第318話 兄妹の初めて
帝国歴509年3月3日。
帝国の最前都市のひとつ。
ダーレー家が所有することになるハスラが完成した。
中央の広場で、銀髪の少女が挨拶をする。
「皆さん、都市が完成しました。これからはこちらのハスラ・・・ダーレー家と、リックズ、ノーシッドの双方の民によって、都市ハスラとして新たな道を進んでいきます。よろしいでしょうか」
皆がコクンと頷くと、シルヴィアは話すのをやめた。
12歳の少女だから、それ以上は話すのが恥ずかしいのかと思ったが、決してそんなことはなくただ長く話すのが苦手なだけであった。
だから、かわりに話したのがミランダである。
景気づけをしないといけない場面だったので、皆に呼び掛ける形となった。
本当はシルヴィアがしないといけない事である。
「そんじゃ。みんな。当主も言っている事だし、新しく前へ進むぞ。やるぞ。ハスラの民! あたしらはちょちょいとここをすんげえ都市にすんのよ。ほら、やるぞ!!」
「「「「おう」」」」
拳を意気揚々と掲げて、ハスラは力を合わせることになった。
民と、王家が、一緒になって作った都市で、王国から守るために存在する要の都市ハスラ。
だから、ダーレーは要所のダーレーと呼ばれることになる。
少ない領土でも重要な場所を押さえている彼らを称するに十分な呼び名である。
この日から、シルヴィアとミランダは帝都じゃなく、ハスラにも住むことになった。
防衛も完璧にこなすことが出来るために、帝都にいるよりも安全であるのが最大の理由だが、実際に内乱の兆しがあり、戦争の準備の為にも丁度良い判断であった。
そこから一週間後、ジークが旅立つことになる。
ハスラの東の門にて。
「ジーク。頑張れよ。おらよ」
「ん? 刀?」
「おう。疾風に似せて作った。風魔だ。切れ味抜群だぞ。ジュリさんが作ってくれたからな」
「ジュリアンさんが?」
「ああ。お前の新たな門出にプレゼントだそうだぞ」
「・・・ありがたい。もらっておきますと。ミラ、言っておいてくれ」
「ああ。言っておくわ」
ミランダとジークが話すと。次にシルヴィアがジークのそばに行った。
「兄様」
「おう。シルヴィ。俺は商人として大きくなって帰って来るぞ。お前の名もどこかで聞けると良いな。大きくなれよ」
「・・・はい」
ジークは泣きそうな妹の頭を撫でた。
妹大好き人間にとって大切な瞬間である。
「なに。心配するな。ミラがいれば大丈夫だ」
「先生が?」
「ああ。こいつはぐうたらでダメダメ女だけど、ダーレーに関してだけは誠実だ。そこだけは信用しろ」
「わかりました」
とジークとシルヴィアの会話の中に、ミランダが強引に割り込む。
「おい。誰がダメダメ女だ。ジーク!」
「ふん。だってそうだろ。なあ、ザイオン」
「そのとおりだシスコン!」
「おい。お前もそればっかりだな」
「ガハハハ。妹大好きすぎだろお前」
ザイオンは豪快に笑っていた。
「おいジーク。これ、もってけ」
「ん? なんだエリナ」
エリナが小さなものを放り投げた。ジークが受け取る。
「お! お守りか」
「ああ。縫っておいてやったわ。無事を祈ってる」
「ああ。ありがとうエリナ。助かるよ」
「ジーク、頑張れや」
姉御肌のエリナは細かい所に気を配る。
健康を祈ってお守りを作ってくれていた。
「おい。フィックスぞ。おいらの代わりにジークを頼んだぞ」
「え? 俺ですか。サブロウ、またまた俺じゃないでしょ」
「当り前ぞ。他に誰がいるんだぞ! お前しかいないぞ」
「え、姉御じゃなくて?」
「馬鹿。今はいないことになっとるぞ。アホタレ」
「いてえ!?」
サブロウはフィックスの頭を殴った。
今同じ場所にナシュアもいるが、完璧なジークの影となって付き従っていた。
姿を消したままで護衛していたのだ。
「フィックス。ほれ。俺のクナイをやろう。ジークを守れ」
「おお。シゲマサ。ありがとう。やっぱ、サブロウよりもシゲマサだよな」
シゲマサは愛用のクナイをフィックスにあげた。
「なんだとぞ!!!」
「ぐあああああ。ギブ! サブロウ!?」
フィックスが失礼な男であるので、サブロウにヘッドロックをもらっていた。
「キロック。ジークには、事あるごとに助言するんだぞ。まだ子供なんだ」
「いや無理ですよ。ザンカさん。この人。私の言う事聞くと思います?」
「・・・たしかに無理か」
「あっしはキロックさんなら出来ると思いますぜ。しっかりしている方ですもん」
「いや、マール君の言葉がありがたいですけどね。たぶん無理ですよ。この人は話を聞きませんって」
これから先、キロックは自分が苦労することが目に見えて分かっていた。
ジークのそばにいるという事は、楽しいと苦労するが同時にやって来るのだ。
「それじゃ、俺。いってくるよ。ひとまず帝国を一周かな。じゃあな。みんな」
「「「ああ」」」
軽い挨拶でウォーカー隊の各隊長はジークを送り出した。
ここから彼は大商会を帝国で築き上げるのであった。
◇
さらに時が経ち。
帝国歴509年10月2日。
帝都に一時戻ったシルヴィアとミランダの元に連絡が入る。
「マサムネか」
「おう」
「旅してたのか」
「そうだ。そんでな、ついでにササラに寄ってたらさ。なんか揉めてたぞ。だから急いでこっちに来た」
「揉めてた?」
「ああ。前と同じかもしれん。貴族が狙ってきてるのかもよ。今のササラは結構大きくなってきたからな」
「わかった。向かうわ。お嬢。ついて来い」
「はい先生」
ミランダは、無表情で返事をするシルヴィアを連れて行くことにしたのだ。
彼女には当主としての経験が必要かもしれないと判断したのである。
「お前、それでいいのか。なんかこうな・・・まあいいか。マサムネ。ついてきてくれ。お嬢の護衛を任せたい」
「了解。サブロウとシゲマサがいないなら、俺がやろう」
「ああ。頼んだ」
彼女がマサムネに頼むと、続いてシルヴィアが頭を下げる。
「マサムネ、お願いします」
「影からお嬢を守るからな。安心しな」
どんなに普段不真面目なマサムネであっても、シルヴィアには対してはしっかりとした対応をする。
やはりウォーカー隊の幹部たちは、シルクとの約束を果たすために、当主を守っているのである。
◇
ササラに到着したミランダはまず最初にピカナの元に行った。
「ピカナ」
「ああ。ミランダ。助かりますね。悩んでいた所です」
「何があった!?」
「ピカナさん!」
「おお。シルヴィア。君も来たんだね」
「はい!」
ピカナと会う時は嬉しそうな顔を見せる。
頬がほんの僅かだけ上がっているのだ。
でも一般人から見ると、無表情である。
「おい。ピカナ」
「ああ、ごめんなさいね。ミランダ。話の続きですね。えっと、ティリーズ家とかいう家が、ここを支配しようと動いているらしいです。ここにはそんなに主要の軍がいませんからね。僕としてはどうしようかと悩んでいました」
「わかった。それで今のここの数は、どれくらいだ?」
「一度兵は解散して、精鋭兵にしたので今は千です。ウォーカー隊もいますので四千かな。それにササラの兵は、千という設定でありますからね。兵の差があるから敵が攻撃を仕掛けようとしているのでしょうね。あちらから教えてきましたよ」
ササラは、政治が変わり市長が行っている。
その政策の一つで、精鋭兵。つまり専業兵士の導入をしたのだ。
以前のササラは、兼業制で、兵士の皆が他の職種の仕事をしている傍らで兵士をしていたので、兵士らしい動きがあまりできなかった。
そこで、ウォーカー隊が潜んでいることを利用して、彼らは一から兵士を作り上げている最中である。
だから兵が千にまで減っているのだ。
ただし、千まで減っても軍力は変わらなかった。
それは練兵具合が素晴らしかったのである。
「宣言戦争か?」
「いいえ。宣告してきた感じです。一週間後だそうです」
「は? あたしらがここに来るきっかけがマサムネで、もう二週間以上経っているのに、一週間後? もう攻撃しろよ。馬鹿か?」
「ミランダ。何で敵の思考になっているのですか」
「いやだって、アホすぎるだろ。その貴族。あたしらの兵が千だけだと思ってるしよ。やっぱアホなだけか?」
「でも攻撃を仕掛けてきますよ。どうしたらいいでしょう。ここには大将格の隊長らがいません」
「そうだな。精鋭とウォーカー隊で大丈夫かと思っていたから、ピカナでも十分だと思ったが、そこは不安か・・・まあ、いい。今はあたしがやろう」
「そうですか」
「それじゃあ、市長に話を通しておいてくれ」
「わかりました。彼にも連絡しましょう」
「ああ。頼んだ」
市長と領主の二重政治をしているので、この報告は市長にも通さないといけない。
でも都市を守るための戦いなので市長も反対はしないのである。
「お嬢。お前、戦うか?」
「私がですか」
「ああ。やってみるか。まだ若いけどよ」
「・・・いいでしょう。やりましょう」
「度胸あんな、やっぱな。さすがだぜ」
ミランダは彼女の返事に微笑んだ。
「よし。相手の数もそうだし。こっちは改修工事中だろ。手前で迎え撃つか。野戦だな」
この時のササラは都市の拡大を図っていたために、城壁を伸ばす作業をしていたので、防御する際に城壁を利用できなかった。
だからミランダは戦いを手前の野戦に設定したのである。
ササラも大都市の仲間入りを果たすための拡充工事。
のちには城壁だけじゃなく港の船とかも増やしていきたいと、ダーレーは少しずつ力をつけていこうとしていた。
「お嬢。準備しとけ。初陣だ!」
「はい。先生」
言葉多くで自分を表現しない。
シルヴィアはダーレー家の中で一番の無口な女性であった。
シルヴィアの初陣は、『ササラ野戦』である。
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