第314話 ミランダの言葉 リックズ攻城戦

 帝国歴505年2月1日。


 リックズを取り囲うウォーカー隊は六千。

 ミランダは本陣にて、会議を開いた。


 「サブロウ。囲んでどのくらい経つ」

 「1か月くらいかぞ」

 「そうか。そろそろかな」


 リックズは不思議な形の都市で、三角形の形をしている。

 底辺を西側に向けて川を背にしているような形だ。

 これは、北に都市のノーシッドがあるので、山側から攻めて来るとしてもそちらの都市が防壁となり、王国からの攻めの心配がない事からそうなっている。

 だから本当は、この国はリックズとノーシッドが争う考えなんて、そもそもなかったのだ。

 なのに、この国は内乱のせいで争い続けてしまっている。

 おかしな状態だった。



 ミランダは、三カ所にニ千ずつで包囲を続けていた。


 「エリナ。お前がザイオンと各地方の奴らを潰したよな」


 コップにお茶を入れている途中でエリナが答える。


 「ああ。あたいとザイオンがやった。ミルトスとシャルミだったな。あいつが逃げ込んでは、追い出しを繰り返して戦ったぞ。だから、あそこに貴族が集合しているはずだ。間違いない」 

 「おし、じゃあ後はもう。ここが仕上げだ。ノーシッドも無くなっちまってるからここしかないだろ。リルローズ家が逃げ込む先はな」


 ノーシッドはリックズによって無くなっている。

 それは言葉の意味ではなく、本当の意味で無くなったのだ。

 都市が消滅。

 彼らは好き勝手に、要の都市を一つ消し飛ばしてしまったのだ。

 ただの貴族であるリルローズ家が、王家でもないのに、帝国の都市を消滅させた。

 その行為は明らかに王家への挑戦状だ。

 だから彼らの目標は王家の打倒だと。

 エイナルフを引きずり降ろすことが明確な目標であると。

 そう予想してもいいのである。


 「それでサブロウ。都市の内部は? やっぱりノーシッドの人たちがいるのか」

 「いるぞ。あいつら、都市内部を階級に分けようとしているぞ。リックスの民を上級にして、ノーシッドの民を下級にしているみたいぞ」

 「クソが。市民間でも階級を作ろうとしているのかよ。ぜってえここは潰す」 

 「でも不満はリックズの民にもあるみたいぞ」 

 「ん? そっちにもか?」

 「おうぞ。なあ、マサムネ」


 サブロウは、会議している天幕の端に座ってお茶を飲んでいた。

 

 「うお。俺に話!?」

 「なにくつろいでんだよ。マサムネ!」

 「悪いなミラ。俺さっき帰って来たから、喉が渇いていてさ。助かる」


 フラフラッと移動してしまうマサムネは、マイペースなのだ。

 エリナからお茶をもらったことにお礼を言うと、エリナは『ああ』と言って自分の席に座った。

 

 「まあいい。それでマサムネの耳にも入ってるのか」

 「ああ。結構聞いてきた。酒場とかでな。なんかな。あそこの貴族って何だっけ、シュペンか。シュペンのやり方に不満を持っている人が多いみたいでな。それで今回の包囲戦でさらに不満があるらしい。戦争なんか仕掛けるから、仕掛けられるんだよってな。ノーシッドの人を下に見た罰だってさ。しかもそれにな。今まで関係がなかったリルローズ家なんかを迎え入れているから不満大爆発さ」

 「そうか。いい手を思いついた。これを発動させれば、リルローズじゃ、もう止められんわな」


 ミランダがニヤリと笑う。

 『この笑いは・・・・』

 と思うウォーカー隊の各隊長は嫌な予感がしていた。



 ◇


 ミランダがリックズの都市の前に来て叫ぶ。


 「おい。あんたら、そろそろ負けを認めた方が良いんじゃないか。このままじゃ死んじまうぞ」

 「うるさい。小娘。貴様こそ、負けを認めよ。ここを囲んで一カ月も落とせぬではないか。弱い弱い。クハハハ」

  

