第15話 風の剣聖 疾風のダン

 大会終了後。

 青年部門が開始されている現在。


 貴賓席は、別の件で盛り上がっていた。

 それが、ゴルド少年の家族との対面である。

 バルディッシュ家の方々がネアル王とフュンの前に現れていた。

 かの家で、ここに集まったのは、ゴルドの父と母、それとゴルド本人とダンである。


 「大元帥殿? これは何かな?」

 

 ネアルは、集まった意図を聞きたかった。


 「ええ。僕がこの人に直接謝罪を入れる所をあなたに見てもらいたかったのと。とある相談をしたくてですね。ネアル王には、ぜひ参加してもらいたいのです」 

 「ほうほう。いいですよ。わかりました」

 「ええ。それでは、この度は私の娘であるレベッカ・ダーレーが大変申し訳ない事をしました。軽い打ち身で済んだとは言え、お腹ですからね。痛いと思いますし、加えて恐怖まで与えてしまった事。重ねて申し訳ありません。深くお詫びいたします」

 

 フュンが頭を下げる。

 ゴルドの父としてはここで強く出たい面があった。

 でもフュンの裏にいる強烈な睨みを利かせていたネアル王を見ると、余計な一言を言えなかった。

 まったくそのような雰囲気ではなかったのだ。


 「は、はい」


 レベッカもこの場面にいた。

 父の謝る姿を見て、自分がしでかしてしまった事の重大さを知る。

 恥ずかしい事だったと反省して、すでに涙目になっていた。


 「はい。それで、ここからは用があります」

 

 フュンはバッサリと切り替えていた。

 実は、彼も内心このゴルドの父に激怒しているのだ。

 それはレベッカが持っていた怒りの部分と同じである。


 「そちらにいる少年」


 この時は厳しい物言いだが。


 「お名前は何かな」


 少年に向かって言うときは優しかった。


 「・・・だ、ダンです」

 「ダン君ですね。それでは、ダン君はなぜ。身体に傷があるのでしょうか。首に痣がありますよ」

 「・・・え!?」


 バルディッシュ家の人間たちが驚く。

 ダンに会ってもいない人間にそこを見抜けるはずがない。


 「僕の目を舐めないでください。僕は、君たちの口の動きもある程度読んでいます。うちの子もですが、ゴルド君とダン君との会話もです」

 「な!? こ、ここからリングを!?」


 貴賓席からリングまでかなり遠いはず・・・。

 ゴルドの家族は全員驚いた。


 「それであなたたちは、一家でこの子への虐待をしているのですか?」

 「な、何を言っている。そんなことはしない」

 「ええ。そうですか。ちょっといいですか。ダン君。こちらに」


 ダンがそばに来てくれると、フュンが触診をし始める。

 フュンの手が背中やお腹に触れると、ダンの顔が歪む。

 

 「ここが痛いんですね。これは変ですよね。君はここを怪我していないはずだ。というよりも、大会であなたは一度も攻撃を貰っていませんよ。身体が痛くなる要素がない。病気ですか? 具合が悪いのですか?」


 ダンは、とても優しい声に戸惑う。

 今まで掛けられたことのない優しい声と言葉だったのだ。


 「い、いえ。病気は・・・ありません」

 「では、なぜ痛いのでしょうか? 病気じゃないのにここが痛いのはおかしいですよ」

 「そ、それは」


 ダンが言いにくそうになると、フュンは彼の服を脱がせて、上半身を裸にした。


 「これですよね。ほら」


 彼の体には無数の紫の痣があった。

 この場にいる者たちはその体を見て、思わず身を引いた。


 「この傷のつき方はですね。転んだくらいでは、こうはなりません。病気を疑う可能性もありますがね。でも彼からは、咳などがありませんしね。だからこれは虐待しかない。だから、どういうことですか。ゴルド少年のお父さん? お名前は?」

 「・・ストアです」

 「ストアさん。これはどういうことですかね。あなたはご存じない? あなたがやった事じゃない? 奥さん? それともゴルド君ですか? 彼が傷ついたのは、誰も知らないと?」

 「・・・」

 「う~ん」


 家族が答えないことに悩むながらフュンが、ダンの服を着させてあげる。

 その間に、せっかちなネアルが用件を聞いてきた。


 「大元帥殿。用件はなにかな。この家族を処罰しろという事かな」

 「いいえ。違いますよ」


 ストアらを見ていたフュンは、ネアルの方を見た。


 「ん? 処罰じゃない?」

 「ええ。慰謝料はこちらが払います。レベッカのしでかしたことの償いです」


 淡々と言われるのもまたレベッカの心に重石が乗る。


 「ですが、僕はそのお金にさらに色を付けてお支払いするので、この子をくれませんか?」

 「「「は!?」」」


 これにはもれなく全員が驚いた。

 唐突なこの子を下さい宣言はその場を凍り付かせる一撃である。


 「この子は奴隷? 使用人? それとも平民以下の扱いをする子ですか?」

 「奴隷だろうな。名前しかないからな」


 ネアルが答えた。


 「そうですよね。王国はまだその制度がありますもんね」

 「それは大元帥殿・・・制度を無くせという事ですかな」

 「いいえ。別によその国の事です。そこに口出すつもりはありませんよ。それだと内政干渉です。僕は好きじゃありませんが、そこを言及することはありません」

 「ふっ。そうか」

 「ええ。ですから、その条件の元で、僕が彼を買います。こんな事をしていいわけがない。この子はこのままだとよくありません。下手をすれば、死んでしまうかもしれません。なので、僕がこの子を預かります。よろしいでしょうか。ストアさん!」

