第二章 二大国英雄戦争第二戦 ハスラ広域戦争
第34話 バルナガンの領主 輸送の達人ライノン・ノルディー
帝国歴531年5月6日。
ササラから南の空で、青の信号弾が白い雲を貫いた。
それを確認したジークは、いつになく真剣な表情でその光景を見つめていた。
深いため息交じりでの言葉が出て来るのも珍しい。
「・・来たか・・・先がアージスだったか。なら、ここはいつなんだ。船もまだ来ていないぞ」
「ジーク様」
ナシュアがジークの後ろに出現した。
いつもの如く無表情である。
「ん。ああ、ナシュアか」
「はい。山の細かい配置はどうしますか。ザンカとヒザルスはすでに中にいます」
「そうだな・・・二人を当初の配置通りに入れよう。ガイナル山脈中央の北と南の要所に、二人を置く。そして、ゼファーは、山脈中央が見える平原から一個目の山のどこかにいた方が良いな。それとミシェルは東の要所だ。これで、俺たち側の山脈全体を防衛して、帝国の領土を守るしかないな。あとは川だな・・・どれほどの規模で来る・・・イーナミア王国」
おふざけなしのジークなんて久しぶりである。
ナシュアは頼もしい背中を見ると同時に不安になっていた。
いつもなら、もっと気楽に過ごして、良い精神状態で物事に挑む人なのにと。
ここの所ずっと張りつめているようで、休んでいないようにも思えるのだ。
「ナシュア」
「はい」
「影の連絡は、早めで頼む」
「わかりました」
「林の位置に数名潜伏で頼む。あそこがたぶん、連携しやすいからな」
「はい。わかりました」
「頼んだよ」
会話中、常にジークは西の城壁からフーラル川を見つめていた。
◇
帝国歴531年5月8日。
イーナミア側の川岸に船が並んでいく。
その光景とほぼ同時に、帝国側も、船を並べていった。
船団もほぼ互角の数で、ニ千隻の小舟が用意された。
こちらの船の軍長は、ララ少将。
ヴァンは別な場所に派兵されていた。
「私が・・・長ですか。ヴァンよりも私の方が、優秀なのだと。フュン様に見せつけていかないと。ヴァンには負けられないですわ・・・それにフュン様に褒めてもらわないと」
邪な考えの中で、ララは先頭の船で敵を待ち構えていた。
◇
ガイナル山脈中央の麓あたりに布陣していたゼファー。
念のための偵察途中で、一度山を登り、山側の敵が来ていないかを確認してから、川を確認した。
「これは・・・こっちが先か。川に船が並び始めたな・・・」
望遠鏡で船を確認。
敵の準備が整いつつある。
「ゼファーさん」
「ん。どうしました。ライノン殿」
「いや、あの僕が、あなたと共にここにいてもいいんでしょうか。いやいや、何となく不安でして・・・いやいや本当に・・・」
「ライノン殿、あなたもミランダ先生の修行をしていたじゃありませんか」
「そうですけどね。僕には才能が・・・ありませんからね。本当に・・・」
ライノン・ノルディー。
里にいた頃はライノンとだけ名乗らせていたが、五年前のフュンの大元帥就任時に、フュンがどうしてもライノンに任せたい都市があるとのことで、名を復活させた。
アルマート・ノルディーの一人息子。
かつてあった都市ノーシッドの貴族で、元々は商家で豪族の家である。
しかし、そのような平民出身よりもいい身分であっても、格式高い教育を受けておらず、ミランダ流の教育を受けている。
赤ん坊の頃から彼女の指導を受けて、里を中心において育っている割には、とても礼儀正しい。
ミシェルやタイムに近い存在だ。
ただ、控えめな性格をしているので、『いや』と『本当に』が口癖になってしまっている。
「それにライノン殿。我の事はゼファーでよいと。我とあなたは一つ違いですぞ」
「いやいや、ゼファーさんは大将軍様ですよ。槍の名手でありますし・・・それに僕が年下ですし・・・それだけは許していただきたいです・・本当に・・・頼みます」
「はぁ。なぜそんなに自信がないのでしょうか。殿下が信頼する人物なのですぞ。必ず何かがあるお方なのです」
「え? 僕がですか?」
「はい。殿下は、適材適所に人材を配置します。なので、あなたがここに配属されたという事は、必ずここで力を発揮するからに決まっているのです。殿下は人の得意不得意を見極めるのが、得意なのです。殿下はですね。今まで、不得手の場所に人を配置したことがありません。出来ない所に無理やり人を押し込める事をしません」
「・・・そうなんですね。フュンさんはそうなんですね・・・」
眉毛が下がっている。
まだ不安は残っているが、フュンの名が出ればそうはいかない。
彼もまたフュン・メイダルフィアを信頼している男の一人だからだ。
「じゃ、じゃあ、ここからどうしますか。ゼファー殿」
