第25話 副官の熱き魂 ②

 「あたしが先頭でいきます。続け。リースレット部隊」

 「「おおおお」」


 リースレットが先頭となり、五千の部隊が敵の精鋭に向かっていった。

 敵本陣。やや右寄り。

 そこが、この戦場で敵の最強の兵たちが集中していた。


 衝突した瞬間から、迎え撃つ敵の強さが異常だった。

 リースレット突撃隊は、アイス軍の中で一番突進攻撃が上手い。

 正面からの攻撃にも多彩さがあって、角度をつけていける。

 しかし、その巧みな攻撃が、一撃も相手に入らない。

 それも相手がただの兵士たちである。

 将クラスの人間でもないのに、攻撃が通用しなかった。


 「貫けない!?」

 

 リースレットの爪の攻撃が相手に刺さらなかった。

 相手の盾に弾かれるのは初めての事だった。


 「その中であなたが一番強い人なのですね」

 「ん!?」


 リースレットが横を向く。すると明るい声と笑顔の女性がこちらに向かってきた。緑の髪が草原の草のように揺れている。


 「だ、誰?!」

 「私はマリアス。強敵発見です」

 「マリアス? は、速い!」

 

 マリアスは走りながら剣を振り回す。

 その時の癖が凄く、八の字に振っては、時々微妙に止まりだす。

 独特なリズムであり、同じように独特なリースレットでさえも戸惑い、対応に遅れる。


 「ぐっ。力が強い!」

 「あれ? 私の攻撃が・・・」


 マリアスは自分の攻撃が確実に相手の首を刎ねたと思っていた。

 でもリースレットが反応して攻撃を防いだのだ。


 「素晴らしいね。あなた。お名前は」 


 鍔迫り合いしている剣に近づいて、互いの顔が目と鼻の先になる。


 「あたしは、リースレット! マリアス負けないよ。それに、あたしたちはここを脱出する」

 「ふ~ん。でも脱出するならここじゃない方がよかったのにね。ここが一番強いんですよ」

 「わかっていますよ。でも、だからこそ、ここを抜く。ここを抜いてあなたたちを混乱させるんです!」


 今までのリースレットじゃない。

 本能がここを抜けと叫んでいるけど、理性的な考えが浮かぶ。

 思考がクリアになって、まともな思考に変わっていた。

 戦闘に置いて、理に適ったことをはじめて言ったのだ。

 

 「ほう。面白い。やってみなさい。リースレット」

 「ええ。やってみせますよ。マリアス! あたしは、サナさんやリティ様。そしてアイス様を守るために、必ずここをぶち破る。勝負だ!」


 リースレットの叫びと共に、立ち止まっていた彼女の部隊も更に突撃をかけた。

 ここが勝負。ここが正念場。

 それを良く知っているのは、彼女だけじゃなく、彼女と共に戦ってきた仲間たちもである。


 「はあああああああああ」

 「ん!? 鋭い!?」

 

 マリアスはギリギリでリースレットの爪を止める。

 鼻先で止まる爪は、鈍く銀色に輝いている。


 「ぐおりゃああああ」

 「な、なに!?」


 止められた爪を捻じる。

 リースレットは手首をひねり相手の剣を巻き込んで、からめとろうとした。

 

 「あなたをここで倒して。あたしたちは逃げる! それしか、ここでやることがない!」

 「ならば、私はそれを止めないと。私は逃がしません。帝国軍はここで消滅させます!」

 

 巻き込めずに弾かれた爪。

 大きくのけ反る形になったリースレットの胸に敵の剣が伸びた。

 このままでは、貫かれて死。

 だから彼女は超反応で、身を高速で捻じって、突きの一撃を躱した。

 

 「ぐっ。でもそれでも、やる」


 右脇腹後方から背中にかけて斬られても、リースレットは後ろに下がらずに前に出た。

 マリアスに接近して、肩で強く押す。


 「な、なに。斬られたはずなのに。その力・・・どこにそんな」


 マリアスがよろけて下がっていく間に、リースレットは後ろに走り出した。

 その場から距離を取って、加速していく。


 「ま、待て。逃げる? いや違う、何をする気?・・・」

 「ここからだ、リースレット部隊。最高点を見せるぞ。とっておきを発動だ。円回えんかいの始まりだ」


 リースレットの指示を聞いた彼女の特殊部隊『直回ルーレット』が連携旋回運動を発動。

 

