第306話 本当は忠臣ヒザルス
シルクは危篤状態が続いた。
広い自室で眠り続けている所に、急いで駆け付けてきたミランダがドアを蹴破る勢いで来る。
「シルクさん・・・そんな、シルクさん・・・あ・・・あ・・・」
ミランダは寝ている彼女を見て、まったく起き上がらない彼女の様子に、ただただ泣き崩れて、そして気絶した。
ショックの深さが窺える出来事だった。
ザイオンはそんな彼女を抱きかかえて部屋を帰る際。
眠っているシルクをミランダの代わりに見ると怒りが湧いて来る。
別な部屋に着いた瞬間から怒りに震えていた。
「クソっ。どういうことだ。シルクさんが」
「おいら・・・殺す・・・絶対に犯人を殺すぞ」
ザイオンとサブロウも憤りを隠せなかった。
「やめとおけ。今は大人しくしていろ。シルク様がこのような形になっているのは、公になっていないからな。ここで動いてしまったら、彼女が危ないのがバレてしまう」
「お前は誰だ」
「ヒザルスだ。シルク様が倒れた時にいた」
「なんだと、じゃあお前はシルクさんを助けられたんじゃねのかよ」
「ああ。そうなんだ。クソっ。俺のせいだ。俺が異変に気付いていたら・・・すぐに奴を取り押さえれば・・・」
今までずっと忙しく、吐き出す場所も人もいなかったヒザルスは、ここで初めて自分の気持ちを吐露した。
あと少しで、守れたとは思う。
彼女のそばに来た者を全て敵だと疑えば、自分は彼女を守れたのだという錯覚に陥っていた。
「ザイオン。おいらは誰のせいとかはどうでもいいのぞ。それよりも。これが計画された事だと思うのぞ。それが危険だと思うのぞ。その計画元の奴を殺すぞ。必ずぞ」
「なに。サブロウ。計画とはどういうことだ?」
「ああ。こっちに来る間。ミラが言っていたぞ。シルクさんが危ないってな」
「ん。そうだったな。そういえば、ミラは焦っていたな」
「だからこれも、大貴族の計略じゃないのかぞ。アレックスの爺さんが言っていた大貴族の名前、なんだっけ。ククルの貴族だぞ」
サブロウが言った後。頭の回転の良いヒザルスが聞く。
「大貴族・・・ククル。じゃあ、そいつはリルローズ家じゃないか。それが絡んでいるのか?」
「そうそう。そういう名前だったぞ」
「ちょっと待ってくれ・・・考える時間をくれ」
ヒザルスという男は、色々な性格的難点を取り除くと、切れ者という印象だけが残る。
軍師寄りの思考をしているが、得意分野はこっちの謀略関係である。
それでいて彼は文武両道で武も強い。
そういう風にリンが育て、自身も必ずシルクの役に立とうと努力をしていた男なのだ。
これは誰にも言っていない彼の秘密である。
「大貴族が関与してるだと? それでオレンジの少女がシルク様が危険だと言っていた?・・・そうだ。お前たち、どこから駆けつけてきたんだ? 戦っていたのか?」
「俺たちはササラで防衛をしていた。ビスケットとかいう雑魚を蹴散らしてな」
「そうぞ。でもそいつ、いつまで経っても攻撃して来なかったんだぞ。チンタラ囲むだけでおいらたちがいるササラをずっと包囲してたんだぞ」
二人が答えると、ヒザルスは考えに辿り着いた。
「そうか。オレンジの少女が言ってたことは・・・焦りはこれか・・・クソっ。これこそ計略じゃないか。まずい。ダーレー自体が危険になっている! これはシルク様だけの問題じゃないぞ!?」
「どういうことぞ?? お前だけわかってもしょうがないぞ」
「ああ。そうだな。これは彼女の家臣たちが認識しないと駄目だ。他に仲間はいないのか」
「いるぞ。ただ、皆、ササラと里にいるぞ」
「他は? 他には貴族らがいないのか」
「いないな。ダーレーは俺たちウォーカー隊しかいない」
「そうか。本当に貴族がいない家なんだな。シューズ家以外がな」
話には聞いていたが実際にいないとなると不安になる。
大胆不敵のヒザルスでも思う事だった。
「それで、何がまずいのぞ。あんた誰ぞ」
「俺はヒザルスだと言っただろ。覚えてろよ。お前」
「わかったぞ。ヒザルスぞ。それで話の続きを頼むぞ」
「はぁ。自由な奴だ。まあ。いい」
サブロウの会話のペースに飲まれないようにヒザルスは冷静になった。
「お前らは味方っぽいからな。ここで俺の考えを言ってもいい。それとこの考えがオレンジの少女と同じだといいがな。考えはこうだ。お前らが戦ったビスケット。あれも貴族だ。しかもククルの貴族だ」
「それは知っているぞ」
「だろうな。それで、今回。シルク様を刺した男も、ククルの貴族だ。ただしこれが、元ササラの貴族でダーレーとは仲の良い家だったんだ。だから俺も母上も、そしてシルク様本人も油断したんだ。まさかそんな奴が攻撃して来るとは思わない」
「「・・・・」」
無言になった二人も、それはたしかに想定できないと思った。
「というのを想定したのが、おそらくリルローズ家のフランベット・リルローズ。当主フラン様だ! おそらくこれは計略だぞ」
「なんでわかるのぞ」
