第319話 初陣は、成功しても失敗しても経験となる
帝国歴509年10月20日
ササラの西にある平地にて。
ミランダとシルヴィアが布陣した。
まだ12歳という若さで、シルヴィアが初陣となる。
しかしミランダはそれでも彼女ならば平気であろうと判断した。
なぜなら彼女は、戦いの天才である。
これは間違いない。幼い頃から鍛えているからこそ分かる事だった。
「先生。わたしはどうすれば」
「そうだな。相手次第にしようか。あいつら・・・数はどうなってるんだ。マサムネは来ているか?」
「先生、まだだと思いますよ。見かけてませんから」
「そうか。お嬢のそばに戻ってないならそうだろうな」
と話していると、後ろに出現した。
「調べてきたぞ」
「おお。マサムネ。どうだった?」
「敵は六千だ」
「は? 数が違う。姑息だな」
「引くか?」
「いや、こっち四千だろ。いけると思うな」
「本当か? 戦えるか?」
「大丈夫だ。あたしが三千で防御をする。そうすれば、まあいけるだろうな。この戦い方。わかるだろお嬢」
シルヴィアに聞いた。
「先生が防御。では私が、攻撃に務めろと?」
そのシルヴィアはすぐに答えを出した。
「そうだ。やれるか?」
「やりましょう。私も戦います」
「よし。やるぞ」
「はい!」
ミランダたちは敵を待った。
◇
戦いは口上もなく、すぐに始まり、最初からミランダが防戦一方となった。
敵は六千の兵で包み込もうと動いてきたが、ミランダは敵の動きを看破していて、自分の三千の兵を巧みに操り、攻撃をいなし続ける。
敵よりも足りない兵数で守り切る。
ミランダは華麗に戦い続ける事も出来たのだ。
奇抜な戦い方が目立つ彼女。
こういう基本的な行動で攻守をすることが得意ではないと思われがちであるが、ミランダは基本的な戦術が上手いのである。
基礎があって初めて応用が出来る。
エステロの教えが体によく染みついているのだ。
「よしよし。左翼。三枚替えだ。もう少し外に出ていいぞ」
いなし続ける彼女の背後で、シルヴィアが虎視眈々と出撃タイミングを見ていた。
「お嬢。どうすんの。俺は判断をお嬢に任せるぞ」
「マサムネ。私はあそこが良いと思います」
ミランダが自分のレイピアで指したのは、敵の左翼。自分たちから見て右である。
「お嬢。あそこが一番強いぞ。端から包み込もうと思っているからな」
「ええ。ですからあそこが崩れれば、敵は自信を失います」
「だけどな。いきなり一番強い所か」
最初くらいは確実に勝つ場所で戦わせたいとマサムネは思っていた。
でも自信満々にそこに行きたいと言われると、やっぱり行かせてあげたいと思うのが親心。
マサムネもだが、皆。お嬢には甘いのだ。
子供の頃から彼女を見てきて、可愛がってきたからである。
「わかった。お嬢。指揮を取れ。背後は気にすんな。俺が守るからな」
「はい。わかりました」
シルヴィアは礼儀正しく言うと、クルッと回ってササラの兵を鼓舞する。
彼女が受け持ったのはササラの精鋭兵たちである。
「ササラの兵たちよ。シルヴィアは出陣します。目標は敵の左翼! あそこの兵を倒して、反撃を開始します。皆さん、よろしくお願いします」
「「おおお」」
気負いもなく淡々としている鼓舞。
それがシルヴィアの独特な声掛けであった。
感情があまり表に出ないので、このような特徴を持っているのだ。
「いきます! シルヴィアと、ササラ兵。出ます!」
シルヴィアの丁寧な掛け声とともに、シルヴィア歩兵部隊が走り出す。
ミランダの防御陣形の背後から右に回って、敵の左翼に到達。
敵は度肝を抜かれた。先頭を走るのが少女だったからだ。
白い戦闘装束が様になっているのも驚きの要素の一つ。
シルヴィアは一番強いと思われる敵の中に入りこみ敵を切り裂く。
「斬ります。失礼します」
お断りの後に繰り出したのが三閃。
目にも止まらぬ速さで剣が振り抜かれていた。
彼女の前にいる三人の敵が倒れると。
「皆さん、ついてきてください!」
後ろを振り向かずに指示を出す。
ササラの兵は少女の後ろをついていくだけで、相手を追い込めることが出来ていた。
◇
ミランダは敵の攻撃を真正面で受け止めていたから、シルヴィアが突撃している様子がバッチリ見えていた。
敵の左翼が、シルヴィアの突撃とその後ろから来るハスラの兵で崩壊しかけている。
