第20話 左将軍スクナロ・タークが送り出した軍
帝国歴531年5月3日。
この日、事態が急変したのがアージス平原の裏ルクセント周辺だった。
アージス手前の門のラインから奥へと、偵察が行えなくなった帝国の影部隊。
しかしそれは反対側も同じであり、両国の諜報部隊たちは、アーリア大陸の半分の位置から先で影の仕事が出来なくなっていた。
だから両国は、目視で敵行動を察知しないといけなかった。
互いにだが、影部隊を封じることには、成功していたのだ。
帝国歴531年5月6日。
そして、この日。
先に布陣するために王国が行動を起こした。
この移動。突然の出来事であるから、急に対応はできないだろうと思っていたのが王国側だった。
だがしかし帝国は、常に臨戦態勢を整えていたために、ビスタからほぼ同時に出撃。
部隊編成を事前に済ませていたスクナロが、アージスに軍を布陣させたのだ。
これが、真の帝国の力であった。
今までの話し合いからの行動ではなく、ここからは将軍たちの瞬時の判断が求められて、そして的確な行動が必要となる。
個人に対する負担も大きくなるが、失敗してもフュンが全ての責任を取る行動を取ってくれるので、彼らは何のためらいもなく自分の判断が出来るのだ。
編成は三軍構成でこのようになる。
左アイス 中央ハルク&フラム 右デュランダル。
総大将はビスタで守を担っているスクナロとなっている。
今回の彼は戦争自体には直接参戦しなかった。
それに対して相手は。
左ゼルド 中央エクリプス 右セリナ。
エクリプスが総大将となり、相手にネアルが存在していなかった。
そこが気になるスクナロであるが、敵がこちらに来たからには相手が誰であろうとも関係がなかった。
そしてここで、サブロウが、得意の連携連絡を発動させて、青の信号弾を自分から見て右に流していき、各地に配属されたサブロウ組が次々と信号弾を撃っていく。
それは北へと連続して伸びていく信号弾で、その信号弾がギリギリ見える範囲の人たちが次の人たちの為にもう一度上げていき、要所であるリリーガとハスラへ敵襲を知らせるのだ。
この結果で、帝国最前線の都市が、敵の攻撃を知ることが出来る。
ちなみにこれはフュンとサブロウが考えた連絡方法である。
この青の信号の意味は『アージスに敵あり』
黄色は『リリーガに敵あり』
赤は『ハスラに敵あり』である。
「頼んだぞ。ハルク。フラム。この戦いはお前たちにかかっている」
スクナロは、城壁からアージス平原を眺めて、自分の部下となってくれた仲間たちを信じた。
◇
帝国右翼軍デュランダル軍。
「ついに俺も大将として戦う時が来たか」
戦場には、リラックス状態のディランダルが右翼軍を率いた。
隣には副将のタイムがいる。
「デュラさん。気負ってませんね。その立場での戦闘は初でしょうに」
「そうだな。でもやることって変わらないよな。だから何も緊張もしてないんだよ」
「そうですか」
「お前だってそうだろ。タイム」
「いや、僕はそもそもそんなに偉くないのでね。最初から緊張なんてしませんよ。大将を補佐するだけですから。それこそ、やることが普段と変わりませんからね。ハハハ」
「ふっ。本当にお前は良い武将だよ。さすが、我らの閣下の子飼いの将だ。忠誠心が高くて能力が高いぜ」
「そうですかね。僕らって子飼いなんて大層なものなんでしょうかね。僕らはですよ。子供の時から一緒に育ち。僕もリアリスもシュガも、ミシェルやゼファーも。皆、ただただ大元帥が好きなだけなんですよね」
大将デュランダルの副将はタイム。
大胆な作戦を生み出す男には、堅実な男が必要。
彼は何事にも動じない精神と、誰にでも息を合わせることが出来る。
軍人にしては、少々変わった能力を持つ。
帝国軍左翼軍アイス軍。
「アイス様ぁ。ついに来ましたよ」
目が輝いているリースレットがアイスに詰め寄る。
「うるさいですね。耳元で大声はやめてください」
「そんなぁ。ワクワクじゃないんですか」
「ワクワクするわけないでしょ。大事な戦争です。それも初戦ですよ。初戦!」
「だから、ワクワクじゃないですか! 楽しみぃ」
緊張感のあるアイスに対して、その緊張感を何も感じていないリースレット。
対照的な二人は、戦場の左を担当となる。
こちらの左翼軍には隠し玉が存在する。
それが本陣と並んで進軍している軍だ。
「サナよ! 私にもチャンスが来るだろうか」
「チャンスって?」
「それはもちろん。活躍する時だ。アイスの後ろに控えるような形で、機会があるのだろうか」
「んんん。どうだろう。まあ、彼女が危険にでもなったら、私たちにも出番があるでしょう。でもそんなことになったら嫌だね。危険を待ち望むのは良くない事」
「当然だ。アイスが無事であってこそだ。私も大将を守らなくてはな」
「そういうこと。だいぶ大人になったね。リティもね」
大人になったリエスタは、サナのサポートを受けてこの戦いに参加した。
