第31話 声を聞く
ここが最後の戦いだと決めた。
そして、ハルクの弔い合戦でもある!
そう意気込んでいる帝国軍の士気は、異様なほどに高かった。
兵数が圧倒的に少なくとも、戦う前から勢いだけは相手を上回っている。
特にサナが率いているスターシャ軍の士気は、戦う前から最高潮であった。
主を失っても、また新たな主が彼らを率いることになったからだ。
「スターシャ軍の皆さん。当主ハルクに代わり、新当主となったサナ・スターシャです。偉大な父ハルクには及びませんが、この私、サナ・スターシャも。スターシャの為に戦います」
軍の皆が頷く。
「父はスクナロ様。私はリエスタ様にお仕えしています。我らスターシャの一族は昔からターク家との付き合いがあります。タークと共に、帝国に所属して、名門の一部として名を連ねていました。しかし、ここからのスターシャは変わります。大元帥フュン・メイダルフィアが作る。武家十家の内の一家として、ターク家と共に帝国を支えるのです。私たちは新たなスターシャとして、ここからを生きます。皆さん。このまだまだ未熟な新たな当主でありますが。私と共に・・・皆さんも共に生まれ変わり、新たなスターシャ軍となりましょう」
サナは呼吸を整えて、剣を掲げた。
「父は、この戦場最高の首級を取った! ならばこの私もそれに続こう!! いざ、新生スターシャ軍! 出陣だ! 目の前の敵をひたすらに倒すぞ!」
「「「あああああああああああああああああ」」」
サナの鼓舞と、兵士たちの爆発的な士気が戦場を包んだ。
一番後ろ向きな姿勢になりやすいスターシャ軍の士気が向上したことで、帝国の士気が下がらなかったのである。
◇
対して王国は。
大将エクリプスを失ったことで、エクリプス軍の指揮権を持つドリュースの戦意の低下が著しく。
さらに、それに合わせて、彼と同じようにエクリプスの部下たちも戦意が低下したことにより、王国軍全体の士気が上がらなかった。
それに加えて、セリナとゼルドの両軍にも若さが出ていたことで、王国軍の士気を向上させることに繋がらなかった。
彼らは戦争の経験があっても、二大国戦争のような大規模戦争の将として参加するには経験値が足りなかったのだ。
だから、この軍に、名将エクリプスがいたからこそ、王国軍はそこらへんの微妙なバランスを取っていたようなのだ。
彼のようなどっしりと構えるタイプのベテランが、こちらの戦場にいないことが仇となっていた。
ここにハルクの戦果の効果が表れていた。
帝国歴531年5月23日。
アージス平原のやや帝国側の大地。
押し込まれた形である帝国は、本陣に近い場所で戦った。
そこを失えば、アージス平原は王国のものになる。
背水の陣での戦争。
しかし戦いそのものは劣勢とは言えない。
圧倒的な物量攻撃に対して、帝国側は質で攻撃を跳ね返していた。
デュランダルを筆頭に、サナ、アイス双方の軍も奮闘する。
後ろに控えているリエスタとフラムが、戦いにほぼ参加しなくても守り切れるほどの奮闘を見せていた。
「俺たちは、閣下から大切な作戦を託されたんだ・・・このまま、おめおめと敗北するようじゃあな。俺たちは一生ハルク閣下に顔向けできない。サナ殿にもな。だからやるぞ。デュランダル軍。中央突破の動きを見せるぞ。いける所までいって引く! いいな」
「「おお!」」
守ってばかりではいずれは疲弊して負ける。だったら、あえての攻撃に出て、相手の意表を突く。
デュランダルはここで計算ではなく、勘で行動を起こした。
この変化がデュランダルの最大の特徴。
この動きが、相手には別人と戦っているかのように思えてしまうのだ。
これで、中央は一時引かせるまでの攻撃を見せた。
続いて右の戦場を任されたサナは。
「ここだ! デュランダル隊に合わせろ。私たちも前に出て守る」
