第320話 御三家戦乱の開幕と次戦

 帝国歴510年4月1日。

 この日、用意してきた大戦乱が始まる。

 今までの小競合いとは違う。

 明らかに意図された大規模での戦争。

 

 仕掛けた男の名はルイス・コスタ。

 皇帝の血の系譜に連なる者である。

 彼の巧みな戦略により、ククルを占拠。

 次にミラーグと呼ばれる町に、さらにシンドラ手前にあるリスタリオという都市も占領した。


 この三カ所を占領すると生まれる効果が防御効果である。

 帝都の南を三角形で占領することで、防衛を強固にすることが可能となる。

 しかも、帝都に一番近いククルを占領した事で、帝都への攻撃も迅速になった。

 だから、防御上も攻撃上も非常に良い場所を占拠したのだ。

 

 なので最初、ルイス派と呼ばれた貴族たちは、鼻息を荒くして、血気盛んになっていった。

 初戦の大勝利で、このまま確実に帝国を倒せると喜んでいたのだ。


 「ルイス様。早速帝都を攻撃しましょう」

 「駄目だ。やめなさい。無駄に終わるだけ。この場合はシンドラを味方にして、シャルフを手中に収めるのが吉だ。間違っても帝都に攻撃してはいけない」

 「なぜですか」

 「背後が危険になるからだ。後ろを気にしながら帝都を攻撃する者などいまい」

 「ですが。この勢いを」


 勢いだけで勝てると思っている馬鹿ばかり。

 ルイスは、表情には一切出さずに周りの貴族たちを蔑んでいた。


 この状況で、帝国の南半分の要所を手中に収めずにして、帝都のみを奪おうとする。

 これは馬鹿である。

 何せ帝都はこの国で最高の防壁を持つ堅牢な都市。

 かつ皇帝が帝都から脱出して、生きる残る選択肢を取った場合。

 そちらは、こちら側にわざと帝都を占拠させて、再び帝都を攻撃すればいいだけの形になってしまう。

 そうなれば、帝都を囲んでいる間に、ククルとミラーグとリスタリオの三つを、再び奪い返す動きをすればいいだけなのだ。

 戦略の背の字もないのに、意見だけはいっちょ前に言ってくる貴族たちに呆れるしかない。

 だが、これらを抱え込めて死ねるのであれば、自分の計略は正しいのだなと感じ始めた。

 今後の帝国に必要のない貴族。

 それを消せる最大のチャンスがやって来たと、ルイスは椅子に腰かけて、最高の場面を作ろうと機会を待っていた。

 この胆力がルイスの素晴らしさで、この計略を同時に考えたエイナルフもまた凄まじい胆力をしている。


 「る。ルイス様」

 「ん? ヴァー坊か。どうした」

 「私は、バルナガンに帰ってもいいでしょうか」

 「なに? なぜだ」

 「実は娘が帰って来いと・・・こちらにいてはならんと」

 「ふん。娘の言いなりか。ヴァー坊」

 「すみません。顔を見せて・・・あげたく」

 「わかった。しょうがない。いってもいいぞ」

 「ありがとうございます。ルイス様」

 

 ストレイル家はこうして反帝国軍を離脱した。

 ルイスとしては、本当はこの家も潰しておきたかったのだが、ここで駄々をこねられて、勝機があると戦意が高くなっている貴族たちの水を差すわけにはいかなかったから、許可を出したのだ。

 本来ならば共に消えてほしい家である。

 なぜなら無駄に大きな家で、バルナガンに対してとても大きな影響力のある家であるから、あそこでの力を無くしていきたいのもあった。

 バルナガンも大都市の一つである。

 先の先の力関係も見ていたルイスの唯一の失敗ともいえる部分であった。


 「それでは、来るべき時の為に、狙いを定めるぞ。良いな」

 

 ルイスは一時待機からの攻撃を指示を出そうとした。

 しかし・・・。

 


 ◇


 反帝国軍が占拠した当時、ミランダはシルヴィアと共にハスラにいた。

 それは、ルイスからの攻撃予定の知らせを受けていたので、帝都から移動してハスラでの準備を整えていたからだった。

 ラメンテに配備しているウォーカー隊もあらかじめハスラへ待機させて、防衛すべきはとりあえずハスラにした。

 王国軍が来るかもしれない事と、あのルイスをもってしても有象無象の貴族共を制御できないかもしれないとして、都市に兵を配備しておいた方が良いとのルイス自身からの助言があったのだ。

