第16話 偶然の会話

 最後のイベント。

 晩餐会にて。

 晩餐会の会場は、王都城ではなく、別会場だった。

 

 フュンは、そこでネアル王誕生のお祝いをして、会場の和やかな雰囲気を楽しんでいた。

 ただ、彼の周りにいるのがイーナミア王国の貴族だけであり、ネアルとの直接の会話は、この時にはなかった。

 

 しかし、この会話の中で、気になる人物が現れる。

 それがエクリプス・ブランカの一人息子『ドリュース ・ブランカ』である。

 背の高い細身の男性で、爽やかな笑顔を持っていた。


 「あなたが、フュン様ですね。なるほど。風格がありますね」

 「僕がですか。いえいえ。まったくありませんよ。それだったらあなたの方がとても素晴らしいです。内に秘めていますね・・・とても良いですよ。バランスが取れている」


 フュンは、彼の表面じゃなく、裏側を見ていた。

 真の力を見極めるために、瞳が良く動いている。


 「いえいえ。私なんて、しがない役人でありますよ」

 「そんなわけがない。あなたは何かの役職をお持ちでしょう。あのネアル王があなたの才能を見過ごすわけがない」

 「いえいえ。私はただのババンの役人だ。父の下で働いているだけであります」

 「う~ん。嘘ですね。あなたはなんだか似ていますね」


 この男の印象が、ヒザルスに似ていると思っている。

 話している中に本当の事と嘘の事を織り交ぜて会話するので、どれが本物であるかが分からないのだ。

 でも勘で分かる。

 この人物は何かの役職にいると。


 「まあ、それはいいとして、フュン様は戦争をする気なのでしょうか。決意があると?」

 「ええ。あります」

 「お、即答ですね。この場で言えるのですね。素晴らしい」

 「はい。この王国に刃を向ける。それは僕の責任としないとね。誰にもあげません。僕が背負う罪です。もしかしたらここも破壊しなければならないのかもしれませんからね」

 「・・・ほう」


 優男の印象から全く違う印象に変わった。

 決意ある戦う漢の顔である。

 ドリュースは、この才気溢れる感じがネアルに近いと感じた。


 「なぜ、戦うのですか」

 「僕がですか」

 「ええ。そうです」

 「それは僕よりもあなたの王にお聞きした方が良いでしょう。僕としては同盟を結んで、早くに大陸を平和にする方が良いと。それが一番いい手だと思っていますがね」

 「でもその手段は取れないとお考えで?」

 「ええ。無理でしょうね。ネアル王は、血気盛んだ。ここで兵を引くようなことをしない。僕らを倒して、大陸をイーナミア色に染める事を目指すでしょうね。でもあなたたちの国の政治体系では、僕としてはこの大陸自体の弱体化に繋がると思っていますからね。ですから、僕が帝国と共に戦わないといけませんね。僕が考えている計画を実行したいですから・・・」

 「戦うにしては、ずいぶんと消極的な理由ですね。理由を、こちらの理由に合わせるということですか?・・・それで今から始まる戦争を乗り越えることが出来ますかね」

 「はい。出来ませんね。そんな理由では出来ません」

 「・・・え?」

 

 戦う決意がある。

 でも理由は消極的。

 これでは戦いに入っても戦意は上がらない。

 ドリュースは頭の中が疑問だらけになった。


 「ですから、僕は次への目標のために、戦います」

 「次ですと」

 「はい。僕の目標はアーリア大陸の平和です。皆で恒久的な平和を目指すのです。構築するのですよ。未来の為に!」

 「え?」

 「そうです。一人の人が主導する政治では失敗しやすいですからね。もちろん名君が出てくれば、成功する時もありますよ。でも大体が上手くいかない。暗君が出てくれば、国が滅びかけ、その滅びかけた国を立て直すに、名君が出てきてもそれは建て直すだけで精一杯だ。それで帝国も500年の内、ほとんどが戦乱でしたからね。だから、仕組みで大陸を平和にします。そのためのガルナズン。イーナミアの両国の戦争です。僕はあくまでもこの戦争は過程です! ネアル王は、もしかしたら結果になるかもしれませんが、僕は勝っても負けても、これはあくまでも過程の話であります。先があります。その先が」

 「・・・・なるほど・・・そうですか」


 想定した答えじゃなかった。

 だからドリュースは、自分の意見をごまかしたような口ぶりにしてしまった。

 それが悔しいともドリュースは思った。

 もっと反論が出来たのではないかと・・・。

 

 「ほうほう。それでは、あなた様は、過程であるのに戦争を宣言すると?」


 フュンは後ろから声を掛けられた。 

 気配の無さに驚く。


 「え!? あ、はい。どちらさまで?」

 「イルミネスと言います。イルミネス・ルートです」

 「僕はフュンです」

 「存じておりますよ。当然です」

 「そうですか」


 遠慮のない速度で返答をして来る半眼の男だ。

 重たい瞼の下にある目が光った。


 「それで、あなた様は、酷くありませんか」

 「はい?」

 「戦争理由が、過程であると。それは失礼ではないですか。こちらの民にも。そちらの民にも」

 「いや、別に好きで戦争するわけじゃありませんよ。理由としてはそうですとお答えしただけです」

 「ほう。好きじゃないのに戦争をすると」

 「ええ、します」

 「変わった方だ。戦争をしたくないのにするとおっしゃってるように聞こえますが」

 「当り前です。気持ち的にはそうですから」

 「変だ。責任逃れのようにしか聞こえない」


 イルミネスは不思議そうな顔をした。


 「いいえ。逃げません。責任は当然僕にあります。人々の命の果てに、平和を作り上げようとしてますからね」

 「良いように言う方だ。戦争に理由を付けようとしている」

 「そうです。良し悪しは別として、理由のない戦争なんてこの世にないでしょう。理由付けは必要です。大義名分がなければ戦争などしないでしょ? だったらネアル王は? 何の理由でこちらに攻め込むのですか?」

 「それはもちろん。イーナミアの名君の治世をそちらにもでしょう」

 「だからそれも、理由としては、こちらとほぼ同じですよ。理由なんてものは、結局ですよ。お偉いさんの言い訳の一つなんですよ。だから僕は、この両国が戦争をする言い訳の中に、希望を入れたいだけです。僕らのためじゃない。未来の人たちのための希望ですよ。いつまでもこの大陸は戦っていたら駄目なんです。僕の予想では、少なくとも五十年以内には一つじゃないと、間に合わない・・・大陸は崩壊する。それは問題の時期が早いのか。それとも遅いのか。だから時間がないかもしれないから、僕は大陸が一つじゃないといけないと思っています。出来るだけ早く。速やかに一つでなければね。でも本当は戦いでは決着を着けたくないのですけどもね」

 「何の話をしているのでしょうか? 大陸が一つじゃないと困るという事ですか」

 「ええ。困りますね。おそらくですけどね。サブロウや彼女の話を分析していけば、そうなりましょう。急がねば、こちらは対抗が出来ないかもしれません。力が無ければ、話し合いだって出来ないかもしれない。クリスもミラ先生もそうお考えでしたしね」

 「???」


 イルミネスはフュンの予想を予測できなかった。

 人との会話で敵の思考を読み取れないのは初めての事だった。


 「イルミ。フュン殿に失礼だぞ。そんなに捲し立てるように質問をするな」

 「・・ん? ああ、ドリュース殿」


 イルミネスはドリュースの存在に今気づいた。

 二人の会話は聞いていたが、フュンの方に集中していたから、相手がドリュースだと気付いていなかった。


 「私はこちらのフュン殿のお考えを聞いていただけです。失礼はしておりません」

 「いや、失礼だろ。もう少しゆっくり話さなければ。間を置かずに話すな」

 「ええ。これは私の癖です。聞きたいことを早く聞きたくてですね」

 「ふん。勝手にしろ・・・とは言えないな。フュン殿。申し訳ありません。この男が失礼を」


 ドリュースが頭を下げてきたので、フュンは首を横に振り続ける。


 「いえいえ。何も失礼じゃありませんよ。これは、ただのお話です。貴重な意見交換です」 

 「そう言って頂けるなんて・・・嬉しい限りだ。懐が深い。器が大きい方だ」

 「いえいえ、本当にただの世間話に近いですよ」

 「そうですか。ありがたい。こちら側が失礼な言い方ばかりでしたので、私はヒヤヒヤしていましたよ」

 「え? アハハ。そうですか。あの程度は何も失礼な会話じゃないですよ。僕はもっと失礼な言葉を突き付けられていますからね。むしろイルミネスさんは、僕を尊重してくれていますよ」

 「え? あれでですか」

 「ええ。そうです。そうですよね。イルミネスさん?」

 

 フュンが聞くと、イルミネスは微笑んで答えた。


 「もちろんです。敬意を持っています」

 「ほら、そうでしょう。だから大丈夫」

 「・・・わかりました。この話はこれで終わりましょう。少し楽しい会話に戻りましょうか」

 「お! そうですね。話題は明るい方がいい。もう少し会話しましょう」


 フュンはこうして、新たな王国の重臣たちと貴重な会話をしたのであった。

 ただの世間話で、談笑であったとされる。


 

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