ゼルドの部隊に対して、果敢に攻めるサナ部隊。
父を失ってもサナは、至って冷静。
悲しみに暮れるわけでもなく怒りに囚われているわけではない。
かといって、それが薄情だとも思わない。
なぜなら、彼女の中にハルクが生きているからだ。
彼女には父の教えが体に染みついている。
『いいか。私が死んだら、次の当主はお前。何があろうとも守るべき者は家臣たちと、主だ。私ではない。よいな。サナ・・・』
常日頃から言っていた父の言葉。
これが彼女の頭から離れる事はない。
父の次に、スターシャ家を背負うのは自分。
他の誰でもない。
自分がその責と覚悟と思いを受け継がなくてはならないのだ。
「右側が強く押しこめ。中央に寄らせるんだ。私たちの背後には回らせん!」
数の少なさをカバーするため、側面の危機だけは回避しないといけない。
サナも巧みな指揮を取っていた。
一方で左を担当しているアイスは、二つの軍が攻勢に出たので、逆に中間距離を保った。
敵対するセリナ軍もどっちつかずの攻防であったからの決断。
こちらは大きく崩れないようにして、リエスタとフラムの援護の可能性を出来るだけ少なくした形を取って、リスクを取らない戦闘を心掛けて、二人の軍の負担を減らしていた。
初日は冷静と情熱を保ち続けた帝国が、浮足立つかのように戦争に集中していない王国軍を跳ねのけたのである。
なので、問題はこの戦い方になってからの二日目であった。
◇
初日の夜の王国軍。
「ドリュース!」
「・・・」
「ドリュース! しっかりしろ」
父を失い思考が停止していたドリュースは、ゼルドの言葉に反応をしなかった。
尊敬する父親をここで失うとは思わなかったことで、彼は戦いに身が入っていなかった。
「これは・・・駄目ですね」
「そうみたいだな。父を失って自信も失ったか」
セリナがドリュースの前に立った。
彼の目が自分に向いていないことにすぐに気づく。
「ん。これはよほどショックだったと言う事。話を聞くに、あなたの甘さが出た戦いだったでしょうね」
「そうだな。私も聞いた話ではそのような印象を受ける。閣下の元にまで来た敵の大将。その強さは閣下の想像を超えるものだったはずだ。それなのに、こいつは自分の作戦で上手く相手の動きを封じたと思ったのだろう」
「ええ。そうでしょう。しかし、ドリュースは武人を知らなさ過ぎた。彼らは常識で考えてはいけない。通常の戦闘スタイルを持っていないのですよ」
頭で戦うことが多いドリュースにとって、武人は正反対の性質の人間。
想定していた形ではない事をしてくる敵に対して対処が取れないことが多い。
あの時も、ハルクの決意、覚悟に気付いていれば、父エクリプスを失うことはなかったかもしれない。
父親は息子を救うために死んだのである。
だから、自分のせいで死んだとも、ドリュースは思っていた。
「さて・・・やりますか。もしもの時はゼルド・・・手伝ってください」
「いいでしょう」
「はい。では失礼しますよ」
セリナがドリュースの頬を叩いた。
相手の頬と、彼女の右手が赤くなる。
「ぐっ・・・な、何をする」
「いい加減になさい。あなたが今のエクリプス軍の頂点ですよ」
セリナがドリュースの胸倉をつかんだ。
「負けは負け。あなたの敗北だったと認め。父を失ったことを自覚しなさい」
「なんだと。貴様」
「私に言い返す気概があるくらいなら、あちらと戦う気概を見せなさい。あなただけがお父上の意思を継げるのですからね。あちらのサナとかいう武将を見なさい。あちらもあなたと同じように父を失っても果敢に攻めてきていますよ。ゼルドが苦戦しています」
「・・・・・・・」
二人の会話の直後にゼルドも入っていく。
「ドリュース。悲しいのもわかる。辛いのもな。だが、ここは戦ってもらわないといけない。私たちは今。ここでアージスを取るのだ。あちらのハスラの作戦が上手くいくかは分からないが、こちらとしても戦果は挙げねばな」