「ああ、天才だな。やっぱり、天賦の才があるか。シルヴィア!」
そして、目の前の敵をいなしながらその様子を見守ると。
「ん!? そうか。天才ゆえにか!? マサムネ、頼むぞ。あたしもフォローする」
ミランダは問題点を見つけた。
「ウォーカー隊中央右のシルカ部隊! 突出しろ! 敵を分断するようにして前に出ろ」
「了解!」
ウォーカー隊の一部が敵陣を切り裂いて前に出た。
敵の左翼と中央の部隊を分断する。
「頼むぞ。これで気付け。お嬢とマサムネ」
ミランダは二人を信頼した。
◇
「お嬢。お嬢! 止まれ」
マサムネの制止の声が聞こえていない。
シルヴィアの突進はえぐり込むようにして敵陣を切り裂いていた。
「お嬢!!」
外から様子を見ていたミランダが思う。
シルヴィアの問題点にマサムネは突進中でも気付いていた。
「ちっ。身体で止めるしかないか」
マサムネは最速の動きをして、シルヴィアを追い抜いて、彼女の体を受け止めた。
「む!? マサムネ。なにを?」
「お嬢。駄目だ。お嬢、後ろを見ろ」
「あ!?」
シルヴィアは目の前の敵に集中しすぎて、後ろにいる部隊を置き去りにしていた。
数十メートル後ろに仲間がいる。
「いいか。ここから俺たちは挟まれる。俺が後ろを担当するから、お嬢、仲間の方にいくぞ」
「え?」
「戻るんだ。ここと彼らの場所まで線を結んでいくんだ。もう一度道を作る」
「は、はい」
「いいな。お嬢」
「はい。戻ります」
マサムネがシルヴィアの背中を押すと、彼女は来た道をいったん戻り始めた。
「来たか。お嬢の背は守る」
彼女の後ろをついていくマサムネはシルヴィアの背中を切りつけようとする敵の刃よりも先に、ナイフを投げ続ける。
「乱闘乱射! ほいほいほい」
踊るようにしてナイフを投げるマサムネは、自分の身よりもシルヴィアを優先していた。
いくつかの傷を背負いながらシルヴィアを守っていた。
その作業を繰り返していると敵の圧力が消えていく。
何故だ?
マサムネが思って、周りを見ると。
「さすがだな。ミラ。この状況にするのは・・・やっぱり天才軍師だぜ」
マサムネは自分の背後に味方の壁が出来上がったのを見た。
「この戦。お嬢をフォローしていけば勝ちか。いくぜ」
シルヴィアが切り裂いていく姿を追いかけてマサムネは笑っていた。
◇
仲間の元に戻ったマサムネは部隊に指示を出した後。
「いったん、ここで防御を。皆、停止しろ。守りを固めろ」
シルヴィアに指導をする。
「お嬢。この状況が分かるか」
「ま、マサムネ。その怪我・・・」
シルヴィアは一旦落ち着ける場所に戻ったことで、マサムネの状態に気づいた。
背中が血だらけで、腕からも多少血が出ていた。
お嬢をかばいながら戦ったことで出来た傷である。
「ああ。たいしたことないぞ。いいか。お嬢、俺の・・・」
「ごめんなさい。マサムネ。わたしのせいです。マサムネ、ごめんなさい・・・ごめんなさい」
彼女にはショックな出来事だった。
自分の失敗のせいで、大切なマサムネが傷ついたことで謝り続けていた。
「俺は大丈夫だ。お嬢、冷静になれ。いいか、仲間の負傷で動揺してもいい。でも思考だけは止めるな。いいか。止めてしまったら、今お前を守ってくれている仲間たちがもっと傷つくかもしれない。一人の命。それも大切。でもな。戦っている最中は、共に生きて、戦っている仲間の命も大切なんだ。いいな。考えるのをやめるな。やめたら負けるぞ」
「・・・はい。わかりました」
「ああ。いい子だ。お嬢」
12歳の少女に、かなり酷なことを言っていると、マサムネ自身も思っている。
それでも彼女は力強い返事をしたので、心のどこかでは安心していた。
「お嬢。この状況がわかるか」
「はい。先生が壁を作りました」
「そうだ。そうなると、何をすればいい」
「こうなれば、ここから私たちがもう一度走り出して、どんどん敵を挟んでいけばいいのでは? 向こうの壁に向かってと。あちらの前線に向かって挟撃を仕掛けるのが一番いいのでは?」
「正解だ。お嬢。いいか。お嬢は前線に向かっていけ。俺は壁に向かってもう一度敵を切り裂く」
「はい」
「よし、いけお嬢!」
「はい!!」
シルヴィアはとても良い返事の後、現在防御陣を作っていたササラ兵の左半分の部隊に指示を通す。
「皆さん、私についてきて下さい。ウォーカー隊の所まで走り抜けます。いきます」
