第二章 二大国英雄戦争第一戦 第八次アージス大戦
第18話 懐かしい顔ぶれ
帝国歴530年7月15日。
帝都の皇帝陛下の自室に、軍師ミランダがやって来た。
迎えるのは当然にフュンとシルヴィアである。
「先生? どうしました?」
シルヴィアとミランダが椅子に座っている間、フュンはお茶の準備をしていた。
ササッと用意できる彼は手慣れている。
「ああ。お祝いとだな。ちょっとした用がある。お願いがあるのさ」
「先生が? 私たちに? それは珍しいですね」
「ああ。まあな」
ミランダはテーブルにあった煎餅を食べた。
好物なのだ。
「ミラ先生。どうぞ」
「ああ。サンキュ。フュン」
お茶をもらうと、喉が渇いていたのか、速攻でミランダが飲み干した。
「それで、ミラ先生のお願いは? 何ですか? 珍しいので最初に聞いておきましょう」
「そうだな。前置きはしない方がいいしな。よし。用件はな。レベッカをくれ」
「「は!?」」
二人が同時に驚いた。
「レベッカはさ。あたしが鍛え直してやる。ジスターと共に連れてこい。ラメンテでやるからよ。時間を・・・そうだな。数年くれ」
「ちょ、ちょちょ。ちょっと待ってくださいよ。ミラ先生。数年ですって!?」
「ああ。時間をかけて、あれをあれにする」
「あれをあれ? それはなんでしょうか。先生?」
二人とも、ミランダが言っていることがよく分からなかった。
「レベッカはな。完全にあたしの師匠と同レベルまで絶対にいけるのさ。だから、その動きを教えてやるからさ。それはジスターやゼファーじゃ見たことがないから教えられない。あたしだったら、あのわけわからん動きを教えることが出来るからよ」
「ミラ先生の師匠? 誰ですか」
フュンが聞いた。
「ああ。あたしの師匠はヒストリアだ。それとユーさんとエステロだ。だから、彼らの動きを全部教えてやる。そこからあいつはたぶん自分流に剣術を身に着けると思うのさ。だからあたしがやった方が良い」
「え!? その人たちが、ミラ先生の師匠!?」
「そうさ。すんげえ奴らだったのさ。おそらく、今現れても最強だ。あいつ以上の剣士に出会ったことがないのさ」
「え?・・・えええ」
フュンが悩む隣で、シルヴィアはゆったりとしていた。
お茶を飲んで、一息ついてから話しだす。
「いいですよ。先生に預けます。先生に育ててもらえるのであれば、あの子も真っ直ぐに育つでしょう。それにジスターもそばにいます。安全でしょう」
「お嬢はいいのか。じゃあ、フュンはどうなのさ?」
「そ。そうですね。僕もミラ先生に育ててもらっていますから、反対することはありませんが。一つ心配が・・・」
反対じゃないけど懸念点がある。それが・・・。
「どうやって生活するんですか。ミラ先生・・・生活を支える大人が、先生一人では絶対に生活出来ないですよ。どうやってレベッカが食べ物を食べられるんですか? ニールとルージュが苦労していたのです。あそこはもう誰も住んでいませんから、先生が食べさせないといけませんよ。だから、なんだか、それでレベッカが死んでしまいそうで、そこが心配です」
普段の生活である。
ミランダ流の教育を受けるのはとても素晴らしい事だ。
武芸も勉学もどちらも最高クラスの教育を受けられる点が他にはない得点。
でも、ミランダには唯一の弱点がある。
それが生活レベルがない事だ。
生活技術も皆無であるし、生活知識もお亡くなりになっている。
幼い子が彼女の元で生きていくには凄く怖い事。
ニールとルージュが今まで生きてこられたのが奇跡なのだ。
「ん! 考えてなかったのさ。どうしよう」
「はぁ。やっぱり。ミラ先生が料理とか、無理でしょ。ご飯、どうするんです。全員で栄養失調になりますよ」
「・・・じゃあさ。アイネくれ。あいつと一緒に里に籠る」
「え? いやいや、それはさすがに。アイネさんが一緒に行くとは・・・限りませんよ」
「じゃあ。聞いてみてくれよ。あたしはアイネのご飯が好きなのさ」
「はぁ、わかりましたよ・・・すみません! ああ、リカード君。アイネさんを呼んできてください」
護衛兵に指令を出したフュンは、急遽アイネを呼ぶことにした。
ダーレー邸にいる彼女を帝都城に呼び出してから、この場に来たのが一時間以内であるので、急いだことがとてもよく分かる。
肩で息をしていた。
「はぁはぁ。王子!? な、なんでしょう・・・はぁはぁ」
「アイネさん。もっとゆっくりきてもいいんですよ。そんな急がないでも」
「だ、駄目ですよ。王子からの呼び出しですよぉ」
「もう王子じゃないんですけどね」
いまだに王子呼びのアイネにフュンが苦笑いしていた。
談笑の後にテンポよく会話が進む。
「そういえば、イハルムさんが引退したんでしたっけ?」
「はい。しました」
「そうですか・・・まだお若いはずなのに・・・」
「ええ。若いですけどね。イハルムさん、王子も巣立ちましたし、ここではもうやり切ったんだって。王子もこちらの帝都城がメインになりましたでしょ・・・」
「それはそうですがね。寂しいですね」
フュンの会話がメインになっていない。
用件を聞きたいアイネは、話題を変えた。
「それで王子。私に何の用ですかぁ」
「あ、そうですね。ミラ先生がアイネさんと、しばらく暮らしたいと」
「は? ミラさんが。お!? ミラさんもいたぁ」
アイネは、王子に夢中で他に目がいってなかった。
視野が狭いのである。
「おいおい。アイネ。あたしもいるんだぞ。それにお嬢もいる」
「ああ。シルヴィア様! お久しぶりですよ。王子よりもお久しぶりです」
「ええ。久しぶりね。アイネ」
「あ!? ごめんなさい。皇帝陛下様でした。失礼でありました」
「いいんです。アイネはそのままがいいんですよ。何も変わらないでください」
「え。ほんとですか。ならよかった。シルヴィア様」
ニコッと笑う彼女の姿が昔と変わらない。
懐かしい気持ちになる皇帝であった。
「でさ。アイネ。あたしと一緒にラメンテに来てくれないか」
「え? ラメンテって王子が子供の頃に修行した所ですか?」
「そうなのさ。あたし、レベッカを連れて行きたいんだ。そこで生活したいのさ」
「レベッカ様を!? あの山奥に!? なんで???」
「修行さ。あたしがみっちり、あいつを鍛えてやるのさ」
「そうなんですね・・・そうですか。いいですよ! ダーレーのお許しさえあれば」
「それだったら大丈夫なのさ。ダーレーの顧問はあたしだからな。許可なんてあたしが出しちまえばいいのさ。ナハハハ」
堂々と不正を働こうとするが。
「アイネ。心配しないでください。兄様には連絡を入れておきますから。正式に許諾を得ておきます」
「なんだ。お嬢! あたしじゃ駄目かよ」
「駄目ですよ。そんな強引なやり方は。先生、さすがに正式に許可を得てください」
「んだよ。あたし、顧問だぞ。顧問。別にいいじゃんか」
とシルヴィアとミランダが話している間、フュンが考えていた。
いつもの顎に手をやって、色々と考える時の仕草をしていた。
「ミラ先生。イハルムさんもどうですかね。彼にもお仕事じゃないけど、自由にしてもらいながら、そちらに行ってもらいたいです。ほら、あそこは物資もないので、物資を運んだもらったり、家の整備とかしないと。あそこはもう誰も住んでいない状態になっていますから、補修も必要なはずです。そして、それらをやってもらえるなら、お金をあげられます。僕はイハルムさんには余分なくらい。多めにお金をあげたいのですよ。何か理由を付けたら、彼ならもらってくれる気がするんですよね。僕はイハルムさんがいなかったら、たぶん帝国でのたれ死んでいると思うんですよ。やっぱりアイネさんとイハルムさんとゼファーは、僕にとって特別な人ですからね。どうでしょう先生。アイネさん」
フュンにとってのこの三人は、とても大切な三人。
人質時代を支えてくれた三人は貴重な思い出と共にかけがえのない家族であるのだ。
「イハルムか。久しぶりでいいな。来てくれるかな。でもあそこはな。結構厳しい場所だからな、ついてきてくれるかはわからんな。引退してるんだもんな。アイネ。どうだろ?」
「そうですね。イハルムさん、今は寂しいと思うんで、王子のお子さんのお世話なら、たぶん喜んでやってくれると思いますよ。栄誉な事ですもん。私たちにとっては、とても光栄な話なはずですよ」
「よし、フュン。イハルムに聞いてくれよ。つうか今、どこにいんのさ? アイネ分かるか?」
「まだ帝都にいますよ。後でサナリアに帰ろうかなとも言ってましたからね」
アイネが答えた。
「そうか。フュン。聞いてくれよ。今聞いたら来てくれるんじゃないか」
「わかりました。リカード君! またお願いします」
フュンは再びリカードに指令を出した。
しばらく四人で談笑すると、なんだか帝都の小さなフュンのお屋敷にいるようだった。
四人は懐かしい錯覚に陥っていた。
一時間経ってイハルムが来た。
「王子。なんでしょう」
イハルムも結局王子である。
久しぶりに会えて、嬉しそうだった。
「はい。イハルムさんにお願いがあってですね」
「私にですか? ええ、なんなりと」
「それがですね、ラメンテに行ってもらえませんか? ミラ先生とアイネさんと一緒にです」
「え? ラメンテ・・・ああ、王子が修行した時の場所ですね」
「はい。そうなんです」
「あれ、でもなぜですか。あそこはもう・・・」
「僕の娘のレベッカの修行を数年やるんです。その場所がラメンテでして、彼女の生活の補佐をアイネさんと共にお願いしたいなと思いましてね。出来たらでいいんですが・・・」
「なんと。そんなお仕事をさせてもらえると。もはやそれはお仕事じゃありませんね。私の使命ですね」
「え?」
イハルムはとても嬉しそうだった。
歳は取ったがダンディーおじさんには変わりない。
「王子のお子様・・・それにアイネに。ミランダさんですね。そこにゼファーもいれば、それはもう懐かしいですな。人質生活と変わりないですよ」
「ああ。たしかにそうですね。そうだ。そうだ。たしかに、僕の人質生活みたいだ。ミラ先生に育ててもらえますしね」
「たしかに、そうなのさ。気付かなかったな。懐かしいもんなのさ。そうだな・・・じゃあ、レベッカもフュンみたいに立派に育てないとな。あたしの仕事でもあるな・・・思いを託された事でもあるし、託したいしな。いよいよを持って、こいつをやる時が来たか」
立ち上がったミランダは天を見上げた後に、自分の刀の柄に両手を置いた。
「先生。どうしました?」
シルヴィアが聞くと、ミランダは笑う。
「お嬢、心配すんな。あたしが、レベッカを超一流の剣士にしてやる。そんで神に近い女にしてやんぜ。そうレティスの再来だ。戦の女神のな」
不敵に笑う姿はまるで戦う時のミランダだった。
レベッカを極限まで鍛えるその意気込みが彼女にはあった。
その理由は明確にはここで言わなかったが、後にその理由は判明する。
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