第307話 ミランダの決意
「うあわあああああ。おおおおおお。ああああああああ」
ミランダが四日ぶりに起きると、すぐに暴れ狂った。
辺りの物を投げつけて、壁や天井に物が散らばる。
「ミラ。落ち着け」
「おい。ミラぞ。冷静になれぞ」
ザイオンとサブロウの二人がかりで取り押さえても、彼女は止められない。
「なんでだよ。シルクさん・・・シルクさんが何をしたんだよ・・・クソっ・・・クソオオオオオオオ」
暴れ具合が凄まじく、ヒザルスも加勢してくれたが、ミランダを止めることが出来なかった。
彼女にとってのシルクは、母なのだ。自分の命よりも大切な母である。
そのシルクが、寝たきり状態になっている現実が分からない。
分かりたくもない。
そして死ぬかもしれないという恐怖が襲い掛かる。
「あああああああああ」
錯乱状態の彼女。その声は大きく、屋敷中に響いた。
「ミラ。落ち着け。俺たちがいる。落ち着け」
傍に立ってザイオンは声を掛け続けた。
「ぐっ。ヒザルス、気絶させた方がいいかぞ」
「そうかもしれん。サブロウ。やるか」
「ヒザルス。肩を押さえてくれ・・・ぐお」
しかし、ミランダは、一瞬のスキを突いて、サブロウを殴り飛ばし、ヒザルスを蹴り飛ばした。
「ミラ、止まれ。ぐっ」
ザイオンはミランダの攻撃を体で受け止めた。
重たい蹴りが腹に刺さっても、耐え忍んだ。
「ミラ・・・」
「あああああああああああああ。おおおおおお」
それでもだめだった。仲間が懸命に止めても彼女の錯乱状態は終わらなかった。
しかし、ここで大きな声で暴れていたから、この部屋が気になった少年がやって来たのだ。
「何してんの」
「・・・来るな。ジーク。あぶねえ」
「え、ザイオンなに? え? ミラ」
ジークがミランダの名前を呼ぶと、ミランダはジークに向かって走り出した。
今の彼女の状態では危険だとしたザイオンが全力で捕まえに行ったが、彼女に逃げられる。
「ま、待て。ミラ!!」
彼女が猛烈な勢いで迫る中で、ジークが言った一言が、彼女を冷静にさせた。
「どうした。ミラ? 何かあったのか?」
「!?」
ミランダはジークの前で止まって、彼の両肩に両手を置いた。
「おい。ジーク・・・お前。シルクさんの事・・・」
「母上? 今は眠ってるんでしょ。もうちょっとで起きるって、リンさんが言っていた」
「なに!?・・・おい、ジーク。なぜ・・・」
「ん? 疲れてるって、皆が言ってたよ」
ジークの頭の中に、母が目の前で刺された記憶が無くなっている。
ミランダは瞬時にその事を察した。
「そんな・・・ジーク。お前・・・お前、あたしは分かるか」
「何言ってんの? ミラだよ。当り前だろ」
「じゃあ、あそこのは」
「え。ザイオンとサブロウとヒザルス」
「じゃあ・・・」
シルクさんの事は、と言おうとしたが、記憶に蓋が出来ているのは多大なストレスから来るものだと察したから、ミランダは彼女の名前を言えなかった。
「・・ジーク・・・すまねえ。あたしが・・・あたしがそばにいれば・・・お前がこんなことに・・本当にすまない」
「え? 何を謝ってんの?」
「すまねえ。ジーク・・・悪かった・・・あたしが悪かった・・・でも、もう謝らねえ。あたしはお前を守ってみせるからな・・・お嬢も守ってみせるからな・・・必ず・・・必ずだ」
ジークのおかげで、ミランダは正気に戻った。
この子を守れるのはもう自分しかいないと、自覚したのだ。
ただジークを抱きしめて、ミランダは謝りながらも必ずダーレーを守ると決意した。
シルクの為に、シルヴィアの為に。そして三人の師匠の為に。
◇
落ち着いた後。ジークを部屋に返してミランダは作戦を立てた。
「ミラ。落ち着いたぞ?」
「すまなかった。みんな」
「ふん。大丈夫だ。お前は芯が強いからな。戻ってくると思ってたわ」
「ああ。ザイオン、サンキュ・・・って。こいつ誰?」
ミランダは意識が無くなっていたので、ヒザルスが分からなかった。
「俺はヒザルスだ。オレンジの姫君」
「姫君だと?」
「ああ。シルク様のお子様なら、俺にとっての姫君であろう」
「・・まあ、それはそうだがな。あんたにとっては姫じゃないわ」
「「ん!?」」
ヒザルスとミランダは外の気配に気づいた。
部屋の外の様子を見ようとヒザルスがドアを開けると、ジークがそこにいた。
「なんだジークか」
「ヒザルス。何してんの」
「ほらほら。夜遅いんだ。お子ちゃまは帰りな。子供はたくさん寝た方が良いんだぞ」
手で払いのける仕草をした。
「なんだとヒザルス。俺は子供じゃない」
「ほらほら。こんな単純な事で怒り出すなんて、まだガキなんだよ。おねんねしとけ。夜だからさ!」
ヒザルスがジークのおでこにデコピンした。
「イテ!? んんんん」
おでこを押さえるジークを見ずに、ヒザルスはザイオンの方を向いた。
「ザイオン。こいつを部屋に頼む」
「ああ。ほら、ジークいくぞ」
ジークの体を持ち上げて、ザイオンが廊下を歩く。
「離せザイオン。ヒザルスが俺を馬鹿にした」
「馬鹿にしてない。心配しただけだ」
「何をだよ。今の全部馬鹿にしてたぞ」
「夜眠れないんじゃないかって心配してたんだ」
「どこがだよ」
「まあまあ。いいから。ジーク。今日は寝ろ」
二人の言い合いも段々と聞こえなくなる。
「あんた。わざとだな」
「なんでしょう?」
「わざとジークをけしかけて、嫌われるような言動を取る気だな。あいつの人生に張り合いをもたらすために・・・母の事を思い出しても、生きる力を与えるためだな。お前」
「どうでしょうかね。まあ、そういう事にしておきましょうか?」
肩をすくめてヒザルスが答えた。
「ふん。食えない奴だ。悪いな。ヒザルス。それはあたしがやった方がいいのにな。あんたに任せる事じゃないな」
「いや、オレンジの姫君。これは俺の役目にしてくれ。あの子の事を俺は守れなかったんだ。そばに居たのにさ。その罪としてこれはやる。口出しはしないでくれ」
「何の罪だっつうんだよ・・・あんたの罪じゃねえ。あたしが離れたのがいけなかったんだ」
「・・わかってる。君も心に傷を負ったんだ・・・でも俺も悔しいんだ。だから、俺があの子の成長の邪魔をする。そして、君があの子を真っ直ぐ成長させてくれ。これでジークを育てていこう。俺たちはジークとシルヴィア様を育てていかないといけない。たとえ、シルク様を失ってもだ」
「・・・・」
ミランダは唇を噛んで答える。
「そのとおりだ・・・本当に・・・その・・・とおりだ」
震える声で納得した。
その少し後にちょっとだけ落ち着いたミランダの様子で、サブロウが話し出す。
「ミラぞ。おいらたちはどうするぞ」
「そうだな。さっきの話と。あたし自身が考えた結論が同じだ。その大貴族様が、ダーレーを潰そうとしたのは確実だ。あたしらの事は知っているはず。ウォーカー隊の事をよ。色々貴族らの争いで傭兵として活躍してるからな。だから、その大貴族様はあたしらをササラに仕向けるためにビスケットみたいな小物を利用して戦争を起こさせたんだと思う」
ミランダとヒザルスは同じ考えだった。
「あのおっそい攻城戦は、その証だろうな。そんで、サンド家。これも上手く利用したと思うぜ。そいつが言ってた家。お取り潰しにあったんだろうな。リルローズによってさ。移動した先で廃家になったから、ダーレーを逆恨みするように仕向けたんだ。これも罠さ。全部そいつのよ」
「ああ。そういうことだろうと俺も思うんだ。だからそこからどうする。俺は復讐する。俺はシルク様に仕えるために努力してきたからな」
「そうなのか」
「そうだ。母が大好きな人。それがシルク様だ。あんなにお優しい方は滅多にいない。この帝国にはほとんどいないんだぞ。特に貴族には絶対な」
「同感だ・・・貴族なんてクソだ。ヒザルスの言う通りだ」
本当に感性も同じ二人であった。
「それでどうやって殺すぞ」
「殺さねえ」
「は?」
「あたしはまだ、そいつを殺さねえ。必ず来るべき時に殺す。そのための準備をする。手伝ってくれるか。サブロウ。ヒザルス」
「おうぞ。当り前ぞ」「俺もいいでしょう。やりますよ」
「おし。じゃあ、明日からあたしは頑張る。まずはここに来るはずの人物と話し合うのさ」
ミランダは誰かを待っていた。
◇
ヒザルスは、ジークの教育係の一人になっていた。
ザイオンやサブロウとの修行の合間に、勉強を教えてあげて、それも大人並みの学習に重点を置いてわざと難しい問題ばかりをやらせていた。
全然問題を解けないようにするのが目的だったのだが、ジークは意外にもくらいついてきて、地の頭の良さを感じていた。
それでヒザルスは彼の負けず嫌いな性格を利用していったのだ。
それに忙しさがあれば、母が起きてこない寂しさを紛らわすことが出来るだろうと願っての事だった。
そして、一週間後にダーレーに来たのが皇帝と皇帝の医師たちだ。
それは、定期健診の際の付き添いとして皇帝がやってきた。
でもこれは表向きである。
シルクは病に倒れたことになっていて、病気療養中であるとされているのだ。
生死を彷徨うという状態は世の中には隠されていた。
それは皇帝の箝口令が敷かれたことで内密の事となった。
知っているのは皇帝の医師。皇帝。それとダーレー家とシューズ家とウォーカー隊と襲撃犯となっている。
