第29話 親子の絆
帝国軍の両翼の方が優勢になった戦場。
当然中央軍も戦闘になっていた。
ハルク軍2万、フラム軍1万。
エクリプス軍4万。内後方軍に待機しているドリュースが5千を指揮。
戦いは一進一退。
ハルク軍が攻勢に出ることもあり、決して防御一辺倒の戦いを帝国軍が選択しなかった。
攻防の最中で、帝国軍側で崩れてしまった陣形があっても、そこを補填するようにフラム軍が補助に回る。
前方軍と後方軍が息を合わせて、戦場をコントロールしていた。
この二人の巧みな連携により、王国の名将。
エクリプスでも苦戦していたのだ。
数に差があっても、敵をなかなか崩せないことに怒りはしないが、名将でもさすがに焦りが出てくる。
「強い。これがハルクだというのか。スクナロの影にいただけの人物ではないな。この男は・・・表に出て自分の指揮を取ってもこれだけの強さを持っていたのか。素晴らしい敵だ」
エクリプスは戦場全体を把握して、数の違いをもろともせずに前進してくる勇猛さに感心していた。
そこに後ろからドリュースがやってきた。
「父上」
「ん?」
「あの強さを維持しているのは裏の男です」
「裏?」
「はい。後ろにいる男が、彼の能力を最大にしています」
「後ろか・・・フラムだな。ネアル王に二度。コテンパンにやられた男なはず。それがか」
「ええ。ですが、それは過去。今は明らかに強いです。父上。これは罠に嵌めなければ、いつまで経っても勝てません」
言い切った後の表情が普段よりも明るい笑顔である。
エクリプスは、父親として息子の感情を読み取るのが上手かった。
「はぁ。では何かあるんだな。ドリュース。言ってみなさい」
「はい父上。現在。左右の戦場が停止したような状態です。その上で、若干我らの方に全体がきています。ですので、ここは敵軍の左右のズレを利用していきます。現在の敵中央軍の左右は、隣接していません」
「ん? 隣接・・・そうか」
「はい。なのでここは我らだけで敵の中央軍に包囲のように攻撃を仕掛けます」
「まあ、実際に包囲はしないんだな」
「はい。敵の両翼は戦況を見極める力があります。中央軍が包囲を受けそうになると、おそらくは救援に入るでしょう。そうなれば、帝国の中央に左右が合流して厚みを出していく作業に入ります」
「そうか。それを逆手にとって、我々は両翼を上手く使って、全てを押し込んで戦場を下げさせるんだな」
「はい。押し込んでいき、上手くやれれば全体包囲が可能です」
「そうか。ではやるか」
ドリュースの考えに乗ったエクリプスは、今回は隣に息子を置いて戦った。
彼らの行動は至ってシンプル。
アイス軍。デュランダル軍。
双方が押しあがっていく戦場では、ハルク軍との位置に差が生まれている。
だからその浮いた差を利用して、攻撃を開始。
エクリプス軍が、ハルク軍を徐々に押し込んでいき、兵を削っていく形にして、包囲を始める段階を生み出そうとしていた。
そうなると苦しくなることに気付くのが、両翼にいるアイスとデュランダル。
中央軍が敗北してしまえば、戦場全体が敗北してしまうので、彼ら二人はいち早く加勢に向かった。
中央と左右の軍が大合流して、王国中央軍の動きを止めようとした。
でもそれが罠である。
その動きになることを予測していたドリュースが、セリナとゼルドに指示を出す。
アイスとデュランダル軍を押しつつ、端を固めていき、完全包囲の動きをし始める。
動き出してからの十分ほどで、王国軍は帝国軍前方を掴んでいた。
だから、あとはもう王国兵たちが、徐々に横へと流れていけば、包囲が完成するのであった。
「まずい。このままじゃ、ここで敗北が決まる・・・いや下手したら・・・全滅だな」
帝国軍の全体の真ん中前方にいるハルクがいち早く自分たちの状態に気づく。
このまま時間が過ぎていけば、あとはもうただただ包囲攻撃を受けて全滅するだけ。
だからやることを明確にするために、ハルクは自分に近い位置にある将のサナを呼んだ。
全体が合流して、彼女が左翼軍の右翼部隊にいたために、たまたま一番近かったのだ。
「サナ」
「はい」
「後は頼む」
「はい? 父上。何を?」
「後を頼めるのはお前だけだ」
「・・・・」
まさかとは思っている。自分もその先の言葉を出したかった。
でも、父親の顔がすでに語っているのだ。これから先の自分を・・・。
ハルクは覚悟が決まっていた。
だからサナは、それ以上は何も言わずに、ただ一つだけ頷いたのだ。
そして最後に。
「・・・ご武運を」
「ああ。行ってくる!・・・それと、サナ。一ついいか」
「はい」
「信じているぞ。お前は、私の娘だ。だからタークを守る柱となれ。私とお前の使命は、それのみ。私はスクナロ様。お前はリエスタ様。それが私たちの主君だ」
「もちろんです。ご安心を。父上のように、私も彼女をお支えします」
「サナ。その一言で十分だ。ありがとう」
サナは父と対面している時は泣かなかったが、後ろを振り返る際には涙が二粒流れていた。
この戦場での別れは、今生の別れであるからだ。
数分後。
「お。タイミングがいいですな。サブロウ殿」
サブロウがハルクの隣に出現した。
「ハルク。フラムから連絡ぞ。全体で例の作戦に移行しようという話ぞ」
「ええ。それもいい。ですが、そのまま下がった場合では、作戦は成功しませんよ。時間が足りなくなる」
「ん? どういうことぞ??」
「このままでは、我々は全体包囲攻撃を受けて消滅するか。なんとかして退却しても、その時の数が戦争を継続させるのに足りませんね。そうですね。あと、三十分くらいで、包囲は完成しますかね。だから、ここで普通の退却をしては、いけませんよ」
「たしかにそうぞ・・・この包囲が完成したらぞ・・・ハルクの言う通り、難しいぞな」
サブロウも戦況が悪い事を理解していた。
「ええ、ですからサブロウ殿・・・例の作戦。全てをフラム閣下に預けますと伝えて欲しいです」
「ハルク・・・・まさかぞ」
「ええ。やりましょう。私の兵1万5千を預けますので、そのままフラム閣下が全体を下げてください。そちらは退却戦争です」
「・・・わかったぞ。じゃあ、お前さんは・・やはりぞ」
「ええ。私は、ここから強襲戦争ですよ。一気に敵本陣を貫く。下がって見ていてください。この私の命と引き換えのその戦い。それが決して無駄ではないという事を証明してみせましょう。私の後輩たちの記憶に、私の大戦果を刻んでみせましょうかね。ハハハ」
冗談と本気を混ぜて、ハルクは笑った。
「ああ。わかったぞ。ハルク。頑張れぞ」
「はい。ありがとうサブロウ殿」
ここで、応援。
それがいかに勇気を与えてくれる行為であるか。
ハルクはサブロウに心から感謝した。
◇
ハルクと別れたサブロウは、フラムへ伝言を伝えると彼はハルクの決意を無駄にせずに、信号弾を撃ちあげた。
茶色の信号弾は、『本陣に動きを合わせろ』である。
フラムが退却を選択して、中央軍が下がる。
自分の部隊とハルクの部隊の2万5千が真っ直ぐ後ろに下がると、アイスとデュランダルも同時に下がっていった。
その下がり始めで、二人の将も気付いた。
それは、中央軍の中で、そのままその場で戦う軍があることに・・・。
◇
兵士五千。将一人。
完全敗北へと移り変わろうとしている戦場の最中でも、ハルクは冷静だった。
帝国軍全体がほぼ同時に後ろに下がっていく中で、ハルクの部隊だけがその場に残る。
自分たちを飲み込んでくる敵の数はなんと十万を超えている。
圧倒的な風景が、前後左右にあったとしてもハルクの顔は、晴れやかな笑顔であった。
「いやいや、壮観だな・・・」
「そうですな」
隣には、スローヴァが立つ。
「スローヴァ、なぜ残った」
「それはもちろん。言わなくてもご存じでしょう」
「そうか・・・まあ、私もスクナロ様が残ると言えば、勝手に残るからな」
「そうでしょう。それが、命を共にする主君がいる! その幸せな思いが出来る家臣というものですよ」
「ふっ。私にも良き家臣がいたようだな・・・ありがたい」
「いえいえ。礼はいりませんよ。ハルク様が、素晴らしきご当主様なのですよ。我らの主としてね」
ハルクの周りにいる兵士たちは良い顔である。
皆、覚悟が決まっていた。
「そうだな。・・・やるか。皆、続け。私と共にいくぞ。目指すは敵大将だ!」
「「「おおおお」」」
ハルクは、突撃を開始した。
帝国軍全体が下がる現状で、王国軍はそれを追いかけるために、前へ前へと行こうとしていた。
それで、ハルク軍だけが、正面衝突のような形の突進をした事により、王国軍中央にいるエクリプス軍が動きを止めてしまう。
それにより、若干歪な形になる王国軍。
真ん中の戸惑いが全体へと波及して、撤退していく帝国軍への追撃行動が徐々に遅れていく形となる。
全てはたった五千の兵が起こした奇跡だった。
王国軍全体が約10万を超えていても、目の前の中央エクリプスは4万ほど。
そして彼がいるのは、最後方ではなく、中心部。
だから、ハルクが倒せばいい数としては、両脇と後方を無視して、目の前にいる1万程の兵だけだ。
その差、二倍。
横からの攻撃を無視すれば、数の差は二倍で済む。
そのかわり、横を無視しているから、結果としては・・・。
「ノル! キスタン!」
ハルクが叫ぶと、左右にいた二人は笑う。
「ハルク様。あとでお会いしましょう」
「また会ってくださいよ。
敵の攻撃を受けて、普通に脱落するかと思いきや、彼らは剣や槍が刺さった状態で、四、五人を巻き込んで死んでいった。
その気迫が、圧倒的優位な王国軍を震え上がらせていく。
「ああ。私もすぐに逝く。だが、ここまで来たら必ずや敵の大将を討つ!」
決死の覚悟のハルクたち。
帝国一の武闘派。元皇族。元王家タークの支柱。
スターシャ家。
彼らこそが武家の中で、忠臣中の忠臣の家である。
己を極限まで鍛え上げた兵たちは、一人一人が強い。
それは、相手があのエクリプスが率いている王国軍であろうが関係なかった。
「ハルク様・・・あとは」
「ん!? そうか。スローヴァ! 私に任せろ。やり遂げてみせる」
斜め後ろを走るスローヴァの体に弓矢や槍が刺さっていた。
ここが限界であるとして、ハルクに別れを告げた。
『あとは』で全てを理解してくれたハルク。
『任せろ』の一言で、安心したスローヴァ。
両者は途中で別れた。
ハルクを前に出すために、包囲してくる敵に対して、スローヴァはまだ死ねないとして、ほぼ生きている状態じゃないのに、戦い続けた。
この決死の覚悟が、彼を敵本陣へと向かわせた。
◇
ハルクと共に最後に残った者たちは、たったの二百。
されど、二百で十分だった。
彼らは辿り着く。
命を賭して、全てをここに賭けて、到達したのだ。
彼らは、到着と同時に円陣形を組んで、ハルクをエクリプスの前に立たせた。
「ふぅ・・・貴殿がエクリプス殿・・・なんともまあ、凄まじい作戦を立てて来ましたな」
「な!? ここまで来るのか。その武・・・圧倒的だな」
「ええ。お褒めに預かり光栄だ。それでは、ハルク・スターシャ。帝国きっての武門の長として、最後の戦いをお見せしましょう。ご覚悟を。エクリプス殿。今の私は、何があっても止まらないですぞ」
ハルクが全速力で、エクリプスに向かっていった。
エクリプスのそばにいる近衛兵は二十。
それに対して、ハルクと共に行く兵は十。
ここでも数は二倍。
でも彼らは命が無いと思って戦っていたので、一人に斬られても、二人斬ればいい。
その考えに至っている。
だから、相手の生きたいという意志よりも、遥かに強い意志を持って、この戦いに挑んでいるために、敵を圧倒していくのだ。
考えの違い。意志の強さが、戦いの強さの違いを生んでいた。
仲間たちが次々と倒れていきながらも、ハルクは皆に導かれるようにエクリプスに迫る。
ここまで連れてきてくれた全員に感謝しながらハルクが敵の正面に入った。
そして。
「ようやくですな。それでは、お命をもらいます」
ハルクが、エクリプスの懐に入ろうとすると、そこを邪魔するように横やりが入る。
「父上は殺させませんよ。敵将ハルク」
「ん?」
ハルクが横を向くと、若い男が決闘のような戦いの間に、割って入って来た。
それは父の後ろで、ハルクに気付かれないように隠れていたドリュースだった。
「待て、ドリュース。それは意味がない」
しかし、ドリュースは知らなかった。
武人という者を。そしてハルクという男の考えをだ。
ハルクはここでドリュースの剣を体で受け止めた。
自分が死ぬことは当然の事。
それが今死ぬか。後で死ぬかの話。
だから甘んじて、敵の突き攻撃を受け入れる。
