第35話 思いついても、やろうとは思わない事

 帝国歴531年5月9日。

 

 ガイナル山脈中央の山脈沿いにいるのがゼファー軍。

 その彼らの目の前の山から北に行った先にいるのがザンカ軍だ。

 ザンカ軍は、以前にエクリプス軍が攻めてきた時に拠点にしていた場所よりも、さらに北に行き、山を一つ越えた先の山の中腹に布陣している。

 彼らがそこを抑えることで、ガイナル山脈南側を防御できる場所だからだ。

 こちら側に王国兵を渡らせない要所である。


 「よし。防御は良しとして・・・・マール」

 「へい」

 「ヒザルスはどうなった? 布陣してるか?」

 「してますぜ。山の裏側。北の山脈の方にいます・・・あっちの海側の方を抑えていますぜ。ただ・・・」

 「ただ?」

 「寒いと言ってますね。まあ、北の北。最果てですからね。あっちは少し寒いですぜ」

 「そうか・・・そうだよな。こちらよりも寒いのは当然か」


 ガイナル山脈は、南側と北側で温度が違う。

 南と北の山脈には、間に谷が存在していて、そこから違いが起きているのだ。

 谷以降の北側には本当に山以外に何もない。

 隠れ里の村や町も存在しないので、完全に人のいない地となっている。

 ハスラ防衛戦争時も、そちら側には何もないと言っていたのはそういう事だ。

 北の果ては、今ザンカがいる場所の事を指し、ヒザルスがいる場所は、人のいない本当の意味の最果ての地となっている。

 そして何より、ヒザルスがいる場所は例の場所が見える。



 ◇


 「あれが……フュン大元帥の母君がいた場所か」


 ヒザルスは北の果てにいた。

 隣にはマサムネがいる。


 「ヒザルス。俺、あそこに行ったことがあるんだよ。フュンから船を借りてな」

 「そうだったのか。お前の旅・・・趣味もそこまでいっていたか?!」

 「ああ。ドノバンと呼ばれる里があったらしいんだ」

 「それは聞いた。ジークと一緒にな」

 「そうか。それでさ。俺はそこに里の形跡がないかと思ってさ。よくよく探したんだ。そしたら燃やし尽くされているけど、生活をしていた形跡があってな」

 「そうか。ナボルに全てを奪われていたわけじゃなかったんだな」

 「ああ。何人か死体もあったな。白骨化してたけどな・・・埋葬はしておいた」

 「そうだったか。お前もそういう事はしっかりやるんだな」

 「ああ。現世を彷徨う人々になっちゃな。可哀想だもんな。それにフュンの為にもやっておいた方がいいだろうな」

 「そうだな。その通りだ。彼の為には良い事だな。ここからでは失礼かもしれないけど、拝んでおこう」


 ヒザルスは目を閉じて黙とうした。

 

 「それで、マサムネは何故こっちに来た? ザンカの方が索敵が難しいだろ」

 「まあな。でも、俺はこっちが怪しいと思ってるんだ」

 「怪しい?」

 「ああ。俺とミラが戦った前回。こっち側ではあまり大規模な戦いをしていない。俺たちはゲリラ戦法だけで対抗出来たんだ、それに基本はこの谷間までだった。こっち側を戦闘の基準に持って来てなかったんだ。ということはだ。あのネアル王ならば」

 「そうか。こちらを戦場にする可能性があるという事か」

 「そういうことだ。かつてない戦争をするつもりならよ。今まで誰も考えたことがない事をしてくると思うんだ。それはあのフュンと同じ思考だと思うんだ。そこは二人が似ている気がする」

 「たしかに・・・彼もまたありえない戦術を取る気だものな・・・」


 二人は少し前を思い出していた。


 ◇


 昨年。フュンは大将と元帥を呼び寄せて会議を開いていた。

 呼んだメンバーは、クリス。ミランダ。ジーク。スクナロ。

 大将たちは、ヒザルス。ザンカ。ハルク。フラム。

 この八名が会議の参加者だった。

 会議室の端には、サブロウ。マサムネ。レヴィ。ジュリアンがいる。

 影たちなのでカウントされていない。


 「フュン君。ゼファーたちは?」


 ジークが聞いた。


 「はい。彼らには教えません。これは今回の戦いの責任者となるメンバーのみにお伝えする作戦です。彼らはまだ若い。機密を漏らすという心配よりも、この作戦を事前に知らされれば、気負ったり、心配になったり、不安になったりするかもしれない。だから、どっしり構える事が出来る皆さんにだけお伝えします」