「たぶん。彼は王家失墜。これを狙っている。今ある六つの王家の内。もっとも基盤の弱いダーレーならばすぐにでも消せると考えたんだろう。それで狙いをここに定めたから、ササラを攻め込み。ダーレーの当主を殺そうと動き出した。ここで王家の一つの牙城が崩れれば、貴族たちが狙うのは、他の貴族よりも王家潰しだ。この内乱の中で、そんなことが起きたら別の戦いだ。これは王族と貴族が絡んだ戦争じゃないぞ。これはもう王家対貴族の戦いになるぞ」
「まずいだろ。それはよ」
ザイオンが言うと。
「そうだ。まずい。特にダーレーはな。力が無い、弱い!」
ヒザルスはハッキリ答えた。
「それにシルク様がいなくなってしまったら、当主はジーク様じゃなくて、シルヴィア様なのだろう」
「ああ。お嬢だ。そうなってる。俺たちは知らんけど、なぜかお嬢だ」
「お嬢?」
「ミラがそう言っている。頑なにシルヴィア様とは言わんのよ」
「お嬢ね? そうか。シルヴィア様をそう呼んでいるのか」
「そう言えば、ジークはどうしてるんだ?」
「それがな・・・・スマン。俺が守れればあんなひどい光景を見せずに」
「やっぱり直接見たのか。何かあったんだな。当然だよな。母が倒れたんだもんな」
「そうだ。最初、ショックで言葉を話せなかった。今は大丈夫になって来たけどな。だけど、ジーク様は記憶がないかもしれん。その時の記憶だけがな」
「・・・・」
ザイオンは怒りでそばにあったテーブルを壊しそうになった。
ジークの辛さを思いやると胸が張り裂けそうだった。
「そいつ・・・やっぱり殺すぞ。おいら、絶対許さんぞ」
サブロウだって、ジークの事は年の離れた弟のように可愛がっていた。
影の訓練も、努力で出来そうなくらいにジークは身体能力に優れていて、ザイオンと共に二人で稽古をつけていたのだ。
「今はやめろ。えっとサブロウだったな」
「あ? そうぞ」
「ここで報復すると、確実に貴族共に目をつけられる。それも、奴の配下になっている貴族だ」
「なに。じゃあ、大人しくしろってのかぞ。おいらは許せんぞ」
「そうじゃない。俺だって許せねえ。俺の主君だぞ。シルク様は!」
ヒザルスにとっても、シルクは大切な存在だった。
しばらく会ってもいない人だったが、微かに記憶にある。
いつも笑顔で母と会話してくれて、自分の事を弟のように可愛がってくれたのは彼女だけだったのだ。
平民出身の母に、その子供のヒザルスは、周りの貴族らからは、いい目で見られない。
だから分け隔てなく接してくれる貴族なんてシルク以外存在しなかったのだ。
「だから、俺はそいつらを消す」
「ん?」
「力を貸してくれ。お前ら。そして俺も仲間に入れてくれ。その隊には入らんが、俺もダーレーの一員になるぞ」
「何かする気か?」
ザイオンが聞いた。
「ああ。俺の考えは、リルローズ家の周りの貴族から消していく。それで裸の王様にしてから計画を発動させる。奴を根こそぎ崩壊させて殺すことだ。フランベット。奴だけは絶対に殺す。どんなに戦争が激しくなろうが、これだけは達成してみせる」
「・・・なるほどぞ。周りを消していけば、フランベットを殺しても反抗出来ないって事ぞな」
「そうだ。大貴族を殺っても、その下の配下の貴族がいたんじゃ意味がないんだ。上が死んでも、下がどんどん湧いて来ることになる。だから双方を殺してこそ意味があるんだ。その家ごと。その家系ごと消滅させるんだ」
家に所属するすべての敵を消滅させる。
その覚悟を持ってこれからを生きる。
ヒザルスたちは、ミランダが眠っている間に覚悟を決めていた。
「・・・わかったぞ。おいらは賛成ぞ」
「おいサブロウ。いいのかよ。ミラの考えがないんだぞ」
「いいぞ。おいらはここだけは譲れんぞ。ミラが反対してもおいらはやるぞ。シルクさんは、おいらたちを人として扱ってくれたんだぞ。この国じゃおいらたちは、賊みたいもんだろ。だからシルクさんは、おいらたちの恩人だぞ!」
「・・・そ、そうだけど・・・よぉ。ミラが・・・こいつの気持ちが・・・」
近くのソファーに眠らせてあげていたザイオンは渋っていた。
ミランダの顔を見て、果たして復讐が正解なのかが分からない。
だが、サブロウの決心は固かったのだ。
大貴族だろうがやってみせる。覚悟ある顔をしていたのだ。
「ああくそ。わかった。でもだ。ただヒザルス!」
「なんだ。ザイオン?」
「ミラの話も聞いてくれ。俺もやるけど、ミラの話を聞いてほしいんだ。こいつは、シルクさんの娘なんだ。こいつが一番シルクさんを誰よりも大切にしているんだ。そのこいつの意見がない間は、俺は動けん。やっぱりミラの気持ちを大切にしたい。たぶん、ウォーカー隊の奴らも、そう考えると思う。サブロウ。そうだろ。お前も冷静になれば、こう考えてくれるはずだ」
「・・・そうぞな。悪かったぞ。おいらも頭に来てたみたいだぞ。ミラの気持ちを考えてなかったぞ」
「ああ。そうだろ。だからどうだ。待ってくれるか。ヒザルス」
「わかった。待とう。彼女が起きるのをな・・・でも心配だな。目を覚ました時がな」
二人が彼女を見ると同時に心配する。
「「そうだな」」
泣いて気絶したミランダは、死んだようにして体をピクリとも動かさずに眠っていた。
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