第26話 雷の剣聖 円雷のリティ

 「リティ!」


 彼女に遅れてサナが部隊と共に来た。

 

 「サナ。リースレットを頼む。こやつのおかげで、今、道が出来ようとしている。これを無駄にするな。こやつの命懸けの努力を無駄にするな。いいな。だから、サナが道を広げろ!」

 

 サナが戦場を見渡すとリエスタが言ったとおりの戦場だった。

 リースレット部隊が標的にした敵の精鋭兵たちの半分以上が消滅していて、脱出路が開きかけていた。

 彼女が負傷していても彼女の部隊が攻撃を止めなかったためである。


 「わかった。でもリティはどうするの?」

 「私は、ちょうどよい。ここに敵の大将がいる。挨拶だけではつまらんのだ。倒す!」

 

 真っ直ぐリエスタが見つめている敵を、サナも見る。

 スカイブルーの髪の女性は、不敵な笑みを浮かべて、こちらの様子を窺っていた。


 「あれに勝てる? 強いわよ」

 「私が負けるとでも思うか。サナ」

 「いいえ。でも一人で勝てるの?」

 「ふっ。愚問だな。この私が、後れを取るなど。相手がゼファーやレヴィ殿じゃあるまい」

 「よし。それじゃ任せる。リエスタ部隊。私に続け。この道を広げる。そして、リースレット部隊。回改はもういい。私の部隊の中に入れ。休息を取りつつ、ここを抜けるぞ」

 「「「おお」」」

 

 疲労が凄まじいために、サナの指揮の元でリースレット部隊が休息をとる。

 その中にリースレットも入れ込み、彼女の救出も同時に行われた。


 「リティ。無事でね」

 「ああ。任せろ。サナ。道を作っておいてくれ」

 「わかってる」


 話しかけてくるサナの事を一切見ないリエスタは、真っ直ぐ敵だけを見つめていた。

 敵の一挙手一投足を見逃さない。

 わずかでも動いたら、こちらも動く気であった。


 「佇まい・・・ふむ・・似ている」


 敵の右の人差し指が僅かに動いた。 

 剣の握り直しに入ることを予測したリエスタが、先に動く。

 素早い一閃と共に、体もまたその速度と同じで動いている。


 「は、速い」


 セリナは、自分が動き出そうとしたタイミングで、敵が来てしまった。

 だから体の反応が遅くなった。

 心のカウンターとも言える状態になり、実際にはのけ反っていないが、後ろに身を引いたような感覚に陥った。


 「ほう。よく私の一撃を受け止めた。では次だ」


 剣と剣がぶつかり合っても押し合いにならない。

 リエスタはすぐに剣を引いて、再び動く。

 敵の左側面に瞬時に移動して、再びの一閃を披露する。

 その一撃、その移動。

 双方が稲妻のように速い。


 「いくらあなたが速くても、あなたの狙いはわかる。こっちよ!」


 しかし、こちらのセリナも強者。

 彼女の行動の全てを見切っていた。

 自分の剣で相手の行動を止めようと前に出すのだが、リエスタの剣の軌道が変化した。

 

 「な、なんていう反応速度。その速度でずらしながら攻撃が出来るのね。ば、化け物よ!?」


 自分の剣をすり抜けて、顔に目掛けて攻撃が飛んでくる。

 セリナは首を傾けて紙一重で躱した。


 「ほう、やるな」 

 「こちらが防戦になったら駄目ですね。では」


 セリナの姿が消える。

 目の前で人が消える行動。それは正しく・・。


 「太陽の戦士!? いや、若干違うな。光と共に変化したわけじゃない。混じったような印象だな」


 光と影の間のような消え方。

 しかし、その消え方がサブロウやミランダ並みで、靄すらも見えなかった。


 「道理でな・・・レヴィ殿やミランダ殿の佇まいに似ている雰囲気を持つのは、その技のせいか」

 「ふふ。これはさすがに見抜けませんよね。あなたでは」

 「ああ。そうだな。私は影とかの適性がなかったからな。それに太陽の戦士にもなれん。叔父上の事は尊敬しているが、心酔するまでにはいかないからな。あれはそこまで達して初めて入口に立つからな」

 「太陽の戦士ですって・・あなたが」

 「いや、だから、私は戦士ではない。ただ、一人の武人である。ゆえに、私もこれで見抜けるぞ。ここだ」

 「なに!? なぜ、見えているの・・・」


 敵が背後に来たと思った瞬間にリエスタは振り向いて、剣を伸ばす。

 すると攻撃を受け止めているセリナが出現した。

 防御と影は同時にはこなせない。


 「あ、あなたには、私が見えないはず!?」

 「そうだ。見えん! しかし感じる訓練はした。良い参考例があるのでな」

 

