
「そうだ。それが狙いだからな」
「ノイン! 下がるぞ。さっさと死にぞこないのこいつらを」
ネアルとノインが、ヒザルスとザンカの双方を斬り伏せる。
その時間、僅か10秒。しかしこの10秒の間が余計だった。
土砂崩れはすでに背後に来ていた。
「いそげ。皆こっちの山に登れ」
ネアルらと共に精鋭兵らが走る。
しかし土砂の方が速い。
土砂に飲み込まれていくザンカとヒザルスと共に、反対の山に逃げようと動くネアルも土砂の中に埋もれていった・・・。
◇
飲み込まれる直前。
ザンカは目の前に来ている土砂を見て笑っていた。
「ふっ。ネアル・・・逃げても無駄だ。お前も飲み込まれてしまえ・・・俺たちと一緒にな」
呼吸を一つ整えて、皆へ感謝する。
「ウォーカー隊の皆。悪い。先に逝く。そんで迷わないように、シゲマサ。ザイオン。俺を案内してくれよ。そっちの行き方知らんからよ」
土砂に体が飲み込まれている間。
「お嬢・・・俺はここまで、すみませんね。最後までお守りできずに・・・ジーク。小僧。お嬢を頼んだ。それとシルク様・・・俺は離脱となります・・ですが、大丈夫。まだウォーカー隊の連中はいますからね。お嬢は大丈夫ですよ・・・そしてマール。俺の代わりに頼む・・・みんなの事、頼んだ」
自分の死の最後の時まで、ザンカはお嬢を気にしていた。
そして同時にヒザルスも。
「は~はははは。悪いな。ジーク。俺は最後までお前の面倒を見られん。ここでサラバだ。お嬢も元気で・・・あとは・・・怪物爺さんも、楽しかったですぞ。たくさん迷惑も掛けられましたがね・・・あとは悪かったディド。俺は部下がお前でよかったと思ってるわ。でもお前の死を無駄死にはさせなかったぜ。俺の計略で大物を釣ってやったわ。俺たちでこの成果を挙げたぞ!」
土の濁流に飲み込まれながら、ヒザルスは笑っていた。
「ああ・・・シルク様。ヒザルスは、役目を果たせずです。申し訳ありません。あなたのお子様を最後までお守りすることが出来ず・・・しかし、大丈夫です。あの二人には・・・太陽がいます・・・あなたのような方が、隣にいますゆえ・・・ジークとお嬢はこれからも安全で、幸せでしょう。それと、私ヒザルスは、天国にはいけないのでね。これから、あなたとお会いできないので、今謝罪しておきますよ。ははは。嘘つきは地獄らしいですぞ。大変ですな。次は閻魔様との舌戦かな。は~~~ははははは」
ザンカとヒザルスは、この戦争の初戦で命を落とした。
しかし、その戦果は凄まじいものであった。
タダでやられることだけはしない。ヒザルスの計略は見事に王国に刺さっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます