第17話 決戦は来年

 出立の日。

 馬車に乗る前のフュンは、この就任式でのネアル王との最後の対面を果たす。


 「大元帥殿。楽しかったですぞ。来て頂いて嬉しかったです」

 「いえいえ。ネアル王。お招きしてくださり、ありがとうございます。貴重な経験でありました」


 定型文的な挨拶から、社交辞令の会話をした後。


 「来年。イーナミアは戦います。宣戦布告はすでにここでします。よろしいですか」 

 「ええ。いいですよ。帝国も準備をしましょう。いつでもどうぞ」

 「ほう。自信がおありですね。良い顔です」

 「はい。もちろん」


 フュンは更に笑顔になって切り返す。


 「もしやネアル王。僕がここで戦争しないでくださいと懇願した方がよろしかったでしょうか? それはあなたが望んでいないかと。これの方があなたが望む答えでしょう?」

 「ハハハ、はい。そうですな。私は今のあなたの姿の方が、とても嬉しい。戦いがいがありますぞ」

 「ええ。僕もですよ。決着はその戦いのときですね。では、僕らは帰りますね」

 「はい。お気をつけて。途中までは、ヒスバーンがお供しますので、ご安心を」

 「そうですか。ヒスバーン殿。よろしくお願いします」


 フュンが言うと、すぐにヒスバーンがお辞儀をする。

 彼にしては気を引き締めているようで、フュンには礼儀を欠くような行為をしなかった。

 フュンたちが馬車に乗り始め、最後にフュンが乗ると、窓から顔を出す。


 「それではネアル王。来年、会えたら会いましょうね。どうなるかは分かりません。ハハハ」

 「はい。そうですな。会えるのを楽しみにしておりますぞ。戦場に出て来るはずだ」

 「ええ。もちろん。お手柔らかにお願いしますよ」

 「ははは。それはない。こちらは最初から全力であります」

 「あ。そうですか。残念ですね。お願いしたら手加減して頂けるかと思いましたよ」


 冗談で言っているのを、ネアルは知っている。


 「ご冗談を。そんなこと一つも考えていないでしょうに」

 「はい、ではまたお会いしましょう。ネアル王、お元気で」


 フュンたちの馬車が見えなくなった後。


 「ふぅ。楽しかったな。ブルー」

 「そうですか。よかったですね。でも私は疲れましたよ。もうこんな疲れる事は懲り懲りですね」

 「そうか。気疲れしたのか・・・フュン殿に」

 「ええ。私は、あなた様のほうに疲れましたね」

 「なに!? 私にか」

 「まったく、フュン様を事あるごとに挑発するものだから、疲れました。ヒヤヒヤします」

 「な!? そんなことで? ブルーよ。あの程度で怒りだすわけがないだろう。あのような会話すらも楽しんでいる人だぞ。怒り出したり、不機嫌になるなんて、ありえん」

 「そんなことは知ってます。ネアル王が、ずっと楽しんでおられるようなので、家臣たち一同がどっと疲れてしまったのです」

 「ふっ。そうか・・・・まあいいだろう。私が会っていたのが、我が宿敵なのだからな。家臣が疲れようが関係ない。私は面白くて仕方なかったわ。ハハハハ」


 ネアルはこの数日間が、数年分の面白い出来事に匹敵していた。

 一度に楽しい事がやって来た日々だと思っていたのだ。

 フュンとの刺激的な会話は貴重な時間であると感じている。


 一方。

 馬車では。


 「まあ、疲れましたね。デュランダルは、今回どうでした。楽しかったですか?」

 「いや閣下。それよりもいいんですか。レベッカ様をあちらにやっても?」


 馬車の中にレベッカがいなかった。

 デュランダルとダンだけがいた。


 「いいんです。あの後も、きつく叱りましたし、ここは一旦、僕から離れて、成長していかないといけません。僕の顔色を見て反省するよりも、色んな人から言葉をもらって、反省してもらわないといけませんね。なので、ゼファーとミシェル。それにサティ様とレヴィさんにお任せします。あの四人の話を聞けないようではね。僕としては今回のことは許しません。一人の人間として成長しなければ、立派な武人とならねばね。僕の師匠のゼクス様のような。正々堂々と。人に対して誠心誠意。接することが出来る人間にならないとね。なので、彼女の頭が冷えた頃に、また僕がたくさん叱りますので、安心を」

 「そ、それは・・・わ、私のせいでは・・・」


 ダンが心細そうに言った。

 

 「いえいえ。ダンのせいじゃありません。あの子が自分の感情の制御を、自分でできないといけません! そういうことをあの年齢でもこなさないといけませんよ。だって君は出来ていますよ。あれだけひどい仕打ちをされても、冷静でした。立派な子です」

 「いやしかし・・・」


 自分のせいもあって、レベッカが叱られている。

 そんな感情をダンは持っていた。


 「ダン。レベッカの事は大丈夫。そうだ。ダン。帰ったら治療をしましょう。僕の特別な傷薬で、その痣を何とかしないとね。綺麗に治しましょうね」

 「・・・は、はい」

 「まあ、緊張しないで。僕のことは・・・そうですね。ダン、君はお父さんがいましたか?」

 「いたと思いますが。わかりません。物心がついた頃には奴隷で・・・」

 「そうですか。じゃあ、僕のことはお父さん的なポジションでいいですよ。基本はゼファーに君を預けますが、そう思ってくれていいです」

 「は、はい。お父さんになってくれるのですか」

 「ええ。なりましょう。ダン。君はもう自由ですから、君の意思でこれからは成長してください。いいですか。これからの君は奴隷ではありません。自分の考えを主張していいのです。自由なのです。最初は難しいと思いますが、頑張りましょうね」

 「はい。わかりました。フュン様」

 「ええ・・・・様がつくとお父さんの感じがしませんね・・・どうしましょう」


 フュンが悩んでも、それこそダンが悩むだけ。

 そこにデュランダルが入る。


 「さすがに呼び名を軽くするのは、無理でしょう。閣下。あなたはこの国の重鎮。それに、この子はまだこちらに来たばかり、酷ですぞ。フュンと呼べとかだとね」

 「たしかに。それはそうですね。まあいいでしょう。ダン。これからは自由ですからね。いいですね」

 「はい!」


 ダンはこれから帝国の制度になれないといけない。

 奴隷がない帝国に馴染むには少々時間のかかる事だろう。 

 しかし、フュンと生活すればそんなことは簡単である。

 彼は誰にでも平等であるからだ。


 その後、フュン一行は、アージス平原の王国側の巨大な門を通り抜ける際に、ヒスバーンと別れて帝国に戻った。

 それぞれがバラバラにはならずに帝都まで帰ると、既に帝都がお祝いムードだった。

 それは一行に対する歓迎かと思われたが、そうではなく、皇帝の第四子フィア・ダーレーが誕生したからであった。

 帝都中に喜びの紙吹雪やら横断幕がある。

 

 「なるほど。これは、生まれていたのですね。二人とも無事でしょうかね」

 

 お祝いよりもまず、二人の無事が大事。

 フュンは、レベッカとダンを連れて、真っ先にシルヴィアに会いに行った。


 ◇

 

 帝都の自室。


 「シルヴィア」

 「ああ。フュン・・・・」


 シルヴィアのそばにフュンが駆け寄る。


 「大丈夫ですか。顔色が」

 「大丈夫ですよ。少々疲れただけです」

 「そうですか。さすがに四人目ですからね。んん」


 フュンは、シルヴィアの健康状態をチェックした。


 「僕はあなたが大切ですからね。五人目はやめましょう」

 「え?」

 「たぶん危険かもしれないので、そうしましょう。あなたのような体力のある女性が消耗していますからね」

 「・・そ、そうですか。もう産めないのですか」

 「いや、そうではありませんが・・・やっぱり、あなたの命の方が大切ですよ。僕にとっても、子供たちにとっても、ほら。レベッカにとってもなんですよ」

 

 フュンが後ろを向くと、レベッカが入り口でダンと共に待っていた。


 「母」 

 「ええ。レベッカ。こっちにおいで」


 彼女が泣きそうな顔だったから、シルヴィアは呼び寄せた。


 「母! ごめんなさい。ごめんなさい。私・・・」 

 「????」


 レベッカの謝る具合が尋常じゃないのでシルヴィアが首を傾げる。

 彼女の頭がお腹にありながら、シルヴィアはフュンの話を聞いた。


 「そうでしたか。レベッカ。ほら、顔を上げて」

 「母。ごめんなさい」 

 「そうですね。武人としては最低なことですよ。駄目です」 

 「はい。ごめんなさい」 

 「ですが、人としてはそんなに間違ってません。父を馬鹿にされたら、私も許しません。フュンを馬鹿にして来たら、誰であろうが殺します。この世にもう一度生まれ変われないように、切り刻んで海の底に沈めます」


 レベッカよりも、シルヴィアの方が恐ろしい事を言っていた。

 フュンの目は、一瞬だけ目が据わった表情をした彼女を捉えていた。

 

 「それと・・・彼を連れてきたのですね。さあ、ダン。あなたもこちらにどうぞ」

 「は、はい」


 緊張しているダンは、ベッドに横になっているシルヴィアの隣に立った。

 

 「ダン。あなたも大変でしたね。奴隷では苦労もあったでしょう。でも、ここでは、私たちと普通に暮らしましょうね」

 「え・・・いや、それは・・・さすがに・・」

 「いいえ。駄目ですよ。あなたも家族です。フュンがそう言いませんでしたか?」

 「・・・それは、言ってはくれましたが」

 「ふふふ。ほら、ダン。この子の隣に来て」


 シルヴィアは、二人の顔に片手ずつを置いてから、自分の体の方に優しく包み込んだ。


 「いいですか。ダン。それにレベッカ。二人はもう兄妹みたいなものです。互いを大切にしましょう。それをフュンも望んで連れてきたのです。いいですか、喧嘩しても仲良く。一緒に暮らしましょう」

 「うん。母。そうする」

 「い・・・いいんでしょうか・・・私も」

 「ええ。いいんですよ。ダン。気にしないでね」

 「・・・はい、ありがとうございます・・・ダンは生涯・・・陛下とそのご家族に忠誠を誓います」


 ダンは泣きながら宣言した。


 「いや・・そこまでは僕としては望んではいないんですけどね」


 フュンが困った顔で言うと、シルヴィアがし~っと口に人差し指を持っていった。

 無粋ですよとフュンを黙らせたのだった。


 ネアル王就任事件はこうして幕を閉じた。

 今回の収穫は、レベッカの心の成長と、ダンの獲得である。

 そして敵の考えを知ることが出来たのが最大の収穫。

 戦う事は最初から決まっている事。それの再確認でもあった。


 フュン・メイダルフィア対ネアル・ビンジャー。

 両者の戦いの間には、様々な人間たちが関わることが予想される。

 それはまだ見ぬ強敵も存在するはずなのだ。


 戦いは来年、帝国歴531年。

 アーリア大陸の歴史史上最大級の戦いが待っている。

 二人の英雄が奏でる。

 名演奏の幕開け。

 二大国英雄戦争の開幕の年となる。


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