第28話 太陽の双璧の反撃

 帝国歴531年5月17日。

 前日の大敗。それにより失った兵の数はなんと三万。

 全体が十二万だったので、約四分の一を失った。

 しかし、敵はその優位な数の差になっても、攻撃姿勢は慎重さを貫いた。

 全軍を中央の戦場に持っていき、十一万強対九万の戦いを仕掛けたのである。

 各個撃破されたくない帝国としても、この戦いに応じるしかなく、嫌々ながらも中央の戦場で戦う。

 ジリ貧の防衛戦争。

 相手も一気に攻めては来ずに、端の兵を少しずつ削る戦い方をしてきた。

 それを止めようと前に出たくても、帝国側も大きな仕掛けを出来ずに、五日が経過した。



 帝国歴531年5月22日。

 王国の動きが前と違うことに、帝国側の各大将たちはすぐに気付いた。

 なので、その王国側の動きに対して対抗する動きをいち早く見せたのが、フラムであった。

 自分の兵五千ずつを、アイスとデュランダルに授けてから、後衛からの支援に徹する。

 押し込まれそうになるところに救援を出して、全体のバランスを維持していた。

 フュンが信ずるフラムの能力とはこの調整能力であった。


 エリナとほぼ同じ能力だが、彼女よりも凄いのは、戦場の調整ではなく、兵自体を調整できる事だった。

 それは、デュランダルとアイスの独特な指揮にもついていけるくらいの規律性を確保して、兵士たちを調練できる才を持つのだ。

 今までの彼はドルフィン家の戦えないし使えない貴族という役立たずの足枷があり、彼の下についてきていた貴族共が、兵士たちの成長の邪魔をしていたのだ。

 彼らのせいで、フラムがせっかく手塩に育てた兵たちも、別な教えが叩き込まれてしまい、兵として上手く稼働しなかったのである。

 しかし、今の彼は、その足枷が無くなり、フュンの信頼の元に大将に任命されたことでこの才能が爆発した。

 彼が育てた兵は、どんな作戦にもついていくことが出来る器用な兵たちなのだ。



 帝国軍右翼デュランダル隊。

 

 「フラム閣下のおかげで戦えているが・・・厳しいな。タイムもいないしな。あいつが俺の横にいないのがここまで響くか」


 防戦一方となればなるほど、タイムが重要だった。

 彼のようなバランスを取れる人物がいなくなるのは痛い。


 「デュラ」

 「ん!? おお。カゲロイか」


 カゲロイがデュランダルの隣に突然出現した。


 「引くなら、あそこを引かせよう」


 カゲロイは、デュランダル隊の中央を指差した。

 

 「は?! あそこは要だぞ。引いたら陣を破られる」

 「ああ。そうだ。でも俺たちも相手と同じことをしてやるんだ」

 「ん?」

 「誘い込んで、敵を斬るんだよ」

 「なに?」

 「誘って、ある程度のラインで線を引いて、相手を小規模で囲って斬る。それはあいつらみたいに大規模で包囲じゃなくて、速やかに三千程度を囲い込んで一瞬で倒すんだ。そしたらゼルドの部隊がこちらに来るのを躊躇するだろう。奴にためらいさえ出来れば、この軍なら右翼を守り切れると思うぞ」

 「確かにそうだが・・・そうだな。やってみるか。つうか、俺よりもカゲロイがやる気なんだな」

 「おう。俺の影部隊で、裏に線を引く。だからデュラ。お前が誘寄せろ」

 「了解だ。やってやるぜ」


 デュランダルが了承するとカゲロイたちが兵士に紛れて前線に入った。

 影部隊と共に最前線に行く。


 彼らの配置が済むと、デュランダルは目標ポイントに入って囮となり、わざと押されるふりをした。

 そこからは敵と同じような行動をして、誘い込んで兵士が大体三千くらいがめり込んできた瞬間。カゲロイが線を引いた。

 自分たちと敵との間を一直線に走り、敵を分断。

 カゲロイの部隊が線を引いて、その後ろをデュランダルの部隊が支えることで、細い線が太い線へと変わり、包囲の図を描いた。


 そこからは。


 「倒せ。カゲロイらが壁になっている。この時がチャンスだ。押しつぶせ」

 「おおおおおお」


 デュランダルの部隊は僅か十分で敵を一掃した。

 敵兵三千を倒したら、あとはカゲロイの思惑通りだった。

 ゼルド部隊は二の足を踏んで、前へ圧力をかけるのを躊躇した。

 さすがに同じ手には引っ掛かりたくないと、攻撃の手を緩めたのである。


 数が少なくとも、右翼軍の戦いは膠着状態にまでもっていけた。


 

