第19話 二つの秘密の計画

 レベッカの修行が決まって、イハルムとアイネが準備をしている間。

 フュンと、クリスと、ミランダが会議を開いていた。

 ここ数年、彼ら三人は大局を何回も予想して、戦略を何度も練り直している。

 

 前回、フュンが王国に潜入できたことで、相手が取る選択肢を更に予想しやすくなったので、戦略が若干変更となりそうだった。

 なので、ミランダがここから離れる前に、最後の三人での会議を開いたのである。


 「フュン様。ミランダ先生。私は、アージス大戦よりもですよ。こちらが鍵を握るかと」


 地図と睨めっこしているクリスは、ハスラを指さした。


 「ええ。それはもちろんですよ。ここが安定的に保てるかどうか。それが鍵となります」

 

 深く頷くフュンは、全面的に賛成である。


 「いや、ここに籠ると負けるぞ。あたしはこっちに布陣した方が良いと思うのさ。だから、ジークは二正面で戦争させた方が良いと思う。ゼファー。ミシェル。ヒザルス。ザンカ。こいつらを上手く使って、絶対にここを死守だ」


 ミランダが指差したのは、ガイナル山脈である。

 自分らの都市よりも、山。ここを守らないと、川からの攻撃を完璧には防げなくなる。

 以前の戦いのときの反省点でもある。

 ミランダとマサムネがいたからなんとかなった戦いなのだ。


 「ええ。わかっていますよ。ただ川の方にはヴァンかララを用意して、防衛に努める。そして守りきれれば、あとは、僕のとっておきでいきます。中央完全突破です」


 フュンは、フーラル湖を指差した。

 ついにこの時がきた。

 反撃の一手は、ここ。フーラル湖であるのだ。

 

 「やるしかありません。ここで僕らの攻撃を開始します」

 「んんん。でもよ。誰が指揮を取るんだ。こんな難しい戦争をよ。そこから始まるのは糞難しい攻略戦争だぞ。ここの二つよりも遥かに難しいわ」


 ミランダはアージス平原と、ハスラを指差した。


 「僕です。僕とクリスでいきます。それにシャーロットにそれと伏兵を数名入れ込みますよ。ここに集中砲火をして、この戦争を勝利へ導く。その大きな一歩を勝ち取ります。逆転の一手。渾身の作戦です。上手く発動できれば、王国を倒せるはずなんです」

 「まあ、そうだろうけどな。全てが計画通りになるとは思えんがな」

 「それはそうでしょう。ねえ、クリス」

 「はい。おそらく、全てが予定通りに行くとは思えませんが、我々はやらねばなりません。最大火力を持ってして、ここを奪いましょう。ここさえ落とせば、あとはもうやるべきことがハッキリしますよ」


 最後にクリスは、要塞都市ギリダートを指差した。

 狙うは中央突破。

 三人の作戦は、帝国人が計画も実行もしたことのないギリダートの攻略である。

 

 「ええ。そうですね。それでは、複数の計画を発動させて、それぞれに対応できるようにしましょう。左も。右も。作戦は何個もあって複雑になりそうですから、取れる手を搾って提示していかないといけません。左右将軍のお二人が混乱しては元も子もないですからね。それで、ここからは三人で作りますよ。それに配置もいじります。人を上手く置かないといけません。いきますよ!」

 「はい!」

 「ええ。あたしもか・・・書くのはお前らに任せるよ」

 「駄目です。ミラ先生もお願いします」 

 「・・・は~い」


 仕事の大変さから逃げようとしたミランダを捕まえて、フュンたちは資料を寝ずに作成し始めた。

 三日はかかったとされる。



 ◇



 帝国歴530年10月10日


 「よし。いってくるわ。じゃあな。お嬢、フュン。しばらくは帰らねえからな」


 ミランダがフュンとシルヴィアに宣言した。


 「ええ、分かっています。レベッカをお願いしますよ。ミラ先生」

 「先生に託します」


 二人は自分の師匠に、レベッカを託した。

 一方レベッカは、


 「アイン! 姉は行く! 弟と妹を姉の代わりに頼んだぞ!」

 「はい。姉さん。おまかせを」

 「そうか。よく言った。姉は安心して修行に行くわ! ハハハハ」


 と偉そうに言っている姉がおかしく見える場面ではあるが、若干四歳で受け答えがしっかりしているアインもおかしいのである。


 懐かしい二人にゼファーが挨拶する。


 「アイネさん。イハルムさん。お久しぶりですよ。レベッカ様を頼みます」 

 「はい。ゼファーさん。お元気そうで、なによりですね」

 「ええ。ゼファー。とても立派になりましたね。あの小さい頃とは違います・・・ってあの頃も小さくありませんでしたね」


 三人は再会を喜んでいた。

 

 「いえ、我はまだまだです。精進しています」

 「まったく・・ゼファー。それだとますますゼクス様に似ているな。やあ、成長したな・・・凛々しくなったものだな」

 「いえ、本当にまだまだですよ」

 

 イハルムが嬉しそうにゼファーの肩を叩くと、ゼファーが珍しく照れた。

 やはりゼファーにとってもイハルムとアイネは特別。

 人質王子フュンを支えるために、三人は頑張ってこの帝国で生き抜いてきたので、信頼と絆が強固なのだ。

 