 フランベットは安全圏の城壁の上で高笑いしていた。


 「おい。お前、落とせないんじゃない。落とさないんだよ。馬鹿!」

 「なんだと貴様。私を侮辱する気か」

 「ああ。する!」


 ミランダは端的に答えた。


 「き、貴様!? ふざけるなよ」 

 「あんたさ。小物だよな。話してみると分かる。でもあんたは人への嫌がらせだけは超一流だ。あたしの大事なシルクさんを殺した時の嫌がらせとかさ。あの人があれだけ自暴自棄になるのは分かる。あんたの嫌がらせのせいでな。マジでさ。それだけは感心するくらい凄い! それだけは凄いんだわ。でも後は雑魚だ。考えも凡人以下だ!」

 「なんだと。この平民風情が! 私を愚弄するな」

 「あたしは平民だ! でもあんたらの考えはよくわかる。なにせ元貴族だからな! あんたは結局さ、人を馬鹿にしてんだよな。平民もさ。貴族すらもだ。あんたは自分よりも立場が弱い貴族を集めてさ。良いように扱おうとか考えていたんだろ? そんでたくさん集めて、王家に反抗して、皇帝にでもなろうとしてんだろ。その足掛かりに弱小ダーレー家を選んだんだよな」

 「ふん」


 それだけかいと思ったミランダは話を続ける。


 「まあさ。あんた。浅はかなんだよな。あたしらの力を読み間違えてんだ。それとよ。あんたは平民の本当の力を知らない。あんたらはこの国で下から這い上がったことがねえんだもんな。生まれた時からお偉い立場であったからよ。この国で頑張って生きている人の気持ちがわからねえもんな。あぁ、そうだろ。屑貴族!」

 「知るか! 平民なんてものは、貴族がいて初めて、この世に生きていられるんだ。一生私らの下で働くべき者なのだ。黙れこの女! 平民の女が」


 敵の言葉にミランダは呆れる。


 「ああ。そうかい。あんたとは考えが違うようだな。でもあんたにも大切なことを教えてといてやる。いいか。平民があってこそ、貴族がいるんだ。お前の下に誰もいなかったら、お前はただの貴族って称号があるだけの人なんだぜ。人が人に勝手に称号つけてるからおかしい話だ。それに本来な、貴族が平民を支えるんだ。そして、平民が貴族を支えるのさ。本来はその二つは、相互協力関係なんだよ。ボケが」


 ミランダの声を聴いているのは、リックズの平民と城壁にいる兵士たちだった。

 聞かせたい男は聞く気がない。


 「うるさいぞ。貴様。黙れ。その口。止まらないなら殺すぞ」

 「ああ、そうですか。殺してみろよ。お前がここに降りて来てな。でも降りてきても、あたしの口は止まらねえぞ。いいか。だからお前は本来はな。ククルで逃げずに戦わないといけなかったのさ。貴族が貴族の責任を果たすためだ。お前が責任者だぞ。最後まで戦うか。それとも降伏の判断をするのはお前だったんだ。部下の奴らじゃない! お前は全てをなすりつけて、そこに立っているだけの無能だ」

 「・・・・き、貴様」


 ミランダは話す相手を切り替えた。


 「だからよく聞いてほしい。リックズの民よ。そしてリックズに生きる兵士たちよ。そこのそいつに命を賭けるほどの価値があるのか! お前たちは、自分の命をそいつに預けられるのか。いいか。この時代は混迷の内乱時代だ。だから平民が立ち上がってもいい時代なんだぜ。ついて行きたいと思う人についていっても良いし。自分が偉くなってより良い世界を作ったっていいんだ。混乱した世界だけど、何もかもが自由な判断が取れるのに、何もかもを窮屈にする男についていく意味はねえぞ。リックズよ。あたしらを見ろ!」


 ウォーカー隊の各隊長が前に出る。

 ミランダが率いるウォーカー隊は、この国で正反対の組織なのだ。

 貴族が一人もいない軍隊なのである。


 「あたしら、ウォーカー隊は全員が平民だ。あんたらと同じ平民だぞ。でもあんたらと違ってあたしらはついていく家を決めている。それはダーレー家だ。あたしらを迎え入れてくれた家に恩義を返すため。あたしらはダーレーの為に戦っている! それも貴族相手にだぞ。だからよく聞け! 平民も貴族と戦ってもいいのさ! あんたらも戦うべき相手を己の心に聞くといいのさ。リックズよ。迷いがある中で、我らウォーカー隊と戦って勝つ自信があるのか! あたしらはいつでもリックズと戦う準備が出来ている。だから答えを待つぞ。リックズの民たちよ。あたしは待っている!」