「「おおお」」
マサムネはシルヴィアを見送った後。
「ふぅ。あの切り替えの速さ。あれはもう絶対に名将になるだろ。まあ、ミラが育てたなら、確実になるんだよな。よし、ササラ兵。俺が道を開ける。あの壁までいくぞ。ついてこい!」
「「おおおお」」
彼もまたシルヴィアと同じように敵陣を切り裂いていった。
シゲマサが選択した二方向の攻撃は奇しくもミランダの得意戦法の混沌に近い効果を生んだ。
敵の左翼部隊が、完全崩壊する結果となり、相手と自分らの兵数差が無くなる。
こうなると地力の違いが出て来る野戦で、本領発揮となるのはウォーカー隊の方となり。
シルヴィアがミランダの元に辿り着いた瞬間に、今度はミランダが敵の右翼に向かって破壊的攻撃を仕掛けた。
圧倒的な攻撃力で敵を粉砕し続けると、敵が撤退を始めるが、ミランダはここで絶妙な追撃を仕掛ける。
それは敵の貴族の近衛兵のみを残して全てを消し去るという選択をしたのだ。
「よし。ここまででいい。あとはお家にでも返してやれ」
彼女がなぜこの選択を取ったかと言うと、あの貴族は恐らくルイスの元に帰順して王家とは違う立場で戦うと思ったからだ。
そうなると無能が一人増えて、あちらの足並みがまた揃わなくなるだろうとの計算が入っていた。
兵士だけ減らして、将だけ残す。強かなやり方であった。
そして。
「マサムネ。ご苦労だ。すまんな。その怪我」
「ああ。別にいい。すぐ治るぞ。こんなの」
「ごめんなさい。マサムネ」
「大丈夫だって。お嬢。心配するな」
マサムネはそう言ってくれたが、ミランダは違った。
「お嬢。ちょっと来い」
「はい」
「今回。何が悪いか。わかるか」
「マサムネが怪我をしました。私のせいです」
「そうじゃない。マサムネの怪我は、マサムネのせいだ。あいつが必要以上にお前に傷を負わせたくないと思ったから、必要以上にかばっただけだ。もう少しかばわなくてもお前は無傷だったろう」
「そうなのですか」
「ああ。そうだ。だからお前、何が悪いのか。わかるか?」
「・・・突っ込み過ぎました」
「それはなぜだ」
「いけると思ったからです」
「そうか。でも?」
「私しかいませんでした。後ろにマサムネしかいませんでした」
「そうだ。ということは」
「・・・私が悪いんです」
「そうだな。で、なんでだ?」
「突っ込み・・・過ぎた??」
彼女は首を横に傾けた。頭の上には確実に?マークがある。
また同じ話に戻りそうだったので、ミランダは答えを言う。
「お嬢。お前の今回の失敗はな。別に突っ込み過ぎた事じゃない」
「先生、そうなのですか?」
「そうだ。お前の今回の失敗は、仲間を見ていなかったことだ。お前、一人で戦争に勝てると思うか?」
「思いません」
「そうだ。だから、仲間と力を合わせて戦わないといけないのに、お前は後ろにいる味方を感じもせずに、敵の弱点が見えているから前だけを見て進んだんだろ?」
「はい」
「それじゃあ、駄目だ。その弱点を見つけつつ、更に仲間の事を感じつつ、足並みを揃えて戦わないと戦争なんて勝てない。一人で勝てたら、勝手にお前だけでやってろってなるだろ。いいな。お嬢。これも学びだ。今回の失敗は皆にない。お前の中にある。だから、ほら、いっておいで」
ミランダはシルヴィアの体を回して、ササラ兵の方に向けた。
彼女はゆっくりと歩いていって、その兵らに向かって頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。兵の皆さん。私が勝手に行ってしまい、指揮もせずに戦った事。許してください」
「や、やめてください」「シルヴィア様」
「・・・・」「!?!?」
混乱状態になる兵士たちに更に、シルヴィアは宣言する。
「ですが次は、必ず皆さんを導いてみせます。その時になったらまた一緒に戦ってもらえますか」
「もちろんです」「当り前です」「俺も」
「私もだ」「ご当主様と戦います」
「ありがとうございます。皆さんもう一度お願いします」
この反省もする可愛らしい少女が、新しい当主シルヴィア・ダーレーである。
ダーレーの領土の者たちにとって、ついに自らの力を持ってして、戦場で戦う当主が誕生したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます