第32話 盟友ヒルダ・シンドラ
「ここからは、シンドラが戦争を引き受けよう。下がりなさい。ガルナズン帝国左将軍スクナロ軍の兵たちよ」
「ヒルダ!」
「サナ。下がりなさい。あとはこの私、シンドラ辺境伯に任せなさい」
「でも・・・あなたがなぜ!」
突然のシンドラ軍の出現に驚いていたのは、双方の軍。
戦う手が止まっていた。
だから、サナの声がヒルダの元まで届いていた。
「それはもちろん。あなたの友だからですよ。友の窮地に駆けつけぬ友はいません! それが私と、あなた。タイローとマルクス。そして、フュン様ではありませんか!」
「しかし、あなたは戦えな・・」
「黙りなさい。サナ! 私を甘く見ないで頂戴・・・・シンドラ辺境伯のヒルダ・・・今からあなたに、私の真の力を見せてあげますよ・・・いきます」
ヒルダが一時黙った。
深い深呼吸をしてから、言葉を出す。
「我ヒルダ・シンドラは、盟友フュン・メイダルフィアの要請に応じて、帝国軍に加勢をする。王国よ。このシンドラについては何も知らないであろう。それも当然である! 我が国は、国ではなく属領となった。それにより情報はそちらに行かないはずだ。我ら、シンドラ。今や帝国の一部である。こちらにはシンドラの秘宝が育てた優秀な将がいる。だから、元一国の小国の軍だと、甘く見ないでいただきたい、シンドラは帝国にも負けぬ将を持ち、そして、帝国の兵たちにも負けず劣らぬ兵士たちがいるのだ」
ヒルダの下には、アステルの他に二人の将がいた。
左右に別れて、立っていた。
「シンドラ兵よ。大元帥フュン・メイダルフィアから受けた数多くの恩・・・ここでならば、その一つは返せる。我らは、返す時を間違えない。ここが返し時である! 全軍、前進だ!」
「「おおおおおおおおおおお」」
ヒルダの声は以前とは違い。覇気があった。
戦う女性の声だった。
ヒルダの片腕、シンドラの秘宝アステル。
その彼が、五年の間に育てた兵士と将。
彼の育てた二人の将は帝国大将になっても良いくらいに優秀である。
右翼担当シェリー・エバー。
左翼担当ハイオ・ビーン。
アステルのお墨付きをもらった将たちが、それぞれ二万の軍を指揮。
そして、中央はヒルダとアステルが二万の指揮を取り、合計六万の軍を編成した。
小国でありながら、この兵士たちを賄える財力は素晴らしい。
もとよりシンドラは裕福である。
経済がしっかりしていて、以前のままでも十分にお金に強い国であった。
しかし、現在の属領シンドラは、桁が違うほどの大成長を果たした。
その要因は、サティ・ブライトの全面協力体制によって、爆発的な高度経済発展をしたからだ。
シンドラ、シャルフ、ササラ。
この三都市が広域連携という経済圏を作り上げて、その中でシンドラが一番帝都に近いために、帝都のやり取りをこの二つの都市の分も担ったのが大きかった。
シャルフは、シンドラの隣にあるイスタル川の川下の大都市。
ササラはシャルフとは反対方向の大陸南東の大都市で、シンドラとは川から海に出ても、陸路からでも行き来することが出来る。
この二つとの連携が大きな発展に繋がり、六万もの大軍を持っても余裕で賄える経済を得ているのだ。
これも全ては、ヒルダ・シンドラとフュン・メイダルフィアの友情から発展したもの。
歴史家の中ではそういう見方があって、おおむねの意見であった。
「さてさて、お姫様の言われたとおりに動きますか」
ニヤニヤと笑いながら話す男が、『ハイオ』
常に余裕がある態度を崩さない。
「お姫様ではありません。ヒルダ様は、辺境伯です」
眼鏡をくいっと上げて指摘したのが、『シェリー』
細かい部分の訂正を怠らない女性である。
「わかってるよ。堅物だな。シェリー」
「わかってるなら、口に出さないでください。辺境伯です。訂正なさい」
「ごちゃごちゃうるさいぞ。お前たち。さっさと左右に行け!」
アステルが二人の将を叱った。
「はいはい。爺さんも大声ばかりになって・・・さては本当に爺になったな」
「さっさと、現場に行け。ハイオ!」
「はいはい。いきますよ~」
「はぁ。手のかかる奴らだ・・・」
肩を落とすと、シェリーが振り向いた。
「私は違います。アステル様。私は違います」
二度も同じことを言って、ちょっとずつこちらに詰め寄って来た。
ハイオと一緒にされたことが嫌だったらしい。
「ああ。そうだな。まずはいいから行きなさい」