 「アイネさん。レベッカ様にも美味しい料理をお願いします」 

 「ええ。ゼファーさん。うんと美味しいものを食べさせてあげますよぉ。ゼファーさんも好きだったでしょ」

 「もちろんです。アイネさんの料理は特別です。母の味のようなもの・・・」

 「え!? 母!? んんん、お姉さんの料理ではないの!?」


 アイネは、ちょっと不機嫌になった。


 「すみません。当然お姉さんであります。ですが我はあまり母の味の記憶がないので。アイネさんの料理が自分の体の中に沁み込んでおります」

 「なるほど。そうだったんですね。じゃあ、また作ってあげますぉ。遊びに来てください」

 「本当ですか。楽しみですね」

 「ええ。楽しみにしてください」

 

 ゼファーらはそんな会話をしていた。

 ここらでイハルムが馬車の準備の為に乗り込んでいくと、次々に修行に向かう者たちが馬車に乗る。

 そこの乗り口付近に来たのが、ゼファーとダンだった。


 「ダン! いずれ勝負だ。私よりも強くなれ」

 「はい。レベッカ様」

 「うむ。ゼファー」

 「なんですかな」

 「ダンを強くしてほしい。ゼファーなら出来るでしょ」

 「ええ。もちろん。我が必ずあなた様よりも強くしましょう。この子は素質がありますからな」

 「面白い! ゼファー頼んだよ」

 「はい」


 二人の会話の直後、ふらっと立ち寄ったような形で、ジークがやって来た。

 元々の用件は、フュンらの作戦を受け取りに来ていたジークである。


 「レベッカ」

 「伯父?」

 「お前は、この修行で冷静さを保てるようになれ。いいな」

 「はい。そうします」

 「うん。そうそう。そういうところな。レベッカ、いいな! ミラの修行はキツイ。たぶん子供の頃にやるような訓練じゃない。ジスターはまだ優しいから訓練自体は厳しくない。でもミラは頭がおかしいからな。そこの練習量とかでキレるなよ。こいつに耐えられるようになったら、お前はまた成長するだろう」

 「はい。叔父」

 

 ここで素直に返事をしたレベッカには成長の兆しがあった。

 なのに・・・。


 「なんだとジーク! あたしになんか文句でもあるんか」

 「ああ。そりゃな。あの里での訓練は俺たちにやらせる修練じゃないわ。死ぬ所だったわ。俺とシルヴィはな」

 「あの程度・・・楽勝だぞ」

 「ふざけんな。あの当時のお前は楽勝だろう。でもそれは俺たちよりも年上だからだ。お前な。あれは小さな子供にやらせる訓練じゃないんだわ」

 「大丈夫だ。こいつは戦の女神になるからな。あの程度が楽勝にならねばならんのさ」

 「はぁ。また訳の分からんことを・・・しょうがない。ミラ。レベッカを頼んだぞ」

 「ああ。任せろなのさ。んじゃ、いってくるぞ。イハルム頼む」

 

 ミランダは御者のイハルムにお願いした。


 「わかりました。出します」


 馬車が動くと、窓から顔を出して、レベッカが叫ぶ。


 「みんな、いってきます。父、母、アイン。またね~」


 家族や見守ってくれた人に手を振って彼女は里へと向かった。


 ◇


 それから数日後には。


 「ぬるいぞ。レベッカ! この程度ではやられる」

 「ぐあ!? 強い」 


 一対一の戦いで、ここまで圧倒されたことがない。

 レベッカは目の前の強者にワクワクしていた。

 ミランダ・ウォーカーは今までの対戦相手の中で、間違いなく一番強いのだ。

 それは、武の力のみならず、戦う際の緻密な戦略にもその強さを感じるのである。


 「レベッカ。いいな。この動きに、全身の力が加わると、神の領域に辿り着く」 

 「え? 神の領域???」 

 「そうだ。絶対的な強者。レティスとなる」

 「レティスってなんですか?」

 「レティスはレティスだ。お前はそれを目指せ。そして越えろ。いくぞ!」

 「はい。先生」

 

 レベッカの修行は激しさを増す、ミランダの指導にも熱が入っていたのだ。

 神の領域を見たことがあるミランダは、そこを見たことがないレベッカの為に指導者になってくれた。

 このおかげで彼女は爆発的に成長することになるのだが、それは少し後の話。

 ここではまだまだである。


 「お二人ともお料理出来ましたよぉ。イハルムさんも、修繕のお休みをしましょう。ご飯の時間にしましょうよ!」

 「おう。アイネ。今、休むわ。レベッカ。休憩だ」

 「ごはん!!!」

 「わかりましたよ。アイネ。この釘を打ってから、休みます」

 

 二人は、修行よりもアイネの料理が好きだった。

 レベッカにしては珍しくアイネとイハルムとは、すぐに馴染んでいき仲良くなっていた。

 里ラメンテで暮らすようになるレベッカは、まるで、人質生活の頃のフュンと似たような体験をしたのである。

 親元を離れ、故郷を離れて、彼女は一回りも二回りを大きくなるのだった。


 

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