 

 御三家戦乱。

 これはあらかじめ予定された究極の裏での宣言戦争。

 それはルイスと王家の密約によりそうなっている。 

 計画段階では皇帝、ルイス、ミランダの三人が知る計画だったが、実行段階に入ると、ウィルベル。スクナロが追加された。

 これは、各王家の頂点が情報を知り、この戦いに臨んでほしいからである。


 そして、御三家戦乱の開幕戦を勝利で終えれば、このままいったん落ち着いてくれるのかと思いきや、ルイスの命も受けずに貴族たちは勝手に出撃してしまった。

 それもルイスが宣言していない場所ならいいと勘違いして、彼らはビスタに対して攻撃を開始したのだ。

 それは反帝国軍の盟主であるルイスでも驚くのだから、ビスタの主であるスクナロはもっと驚くのである。


 「なに。ビスタに兵が来ただと?」

 「兄上。そのようですぞ。あちらに見えます」

 「ヌロ。貸してくれ」

 「はい」


 ビスタの北東の城壁に立つスクナロは、望遠鏡で北東側を見ていた。

 それを貸してもらう。

  

 「本当だ。敵か。あの位置からならばな、敵が占拠した方角だ・・・ルイス様の指示か・・・ありえん・・・ルイス様がそんな馬鹿なことをするわけがない・・・という事は貴族共の暴走か」

 「兄上。どうしますか。出ます?」

 「馬鹿を言え。ヌロ。慎重に判断しろ。良いか、戦争を単純に考えるな」

 「そ、そうですか」


 この時のヌロは、全く使い物にならない雑魚。

 フュンが命を救ったことをきっかけにして、彼は自分の才能が爆発した人物である。

 でもこの時のスクナロでも、こんな弟でも可愛いと思っている頼れる兄貴なのだ。

 これも、自分が兄を失った経験から来る弟を大切にしようとする思いから来ている。


 「ああ。そうだ。ハルクに連絡をしてくれ。兵の配備をしてほしいと」

 「わかりました」

 

 ヌロが去った後、敵の移動を見守るスクナロは呟く。


 「う~ん。でも弱そうだな。足腰も弱い。あれでどうやって我が軍に勝つつもりなのだ? ハルクの一軍に任せただけで十分じゃないか。野戦で粉砕できそうだぞ」


 遠くの敵を見て、品定めしていたのだ。


 ◇


 スクナロが敵の出現に驚いていたその頃。

 ササラでも驚きの光景となる。


 この時、ササラにはジークがいた。

 商会の仕事はキロックに全て任せてダーレー家として家を守る行動に徹したのもあるが、本心はピカナを心配したのだ。


 「ピカナさん。これは、敵ですよね」

 「そうみたいですね。ジーク。なぜ来たのでしょうか? まさか、シーラ村は?」

 「連絡がありませんから、直接こっちに来たのでしょうね」

 「そうですか。でもよかったですね。村には城壁がありませんからね。もし攻撃されたら大変です」

 「そうですね。でもなぜこんな場所を? 初戦を勝ってすぐに攻撃を開始したんですかね。おそらく」

 「ええ。そうみたいですよ。ジーク。君が指揮することになりますが、大丈夫ですか」

 「はい。おまかせください」


 ピカナにだけは素直な返事をするジークであった。

 ダーレー家の当主代理として、御三家戦乱の第二戦を戦うのであった。


 ◇


 御三家戦乱の初戦が開幕してから次の戦いまでの日数は、10日から20日以内である。

 つまりほぼ連戦を仕掛けた形を取っていた。

 貴族たちの高揚感が、この連戦に繋がっているらしいが、これが御三家戦乱の終わりに向かっているとも知らずに頑張ろうとしていたのだ。

 ミランダのフランベット処刑からの、貴族殲滅宣言での圧力から解放された気分が、彼らを有頂天にさせたみたいで、意気揚々と各地に戦いを挑んでしまったのだ。


 御三家戦乱の次戦。

 リーガ防衛戦争、ビスタ防衛戦争、ササラ防衛戦争の三つとなっている。

 これでドルフィン。ターク。ダーレーの三カ所を攻められたことになる。

 


