第36話 右将軍ジークハイド・ダーレーと将たち
帝国歴531年5月9日。
ハスラ方面の戦いの幕開けは、ガイナル山脈中央南側。ザンカがいる戦場だ。
王国軍が二万。帝国軍が二万。
同数の決戦であり、山の陣取り合戦のような戦いであった。
数も互角だが、戦況もほぼ互角。
合わせて戦い方も噛み合っていて、本当に何から何までが互角である。
ザンカの戦場の裏。
山四つ分離れた東側には、予備軍としてミシェルの部隊がいる。
彼女も二万の軍を指揮している。
「ここが・・・本格的な戦場になるのですね。ザンカ様は大丈夫でしょうか」
「ミシェル。あたしが索敵しようか」
「リアリス・・・いえ、いいです。救援ならば信号弾が来るはずです」
「そうね」
ミシェルの下には副将としてリアリスがいた。
現在二人がいる場所は、北と南の山脈が合流する位置で絶好の要所である。
ザンカとヒザルスが抜かれた場合のもしもに備えていて、ここを取られるとガイナル山脈を完全に取られた形となる場所だ。
「ミシェル・・・ゼファーは? どこにいるの」
「彼は麓から平野にかけての場所で、軍を展開しています。ザンカ様の南側にいますよ」
「なるほどね。じゃあ、あたしたちと同じように、最終防衛ラインを担当って事ね」
「そうなりますね」
ゼファーは敵のハスラ行きを防ぐ部隊で、ミシェルはラーゼ行きを防ぐ部隊である。
リアリスは、自分の配置と周りの配置で、役割を瞬間的に理解した。
ここらがゼファーとの違いである。
「じゃあさ。後ろの山に行こうか」
「え? 後ろですか」
「うん。あのここより一個高い山に行かない?」
「リアリス。ここを捨てるのですか」
「違うよ。捨てるんじゃなくてね。もし敵が来るならさ。この位置が罠の方がいいんだ。ここは好位置! 場所がいいのよ。だから逆に誘き寄せるには楽なの。それで、あそこの山から矢を落とせる。上とか。平行に矢を当てるのって結構難しいんだけど、下に向かって射るんだったら、他の子たちでも正確に狙い撃てるのよ。あたしは不得手じゃないけど、狩人部隊にもいるからさ。平行撃ちが苦手な子がさ」
「そうですか。わかりました。ここが好位置だからこそ・・・ここを罠にしてしまうのですね」
「そういうこと」
「いいでしょう。あちらが開戦しているみたいなので、もう少ししてから移動しましょうか」
「了解!」
リアリスとミシェルは相変わらず良好な関係であった。
たしかにリアリスもゼファーの事が好きではあるが、ミシェルの事も当然大好きなのだ。
両方を好きな分。
苦しんだ経緯があるが、今はそんな二人の事を支える立場に立っている。
「ヒザルス様の方はどうなっているのでしょうかね」
「どうだろうね。あっちは未知数だから・・・不安だね」
前の戦場は、一体どうなっているのか。
山での戦いは、実際に先が見えない。
◇
ヒザルス方面の戦場の様子がわからなくとも、引き続きザンカ方面には、王国軍の攻撃が続いている。
「この敵。見ている・・・」
「どうしやした。兄貴」
「マール。変だ。敵の動きが極端に単調・・・敵の狙いは見物かもしれん」
敵の狙いが様子見であるのが明らか。
それは最初の攻撃の時から感じていた事だ。
今も前も、本気の攻撃じゃない。
あっさりとしている印象である。
「強い。弱いの話じゃないな・・・これは、相手を探る索敵のような行動だ。もう少しで引くぞ」
「そうですか。なら、あっしらも?」
「そうだな。引こうか。相手が引くタイミングに合わせる」
「わかりやした」
敵が静かに引いていくタイミングに合わせて、ザンカ軍も後退を指示。
本陣まで下がると二人は会議に入る。
「マール。どこかで、本気で来るぞ」
「ええ。あっしもそう思います」
「だから、来るッというタイミングに合わせて、こっちから仕掛ける。俺たちは息を合わせるために、サブロウのこいつを使う」
