第37話 まさかの一撃

 帝国歴531年5月16日。

 一週間もの期間、嫌がらせ程度の攻撃を受けていたのがザンカ軍であった。

 両軍に負傷者も出ないような軽い戦いが続き、不満が溜まりそうな状況だが、ザンカ軍は全くイライラしていない。

 彼の軍は統率がかなり取れているので、ウォーカー隊ならば不満が出そうな戦いであっても、問題が起きないのである。

 むしろ、兵士たちではなく大将であるザンカの方に不満があった。


 「攻撃が軽い・・・しかしだ、今日の感じから言って変化がありそうだ。明日か」

 「兄貴。明日が山場ですか?」

 「ああ、たぶんな。本気の攻撃をして来るだろう」

 「そうですか。では、やりましょうか!」

 「ああ。笛を吹く。鳴ったら全開だ。と皆に伝えておいてくれ」

 「了解ですぜ」


 独特な笛の音が鳴ったら攻撃開始だとマールが軍全体に指示を入れた。

 この情報を伝える際。

 鳴る音の音量などが曖昧だった。

 それは、ザンカもマールも全力で笛を吹いた時に鳴る音が分からなかったからだ。



 ◇

 

 翌日。

 戦いが始まる前。いつもと違う事に気付く。

 

 「昨日と配置が違う。右が厚めだな。こっちの左を狙い撃ちにする気だ」

 「じゃあ、こっちも、左を厚くすればいいんですかね?」

 「それは違うな。逆にそのままで、等しく攻撃を当てていこう。相手の左を先に粉砕して、これからの戦争を楽にする・・・ただな」

 「ただ? 何かあるんですか?」

 「この敵。大将は誰だ? 一週間も戦って、相手の大将が見えない戦いなど・・・初めてだ。そこが気になる。なんか胸騒ぎがするな」

 「そうですね。たしかに、誰なんでしょうかね」


 二人の疑問は開戦と同時に分かる事だった。


 ◇


 昼前。敵軍に動きがあり!


 相手よりも先に仕掛けたいザンカは笛を吹く。


 『どんどん・・・どんどん・・・どんどん』


 大きな音が山に響く。

 本当にノック音のような音だった。


 「うるせえぞこれ! 耳壊れるかと思ったわ・・・・おいサブロウ! こいつの音! 普通に高い音が鳴るとかでもいいんじゃないのか? 別にドアを叩く音じゃなくても・・・」


 不可思議な笛の形に困惑しながら、ザンカは笛を鳴らしていた。

 

 サブロウって男が特殊だから、こんなうるさい音にした。

 ザンカはそう思っていたが。

 彼がこの音にした理由は、戦場で異質な音を出して、こちら側の合図だとハッキリわからせるためであった。

 でもまあ、別にノック音じゃなくてもいいのも分かる・・・。


 

 合図からの帝国軍は、迅速な行動で戦闘態勢を整える。

 相手の動きよりも先に動き、先制を仕掛けた。

 この一週間の間は、王国軍の方が先手を取っていたので、今回のザンカ軍の動きに驚いた。

 身を引いたような動きを見せて、前に進むための足が鈍っていた。

 だから、最初の攻撃が通るのはザンカ軍である。


 「いけ。とにかく全力だ」

 

 全体が等しく攻撃を入れる。

 王国軍は、今までとは違う流れに押し込まれていった。

 敵が徐々に後退していくと、ここがチャンスだとして、ザンカは更に押すことを判断して、全体を今よりも前に出して敵を追い込むことに決めた。


 このまま順調にいく。

 そのはずだった。

 だが。

 王国軍が本陣に置いていた場所辺りから狼煙が上がる。

 普通の煙で、モクモクと灰色の線が、青空の中に入った。


 「あれは? ん!?」


 なだれ込むようにして敵兵の後ろから援軍が来た。

 先頭を走る男が強烈な輝きを見せていた。


 「・・あれが大将だな・・・しかし、あれは誰だ・・・やけに輝いて見えるわ」


 ザンカがその敵を見ると同時に覇気のある声が響く。

 やたらと通った声が、敵兵たちに勢いを与える。


 「続け、ネアル軍! 私を先頭にこの戦場を制圧する。パールマン。右翼につけ。私は中央だ」

 「なに!? ネアルだと!? 王自らがこちらの戦場に来てたのか」

 

 今まで分からなかった敵軍の正体。

 ザンカ軍が相対していた敵は、ネアル本軍だった。

 将をひた隠しにしていて、彼の軍には他にパールマンとヒスバーンもいた。 



 第二段階に突入した戦場。

 まさかのタイミングの援軍というの名の本軍は、ザンカ軍にとっては最悪の軍だった。

 あっという間に、ザンカ軍全体の勢いが、優勢から劣勢に変わる。

 右も左も、中央の部隊も一斉に崩れていった。

 ザンカが軍に指示を出して、立て直し作業に入っても、ネアル出現のインパクトが彼らの心を浮足立たせる。

 帝国軍は後手後手に回っていくしかなかった。


 「まずい。全部が崩れている。逃げるのも・・・それも駄目だろう・・・普通に逃げたら全滅だ」

 「兄貴。あっしがひきつけて・・・戦いましょう。兄貴は逃げてください。後ろに入ればミシェルたちがいやす!」

 「・・・だめだ。それでは、態勢の整わない状態で、俺たち帝国軍が、この攻撃を二度も受けることになる・・・・ここは、俺がやるしかないな。マール。1万5千を率いて、山を下れ! ゼファーと合流しろ」