 「それは私の所・・・」


 フュンは、ストアが『私の所有物』と言おうとしたのを理解していた。

 『所』の時点でとんでもない顔をして睨みつけていた。

 鬼のようなその形相で、ストアを黙らせた。

 

 「いいでしょうか。お支払う額はこの程度です」

 

 金銭をメモした紙を渡す。


 「ぐはっ!? こ、こんなに」

 

 買った額の三倍の値段だった。


 「よ、よろしいのですか。この額でも」

 「ええ。いいです。そのかわり、あなた方には謝ってもらいます」

 「なに!?」

 「傷つけてごめんなさいと、謝ってくれないと困りますね。人を傷つけたのです。人を傷つけておいて、平然としてはいけませんよ。相手を傷つけておいて、自分だけのうのうと生きるなど許されません。だから謝るのです。僕はそうしています」

 

 フュンの言葉に、王国の一同が驚いた。

 戦争をしておいて、そこを言うのかと。

 そこは平然としている部分ではないのかと思い始めたのだ。


 「どうですか。謝ってくれないのなら、お金を減らします」


 この人は欲に目がくらむ人間だとフュンは相手を見抜いていた。


 「な!? あ、ダンよ。すまなかった」

 「い。いえ。旦那様」

 「足りません。あなただけですか? ストアさん。そちらの二人は? 彼を傷つけていませんか?」

 「あ、謝りなさい。お前たち!」

 「「すみませんでした」」


 ストアは家族にも謝らせるようにした。

 ダンは戸惑うが頭を軽く下げて、謝罪を受け入れた。

 

 そしてフュンは、ダンに目線を合わせるためにしゃがんだ。


 「では、ダン君。僕が買ったのは君の自由なんだ。僕が保護したいのはあるけど、君の意思がない。さあ、どうする。僕らと一緒に来るかい? それとも王国に残るかい。残るなら僕は、ネアル王に、君をお願いしたくてですね。ネアル王がいるここで交渉をさせてもらったんだよ。どうする?」

 「え・・・私を・・・王様に?」

 「ええ。王様に預けるか! そのまま僕が君を預かるか。それとも君は一人で生きていくかい? でもまだ子供だ。誰かを頼ってもいいんだよ」

 「・・・誰かを・・・頼る・・・いいのでしょうか・・奴隷の子が・・」

 「いいんだよ。奴隷の子だろうが、なんだろうが。誰かを頼ってもいいのさ。どうしようか。君がしたい事をしよう」

 「私がしたいこと・・・」

 

 ダンはしたいことがなかった。

 のではなく、したいことを思っちゃいけないと思っていたのだ。

 奴隷とはそういう事である。

 でも、一つやれるのであれば。


 「戦ってみたいです」

 「ん?」

 「思いっきり・・・もっと成長して、彼女と戦ってみたいです」


 ダンの目が輝いた。

 そして彼はレベッカを指さしたのだ。

 

 フュンはダンからレベッカの方を見る。

 まだ暗い表情の中でも、指名を受けた瞬間に頬が緩んだ。

 ライバルが成長するのを待つ。

 その感情が溢れていた。


 「そうですか。わかりました。それじゃあ、僕らと一緒に来ますか?」

 「・・・はい。お願いします」

 「よし。では、ネアル王。この子をもらいます。その許可をもらえますか? 王国の子です。連れ出すのにもあなたの許可がいるでしょう」

 

 ネアルの内心は複雑であったが。


 「・・・わかりました。いいでしょう。許可します」

 「ありがとうございます」


 ネアルの許可をもらったので、フュンはダンの肩に手を置いた。


 「ダン君。それではミシェルについていってください」

 「はい。どちらの方で?」

 「私です。こちらへどうぞ」

 「はい。失礼します」


 面倒見の良いミシェルが自分の隣に来なさいと手招きしてくれた。

 席に小さくなって座る姿は子供らしい。


 「それでは、僕の用件は以上です。帰っていいですよ。お金は後で必ずお支払いしますので、大会関係者の人に渡しておきます。それと、僕の前にはもう二度と現れないでください」

 「「は!?」」

 「今回は、ただ、武人としてあるまじきことをしたレベッカの行いに対して、あなたたちに謝っています。その行いの重さは、彼に対する虐待の怒りを、天秤にかけても謝るしかありません。なのでここは謝っていますが、本来だったら絶対に謝りません。人をこれほど傷つけるような人間。安全圏から一方的に殴るような人間を、僕は許しませんよ。だから消えてください!」

 「「は、はい?!」」

 「早く!!!」


 フュンの怒りも結局はレベッカの怒りと同じものだった。

 彼を傷つけた行いへの怒りは、相当なものであった。


 こうして、ダンはガルナズン帝国に行くことが決まった。

 彼は、この後ゼファーの元で育ち、『ダン・ヒューゼン』となる。

 だから当然に彼は、レベッカの従者となるために育つのだ。

 

 その後、風陽流の使い手となり、とある大陸最強集団の副団長となり。

 そしてのちに剣姫が従えることになる剣聖たち。

 剣姫の四天王。

 風の剣聖『疾風のダン』となる。

 その名が大陸に轟くのは、英雄譚の後の話である。



 

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