第38話 逃げて、逃げて、逃げまくる

 ザンカが谷へ向かって逃げている頃。

 ヒザルスもまた敵との戦闘に入っていた。

 それは彼の予測通りの展開であって、向かいの山の裏に隠れていた敵たちが、山の左右の中腹から出現して、二軍編成でこちらに向かって来たのだ。

 この行動はあらかじめの準備をしていたので、全く問題なく対処していた。

 帝国軍側もすでに二部隊編成をしていて、九千ずつの兵で敵の左右の軍に対抗するのである。

 両軍はほぼ同じ数で戦った。

 

 ◇


 本陣二千で待機しているヒザルスは、ディドと共にその戦いを遠巻きから見ていた。

 

 「ディ。互角だな」

 「はい。しかし、予想通り過ぎますね」

 「そうだな。奇をてらって来た・・・というつもりか・・・いや、変だな。なにか変だな。こちらを攻めて来るなら、通常通りの動きすぎるんだよな・・・変だぜ」


 ヒザルスは油断しない。

 上手くいっている戦場であっても、相手が取りうる手段を並べていくタイプの戦術家なので、緊張感を保ったままでいた。


 「ディ・・・この戦場でありえないことが起きるとしたら、どんな事だ」

 「え。そうですね。一番ありえないとしたら、奴らが戦っているのに、ここが強襲されることですかね」

 「そうだよな。二軍編成同士での戦いが起きて、双方が拮抗している状態。そして、たぶん相手の本陣が裏山にあるはず。と普通に考えるから・・・俺たちの所まで攻撃なんて届くはずがないって考える・・・だがしかしだ・・・もしここに攻撃が来るのだとしたら、今の俺たちは二千の兵しかいない。本陣急襲・・・絶好の機会・・・だよな」

 

 裏をかくとしたら、向かいの山の頂上からの奇襲攻撃。

 つまり三つ目のルートだ。

 しかし、そのルートは遠巻きからでも見えてしまうので、強襲攻撃にはならない。

 

 「そう・・・敵が見えるんだ・・・でも、この音は・・・」


 人が走る音がかすかに聞こえる。

 戦場の音じゃない、移動音だ。

 山の木々の葉が擦れる音。柔らかい土を踏みしめる音。

 聞こえるはずのない音を、ヒザルスの耳は拾っていた。


 「ぐああああああ」

 「おおお」


 本陣の兵たちが叫んだ。


 「な、なんだ!」


 周りが騒がしくなり始めると、帝国兵士たちがバタバタと倒れ始めた。


 「ヒザルスさん! これは敵襲?」

 

 目の前で次々と仲間が倒されていき、ディドが驚いた顔で振り返る。


 「これは・・・まさか・・・影か!?」


 ヒザルスも驚きで止まっている間、隣に出現したマサムネがナイフを投射した。


 「ヒザルス。影の力だぞ。よく見ろ。二百が来ている!」

 「なに!」

 「俺も奴らの接近まで気付かなかったわ。クソ。ヒザルス急げ、全体がやられる前に、影から引きずり出すぞ。影部隊で対抗する」


 マサムネとサブロウ組の三十名が表に出ていった。

 ヒザルスも影の行動が出来るために戦闘に加わる。


 「ほい。ほいほいほい。ヒザルス、俺たちしか出来ないぞ。迷うな」

 「いや、しかしどういうことだ。どこからこれほどの影が一斉に!?」


 マサムネのナイフと、ヒザルスの剣技で、敵を引きずり出していく。

 

 「皆。粘ってくれ。二人一組で守りながら、敵に向かってくれ。影との戦闘は難しい。俺とマサムネが引きずり出すのを待ってくれ」


 迷っても指示は的確。ヒザルスは戦いながら態勢を整え始めた。


 「ヒザルスさん。俺も・・・」

 「ディ。お前はさが・・・!?!?」

 「貴様が大将だな」

 「「「だ、誰だ!?」」」


 ヒザルスとマサムネの後ろについていこうとしたディド。

 せめてすぐ後ろを守ろうと必死に追いかけていた。

 そこに誰かの声が響く。

 

 「な!? 俺たちの背後に影だと!? 俺たちが見えない影なんて、この大陸にはいないはず」

 

 マサムネは影として超一流。

 しかも消える能力だけは、サブロウクラスの力を持っている。

 消える力がある者は、見える力もある。

 だからマサムネは、サブロウやミランダクラスの影を見破ることが可能なのだ。


 「大将は貴様か」


 現れた男の姿が今の今まで見えなかった。

 ヒザルスの横に現れた男は出現前から剣を振りかざしていたようだ。

 彼に刃が迫っていた。


 「ヒザルスさん。下がって」

 「な!? 馬鹿野郎。ディド!!!」


 ヒザルスの後ろにいたディドが、肩でヒザルスを押し出した。

 敵の剣がディドを容赦なく斬りつける。

 ディドの傷口から吹き出る血の量は、命が助かる量ではなかった。

 

 「ぐはっ」 

 「ディド!」

 「た、退却を。ヒザルスさん・・・・お願いします。ここであなたが死んだら駄目です。軍が・・・軍が立て直せない・・・・負けます。だから俺がこいつを・・・・はああああああ」