 「あっしが? 兄貴は??」

 「俺はこのまま、この軍の中にいる元ウォーカー隊たちを連れて、北の谷に行く。俺が大将だ。敵も俺の方に来るはず・・・だからあそこまで逃げながらの戦闘で時間を稼ぐから、お前はゼファーに軍を渡して、ミシェルにもこの緊急事態を知らせろ。ネアルが来たのは、アージスでもなくガイナル山脈だったとな。この情報が後に活きるはず」


 ザンカは、今後帝国軍が情報を知らないで戦うのはまずいとした。

 自分と同じような手を帝国軍全体が食らわないために、ザンカ軍が全滅することを回避しようとしたのだ。

 全滅してしまえば、この情報を味方に伝えられないからである。


 「あ、兄貴。そいつは・・・無理が・・・それに兄貴・・・」

 「ああ。でもここで皆で全滅は避けたい。俺とウォーカー隊が、意地を見せてやる。王国にも帝国にもない。戦術を披露してやるぜ」

 「兄貴!?」

 「マール。生きていたら、また会おう。俺の義弟よ。お前は、この戦場で死んでは駄目だ。それともし、俺に何かあったら、お嬢を頼んだ。ジークも頼んだ。俺たちは、シルク様から二人を任せてるから大丈夫か。ハハハ」


 マールは笑顔のザンカを見ることが出来なかった。


 「・・・あ・・・兄貴・・・わ、わかりやした。おまかせを」

 「おう! 頼んだ!」


 ザンカは、自分の軍の中に組み込んでおいたウォーカー隊を呼び出した。

 この中には三千のウォーカー隊がいて、彼ら全員がザンカの指示に笑顔で応えた。


 「いくぜ。ウォーカー隊。俺たち得意の逃げ戦術。いけ。砕け散れ!」

 

 ザンカの合図とともに、ウォーカー隊は北へ向かう。

 それが団体行動じゃなかった。

 各々がバラバラに砕け散って、一目散に北へと逃げ始めたのだ。

 その走りの勢いに戸惑ったのはネアル。

 ありえない敗走の仕方に指示が滞った。


 そこでさらに。


 「あっしらは山を下る。いそげ、ザンカ軍」

 

 マールがザンカとは反対の南方向に逃げ始めた。

 こちらは規律も良く綺麗な敗走の仕方をしていた。

 ただし一万五千の大軍による逃走だ。

 ネアルは、追いかけるにもどちらを追うべきか戸惑う状況となる。


 なので、ネアルは立ち止まって迷った。


 「ど、どういうことだ。逃走ルートが二つだと・・・別れて逃げるなど何の意味が・・・ヒスバーン! 大将はどっちに行った!」

 「ああ、確か。ザンカとかいう男だったな」


 後ろからついて来たヒスバーンが答える。


 「だからどっちだ。急げ」

 「ったく、うるさいな・・・ああ、あれだな。逃げるにしても、なんであいつこっちを見てんだ・・・・後ろなんて気にせずに、とっとと逃げた方がいいのにな・・・」

 「どれだ。どいつだ」

 「だから、あれだ! 谷の方に移動していった奴がザンカだ」


 ヒスバーンが指差した先をネアルが見た。


 「そうか。じゃあ私はあっちをやる。お前はこの先の要所を確保。パールマンにはあっちの兵を追いかけろと指示だ」

 「わかった。あんまり無理すんなよ。あっちは谷だぞ」

 「わかっている。私も地形くらいは頭に入れている。だが、ここで一人でも大将を倒しておけば、今後が楽になるだろう。それにこの山を、完全に確保すれば・・・ここを基盤にして、帝国を攻め続けるようになるからな。ここが無理をしてでも、完全な勝利を手に入れようと動く場面だろう」

 「たしかに、そうだが、それを今まで成しえた奴がいないからな。ここの戦場は難しいんだぞ。保有している国の方が、保有側の山を熟知しているからな・・・地形利用とかの罠があるかもしれんぞ」

 「ふん。わかっているわ。心配性だなお前」

 「いや、別に心配していない。お前が死んでも別にどうでもいいからな」

 「言ってくれるわ。それでは、お前に任せた。追撃しておけ」

 「わかった」


 ネアルはここで通常の兵士たちではなく、自分が手塩にかけて育てた近衛兵五千を連れて、ザンカを追った。

 ザンカの部隊が三千なので十分な兵数を用いて、確実に敵将を倒す動きをしたのだ。


 そしてパールマンは、逃げるマール軍の背後について、攻撃を仕掛け続ける。

 しかし、マール軍が素早い退却を披露したことにより、完全に全てを削っていくことが出来ない。

 山を下って退却速度が上がっている状況のせいで、追撃の難しさが出ていたのだ。


 ガイナル山脈中央南。

 ザンカ軍の戦いは、一日も持たずで崩れる結果となった。

 この二つの敗走は、この戦いの困難の始まりに過ぎなかった。


 

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