第21話 いつも後攻の帝国が・・・

 第八次アージス大戦。

 二大国での決戦場として、何度も採用されているアージス平原での戦いの八回目。

 帝国と王国が八度もぶつかり合って、ほとんどが引き分け。

 勝ち負けが起きたとしても、互いに領土を奪ったことがない地。

 なのに、戦いそのものはいつも苛烈なものとなる。


 そして、この数年の間に起きた。

 第六次。第七次。二度のアージス大戦。

 いずれにしても仕掛けてきたのは、イーナミア王国。

 彼らの方が準備を早くしているので、ガルナズン帝国側は後から出撃する形が続いていた。

 そして今回の第八次もまた、ほぼ同時と言っても相手の出方を見てから、後出しのようにスクナロが兵を出したのだ。

 

 なので、過去二度の戦いと同様に、今回も王国側からの戦闘であると思われた。

 仕掛けられるのを待つ帝国と、仕掛けていく王国。

 その構図が第八次アージス大戦にて崩れる。



 帝国右翼軍、大将デュランダルは、自分が想定した行動よりも、敵の配置、敵の雰囲気により、自分の戦の勘を優先した。


 「いく! ここは前に出る。タイム。どうだろ」

 「いいですよ。僕が合わせます」

 「ふっ。さすがだ。俺のやりやすいように動いてくれて助かるぜ」

 「お任せを。デュラさん」


 臨機応変型の極致とも言えるノリと計算を同時にこなすデュランダルに対して、敵味方双方の観察が得意であるタイムは、デュランダルの動きについていくと宣言した。

 彼はもうデュランダル専用の補佐官として抜群の能力を発揮していた。

 おそらく彼の補佐官は、タイムが一番適任なのである。

 これを進言しているのはもちろん、我らがフュン・メイダルフィア。

 人を見極める力が桁違いの大元帥なのだ。


 「右翼軍。敵の度肝を抜く。全速前進だ。突撃しろ」


 帝国軍右翼4万が横陣のまま突撃を開始。

 全体が同じ速度で相手に向かった。


 それに対して王国軍左翼の4万が、先制攻撃を仕掛けられない事で一瞬止まってしまうが、横陣のままで相手を迎え撃つ態勢になった。

 相手の将ゼルド将軍は、突然の事でも冷静。

 同じ形で敵の攻撃を受け止めて、そのまま跳ね返そうとする動きを見せたのだ。


 だから、このままでは上手くいかないと判断したのがデュランダル。

 彼は走りながら、味方の陣形を変形させる。

 横陣の後ろの三列を右に移動させて、右側に厚みを出しながら前進していく。


 そして、彼の行動の意図をすぐに理解したのがタイム。

 軍の最後方の本陣でタイムが、デュランダルの攻撃が上手くいくように指示を重ねる。


 「ファイタル。ノローク。両者が上手く右の背後列に入って、調整してあげてください。それで真ん中にいるソーは、バランスを保って。そのまま突撃です。連絡をお願いします。ビリー」

 「はい」


 影部隊を上手く使って移動しながら調整するタイム。

 それに気づいたデュランダルは後ろを振り向いた。


 「さすがだ。タイム! 俺の副官としてよ。最高の相棒だぜ」

 

 デュランダルが仕掛けた突撃は最初敵の足並み揃わない防御陣形に対して、行うはずだった。 

 だが、敵将もなかなかやる将らしく、虚を突かれても鉄壁な布陣を見せたので、デュランダルは横陣を変形させたのだ。

 それは斜行戦術である。

 右を分厚くして、敵の左翼に対して数の圧力で破壊していくつもりなのだ。


 ◇


 間近に敵が来てゼルドも敵の狙いに気付いた。

 でも、敵が走りながら変化させてきたので、気付くのに遅れたのだ。

 しかし、気付いただけでも優秀であると言える。

 

 「あれは・・・まずい。背後の兵を左に持っていくべきだ。間に合うか! シャン! 左に兵を」

 「はい。閣下。動かします」


 こちらも守りながら陣形を変えたのだった。


 ◇


 デュランダルは大将でありながら、右翼側の先頭を走っていた。

 斜行戦術の一番の要の中にいたのである。


 「押せ押せ。ここを粉砕して、最後には敵を包囲する」


 彼を先頭にしているから。

 戦術が相手よりも上回っているから。

 この攻撃が上手くいっているわけではなかった。

 それはデュランダル自身が分かっていた事だった。


 「すげえ。俺が攻撃したい箇所に、すんなり攻撃が入っていく。そうか。タイムのフォローがあるんだ。嘘だろ。後ろにいながらあいつ、俺のフォローと全体の維持をしてんのかよ」