 ◇


 帝国左翼軍。アイス軍は、アイスの冷静な指揮で防御が出来ていた。

 それは、相手の攻撃が鈍っていたことも上手く守れている要因であった。

 部隊攻撃が右翼寄り。

 サナ側に集中しているので、彼女の方を分厚く防御しておけば守り切れていたのだ。


 でもここで疑問に思う。

 敵がなぜ右翼寄りに攻撃を仕掛けているのかと。

 ここには明確な理由があるはずだと、アイスはこの原因を分析し始める。


 「おかしい。サナの方に集中している理由はなんでしょうか・・・そして、この事で明らかにリティ様の方が緩い。彼女の部隊は彼女自身が表に出なくても良い事になっている」

 

 サナとは逆のリエスタ方面は、余裕であった。

 猛攻もされないし、彼女は左翼軍の端にいるので、挟撃攻撃を仕掛けやすい場所なのに、そこに攻撃が深くかからないのもおかしい話だった。

 

 「ありえない。あそこを削ればいいのに・・・リースレットが相手の精鋭兵を八割方粉砕したからでしょうか? いや、別に精鋭兵じゃなくても、数が違います。左翼のリティ様に数を出せば勝てるはず・・・」


 ここでアイスは敵の大将を探した。

 

 「位置は、真ん中ではない・・・若干右にいますね。中央軍寄りと言ってもいい。それは連携をしやすくするためのようにも見えますが・・・」


 アイスは自分の左の軍の動きを見て、敵の動きを見て、何かを思いついた。


 「まさかね・・・でも、ちょっと試してみますか。試す価値がありそうです」


 アイスは、リエスタに対して、敵右翼にいる三部隊程を蹴散らして欲しい。

 出来なかったら二部隊分、中に押し込め。

 との指示を出した。


 その指令を出して三分。

 リエスタは突撃を開始。

 敵の右翼部隊が一つ。二つ。そして三つ破壊していくと、敵将セリナの本陣が、同じ分だけ右にズレた。


 「やはりね。そういうことですか。面白い。ならば・・・」


 アイスは更に指示を出した。

 リエスタに対して、そこから反転して数部隊だけを引き連れて自分の位置まで来てもらい、そこから中央突破せよとの指令を出す。

 突破する際は自分の中央部隊と共に前に出ても良いとした。

 

 その指令を受けたリエスタは、命令通りに動き、アイスの陣まで来る。

 すると、敵軍の攻撃が左にも集中し始めた。


 「やはり。私の考えが合っていますね」

 「ん? アイス。どうした」

 「リティ様。敵の将は、あなたの影に怯えている」

 「私の影だと?」

 「はい。リティ様がいない所を重点的に攻撃しているのです。つまり、リティ様に意識してか、無意識なのかは知りませんが、ビビっている状態です。あの時の戦いでしょうね」

 「ほう・・そうか。それは面白い。ではアイス。私を呼んだ理由はそうか。中央突破とはそういうことか」

 「はい。押して、ビビらせて下がらせます。それで防衛を楽にするんですよ」

 「フハハハ。よいぞ。よい。さすがはアイスだ。私の上に立つにふさわしい」

 「上には立っていません。共に戦っているだけですよ」

 「おお。そうか。でも今は大将だからな。アイスよ。いってくる」

 「はい。お願いします。リティ様」

 「任された。出る!」


 リエスタと、彼女の近衛兵二百が前線へ行く。

 前線の兵と連動したリエスタが敵の前に出ると、王国軍は下がった。

 それは彼女らの勢いも凄かったのもあるが、なによりもセリナが後退の指示を素早く出したからだった。

 彼女の圧倒的な武に怯えていたのは本当らしい。

 あの戦いだけで、相当な恐怖を与えていたようなのだ。


 攻撃して来ない敵がずるずると下がっていくと、彼女がぽつんと先頭に立った。

 剣を地面に刺して、仁王立ちで立つ。


 「どうした。王国兵よ。ガルナズン帝国中将、リエスタ・タークが目の前にいるのだぞ。この首、値打ちはまあまあだ。王国の兵たちよ。出世したい者がいるならば、この私にかかってくるといい。さあ、血気盛んな者はいないのか。強者に勝ちたい者はいないのか! 王国軍は腰抜けしかおらんのか。私は待っている。いつでもよいぞ。かかってこい!」


 敵軍の前で堂々といるリエスタは、見えを切り、相手を威圧した。

 口上を述べても相手は前に出てこない。

 後ろに下がっていった。


 「止まった。ここはもう勝ちましたね。やはり、セリナはリティ様の影に怯えている。左の戦場、私たちがもらいましたよ。伝令。左右を押し込みなさいと伝えて、リティ様にはゆっくり歩いて敵に近づいてと」


 アイスの指示が部隊全体に通ると、戦場のラインを押し上げていく。

 左翼軍が徐々に押し込む形になり、敵が下がっていった。


 これにより、左が上がる形になり、右が敵を戸惑わせる形となったことで、戦場が安定し始める。

 負け続けて兵が減らされていた帝国軍にとって、均衡状態にまで持っていっただけでもこの日の戦争は、勝利と言えるかもしれない所までいっていた。

 

 だが、戦いは更なる激化の道を進む。

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