 円回えんかいは、五人一組で、敵一人に攻撃する連携攻撃。

 円を描いて前進する連携。

 一人目が当たった直後に、ほぼ同時に二人目も当たる。

 それが五人分連なっていき、敵を粉砕するのだ。

 これは高度な連携と厚い信頼関係が無いと出来ない。

 それとこれの弱点は・・・。


 「いそげ! とにかく、今倒せるだけ倒す。時間がない」


 そう体力の消耗が激しいのである。旋回運動をしながらの前進に加えて、敵に攻撃をしながら次のターゲットの元に移動する。

 この行動を一連の流れの中でやらないといけないので、頭も体も両方が極限に疲労するのだ。


 虚を突かれたマリアスは手を止めてしまった。

 彼女がリースレットを止めておければ、ここまでの威力を発揮しなかったろう。

 一瞬で精鋭たちが地面に平伏していたのだ。


 「反転!」


 リースレットの指示が通ると、全体の右回りの攻撃が左回りの攻撃に切り替わる。

 同じ角度、同じリズムで攻撃が入ると敵が対処しやすい。

 だから彼女が考案した円回えんかいの二段階目は、逆回りだった。

 角度の変化により、敵対する相手はこの攻撃の対処に間に合わない。次々と刃の嵐を受けるしかないのだ。


 ようやくここで、敵の猛烈な勢いをかき消すためにマリアスがその先頭を走るリースレットに立ち向かった。


 「止める! あなたさえ、止めれば」

 「止まらない! あたしは、ここで止まらない。たとえ、ここで限界が来ても、あたしの役割は、皆を助ける事だ! 勝負だマリアス」

 

 最高速度が出ているリースレットに対して、若干反応が遅れているマリアスが激突する。

 それは一瞬の決着で、マリアスの剣を寸でで躱したリースレットの爪の一撃が彼女の肩を捉えた。

 

 「ぐあっ・・・なに!?」


 間髪入れずに二撃目が来る。

 彼女は左右についている爪攻撃の手数で圧倒する戦闘スタイルである。


 「させませんよ」


 リースレットが爪を伸ばして、相手にとどめを刺す直前で、耳元で声が聞こえる。


 「え?!」

 

 リースレットの顔の横には、自分を凝視している人がいた。


 「あなた・・・リースレットですね。あなたはここで終わりましょう」

 

 一振りが異様に速い。

 鋭い剣閃がリーズレットの体に直撃した。


 「ごほっ・・・がっ・・・な。どこにいたんだ」

 

 気配がしなかった。

 移動してきた形跡もなかった。

 リースレットはもろに攻撃を受ける形になりそうだったが、ここでギリギリのところで、身をよじっていた。

 直撃で上半身を斬り伏せられる所を、お腹だけが斬られた状態で留まる。

 だがしかし、その出血が凄かった。

 それに、円回の疲労度も重なり、目が霞んでくる。


 「前が・・・見えな・・・い。あ」


 ぼやけた視界の真ん中に、女性が見える。


 「なかなかやりますね。あの状態で、私の一撃を躱すとは、彼らでも出来ない事ですのに・・・・まあ、でも。これで終わりですよ。よく頑張りましたよ」

 「ご・・・そ、それなら・・・」

 

 もう攻撃を躱す余力もないのなら、躱さず受け止めて刺し違える。

 リースレットは目の前の人物が攻撃態勢になった瞬間に飛びついた。


 「それも無駄です。死になさい」


 女性は、後ろに飛びながら剣をリースレットに向ける。

 鮮やかで高速な剣技を披露して、彼女を切り刻む気でいた。

 

 「そうはさせん!」


 絶体絶命の中で、声が聞こえた。

 それはリースレットにとって聞き慣れた声。

 いつも怒ったような、ぶっきらぼうな口調をしているけども、本当は誰よりも部下を大切にする女性の声だった。


 「な!? この剣を片手で弾くですって!?」


 威風堂々。仁王立ちの女性は自分の剣を肩にかけて答える。


 「私のリースレットに何をする。貴様は・・・ほう、好都合だ。貴様がセリナだな」


 目の前にいる人物の気配だけで、相手が強者だと分かった。

 この軍で、一番の風格を持つ者として、相手が大将であると見抜いたのだ。


 「あなたは・・・そうね。その風貌。リエスタ・ターク! ターク家のお姫様ね」

 「そう。私はリエスタではある。だが、それ以上でもそれ以下でもない。ただのリエスタ! お姫様など軟弱な者じゃない。皇族でも王族でも何者でもない。武家十家の一家。スクナロ・タークの娘であり、私は武人となったのだ」


 リエスタ・ターク。

 彼女こそが、戦うお姫様の戦姫よりも、戦うことに特化した武人。

 姫を捨てた一人の武将なのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る