「ええ。まだこの状況だと待機ですよね。我らの戦いはまだまだ先だと思うのですけど。ライノン殿はどう思いますか」
「はい・・・僕はですね・・・いやいや、すぐにでも始まると思います」
「ん? 始まりますか!」
「はい。僕の予想は、川よりも山脈の戦いの方が本格的になっていくと思っています」
「山がですか」
ライノンは山頂を見つめて答えたので、ゼファーも同じ方向を見た。
「ええ。山での戦い。それは削り合いの戦いです。互いが絶好の位置を確保して、陣を確保していく。陣取り合戦だと思います。帝国の真意は防衛。ですが王国の意図は、どちらにでも攻められるようにしたい。これだと思います。例えば、ラーゼにもです」
「ラーゼ!?」
「はい。このままガイナル山脈を東に進めば、ほとんど進軍の形跡をこちらに見せずに進んでいけます。なので、ここを確保すると、ラーゼに向かうにも楽になる。しかも、ハスラへ攻撃するにも楽になる。そんな場所をネアル王が見過ごすわけがない。おそらく、ここが本命だと思います。山を確保すれば、輸送経路的にも安全になりますし。たぶん、船が不得手の王国にとってだと、船よりも安全にものを運べるのだと思います」
「ライノン殿・・・」
ゼファーは感心した。
普段のおどおどした様子がなくスラスラと話し出すライノン。この意見は絶対の自信の表れだと思った。
「そしてです。ゼファー殿。なぜここにゼファー殿がいるのか。これが重要だと思うのですよ」
「我が? ここにですか?」
「はい。ゼファー殿がこの位置に配属されているのは恐らく。ここを取られると危険だからです。あそこの平地から、物資を補給させるためにあなたがここにいるのだと思います」
「そうですか。山に補給地を置くわけではなくですか?」
「はい。なので、僕はバルナガンからのルートを確保しておいたので、補給路を構築させておきました。影部隊を一部お借りして、一気に運搬が出来るようなものを構築しておきましたので、僕らがここを確保し続ければ、山にいるヒザルスさんとザンカさんが飢えに苦しむこともありません。それと、武器不足もですね」
「な。なるほど・・・」
彼は現在バルナガンの領主である。
彼こそがそこの領主に一番向いているとフュンが進言して、強引に領主に着任させた経緯がある。
その理由は、きめ細かい内政のケア。
それと当たり障りのない性格が、交渉の上手さを引き出しているので、ラーゼとの外交官としても抜群の力を発揮している。
そして、なんといっても彼の最大の才能は。
『管理』『運搬』の天才である。
兵糧と輸送の達人と言い換えてもいい。
だから後方の都市となっているバルナガンの領主も向いているのであった。
就任してから彼は、様々な都市に足りない物をずっと運び出している。
しかもバルナガンは鉄鋼都市だ。
帝国全体の鉄製品の供給バランスも見てくれているのである。
内政の筆頭リナと、経済を見張るサティは、この分野を彼に任せっきりにしている。
本来であれば、物流のコントロールなどは、二人でやる仕事あるのだが、バルナガン産のものには自由を与えている。
それは彼の供給バランスが非常に上手いので、仕事の一つがなくなって助かっているからだ。
ライノンは、素晴らしい領主でもあり、戦争になれば兵糧管理をしてくれるバランスのとれている男性で、とても優秀なのだが、唯一の弱点があって、それが彼には自分に対する自信がないことだ。
それは一見すれば目立った才を持っていない事が原因だった。
戦っても強いわけでもなく、経済を爆上げするような内政の腕を持っているわけでもなく、都市の現状を維持し続けるだけしか才能が無いと思っている。
同年代の仲間たちは、皆素晴らしい戦果を挙げているのが、彼の心に重くのしかかる重圧でもある。
ミシェル。タイム。リアリス。カゲロイ。
彼らの優秀さが、彼の自信の無さに繋がっているのだけれども、フュンには、そんなことは全く関係なかった。
フュンの目には、ライノンの才能が輝いて見えているのだ。
それは、ミシェルらと同じように輝いているのである。
「ですから、ジーク様がですよ・・・ゼファーさんをここに置いて、僕がここになったのも。おそらくは死守・・・・あなたなら、絶対に守ることが出来ると、託されているのだと思います」
「なるほど。要は、我らは要の位置に来ているのですね」
「そうだと思います・・・いや、どうなんだろ・・・たぶん。本当に・・どうなんだろ」
「何故最後に不安になるのですか!」
ゼファーは素晴らしい意見をくれている時のライノンがカッコイイと思ったのに。
今のおどおどしているライノンを見て、その感想が頭から消えていったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます