第23話 二つの包囲の中で、二人の鋼の意志

 大将ハルクは、目の前の軍に対して、何もせずであった。

 左右は開戦早々から戦っているが、こちらは動かずで相手を睨むだけ。

 本軍対決はまだ先だと思っていた。


 「あれが名将エクリプス。以前もいたな。この戦場に・・・」


 ハルクのやや後ろに控えているスローヴァが答える。


 「そうです。ハスラを苦しめて、前回は・・・」

 「わかっている。俺たちも戦ったからな。間違いなく名将だ。だが、今回の陣。不思議な陣形だな」

 「ハルク様。あれは、我々と同じでは?」

 「ん? 同じだと」

 「はい。将を前後に配置している。つまり、本軍の二軍構成では?」

 「なるほど。エクリプスの裏に、別な奴が本隊を指揮しているのか」

 「ええ。我々と同じです」


 現在。

 帝国軍の本隊は、中央前方ハルク軍2万と中央後方フラム軍2万に別れている。

 実はこの戦いは、全軍4万ずつの12万となっていた。

 初めて帝国と王国が同数となった戦いでもある。


 なので、第八次アージス大戦の事を、12万決戦と呼ぶことが多い。

 歴史に残る二大国英雄戦争の初戦にして、この戦争全体の結果に多大な影響を与えた戦争である。


 「ではエクリプスの裏に控えているのは誰だ。奴よりも偉いのか?」

 「わかりませんね。諜報部隊が前に行けてないんですよね」

 「そうらしいな。サブロウ殿の影部隊でも、あそこの林の茂みなどに配置しても潜めないらしいからな。ただ、それは向こうも同じで、睨み合いになっているんだな」

 「そうです」

 「だからこっちも気を引き締めて相手の行動を見極めねばな」


 戦闘に置いても影はもう使えない。裏での戦いがすでに表になっていた。

 ただ向こうの影よりもサブロウたちの影の方が優秀な面がある。

 それはサブロウ組にある。

 彼の隊は、基本が影に潜んでいるだけで、本来は先鋒としても戦うことが出来る隊なのだ。


 「退却しよう。おそらく、エクリプスも同じようなことをするだろう。全体で下がるぞ」


 ハルクは早めの退却を指示。

 サブロウ丸の信号弾が空に上がると、中央に合わせて左右の戦場も下がることになった。

 帝国が下がると、王国側も無理をせずに本陣へと戻る。




 ◇


 双方退却後の王国本陣。

 エクリプス・ブランカは椅子に座り、くつろいでいた。

 先程の戦場を思い出しながら次の対策を考え込んでいる。


 「ハルク・・・どういう奴だったか。スクナロの印象が強くてな。思い出せん」


 本陣で独り言を言っていると、部下が知らせを持ってきた。


 「閣下」

 「ん? どうした」

 「ドリュース様がこちらに」

 「ん? ドリュースが? 後ろから来たのか。いいぞ。通せ」

 

 本営に来たのは息子のドリュースである。

 爽やかな笑顔でやって来た。


 「父上」

 「うむ。何の用だ」

 「それがですね。私にお任せしてくだされば、戦局を一撃で変えましょう」

 「はぁ。そればかりだな。お前は本当にそればかりだ。いつもいつも、調子に乗りおって」

 「いえいえ。いつもの進言ですよ」

 「わかっている。でもお前のは、まだ使えん。この戦いはまだまだじっくりいかねばならんのだ」

 「なぜです?」

 「・・・そうか。お前は話し合いにいなかったからな。知らんのだったな」


 イーナミア王国も軍事会議を開いていた。

 ネアル。ブルー。ヒスバーン。エクリプス。ノイン。クローズ。

 六名での大会議での結果は、彼ら以外には伝えられていない。

 それは重要機密だとして、厳重な取り扱いの情報だった。

 

 「何の作戦なんです」 

 「言えん。機密事項だ。とりあえず伝えられるのは、もう少し時間を掛けねばならん」

 「ほう。その策は王からですか?」

 「そうだな。王とヒスバーン殿だ」

 「ヒスバーン殿ですか。なるほど。では、あちらですかね。王が向かった戦場の方に計画があるのですね」

 「ふん。お前は・・・まあいい。今日は休め」

 「はい、休みますが。父上。私にも指揮を任せてもらえるのですかな」

 「そうだな。左右を破れば、お前の出番も来るだろうな」

 「そうですか。では、楽しみにします」

 「ああ、おやすみ。ドリュース」

 「はい父上」


 名将の子として、どのような成長をしたのか。

 ドリュースの真価が問われた戦い。

 それが、第八次アージス大戦であった。


 ◇


 初日。戦いはやや帝国が優勢。

 右が勝ち。左がやや負け。中央が引き分けである。

 なので、デュランダルの戦場での撃破数を数えると、かろうじて勝っているという状態だった。


 帝国の本陣では二人の大将が話し合う。


 「フラム閣下。どうしましょうか。例の策にいきますか」

 「そうですね。まだこちらとしてはですね・・・ハルク大将。連絡来ましたか? 例の信号弾、見えました?」

 「いいえ。まだなはずです」

 「ならば、ここは時間をかけないと駄目でしょう。待ちでいって様子を見ていかないと」

 「そうですね。臨機応変でもよいと、スクナロ様はおっしゃってましたが、さすがにあの陣形を見れば、攻めるのが難しい。厚みを感じますよね。以前の彼よりもさらに安定感がある」

 

 ハルクは、初日の敵の陣形を見て気付いた。

 エクリプスが成長している気がする。

 高年に入っていながらも更に渋みが増して、軍としても個人としても強くなっている節がある。

 ここは素直に相手を褒め称えるしか出来なかった。


 「そうですか。私は戦場ではエクリプス殿を見かけていませんからね。そこはよく分かりませんが、確かに攻め込むのは難しいでしょうね。しかし、ネアルに比べればまだ、いけます。あの左の陣に穴があるようですぞ」

 「ん? 閣下、まだ戦っていないですよ」 

 「いや。見えます。あの整列の悪さ。あそこだけ目立つのですよ。他はきっちりしています。なのに、あそこだけズレが生じている。それはネアルの軍にはなかった現象です。なので、エクリプスにのみ現れている現象かと・・・」

 「なるほど。閣下にはあの陣形がそう見えていると・・・わかりました。戦う時にやってみます」

 「ええ。あそこが弱点になりうるかもしれないです。たぶん崩せるかと思います」

 「わかりました。時が来れば試してみましょう」


 この会議の後、三日間睨み合いであった。

 戦いはあまり激化せず、そこから四日後から十日後まで、ゆるりとした戦いが続いた。


 


 帝国歴531年5月16日。

 ここが帝国にとっての分かれ道となる戦いが起きた日。


 一週間前にあった赤の信号弾。

 これはハスラに敵襲があるとの知らせである。

 だからその段階でアージスにいた彼らも、今回の戦いが同時多発で起きた戦争だと認識できた。

 

 それと、そこから三日後にあった紫の信号弾。

 これはフュンの策が発動したことを示す信号弾なので、ここからアージス平原の戦場の役割が変化する。

 戦いを本格化しても良いとの合図だ。

 

 そこで帝国側の行動に、変化が起きて、この日に好機を迎えたとフラム&ハルクの本陣が判断した。

 左右の戦場の横陣が変わり、突撃体制の構えから、先制することになる。

 それは事前に打ち合わせたものじゃないのに、ほぼ同時の仕掛けだった。

 デュランダルとアイスの息が合っていたのだ。

 太陽の双璧の攻撃姿勢である。



 ◇

 

 デュランダル右翼軍とアイス左翼軍は同時に相手に突撃。

 猛烈な勢いで突進をしたのだが、相手も防御姿勢を完璧に整えていた。

 しかしそんな中でも、敵の弱点とも言える部隊を見つけて、その位置に正確に主攻を当てるデュランダル、アイスの両軍。

 結果、敵の陣をえぐり込むようにして、侵入できていた。


 穴が徐々に広がり、敵の中に陣を作れるくらいになると気付く。

 これは、自分たちの力によって広げた陣取りではないと。

 敵が上手く広がっていき、包囲戦に入っていることに気付いたのだ。



 右翼軍デュランダル軍。

 大将デュランダルは相手の行動に気付くのが遅れていた。


 「まずい! 全てが罠だったのか。今までの行動の全てが罠だったのか・・・」


 デュランダルは後ろを振り向く。

 敵の包囲が完成しつつあった。

 閉じ込められるようにして、蓋が出来上がりかける。

 しかし、そこにタイムがいち早く気付き、挟み込まれる位置に入っていった。

 敵の包囲の完成を阻止して、蓋が閉まらなくなった。

 かろうじて完全包囲を防ぐ形になった。

 逃げるためには助かった部分ではあるが、しかしそこは地獄の挟撃が来ている場所となる。


 「タイム! まずい。あそこが最悪の位置になっている。クソ、俺が悪い。俺が敵の罠を看破していれば・・・」


 デュランダルは急ぎ、部隊を後退させた。


 