「・・・・・・・」
「だから、エクリプス閣下を失っても我々は前へ進むしかない。勝つのみだ。それにお前が勝つことが、閣下への一番の贈り物になるだろう」
「・・・そうだな。その通りだ・・・・」
ドリュースが冷静になり始めると、セリナはドリュースから手を引いた。
「やる。明日は、全面戦争だ。こちらに被害が出ようとも、全てを押し切るぞ。数が違う今が優位に戦える絶好の機会だろうからな」
「ええ。そうしましょう」
「ああ。私も前に出る」
王国軍側も、エクリプスを失っても戦う意思を捨てなかった。
◇
だから結果として、二日目。
帝国側の三軍の防衛が崩れ始める。
ドリュースの猛攻が始まったのだ。
彼の切れ間のない攻撃。休息を与えぬ隙を見せない攻撃が、帝国軍を苦しめて、あっという間に押し込んでいく。
後ろに控えていたリエスタとフラムの軍も総出になって戦っても、守り切る事は出来ない。
帝国軍の将たちもここらが限界点だと気付いた。
「限界か・・・でも引くにも引けんよな」
デュランダルが後ろを振り向いた。
彼らの背面は、巨大な関門。
ガルナ門である。
ここから先は完全にガルナズン帝国領土。
敵に足を踏み入れさせたことのない場所だ。
「・・・閣下。俺も命をかけるしか・・・ん!?」
門の裏からオレンジの信号弾が上がった。
意味は『退却可』である。
「準備が出来たんだな・・・じゃあ後はもう。フラム閣下が!」
デュランダルの丁度真後ろの軍がフラム軍だった。
フラムはオレンジの信号弾を確認後、すぐさま全体に退却指示を出す。
全体が後ろに少しずつ下がるのだが、相手の猛追があり、帝国軍は更に兵を減らし始めた。
退却をしようにも出来ないくらいの攻撃で、とにかく相手が上手いのである。
削り削られながらで、アージスの大地が兵たちの血で、赤に染まっていく。
そんな戦いを繰り広げて、帝国軍は門の方へと下がっていき、開いた門の中に入り戦いから離脱しようとしたが、ここでも、ピタリとくっついている王国軍。
だから、敵も共に、門を突破する形となり、ガルナズン帝国領に到達した。
これが、二大国のどちらかが初めて敵国に足を踏み入れた戦いとなった。
「もらった。アージスはもらったぞ。父上!」
父の代わりに指揮を取るドリュースは歓喜していた。
王国で誰も果たしことのない偉業に満足することもなく、ドリュースはここから追撃の構えを続けていたのだが、ここでとある異変が訪れる。
相手の兵を5万以下に減らし、こちらの兵を9万以上を残したそのドリュースの手腕は素晴らしい。
さらに関所も抑えて、完璧に背後の憂いもなくしたうえでビスタにまで向かっているのも完璧だった。
だが、ここで訪れた異変は、逃げる軍の先にいる、更なる軍の存在であった。
この局面で、他に出て来る兵などいないはず。
それは双方が思う事だった。
デュランダルたちでもその援軍の知らせを聞いていなかった。
その謎の援軍の先頭にいる女性が剣を掲げた。
「ガルナズン帝国軍!
女性の声が響いて、振り向いたデュランダルは。
「あれは誰だ? それに見たことがない軍だぞ」
アイスも。
「・・・だ、誰でしょう?」
しかし、サナだけは、声だけで気付いた。
「まさか・・・なんで・・あなたが・・・・」
劣勢のガルナズン帝国に味方してくれる援軍とは、帝国最強の予備軍の一つである。
その軍を率いているのは、もちろん彼女しかいない・・・。
「なんで、あなたがここにいる! ヒルダ!!!」
元シンドラ王国第二王女ヒルダ・シンドラ。
現、ガルナズン帝国シンドラ辺境伯である。
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