 「私たちだけ・・・それは私も含まれるのでしょうか」

 

 フラムが不安そうに聞いた。


 「当然。フラム閣下。僕はあなたを信じてますよ」

 「そ、そうですか」


 自分以外がそうそうたる面子。

 ここにいてもいいのか。

 ある意味除外されているような気分であったフラムは、なんだか恥ずかしくて目を伏せた。

 

 「それで、小僧。何をする気なんだ」


 ザンカが聞いた。昔からザンカはフュンの事を小僧と呼んでいる。


 「はい。僕はここから、皆さんに秘密の作戦を教えておきたいと思っています。これは、僕ら八人だけの秘密です。戦いが始まるまでの秘密ですね」

 「そうか。フュン様。それで、どんなものなんだい?」


 ヒザルスが聞いた。


 「はい。まず僕はですね。今回の戦い。非常に苦しいと思っています。どれだけ準備をしていても、相手はあの強大な王国。そしてあのネアルです。どの戦場も苦しくなるでしょう。アージス。ハスラ。双方ともに非常に難しいと思っています・・・そこで、僕は、こちらを攻めます。これを見てください」


 クリスが皆に資料を配った。


 「僕は、ここに強襲攻撃を仕掛けたい。それはネアルすらも考えていない最大級の戦いであります」

 「おいおいおい。義弟よ。ここは、あのギリダートだぞ」

 「はい。スクナロ様。言いたいことはわかっていますよ。でも攻撃を仕掛けます」

 「フュン様は、何かお考えがあるのですね。その顔は、自信がおありのようだ」


 スクナロの隣にいるハルクが聞いた。


 「はい。あります。とある計画が、既に五年前から発動しておりまして、先日。その最大の悩みの種が解決しましたので、僕の計画は実行できると思います。ただし、成功させるにはいくつかの条件がありましてね。そこで計画を二段階にしています」


 フュンの説明をしている箇所の資料まで、皆がページをめくった。


 「まず。プランA。これは普通に戦って勝つイメージでいきます。アージス。ハスラ。この両面で戦って勝てるなら、その後も王国に勝っていけるでしょう。ですが、これが一番難しいはずです。特にハスラ。ここは勝つ確率が低い。あそこの戦場は難しいんです。実際に山と川での広域での戦争を強いられます」

 「確かにね。俺もそう思うね」


 ジークが同意してくれた。


 「はい。ですから、勝つチャンスがあるとしたら、アージスです。ですが、僕はここで勝たなくても良いと思っています。むしろ、負けてもいい。とにかく時間をかけてほしいのです。それがプランBです」

 「なんだと。義弟よ。本気か?」

 「はい。時間をかけてもらえるのならば、僕の作戦が相手に刺さると思うのです。これが成功すれば、帝国と王国の戦いに終止符を打つ楔の一撃を与えることが出来るはずです」

 「時間をかけるか・・・それに負けてもいいとは、どこまでだ。アージスを取られればいいのか? ガルナ門で迎え撃てばいいのか」

 「いいえ。ビスタまで取られていいと思っています」


 フュンが言った言葉が信じられない。

 皆の目が丸くなった。


 「「「「なんだと」」」」

  

 全員から驚きの声をもらってフュンが笑う。


 「ええ。そうです。あそこは取られてしまった方がいいのです。プランC。この作戦の中にあるものを先に完成させたい。だからビスタを急遽工事します。外から元々作っていたのものですけど、ここでジャンダを使って、とある道を完成させましょう。ただし、ここは・・・」


 フュンのプランC作戦を聞いていく内に、皆の顔が青ざめていく。

 信じられない罠である。

 彼の思考がよく分からないと皆はだんだん気持ちが引いていた。

 

 「で、出来るのか。そんなこと・・・」

 「はい。スクナロ様。僕はいける! と思いますね。それが完成すれば、ビスタを奪われても、問題がありません。その作戦と平行して発動する僕の作戦で、ギリダートを奪えれば、僕らの方が勝ちに近づくのです」

 「いや、それはそうだろうがな・・・」


 戦でも動じないスクナロが、たじろぐ作戦であった。

 

 「この作戦。上手くいけば、その先の展開が楽になる。ただし、奪ってからの僕らの作戦の成否が重要となりますので、僕としてはそこを取れるように頑張りますね。皆さんにはこの作戦の通りの展開になるように動いてもらっても・・・よろしいでしょうか?」

 「「「「はい」」」」


 フュン・メイダルフィアの作戦を了承したのが、この会議にいるメンバーであった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る