 

 ミランダの魂の演説は、リックズの兵士と民に届いた。

 本陣へと引いていくウォーカー隊を見る目が、変わっていたのである。


 ◇


 「ミラ。攻撃せんのか?」

 「おい。誰かこいつに説明してやってくれよ」

 

 ミランダがザイオンの質問に呆れた。


 「ザイオン。お前な。さっきの言葉を聞いてなかったのか」

 

 エリナが聞いても。


 「聞いてたぞ。だから攻撃開始だろ」


 ザイオンには理由が分からなかった。


 「駄目だなこいつ。戦う!の二文字しか頭の中にないようだぞ」

  

 マサムネがちょっと馬鹿にした。


 「なんだとマサムネ」

 「ザイオンの兄貴。今のミラの言葉は、リックズに言ったんですぜ」

 「リックズに?」

 「そうですぜ。リックズの中には、不満がある。それはサブロウの兄貴とマサムネの兄貴が言っていた偵察結果にありますぜ。中にノーシッドの民がいて、それと元々のリックズの民自体にも不満があってですぜ。あっちの兵は貴族の正規兵が一万五千に、傭兵の軍が八千だそうですぜ。それが不満を持てばどうなるかは・・・」

 「ほう。そんなにいたのか。あの都市に」

 

 ザイオンは一体。

 自分たちの話を聞いていたのだろうかと。

 全員が悲しい顔になっていた。


 「それにだ。ミラの話を聞いてさ。俺は立ち上がると思うんだよな。一カ月。都市を囲い込まれて、封鎖されている現状にも不満があると思うし。自分たちの身分を最底辺にしたっていうノーシッドの民たちも怒っているだろうからな」

  

 ザンカが予測を立てていた。


 「そうさ。だから城門を見ておけ。あたしは数日中にここが開くと思ってるのさ。いけると思うんだよ。あたしは平民の強さを知っている。貴族らの脆さも知っている。だから、ここは乱が起きるぜ。戦うはずなのさ。平民がな」


 ミランダが城壁を見つめた。

 民の力を侮るべきではない。


 山奥で自由に生きていた女性を見たことがある。

 王家であっても民の為に騎士団を作って戦った女性がいた。

 元は豪族だったのに、心から国を思っていた貴族の男性がいた。


 だから、人は立場で苦しんじゃいけない。

 人は自由でなくては、発展することがない。

 リックズが息苦しい生活を強いられているのは、貴族が悪いからだ。

 それもある。

 けど、そのリックズの貴族を野放しにしたのは帝国でもあるけども、民にだって原因がある。

 この時代は、内乱の時代。

 貴族を倒してもいい時代なのだ。

 だから、自分たちが自分たちの意思で、立ち上がってもいい時代であるのだ。


 ミランダはそのどうしようもない言い表せない。

 モヤモヤしていた民の心に火をつけた。

 燃え盛る炎となり、人々は戦いをするはずなのだ。

 

 「そうさ。平民だって同じ世界に生きてんのよ。ここは貴族だけが生きている世界じゃないのさ。世界を良くするのは、両方の責任だ。でも立場が上な貴族は、そこを担うという意識が必要だ。なのにこの帝国の貴族らには悪ばかりが蔓延っている。自分の利益だけを考えていやがる。だから世の中が良くなりゃしないのさ。本当に必要なのは、人に寄り添う貴族、人と寄り添う王家が必要なのさ・・・シルクさんみたいな・・・ああいう人が必要だったのさ」