左翼の予備兵ではなく、左翼の遊撃部隊としての参戦だった。
独立友軍に近い形での軍隊である。
◇
帝国中央前方軍ハルク軍。
「この戦い。大役がこの私か・・・いいのでしょうか。スクナロ様」
ハルクは、後ろを振り向いて、ビスタの城壁にいるであろうスクナロを想像した。
「いやいや。若かりし頃から頑張ってきたかいがありましたな。ハルク様」
隣のスローヴァが嬉しそうに言った。
「スローヴァ。ま、苦労かけてきたな。でもまさかな。ここがスクナロ様じゃなくて、私たちになるとは思わなかったな」
「いえいえ。ハルク様、私たちだって内乱時代から戦ってきたのですよ。この場に立っても良いはずです。しかし、スクナロ様がいなくて、スクナロ様の為に戦うのは、ククル攻城戦以来では?」
「たしかにな。あの頃以来だな。自分が将として戦うのはな」
懐かしい気持ちになりながら、二人は決戦の部隊に降り立った。
そして。
帝国中央後方軍フラム軍。
「ふぅ~。私の役目。必ず果たします。フュン殿」
神に誓うようにフラムは祈りをささげた。
その姿には、自分のことを高く評価してくれているフュンへの熱い信頼と思いを感じる。
フラムは、多くの失敗を繰り返してきた。
でも自分をここでも大将として扱ってくれているのがフュンであるから。
彼は、信仰に近い感情があったのだ。
大敗北を二度。
それも取り返しのつかないような失態。
でも、それでもフュンはフラムを大将に任命した。
しかし、このフュンからの高い評価は、何も前の地位を加味して評価しているわけではなく。
フラムのその堅実さと、もう一つの能力を高く買っている。
だから能力があるからこそ、大将に任命しているのであった。
決してフュンは、恩や情だけで人を出世させない。
まだ祈りを捧げる彼のそばにはシュガがいた。
「フラム大将」
「はい。あ、シュガ殿。よろしくおねがいします。弱い大将で、不安でありますでしょうがね。補佐お願いします」
「いえ。フラム大将。勘違いしないでください。私はあなたが弱いとはひとつも思っていません」
「え? いやしかしですね。実績がない。負けばかりで・・・」
「それは関係ありません。その過去は意味がない。フラム大将。我が主君フュン様が信頼する者に弱い者は存在しません。彼の元には何かしらの才能がある者が集結するようになっています」
「ん? どういうことでしょうか?」
シュガは、珍しく雄弁に話し出した。
「フラム大将。フュン様は、あなたの中にある。何かの能力を信じているのですよ。フュン様は、適材適所に人を配置する天才であるのです。フュン様の才とは、おそらくそれです。私はそう思っています」
目立った才能が無いと言われるフュンの才能とは、人を信じる力だけでなく、おそらくは人の配置の天才であるのだとシュガは気付いた。
彼は、信頼する人を間違えることがない。
それに人をあるべき所に連れて行く天才でもあるのだ。
その人が持つ才能を見極めて、その人が実力を発揮しやすい環境にしてあげるのも上手い。
それはただ人を信じるだけでは、上手くいかない部分だろうから、彼の才とは配置の天才なのだと思う。
それがシュガの感覚だった。
「たしかに。そうかもしれませんね。私はウィルベル様も上手だと思っていましたが、彼の場合は戦関連の時に上手くいかない時がありましたからね。そうですね。私はフュン殿の下に入ってから一度も軍の兵士たちの気持ちが崩れることを経験してませんからね。それは感じますね。普通は、ちょっとしたいざこざなどが起きますからね。例えば、中将や少将クラスの人間たちが揉めるんですよ」
「そうでしょう。彼の元にいると、なぜか揉め事が少ないのです。サナリアがまさにそうなのです」
「サナリアが?」
「ええ。サナリアは連合部族です。少数部族国家とも言ってよい場所です。あれらはアハト王の時代では色々ありましたが、今のフュン様の時代では、何も問題が起きていません。これはとてつもない事だと私は感じています。部族が違うのに、一つのサナリア人になっているのです」
「・・・なるほど。細かい部族が集まってしまった地域なのに、文句が出ていないと。そういうことですね」
「そうです。フュン様と共に生きると不満と不安が消えていくのでしょうね。不思議な人です」
「そうか・・・私は私を信じるよりも、私を信じてくれるフュン殿を信じればいいのですね」
「え。あ、まあ。そう考えてもいいかもしれませんね」
「なるほど。そうしましょう。自分に自信を持つよりも簡単であります」
自分の力を信じ切れないフラムにとって、フュンを信じる方がたやすい事だった。
自分を信じてくれるフュンを信じる。
そうすれば自分を信じることが出来るかも。
自分を信じるにしては後ろ向きな内容だが、なんだか不思議と力が湧いて来るフラムであった。
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