 自分の戦術は大当たり。それは間違いないが、それよりも全てにおいてバランスを保つように動いている副官が素晴らしい。

 二刀流で鮮やかに敵を切り裂いているデュランダルは、戦っている間も笑っていた。


 「さすが、閣下だ。ああいうのは普通出世しにくい。自分の功績が上にとられちまうからな。自分で敵を倒すわけじゃないし、己の力を誇示して、誰かにアピールするタイプじゃない。ひたすらに人のフォローに回る人間。あれを見出すのは至難の業だぞ。よく人を見る人じゃないと、発見できないし評価できない。ああいう陰の立役者。縁の下の力持ちを抜擢するから、閣下が最強なんだな。俺たちの閣下は、やっぱな! 自慢の大将なんだよな! 一生ついていくべき人なんだわ!」


 大元帥を信じてよかった。

 こんな風に思える人物に出会えて幸せだとデュランダルは感じていた。

 人のことを隅から隅までよく見ている男。

 しかも、それはどんな人間のこともよく見ているのだ。

 色々なタイプの人間の特徴を理解して、相手を尊重して抜擢する。

 人事の天才である。


 「いけ。右の端を押せるぞ。押して潰す」


 デュランダルが右に配置されている現状。

 普通ならば、大将がどちらかに偏ると、逆方向が弱くなる。

 しかし、彼の猛攻を支えるようにして、左と中央は敵とぶつかりながら戦列維持の段階に入っていた。

 それはタイムの指示が的確だったからだ。


 「左は維持です。中央のラインを見極めて、中央と息を合わせなさい。突破はいりません。攻撃はデュランダル大将に任せなさい」


 デュランダルの攻撃で、敵部隊の破壊が止まらない。

 それは彼が平民出身で、小部隊の隊長を何度も経験している人物だったからだ。

 誰が敵部隊の部隊長で、その連絡係で、その補佐で。

 そしてその人の言う事を聞いていないのか。

 

 そういう兵士の細かい部分を理解しているから、戦いの主要人物となる敵を狩っていっている。

 敵の命令系統の破壊がイーナミア王国側に痛手を負わせていた。


 だが。


 「やけに硬くなった。まずいな。ここは下がるか」


 先頭から中腹辺りまで侵入した時に敵の陣形が強固になり、その上で一人一人が強い兵士に変わった。

 この現場に応援が来たのだと思ったデュランダルは即座に引くことを決断。

 そのまま後ろに下がる動きをするが、そこに追撃をしてくる敵は強敵だった。


 「こいつは、なかなかやるぞ。やばいか」

 

 しかし、デュランダルへの追撃部隊の手が緩んだ。

 それは中央のやや後方から矢の嵐が降ってきたからだった。

 タイムの指示である。


 「サンキュ。タイム。助かるぜ」


 デュランダルは自分の考えを伝えなくても、理解してくれる副官に感謝して、一時撤退する。

 開始のラインまで下がる形になると、王国側も下がっていった。


 初戦の戦果は、帝国側の負傷兵が60。死者はなし。

 対して、王国側の負傷兵が2000。死者は1000である。

 最初の感触としては、帝国側の圧勝であった。


 しかし戦いはこれから、これはまだ序章である。

 こちらも名将かもしれないが、あちらも名将であるからだ。

 

 帝国が初めて名を聞いた将軍。ゼルド将軍。

 イーナミア王国のアスターネとパールマンと同様の平民出身の将であった。

 だから情報が少ない。

 ここ数年、両国は互いの情報を漏らさないようにして動いてきたので、互いの将が新しくなっている事を知らない。

 その中でも今回のアージス大戦内で、帝国側が知らない人物の一人がゼルドである。

 

 攻守に優れたバランス型の大将ゼルド。

 パールマンが攻撃特化。アスターネが防御メイン。

 特色のある二人に比べると地味かもしれないが、堅実さが売りである。

 目立った能力がないが、低い能力もない。タイムに似た力を持つ。

 だから、初撃に面を食らっても、デュランダルの猛攻を凌げたのであった。


 帝国右翼対王国左翼。

 それはデュランダル対ゼルドの平民出身の大将戦であった。



 


 

 

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