 リエスタが剣で敵を押し出して距離を取った。


 「参考例ですって?」

 「そうだ。こちらにはジスター殿がいるからな。彼を見ていれば分かる」


 二年間の修行の間。彼女らも当然影の訓練も一緒にやって来た。

 その時、他の三人は影には成れずとも見極めることが出来たのに、彼女だけは見ることもできなかった。

 だから困り果てた彼女に対して、フュンが紹介した人物。

 それがジスターである。

 彼は太陽の力を発揮できずに、太陽の戦士になった稀有な人物。

 光と共に消えることが出来なくても、敵を見極めることが出来ていた人物でもある。


 彼曰く、己の存在を消さずとも、自然を感じると敵も感じるとの事。

 別に人がこの世から完璧に消えるわけでもなく、この大地に存在しているのならば、必ずどこかには移動し、必ずどこかには表れる。

 それに影は、攻撃時の瞬間には姿が見えてしまうし、それの反対で防御の際も姿を現すのだ。

 この事からも、一度捉えてしまえば、影は意味がない。

 ならば、必ず来るはずの場所に、警戒網を張っていれば良いだけ。

 必ず来る場所とは・・・。


 「そう。ジスター殿が言うには、自分の先2メートル。ここを自分だと思え! だそうだぞ」

 「は?」

 「感覚の話だ。私から距離2メートル! ここがもう私だ」


 リエスタは自分の周りに剣で円を描いた。


 「は!?」

 「話を理解しない奴だな。私を円の中心に据えれば、ここから全てが私の範囲だ。もはや体内だ!」

 「え?!」

 「なんと! ここまでいっても分からない? 馬鹿なのか。貴様は!」

 「そ、そんなこと。あなたに言われたくないわ。あなたが馬鹿じゃない! 何言ってんのよ。さっきから訳が分からないわよ。馬鹿はそっちよ」

 「なんだと。貴様。斬るぞ」


 リエスタが影になっていないのに、その場から姿が消えた。

 セリナは自分の目を疑いたくなる。

 彼女の脚力が異常なのだ。

 

 セリナは、左目の端に彼女がたまたま見えたことで戦いを継続できた。

 リエスタが、ジグザグに移動していて、余計に動いているはずなのに速い。

 しかも弧を描くようにしているから余分な移動距離を出している。

 それでも一瞬でセリナの元に来た。


 「斬!」

 

 移動もジグザグだが、剣の軌道もジグザグ。

 セリナは読み切れない軌道に一か八かで剣を前に出した。


 「当たった!?」


 賭けで出した剣だったから、セリナも驚く。


 「チッ。まあまあやるか。貴様」


 再び距離を取るために後ろに下がるリエスタを追いかけることが出来ない。

 足の速度だけで言えば倍以上の速いように感じる。


 「速すぎる。何もかもが速い。ば、化け物!?」

 「私がか? 私はまだまだだぞ。ジスター殿はもっと速い。それに、お嬢も速い。あれが怪物。あれこそが化け物だ。彼女はもう・・・そうだな。あの子はいずれ神の領域に足を踏み入れるであろう。いずれ彼女は、人ではなくなる・・・しかしそれは寂しい事だ。神となれば、そばに人がいなくなってしまうのは必然。だから、私がその領域に近づいてやろうと思うのだ。どうだろう貴様」

 「は? な、何のこと!?」

 「そうだ。お嬢が怪物になろうとも、私もそこに辿り着ければ良いだけ。うむうむ。私も人を捨てねばならんかな。フハハハ」


 リエスタ・ターク。

 彼女は後に、雷の剣聖『円雷のリティ』と呼ばれることになる。

 雷撃と称される剣筋は、変わった軌道をしていて、敵を自然に惑わしながら攻撃する。

 剣姫の四天王として、風陽流は会得しないが、彼女を支える一人として、この大陸に名が轟くのである。

 武人としての高みへと近づく女性である。


 「何を言って・・・あ!?」


 セリナは敵の軍が迫ってきていることに気付いた。 

 その先頭を駆けるのは・・・。


 「リティ様。こちらに」

 「ん? ああ、アイス! 全体でここまで来れたか」


 馬でこちらに迫るアイスが、叫んでいた。


 「はい。乗ってください。ここから脱出します」

 「ん? おお! そうか。よくやったサナ」


 リエスタが周りを確認すると、敵の陣形に穴が開いていた。

 そこは精鋭がいた場所。

 穴が開くとは思わない場所に、脱出路が出来上がったことで、王国左翼軍は閉じるという考えが浮かばなかった。  

 王国軍に衝撃と共に動揺が走っていたらしい。


 「アイス。引くのだな・・・でも、もう一度私は戦うからな。いいな」

 「はい。わかっていますよ。乗ってください!」

 「おう」

 

 リエスタがアイスの後ろに乗る。

 

 「ま、待て」

 

 セリナが追いかけようとするが。


 「いずれまた。貴様が私に挑む気であれば、再び会おう。セリナだったな。それまで精進するといい。フハハハ」


 セリナは、大笑いをして去っていくリエスタを見るだけで、それ以上そこから追いかけられなかった。

 敵を囲い込んでおきながら、王国右翼軍は、相手を全滅にできなかった。

 それを悔しいと思う事と、それよりも自分の力が、あのリエスタに届いていない事に怒りを覚えたのだ。

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