「いいえ。それだと駄目です。それにその『まずは』が気に入りません。私は違いますし」
「ああ。そうだな。シェリーは、ハイオと違って手がかからんから、行きなさい」
「はい!」
とのやりとりの後、アステルは。
『結局、手がかかるじゃないか。何なんだ。この二人は・・・はぁ』
ため息をついて、二人の弟子たちを送り出していた。
◇
シンドラ軍は、帝国軍の退却路を生み出すために、左右中央の三軍の間に、それぞれの通り道を作った。
下がる帝国軍がその道を上手く活用すると、シンドラ軍の後ろ側に待機できる形となっていったのだ。
そこからシンドラ軍が王国軍の攻撃を受け止める。
初撃の激しさは、さすがに向こう側に分があり、戦い続けてきた慣れのような部分での違いで、圧倒されたようだ。
しかし、二、三と攻防の数が増えてくると次第に体力のあるシンドラ軍が優勢となった。
「左右に薄く延ばす。相手よりも数が少ないから側面が負けちまう。左にいけ。バラン!」
左を担当しているハイオが軍の隊列を横に伸ばして敵に対抗しようとすると。
「こちら、右側から押されてはいけません。伸びなさい。シカラク。ジューズ。二つの軍で伸びていきなさい」
シェリーも似たような指示を出して、右に隊列を伸ばして敵の攻撃を受け止めた。
すると中央のアステルもまた、同様の動きをしようと、帝国軍を後ろに逃がすために開けていた隊列を封鎖して防御を固めようとすると異変に気付いた。
なんと、逃がすはずの帝国軍が左右に残っていた。
左にリエスタ軍。右にデュランダル軍がいたのだ。
「なに!? 残っていたのか。なぜ・・・」
アステルも戸惑うが、防御の態勢は整えないといけない。
彼は臨機応変に自分の軍の隊列を整えた。
「しかし、なぜ彼らは・・・・どういうことだ」
アステルの疑問は、次の場面で解決することになる。
◇
「下がるな。俺たちも敵に当たれ。下がったら、こいつらはシンドラの兵すらも破壊してしまう。当たれ!」
「「「「おお」」」」
息を吹き返したようにデュランダル軍も前にでる。
下がり続けてきたストレスを発散させていた。
デュランダルの思考は、敵の追撃を止める事ともう一つの意図があった。そちらを読んでいたのは、リエスタである。
「リエスタ軍! ここで押し込め。ガルナ門までだ。あそこに閉じ込めるぞ」
敵軍のこの勢いは、確実にビスタまで包囲する勢いだ。
その気勢を挫くには、後退させることが重要であると判断した。
この思考をしたのが、デュランダルとリエスタで、押し込む目標を決めた動きに合わせたのが、シンドラ軍である。
シンドラ軍がいることによって、相手との体力差による圧力を生み出すことに成功。
前への推進力が相手の力を上回り、シンドラ軍は帝国軍と共に王国軍をガルナ門に押し込んだのだ。
この勢いに押し切られた王国軍は、攻勢から逆に防衛を選択。
ガルナ門の死守に努める判断をしたのがドリュースだった。
ガッチリ門を確保することで、アージス平原の主導権を握る動きに変えた。
すると、帝国軍とシンドラ軍は関所より少し離れた位置で、待機状態となり、睨み合いになった。
◇
アステルらと、フラムたちの会議。
その前のヒルダとサナの場面。
「ヒルダ」
「サナ。お久しぶりです」
「こんなところにお前・・・そうだ。こ、子供はいいのか!? 大丈夫か」
「ええ。大丈夫ですよ。タイローの所にいます」
タイローとヒルダは結婚していて、ヒルダの現在はラーゼに住んでいる状態である。
帝国の辺境伯でありながら、他国の王の妻。王妃になっている。
普通ならばあまり歓迎されないかもしれないが、ラーゼとガルナズン帝国は永世同盟を結んでいるので、両国にとっても有意義な婚姻関係となった。
それに、二人とも、政略結婚ではなく恋愛結婚のようなものであるから、とても幸せである。
これもそれも、何もかもが、フュン・メイダルフィアが結んだ縁でもあるわけなのだ。
普通に生きていれば、ただの属国の人質同士で終わったであろう。
「そうか。すまないな。私らのためにか・・・」
「いいえ。私の為ですよ。あなたは友です。大事な友達です。それを忘れてしまいましたか? サナ!」
「ふっ・・・なんだか・・・とんでもなく立派な女性になっちまったな。あの我儘姫さんがさ」
友人の出現に素の部分のサナが見え隠れしていた。
「ええ。それはもう立派な妻で。母ですよ。おほほほほ」