彼の右の横腹から左の横腹へと剣が貫いていった。
これで死は確実。
だから、ドリュースは『してやった』と思って、そこから先の動きを止めてしまった。
しかし、彼はまだ本物の戦場と、本物の漢を知らなかったから、この中途半端な所で勝ったと思ってしまったのだ。
ここで、ハルクが選べる選択肢は無数。
そのまま特攻の形で、エクリプスを斬るという決断。
それともドリュースを斬って、エクリプスを斬るという可能性。
しかし、その場合、命の灯が尽きるかもしれない。
時間がないことが、その作戦を取れないことに繋がった。
だから、選択肢はエクリプスを斬るだった。
なので決心してから、目の前のエクリプスを見る。
すると彼の顔が、父親の顔をしていた。
自分の隣にいる息子の方を心配した様子で、自分を見ずに息子を見ていた。
ハルクは、敵の姿に上司と部下ではなく、親子を見たのだ。
だから、最後に渾身の力を叩き込む相手をドリュースに変更したのだ。
「ふっ。貴殿、人の親だな」
「くっ。止めねば」
ハルクは左足に力を溜めて、行き先を強引に変更。
右側面にいたドリュースに向かって、横一閃の攻撃を繰り出した。
このまま行けば、ドリュースの首を刎ねる一閃。
「な・・・し、死に損ないじゃないのか・・・しまっ」
伸びていく一撃が、ドリュースに辿り着く寸前で。
「だから言っただろう。ドリュース。待てとな。この男の狙いは・・・最初から・・・生きる事じゃない・・・」
『ドン!』
息子を突き飛ばしたエクリプスがその一閃を受け止めた。
「ち、父上!?」
ハルクの考えを知っていても、エクリプスは我が子の命を選択した。
刃は、エクリプスの脇から入って胸まで到達する。
「がはっ」
「父上!?」
倒れるエクリプスを心配してドリュースは駆け寄る。
「ふっ。やはりな。戦場に出て、子を気遣う・・・その気持ち・・・わからんでもない・・・しかし、それでは私には勝てんぞ・・・我がスターシャ家は、そんな生温い教えじゃない・・・サナならば、私を斬って捨てる覚悟がある。そして私もサナを斬って捨てる覚悟がある。この違いが・・・あなたと私の勝負の違いになったかな」
意識が消えかけていたハルクの最期の娘の自慢話。
ブランカ親子の前に立ち、ハルクは微笑んでいた。
「しかし、あっぱれな策。ここまで帝国が追い込まれたのは初めて。お見事でしたぞ。エクリプス殿・・・」
「ごはっ・・ふっ・・・そちらこそ、この刃。強烈でしたな。ははは」
エクリプスもハルク同様。
最後の時まで将らしく晴れやかな顔をしていた。
「ええ・・・皆への置き土産だ。あなたのような偉大なトップがこの軍にいなければ・・・今後のこの軍は、絶対に苦戦するはずだ・・・ああ、今回の戦果。これも冥土での自慢話になるだろうな。皆がこちら側に来たら、鼻高々に話しましょうかね」
「それは・・・こちらも同じく・・・き、貴殿のような方を・・・ここで倒せたら良いとする・・・か・・・」
「ち、父上。父上~~~~」
叫ぶドリュースと、満足そうに死んだエクリプスを見て、ハルクは最後に空を見た。
「ああ・・・サナよ。スターシャを頼んだ・・・・先に逝く・・・スクナロ様。ハルクはここまでであります。あとはあなた様がやりたいように・・・どうぞ・・・この世には、サナがいますゆえ、私は安心してあちらに逝ってきますね」
こうして、ハルクは自らの命を振り絞って、エクリプスを倒せたのである。
この事がきっかけで、王国軍の動きが鈍る。
帝国軍への追撃が弱まり、王国軍全体は帝国軍の本陣手前で止まってしまった。
戦争は一時休戦に近い状態となったのだ。
しかし、この第一戦に置いて、この重要な局面を生み出したハルクの功績は、なにもこれだけではなかったのだ。
彼の行動は、後の戦いにまで影響していったのである。
ハルク・スターシャ。
今回の彼が起こした偉業は、二大国英雄戦争の中でも最大戦果を挙げた一人として、歴史に名が刻まれているのである。
サナ・スターシャの父としてだけでなく、この功績が大陸に認められているのであった。
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