「サブロウですかい?」
「ああ。見てくれ。この意味わからない奴を・・・」
ザンカが取り出したのは、笛だった。
普通に鳴らすのならば、吹きやすいようにシンプルな構造をしているはずなのに、サブロウの笛は、余計な装飾がされていた。
息を吹き込むところがストローのように細く長く、独特な形をしている。
笛が鳴る部分もやけに大きい。
一見すると、キセルのようにも見える。
「なんですかそれ? 飲み物でも飲むんですか? 煙草でも吸うんですか?」
「知らんよ。サブロウに言ってくれよ。俺が頼んで作ってもらったんじゃなくな。あいつが勝手に俺に渡してきたんだよ」
「そうなんですね。それで、命名はなんて?」
「サブロウ丸ノック号だそうだ」
「ノック号? 何ですかその名前は??」
「俺だって知らないわ。サブロウに聞いてくれ。なんだか知らないけど、騒音並みのドアノック音が聞こえるらしいぞ」
「え? ドンドンってなるんですかい?」
「ああ。そうみたいだ。本当にそんな音が鳴るのかは心配になるがな」
「へぇ。また、サブロウも、奇怪な物を・・・」
二人の頭の中では、サブロウが嬉しそうにものづくりをしている顔が浮かんでいた。
◇
ザンカたちが戦っている裏では、ヒザルスが北の地で待機をしていた。
「ヒザルスさん。俺たちはどうしたらいいんでしょうか。暇です」
「暇とか言うなよ。ディ!」
「だって、暇ですよ!」
「はぁ。お前な。遊びじゃないんだ。目の前のあの山から敵が来たらどうすんだ」
「その時は戦います」
「当り前の話だな。すまん。俺がそういう風に話したのが悪かったわ」
ヒザルスは、自分の腹心になっているディドとの会話に苦しんでいた。
「ディ。俺の予想では、裏にいると思う」
「お。真面目な話ですね。あの大きな山の裏ですね」
普段から冗談を言い合っているので、真面目な話の時は真面目になろうと努力するのがディドである。
「ああ。たぶんな。裏側に兵を待機させて、何かのタイミングで来ると思う」
「そうですか。それじゃあ、片方からってのはないですよね」
「片方?」
「はい。片方の斜面からじゃなく、あの両方から出てきますよね」
「なるほどな。三万以上でこの山脈で部隊を編成するとは思えない。最大効率数は二万だ。それ以上だと機動力が失われるはず。ということは、裏にいる二万の兵が、一万ずつに別れて来るかもしれないってことか・・・」
「ええ。一万ずつなら、迅速に山を下ってこちらの山にまで来れますよ」
「そうだな。ディ! 索敵を任せてもいいか」
「いいですよ。やります」
「頼んだ」
ヒザルスは、ディドに見張りを頼み、本陣で考え事をし始めた。
椅子に座り、足を組出す。
「これは、俺の所じゃないように見せかけた。俺の所が本命・・・盤面全体で考えると、ザンカの位置が助攻。俺の位置が主攻だな。戦いの気配がないのが異様なんだよ・・・だから、嫌な予感がする。敵の強さは今までの比じゃないな。あのアージスよりも気を引き締めないとな。ハスラに行かせるわけにはいかない。ジークの悩みの種になってしまうからな」
ヒザルスは、ジーク並みに感覚の鋭い戦術家でもある。
フュンが大将にいきなり指名したのも、この能力の高さ来るもので、影までこなすことが出来る万能武将である。
そして誰よりも、ダーレー家への絶対忠誠を誓っている戦士である。
シルヴィア。ジーク。この両方を守るために戦う男なのだ。
普段のお茶らけている彼では想像がつかない姿、真の姿は忠臣である。
「ここの盤面で戦える場所は数カ所。その中で、戦いやすい場所は、船。そしてザンカの場所だ。そしてもう一つは、高速船でラーゼを強襲することが一番いい。ルコットからラーゼヘな。しかし、ラーゼは屈強だ。あそこを船で落とすのは難しい。ならば、ここが一番虚を突ける」