 「なに!??」


 ディドが最後の力を振り絞って、謎の男に飛びついた。

 抱きしめてそのまま奥へと走り出す。


 「退却です。とにかく遠くへ! お願いします!!!」


 謎の男が、ディドの背中を刺しても、ディドは離さない。

 死ぬはずの男の力が落ちていかないのだ。


 「ディド!!!」

 「いいから早くしろ! 撤退だあああああああああああ。皆、ヒザルスさんをお連れしろおおおおおおおお」

 「くっ・・何だこの男の力は!?」


 謎の男とディドが戦場から離れていく。

 ディドは、命が尽きるまで、いくら刺されようが走るのを止めない。血が吹き出ようが、皆を守るために懸命な走りを見せた。


 「ヒザルス! ボケッとするな。ここでやる。笛を鳴らせ」

 「あ、あれか。クソ。ディド・・・」


 最期の力を振り絞っているディドを見送るしか出来ないヒザルスが、サブロウからもらった笛を吹く。


 『どんどん・・・どんどん・・・どんどん』


 鳴った瞬間に仲間たちがヒザルスの方面に集まりだすと。


 「これでも喰らえ。サブロウ丸ピカリン号だぞっと」


 マサムネが上空にサブロウ丸を放り投げる。

 敵の視線が全てこちらに向いていたので、相手の目を眩ませることが出来た。

 そこからヒザルスと本陣の兵士たち、それとマサムネと影の部隊は逃げる。


 「マサムネ!」

 「なんだ」

 「こっちだ。谷に落ちる」

 「は? なんで」

 「どうせあれは追いかけてくるぞ。影たちだ。追跡が上手いはず。だから奴らを封じる策がある。マサムネ、いいか・・・」

 

 とある作戦をヒザルスが説明しだすと、マサムネは苦い顔になった。


 「いいのか。お前」

 「ああ。騙し討ちだ。それしかない」

 「・・・わかった。合図をくれ」

 「いや、お前の合図に合わせる。光でくれ。フュン様の奴だ」

 「・・・わかった・・・やるぞ」


 マサムネが影部隊を率いて離れようとすると。


 「マサムネ!」

 「なんだ?」

 「ジークによろしくと伝えておいてくれ」

 「・・・ああ、わかったよ。必ず伝える・・・」

 

 悔しそうな顔をしたマサムネに、笑顔で返したヒザルスは、山を下った。


 ◇


 「うまく逃げたな。マサムネ」


 谷を目指すヒザルスは、背後から猛烈な勢いで追いかけてくる敵部隊を音で確認した。

 自分たちが必死になって逃げているので、足跡が残っているから追跡もしやすいのだろう。

 なので、マサムネの方に向かう事は出来ないはず。

 彼らは足跡を消して移動して、敵から姿を隠せたはずなのだ。

 

 「腰抜けどもが! どこまで逃げる気だ。あの男の方が気概があったぞ」

 

 謎の襲撃者が叫んだ。


 「ええ。そうでしょうね。彼の方が勇者だ!」

 「貴様・・・奴の覚悟。なんとも思わんのか。薄情な奴だ」

 「ええ。生きているのが正義だ。死んだら何も残らない」


 走りながら答えるヒザルスは淡々とした声であったが、その顔は苦しい表情をしていた。

 本当は悔しい。

 でも、そんなことは微塵も見せずに逃走しながらの舌戦をする。


 「貴様。仲間を・・・」


 納得のいかない声を出している男は、谷にまでヒザルスを追い込んだ・・・。



 ◇


 谷に到着したヒザルス。それとほぼ同時に反対側の山から一団が駆け下りてきた。


 「ザンカ!?」

 「ん・・・ヒザルス・・・なぜお前がここに。しかも兵が・・・」


 ザンカはヒザルスの兵士たちの少なさに気付いた。


 「まさか。敗走か」

 「ああ。そっちもか」

 「まあな。こっちに来ているのは、ネアルだった」

 「ネアルだと!?」

 「そっちは」 

 「知らん奴だ。しかし、そいつ、影の力を使ってきやがる」

 「なんだと・・・」

 「そうだ。しかも化け物並みに強い。俺たちでは勝てん」

 「・・・そうか」


 合流した二人が、互いの部隊を合わせて円陣形を作った。

 そこに敵がやって来る。

 円陣形を囲うように兵を配置して、向こうも話をしていた。

 

 「ノイン。貴様もここに?」

 「ああ。お前もこちらに来たのか」

 「追撃を仕掛けていたらな」

 「こっちも理由は同じだ」


 ネアルと対等に話すのは、ノイン・バッカス。

 本名はノイン・トゥーリーズ。

 元はナボルの幹部だった男だ。


 ◇


 絶体絶命の中の二人。

 ザンカとヒザルスは敵に追い込まれていた。

 ここからの勝機はどこにもないように思う。

 だが、ここで更に作戦を思いつく。


 「ザンカ」

 「なんだ?」

 「俺に任せてほしい」

 「なにを?」

 「あいつら二人をだ。目標地点まで誘導したい」

 「目標の地点?」

 「そう。全体をここからそうだな」


 ヒザルスは今降りてきた山の方を見た。

 何かを確認して方角を見極める。


 「・・・東・・いや北東に寄りたいな・・・ザンカ、ここから三百メートル。東に移動できるか?」

 「この囲まれた状況でか・・・難しいな」

 「頼む。そこで、俺たちのとっておきで奴らを仕留める。ここで奴らを倒すことが出来るなら、ジークとお嬢にとっては、でっかい置き土産をあげられるわ」

 「ほう・・お前がそこまで言うのか」

 「ああ。任せてほしい」

 「いいだろう。やってみせる」

 「ふっ。いいのか。いつものように心配にならんでも」

 「ああ。いいぜ。お前がやると決めた時だけはな。失敗した所を見たことがない。口巧者でまかせヒザルス」

 「は~はっははは。その通りだ、俺の腕の見せ所だ。あっちに魅せてやる。このヒザルスの名演で魅了してみせよう」


 ヒザルスは高らかに笑い、王国最強の戦士と、王国最強の英雄王と戦う。

 

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