 シルクに育てられたミランダの優しい思いから来る内乱の扇動である。

 起こす渦は悪魔の渦。

 なぜなら、この渦は兵士も死ぬが、平民も死ぬだろう。

 権利を勝ち取るために、命の限り敵と戦う。

 それしか今の時代で自分たちが自由を勝ち取る方法がない。

 生と死を隣り合わせにして、彼らは今城門を破らなくてはいけないのだ。

 全ては自由を勝ち取るためである。


 ミランダは生き残って欲しいと思いつつも、必ず勝てとも思っていた。


 「よし、どれくらいで内乱が起きるか・・・それまで待機命令だ。エリナ。ザンカ。二人は反対側の門にあたしのそばにはザイオンでいい。二人も門が開いたら突撃していいぞ」

 「「了解」」


 戦いはリックズ攻城戦の終盤へと向かう。



 ◇


 彼女の言葉から三日後。

 月が満月に輝く夜に、炎が舞い上がった。

 その勢いは、人々の心の勢いだけじゃなく、各城門から上がった火の粉であった。


 「やったな。しかも、全方位か」


 ミランダは都市を見て唖然としていた。

 市民たちの怒りの炎の大きさを知る。


 「ウォーカー隊、出撃準備だ。門が開くはずだ。サブロウ。注視しろ」

 「おうぞ」


 彼女らが突撃する寸前、三カ所の門が同時に開いた。

 都市の民たちは、リルローズを追い出そうとする動きをするために全力であった。

 門を開ける民に加えて、敵の軍に対して特攻を仕掛ける民もいた。

 持っているのは武器でもなくスコップやフライパンなどだった。

 でもそれでも数の違いにより、兵士らを圧倒。

 城壁の上にいるフランベットらにも迫る勢いだった。


 そして・・・。


 ミランダがフランベットの前にまで来た。


 「おい。フランベット、大人しく捕まれ」

 「な、何を言っている。この平民をどかせ。貴様」

 「なんでだよ。あたしがやるわけねえだろ。それにあたしはな。この人らに命令したわけでもねえんだぞ。この人たちの意思で、あんたをぶっ殺すと思ってんのさ」


 群衆たちは頷いた。自分たちの意思で反乱を起こしたのだ。


 「あとさ。このままだと死ぬぞ。あんた、この人らに殺されるからよ。あたしがそれを見学してもいいぞ。別にな。あんたが死のうがあたしには関係ねえからよ」


 ミランダの言葉の後に、民たちがじりじりと近づいていった。


 「ひ、ひぃ」

 「情けねえな。ほれ、ご自慢の命令をして見ればいいんじゃないか。民は言う事を聞くんだろ。あんたが大貴族様だからな」

 「さ、下がれ。貴様ら、私に触れるな。近づくな」

 

 フランベットは、腰を抜かし始めた。地面に寝そべる。


 「ほら。止まらねえぞ。お前が思う愚民共は、もうとまらねえ。お前を殺して自由を獲得するためにな」

 「・・・う・・・わ・・・・ご・・・ごめんなさい・・たすけて・・・」

 「誰をだよ? なあ、誰を助ければいいんだ!」

 

 ミランダは分かっていても知らないふりをした。


 「わ・・わたしを・・・たすけ・・・てください・・・・」

 「ほぉう。そうやって幾人もの貴族。そして平民を殺してきたんだよな。屑。あんたは民に殺されるのが一番良さそうだな」 


 民たちがフランベットにどんどん近づいていった。


 「あ・・・ああ・こ、来ないで・・来ないでくれ・・あああああ、ブクブクブク」


 無数の民たちの顔が目と鼻の先に来たことで、フランベットは恐怖で泡を吹いて気絶した。


 「はぁ。情けねえ。こんな奴に、あたしの大切なシルクさんが・・・クソが・・・ああ、皆。下がってくれ。こいつの処遇はあたしに任せてくれ。でもみんな。あたしはこいつを確実に殺すから安心してくれ。いいかな。ここで、皆で滅多打ちにして殺したら駄目なんだ。その殺し方じゃダメだ。それでは時代が動かない。だから待ってくれ。あたしが動かしてみせる。あんたらが普通に生きていける時代をさ。作ってみせるよ。だから待っててくれ。頼む」


 リックズの民たちは、ミランダの言葉を信じてくれたのか。

 フランベットを囲んでいた人たちが次々と離れていってくれた。


 ミランダはこの男を確保して、時代を動かそうとしていたのである。


 

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