第27話 裏で操った男は・・・

 「引いていくな。しかし、何もせずに引くとはな。この戦場で何かが起こったか?」


 中央前方軍の大将ハルクは、敵が引いていく姿に違和感を覚えた。

 本陣まで下がっていくという事は今日はこれ以上なしと言っているようなものだ。


 「ハルク」

 「ん? あ! サブロウ殿」

 「負けだぞ」

 「え? 負け・・・ここではないですね。サブロウ殿、どちらが?」

 「左右両方で負けたぞ。あれは相手の作戦勝ちだぞな。上手く罠に嵌められたぞ」

 「そうですか・・・なるほどね。あの二人を手玉に取るという事は、中々強い将なんですね。それとも事前に仕込まれたような策があったか。まあ、単純なものでは、彼ら二人を罠に嵌眼る事は出来ない」


 二人にミスがあったとは、言いきれない。

 それくらい敵が強い。

 今までよりも明らかにだ。


 だからハルクは決して仲間を責めたりしない。

 自分も多くの戦場で色々な経験をしてきているからこそ、二人が負けても冷静であった。


 「そこで今日はどうするぞ。おいらは今日は引いた方がいいと思うぞな」

 「ええ。そうですね。サブロウ殿。左右の将軍たちを呼んでください。会議を開いた方がいい」

 「了解ぞ。やっておくぞ」

 「はい。お願いします」


 この日は会議となった。


 ◇


 会議の開幕は謝罪だった。

 デュランダルが頭を下げる。


 「ハルクさん。すみませんでした。俺が罠に嵌ってしまい戦況を悪化させてしまいました。それにタイムが怪我を」

 「デュラ、気にするな。まだまだこれからだ。完全に負けたわけではない。それで、タイムはどうなった?」

 「今、治療中です。背中の傷と、熱もあるみたいですが、命には別条ありません。ですが、この戦いには・・・もう・・・」

 「そうか。フラム閣下。どうしますか」


 ハルクは、判断をフラムに委ねた。

 総合的な判断の上手さは自分よりも上だと思っている。


 「私の兵で、リリーガに送りましょう。調整しますよ」

 「フラム閣下。タイムをここから離脱させるのですか?」

 「ええ、ハルク大将。ここは無理をさせない方がいい。彼は若い。これからの若き将です。フュン様の軸となる人物をここで失うわけにはいかないです」

 「なるほど。でもビスタではないのですね」

 「ええ。ビスタは例の作戦になった場合に・・・彼が怪我人であれば邪魔になってしまうかもしれない」

 「ああ、そうでしたね。あの作戦か・・・」


 ハルクとフラムだけが何かを知っている。

 デュランダルとアイスは首を傾げていた。


 「リリーガならば安全ですよ。私がやります」


 フラムが答えると、次に頭を下げたのはアイス。


 「待ってください。ハルク様。フラム閣下。私も敗れてしまいました。申し訳ありません。それで、リースレットも彼と同じようにお願いしたいです。彼女もですが。この戦いでは、もう無理をさせたくない。これからのために回復させてあげたいのです」


 最後の突破に力の全てを注いだリースレットは、負った怪我が大きく、眠っている状態である。

 この戦いで復帰は不可能であるとの診断ももらっている。


 「そうか。彼女もか・・・わかったアイス。フラム閣下、お願いできますか」

 「はい。私がやりましょう。早速この後に動きますよ」

 「ありがとうございます」

 

 アイスが感謝を述べた後に。


 「ありがとうございます」


 更にハルクが感謝を述べてから本題へ。


 「それで、なぜ負けた? デュラ。アイス」


 ハルクが聞いた。


 「はい。俺の方は、敵の穴だと思った箇所がですね。最初から仕組まれていました。チャンスだと思った場所を攻めた結果。大包囲攻撃を受ける羽目に・・・」

 「え!? デュラ。そ、それは私と同じですよ。私もデュラと同じ戦法で負けました」

 「なに!? アイスもか」

 「ええ。あなたも・・・ということは」


 アイスとデュランダルが見つめ合っていると。

 

 「なるほど。あちらに軍師がいますね。あの中の誰かですね・・・名も知れぬ者がいるのですね」


 フラムが腕組みをしながら考えを言った。


 「閣下、あれはですね。元々想定していないと出来ないような動きでしたよ」

 「そうだった。俺の所も同じだ。練り込まれた作戦。動きの良さ。初動の上手さもあった。あそこがいかに新兵を積んでいたとしても、訓練をしなくては出来ない」

 「ええ。そうです。左右に配置した罠・・・それを中央で披露しない理由は・・・おそらく」


 デュランダルと同じ意見で話が進んでいくと、アイスは気付いていく。

 

 「デュラ。どれくらい兵が減りましたか?」

 「ん? 俺の方は一万五千だ。かなり減らしちまった」

 「私も同じくらいです・・・ということは、三万の差が生まれた・・・やはり敵は・・・」


 アイスの顔が青ざめていく。

 

 「どうしたアイス? 何かに気付いたのか」


 ハルクが聞いた。


 「はい。これは中央にわざとその作戦を置かないのは、成功しない場合に左右にその情報が漏れて、罠に嵌められなくなる恐れがあるからです。でも左右の戦場であれば距離があります。情報を得にくいです。だから成功率に違いが生まれません。これが中央も同じ作戦を取ると、どれかの成功率が下がるかと思います。なので、敵は左右の局面だけでその作戦を使ったのでしょう」 

 「なるほどな。中央で動かない理由はそれか。今日もほぼ何もしなかったからな。おかしいと思ったんだ。中に切れ者がいるってことか」

 「ええ。それで敵の意図はおそらく・・・・」


 敵の作戦を読みきったのは、アイスだった。

 左右の局面が劣勢になることで起きる現象。

 罠から起こす次の行動はそれしかなかった。



 ◇


 イーナミア王国の本陣。


 エクリプスが話す。


 「何をした。ドリュース」

 「え? 何をしたとは? 何の話でしょう?」

 「左右の戦場。まったく同じ戦略だぞ。ドリュース。お前が仕組んだのだろう」

 「???」

 「はぁ。とぼけるな」


 息子の何食わぬ顔を見て、エクリプスは頭に手をやって、深くため息をついた。


 「セリナ。ゼルド。どうなんだ。先程の戦場、この馬鹿息子のせいであろう」

 

 肩をすくめているドリュースを見て、セリナとゼルドが真顔で答える。


 「はい。ご子息の策であります」

 「そうです閣下。申し訳ありません。用意していた策でありました」


 二人が素直に白状して頭を下げると、ドリュースが頬を膨らませた。

 不満げである。


 「はぁ。やはり・・・お前な。二人に迷惑をかける所であっただろうが。反省しなさい」

 「え? 迷惑ですか? この状況が??」

 「状況は好転した。だが、お前の策は一歩間違えれば。こちらが全滅だぞ。仲間の命を天秤にかけても良いとする作戦だ。諸刃の剣だ・・・安全策を取れとは言わん。ただ、この戦いの中盤で取る作戦ではない。いいな。ドリュース」

 「そうでしょうかね。私はタイミング的には今が好機かと」

 「違うな。あと数日。遅くとも一週間後だな。今は早すぎる」

 

 エクリプスは作戦が駄目とは言わなかった。

 作戦のタイミングが悪いと言ったのである。


 「それで、お前がやりたいのは、大規模戦争だな」

 「そうです」

 「どこでだ。中央でか?」

 「はい。そこが一番良いかと。前回と同じですね。第七次アージス大戦の激闘と同じです。でも勝つのは我々だ。前回は、フュン・メイダルフィアの登場によって、現皇帝を倒せませんでしたからね」

 「そうだったな。しかしあれは逆に言えば、あちらの大元帥殿のおかげで私たちが助かった。そう解釈しても良いのだぞ」

 「父上?」

 「あの戦場を設定したクリスとかいう軍師。あれは稀有な才を持つ男。それにあの度胸。ネアル王の本陣に乗り込んだのだ。化け物と言うべき胆力だ」

 「クリス・・・それは私が会っておきたかった男ですね」


 実は、ネアル王の即位式の際に、ドリュースが会いたかった人物がもう一人いた。

 それがクリスである。

 彼に会って、話してみて、どの程度の男なのかを見極めたかったのだ。

 フュン・メイダルフィアの事は大体分かった。

 考えが柔軟であるのは、あの柔和な表情から来るもの。

 穏やかさの裏に激しい情熱を持つ者。

 だから出会った時に、ネアルに近い感覚を得た。

 あれもまた英雄の一人。

 そしてその英雄の片腕を務めているクリスはどのような考えを持っているのか。

 どのような表情をしているのか。


 あの時に、ドリュースは見てみたかったと思う次第だった。

 だからこの戦場に出てこないのも、少し悔しいとも思っていた。


 「まあよいだろう。あとは、お前がやりたいことをするしかないか」

 「私がしたい事ですか? 何でしょう父上?」

 「はぁ。父を試すな。ドリュース」

 「え? 私が父上を試すなどありえない。もしそうなら、失礼な男ですよ」

 「まあよい。明日から中央の戦場で削る。いいな。二万。それくらい削れば、あとは仕掛けてもいいだろう」


 エクリプスが言った直後に、セリナとゼルドが頷き、ドリュースはニヤリと笑った。

 自分の考えを良く知ってくれている父だと、笑ったのだ。


 決戦前の戦いは、厭らしい戦い方。

 相手の兵を削り、来るべき時に攻める。

 それがドリュースの考えた作戦であった。


 

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