頭の中を整理しながら、戦う可能性がある場所を列挙していく。
「それにここを失うとまずい。ザンカの場所を挟撃出来るようになるしな・・・俺が抜かれるわけにいかないぜ」
戦うイメージを常に持ち続けて、敵を迎え撃とうとしていたヒザルスであった。
◇
その頃。川の上では。
「並べただけで、水上戦は始まらないようですわね」
「そうみたいですね」
「ビリーヴ殿。私たちはどのような形で待っていればいいでしょうかね」
ララとマルン・ビリーヴは、隣り合わせで顔を合わせずに会話をしていた。
戦闘をしていないララはお淑やかでゆったりとしていて、真面目で冷静な彼は淡々としている。
「それは、向こうと同じ数ですからね。無理をしないで戦うのがベストです」
「そうですか。今は突っ込んでは駄目ということですね」
「ええ。あなたは止まることを覚えた方がいい。猪突猛進はよくありません。大体、あなた馬鹿の一つ覚えみたいに進むんですよ。毎回毎回、真っ直ぐ進んでますからね」
「言ってくれますわね」
「私は、遠慮しませんよ。意見はズバズバ言います」
元貴族のマルン。
今は、武の十家の内の一家ビリーヴ家の当主である。
ビリーヴ家は、海軍を担当していた家なので、こちらの水上戦に選ばれた。
かつて、フュンにも水軍について指導した事のある男だ。
「何か不満があるのですか。顔の表情がないのでよく分かりませんが、私とヴァンに思う所がありますか?」
かなり踏み込んだ会話もしていた模様。
旗から見たら喧嘩腰にも思うが、二人はドライなので次々と会話が進む。
「いいえ。私はそこに関して、何も思いません。私の実力が足りないことを自覚していますし。あなたたち二人はともに優秀だ。中将と少将に相応しい」
「あなたも少将ではありませんか。本来ならばあなたがこの水軍の長でもおかしくない」
「まあ。そうとも言えますが、私は補佐でも不満はありませんし、あなたの方が船乗りとして素晴らしい。これは褒めているのではなく事実です」
「そうなんですね。ならば、私が長として頑張りましょう。副将お願いしますわ」
「ええ。もちろんですよ。ララ少将」
水上戦の行方はこの二人の腕にかかっていた。
前々回、前回の手は使えない。
同数の真っ向勝負の戦いである。
◇
ハスラの城壁にて。
「ジーク様。始まりました。影での連携連絡で、ザンカの部隊が戦い始めたと」
「わかった。ナシュアありがとう。また頼む」
「はい」
ここでのジークの端的な返答は珍しい。
何かを考えているのだと、ナシュアは余計な事を言わずに後ろに下がった。
「どうするべきか。配置は良いと思う。ただ明確な防衛方法がないのがキツイな・・・」
ジークが考えた配置はこちら。
フーラル川水上戦にララとマルン。
ガイナル山脈中央の要所にザンカとヒザルス。
その二人の後方、ガイナル東の要所にミシェル。
ガイナル中央の山裾にゼファー。
これらを見守るのがハスラで、ジークが軍の総大将としている形である。
防御陣形としては完璧。しかし、防衛策があまりない。要所を守る動きしか出来ないのが、ここでの戦争である。
それは向こうも同じで、目立った策など、この水上戦と山脈での戦いでは、考えにくい。
純粋な力と力の戦いになることが予想されるのだ。
「俺たちは、プランAの方は、最初から捨てていかないといけないかもしれない。いや、待てよ。Bも無理かもしれない。だから、フュン君のCを完遂させるための補助的な動きが重要かもな。それにはザンカ。ヒザルス。お前らが重要だ。すまんが苦しい戦場を頼むぞ・・・二人とも」
二人が激戦になる。
ジークの予想は当たっていた。
それが分かるのは、ここから一週間後である。
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