 タイムは頭をフル回転させて戦場で戦っていた。

 自分が指揮する部隊に、壁を作らせて、仲間たちの為に一つの道を生み出す。

 一本の細い道。

 これがデュランダル軍の脱出路である。


 「伝令。デュランダル将軍に戻れと伝えてください。それまで、ここを死守するので早く来てくださいと」 

 「わかりました。タイム副官」

 「ここはなんとしてでも、僕の命を投げ出しても守ってみせます」


 伝令が急ぎ前に行く。濁流の中を前に進む難しさは、自分もよく知るところ。

 でもデュランダルには、引き返してもらわないといけないから、ここは伝令兵には無理をしてでも伝えに行ってもらわねばならないのだ。

 

 仲間の為に命を張っているタイムの状況は刻一刻と悪くなる。

 


 ◇


 ほぼ同時刻の左翼軍アイス軍。


 「まさか。そういうことですか。初日からあった急所は、最初から仕組まれていた罠。攻撃が出来る箇所のように見せて、本当はそこに誘い込む罠だったのですね。新兵ですね。そこが・・・そこだけを新兵にして、弱く見せていた・・・誰ですか。こんな罠を仕掛けられる人は・・・人を多少捨てても大勝利を目指すやり方だ」


 罠に嵌って初めてアイスは、敵の戦略が読めた。

 相手は初日から弱点をさらしていた。

 敵軍の横陣形。中央やや右に明らかに弱い部隊がいたのだ。

 今までずっとそこが弱点だと思っていたが、こちらもわざとそこは攻めずに、大事な局面で戦いで取っておいたのだ。

 だから、本営からの攻撃許可が下りたことで、満を持して攻撃を開始した。

 しかしそれが裏目に出て、その位置が罠だとは思わなかった。

 敵を消滅させて、どんどんその傷口を広げていくと、敵に包み込まれる。

 いつのまにか、こちら側が攻撃を受ける形。

 包囲戦へと切り替わっていた。

 敵軍の防御が柔らかく、まるでしなやかな柳のように耐えてからの今の状態である。

 

 「アイス様」

 「え!? なぜ、リースレットがここに?」


 アイス軍は敵からの攻撃を守り切るために円陣形になっていた。

 別な個所にいたリースレットが本陣にまで来ていた。

 アイス自体は、六時の方角にいたのに対して、リースレットがいた場所は、二時の方角である。

 それがなぜかここにまで下がって来ていた。


 「アイス様。このままでは負けます。なので、あたしがこの包囲網。破ってみせます。あそこが一番この中で強いので、真っ直ぐ退却すれば、逃げられます」

 「え? いや、そこは敵の大将の軍じゃないのですか。精鋭兵ですよ」

 「そうです。ですが、ここで逆に強襲して、相手の考えを越えます。任せてください。あたしの軍の両脇をすり抜ける形で逃げてください。いいですね。アイス様」

 「あなた・・・まさか・・」

 「死ぬ気はないですよ。でも、皆さんがこのままでは死んでしまいます。リティ様もサナさんもです。それは嫌なので、逆にここで敵を倒してみせます」

 「・・・リースレット・・・」

 「ええ。やってみせますので、敵陣のどこかに穴が開いたら、そこから脱出を。いいですね」

 「わかりました」


 リースレットの表情が真剣だった。

 いつも笑顔でお茶らけている彼女の鋭い眼光が、敵だけを捉えていた。

 会話しているのに、一切自分を見ない彼女に、アイスは不安を覚えながら、彼女の突撃を見守る。


 本格戦闘の初っ端で山場を迎える帝国左右両軍。

 そこはすでに壊滅の危機となっていた。

 今までにない危険な状態は、この戦争の勝敗を左右する戦いとなる。



 

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