「変わらねえ部分もあるか。安心したぜ・・・にしても助かった。私らはもうボロボロだったからな」
サナをはじめ、リエスタやデュランダル。アイスらも、将でありながら前線の兵と同じように戦いをしていたので、体中に傷がある状態であった。
ここで休息を取れたのは、シンドラ軍のおかげである。
「そうですね。それで、我々はここに援軍に来たのはいいのですが、なんだか作戦が複雑でありますよね。私とアステルの元に来た作戦書・・・これの真の意味が分からなくて、完全解読が難しくてですね。フラム閣下に教わりに来たのです」
「それなら、私の出番ですね。わかりました。お教えしましょう。アステル閣下。ヒルダ様こちらに・・・」
席に案内したフラムから、二人が作戦を聞いている間。
デュランダルとリエスタは、ハイオとシェリーと会話する。
「あんたら、中々いい攻撃してたな。厚みがあったぜ」
デュランダルが褒めると。
「ほんとかい。いやぁ、俺たちってさ。爺さんに滅多に褒められなくてな。ありがたいぜ。自信がつくわ」
ハイオが笑顔で言葉を受け止めた。
「ハハハ。そいつは厳しいな。あれで褒められねえのか」
「ええ。あれくらい出来て当然ですからね。アステル様は褒めませんよ」
眼鏡をくいっと上げてシェリーが答えた。
どうやら話し出す前にする行動の癖らしい。
「ほう。あれくらいが当然だというのか」
リエスタが聞いた。
「ええ。そうです」
「自分に相当な自信があるようで、なによりだな。面白いな。貴殿も・・・」
リエスタは満足そうに頷いていた。
自分に自信がある人間が大好きな女性なのだ。
そんな流れの談笑が続いた後、作戦の全容を知った二人が話す。
「なるほど。これを事前に考えていたのですね。それも何パターンも・・・」
「そうです。ヒルダ様。大元帥たちの作戦は、何年も前から用意されていて、そして最後の訪問で作戦の方向性が決まったらしいですよ」
「訪問・・・ああ、あの王就任ですね・・・あれも重要だったのですね」
「そうです。下見になった。というか王国の中身が見えてきた事で、フュン様の頭の中が整理されたようです」
ヒルダとフラムの後に、アステルも続く。
「さすがは、大元帥。敵を手玉に取る考えがな・・・化け物並みであるな・・・」
「はい。そうなんですよ。これは閣下しか考えられないというよりも、閣下にしか決断ができません」
「そうだろうな。思いついても、実行できる勇気が・・・儂にはないな。それにこれは思い切った作戦だ。この戦争をこの盤面に設定しても、大元帥は自分の仲間たちが臨機応変に戦えると信じているんだな・・・なんという漢だ。皆への信頼を感じる作戦だ」
アステルは、フュンが取ろうとしている作戦に感心していた。
アステルとフュンは、取る作戦が似通っている部分がある。
だから考えを理解できたりする。
ただ、切り捨てるような作戦を取れる分だけ、アステルの方が上手く戦場をコントロールすることが出来るが、こういう大局図だけは、フュンに大きく分がある。
「それで、今日の夜。早速皆さんにはこちらに布陣してもらい、私たちは一度退却して、ビスタに入ります。そこからの計略も大元帥のCプランで進みますので、シンドラ軍はシャルフへの退却をお願いします」
「わかりました。やりましょう。布陣を完璧にして、防衛を装います」
「はい。お願いします」
その後。作戦を共有したシンドラと帝国軍は、その作戦の実行段階に入り、深夜に行動を起こした。
そのおかげもあり、王国軍は門の上で見学するだけになった。
相手の罠か。それとも挑発行為なのか。
何の作戦を取ってきているのかを想像するしかなかった。
門にまでこちらを退却させたのに、わざわざ自分たちの領地のビスタにまで後退する理由を知りたかったのだ。
そして、王国軍は門の蓋をしていた軍がいなくなった翌日に進軍を開始。
ビスタの前に行くと、不思議なことが起きていた。
軍はいなくなって、ビスタの中に収容されたのかと思いきや、帝国軍だけがいなくなり、シンドラの軍が、西の城壁の左右に別れていた。
北側と南側寄りに配置されていて、西の門を守らずに意味の無い場所を守る形になっていた。
彼らの疑問だらけの行動のせいで、ドリュースは一旦停止命令を出した。
慎重な姿勢で戦いに臨むことにしたのだ。
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