 リーガ防衛戦争。

 名将フラム・ナーズローを擁するドルフィン家のリーガは、都市の防衛だけで相手を圧倒して、敵を退けた。

 その時の追撃もピタリと嵌り、相手の四万あった兵を半分まで減らすことに成功した。

 その後、敵はミラーグに帰ることになるので、そこで撤退をした。

 上手な部隊運用をこの戦争で見せたことで彼がドルフィン家の軍務の全てを司る事となる。

 フラムは若干動きがバラバラな部隊でも、運用を間違えない規律性を保つ行動が上手いのである。



 そして次にビスタ防衛戦争。

 スクナロの片腕であるハルク・スターシャが、主の命を受けて、野戦を選択。

 ビスタは帝国最前線なので、敵に張り付かれたなどの噂を王国に与えたくないとして、スクナロは城に待機しながら、この戦いを見守った。

 ハルク・スターシャ。

 名門スターシャ家の当主。

 仁義に厚く、律儀な彼は、戦争になっても卒がないし、戦闘になっても弱点という弱点もなく、一個人としてもとても強く、彼が先頭になって敵の貴族軍に対して突撃をすると、無残にもばらけるように敵が散っていった。

 スターシャ家は、ハルクがいて安泰なのだとなる戦争である。

 

 

 最後にササラ防衛戦争。

 ダーレー当主シルヴィアの兄ジークハイド・ダーレーが、この戦争を担当することになった。

 ササラの兵とウォーカー隊を合わせて六千の兵がササラにいる。

 それに対して、相手の軍は、二万の大軍。

 勝つ方法は野戦にはなく、防衛であるとしたジークは、ササラに籠ることを選択した。

 だが、ササラには海がある。

 なので敵に海軍が無いと、包囲は無意味である。

 そして反帝国軍は陸からやって来た。

 押さえている場所は全て陸。

 彼らは当然海を抑えていないし、それ以前に離れた位置にある川を抑えていない。

 そこの川を抑えなければ脱出も可能だ。

 だからルイスは、シンドラを味方にしない限りは拡大戦争をするなと言ったのだ。

 ルイスは正しい事しか貴族たちに伝えていない。

 なのに、貴族たちは彼の意見の真の意味を理解していなかったのだ。


 そして肝心の戦いは・・・。

 初日、ダーレー軍が苦戦した。

 敵の攻撃が次々と上手くいき、城壁の上では一時敵だらけの場面もあった。

 だから二日目。

 反帝国軍は全軍が前に出て、城壁の近くに行って、梯子を使って登ろうとした。

 一日目は半分に兵を分けていたのに、二日目になったら勝ちは確定だとして、全部が前のめりになったのだ。

 だがそれもジークの罠。

 彼は全てが前に出てきた兵士たちの前で。


 「それじゃあ。皆さん! こちらをプレゼントしたいと思います。ではどうぞ。ササラの兵の皆さん。発射ですよ」


 優しい呼びかけから転調する。


 「これでもくらいなよ!」


 ジークの掛け声から始まったのは、大砲4門の攻撃。

 次々と放たれる大砲の嵐で、敵は消えていく。

 大砲は至近距離であれば正確性が増す。

 だから、敵は次々にやられるしかないのだ。

 ただし、お値段が高い。

 維持費も製作費も、それに砲弾も高いのであまり運用されるものじゃないのである。

 貴族らが使用していないのも、誰がこの高いものにお金を払うかで揉めていたからだ。

 しかし、ジークは商人という地位を上手く使って、大砲を手に入れていた。

 彼の商売の全ては、ダーレーを守るため。そして妹を守るためである。


 「はぁ。このジークに敵うと思っていることがな・・・ナンセンスな敵たちだぜ。あんたらだったら、百年は早いぜ」


 ジークの初陣はこのような悪だくみから始まっていた。

 というよりもジーク関連は全て悪だくみしかないのである。


 こうして、御三家戦乱は、初戦は反帝国軍の勝利。次戦は帝国の御三家の勝利。

 苛烈な内乱の時代の終わりを告げる戦争は、第三戦が最後となる。

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