外部に漏れないようになっていた。
それはジュリアンらのドラウドが情報操作をしているが、この時のミランダたちはその存在を知らない。
そして、ミランダのお目当ては、訪問してくれた皇帝だった。
「おい。エイナルフのおっさん!」
「ん! おお。オレンジの頭。ということは、シルクが言っていた。ミランダだな」
「あたしを知っている?」
「もちろんだ。自分の娘のように可愛がっていると聞いている」
「そうか・・・話し合い。いいかな。重要なんだ。一対一がいい」
皇帝の周りにいる人間たちは不遜な子供に怒っていたが、皇帝自身は彼女の態度に対して、何も感じておらず、淡々と許可を出した。
「いいぞ。どこで話す? 余はダーレー邸に詳しくない」
「応接室がある。そこに」
「わかった」
◇
対面に座る両者。
片や皇帝。片や少女である。
「言いたかないけど。あんた、しっかりしろよ。大貴族の罠だぞ。これは」
「うむ。わかっている。わかっているが何も出来ない。そんな男を許してくれ。オレンジの小娘」
皇帝が頭を下げた。
「な!? おい。あんたが下げちゃいかんだろ」
「そんなことはない。今はシルクの夫として、そして今は小娘の父として、謝る。余の力が弱いからこうなった。すまない。権威しかない皇帝の末路だな」
「・・・まあ、でもおっさんは、王家を作った」
「ん?」
「王家があれば、何とかなるかもしれない。この戦乱の世を納める方法がよ。兄弟が皇族だけになると、貴族が跋扈する。これは絶対だと思う。皇族が良いように操られる可能性があるんだ。だからおっさんの王家理論は当たっていると思う。だって、ウインド騎士団が生まれてくれたんだ。それだけでもすげえ」
「そうだな。ヒストリアとエステロ。希望だな」
「ああ。そうだ」
ミランダと皇帝の希望はあの騎士団だ。
ヒストリアがそこに居れば、何かが起きる。
皆の希望の象徴だった。
「エイナルフのおっさん。あんたの許可が欲しい」
「許可?」
「あたしを正式にダーレーの顧問にしてくれ。シルクさんが不在のような状態になっちまった。今、許可はおっさんしか出来ない。それと、とりあえず敵に攻め込まれないようにするために、重い役職の人間がいる方が良いんだ。包括顧問となって、全ての代理を務める。あらゆることであたしがダーレーの代理になるよ」
「・・・小娘・・・覚悟があるのだな」
「ああ。あたしは守る。たとえ、シルクさんが亡くなっても、あたしはダーレーを守る。だから、あんたの許可が欲しい。協力してくれないか。もし、あたしが戦争などで活躍した時は、それに見合った称号をくれ。それでダーレーの権威も上げてみせる。そして必ず守る。シルヴィアをだ。そうだろ。あんたもシルヴィアだけは守って欲しいはずだ」
「・・・・うむ・・・そう・・・だな。シルヴィアだけはな。余の子供だからな」
「ああ、あんたの最後の子供だからな。あたしが守ってやる」
エイナルフは、目を瞑ってから数秒間考えた。
そして。
「わかった。ミランダよ。お主に託す。あの子と、ダーレーを頼む」
「ああ。任せてくれ。エイナルフのおっさん」
「ふっ。お前も余の子でもいいぞ。シルクの子ならな」
「う~~ん。それはいいかな。あたしはシルクさんが親。それがいい。それで幸せなんだ。あんたは親戚のおじさんくらいがちょうどいいのさ」
「ハハハ。そうかそうか。よいぞ小娘。エイナルフのおっさんの許可をしよう」
こうしてミランダは、皇帝から直々に呼び方を了承してもらったのだ。
―――あとがき―――
色物であるように見えて、本当は忠臣。
ヒザルスは、本音をほとんど言いません。
特にフュンの時代になればなるほどです。
何が本当で、何が嘘なのか、全く分からない言動を繰り返しています。
そんな感じの人間なのに、忠義の心に厚い人間たちが多いダーレー家にずっといたのです。
貴族集会の時は特に意味が分からないキャラクターでした。
しかし、彼ほどの忠臣はいません。
しかも、ジークに対して本当の意味で仕えているのです。
シルヴィアのことは暖かく見守り、ジークのことになれば、対立している振りをして見守る。
それがヒザルスという男であります。
彼は役者であります。
道化を演じることが出来れば、将軍を演じることが出来る。
非常に器用な人間です。
作者は、ヒザルスをかなり気に入っています。
必要以上に表に出ないで、全てを裏で支える。
しかも支えるべき人間には、その行動の意味を悟らせないようにして動く。
真の意味での影の男としての動き方が好きです。
そして、彼はフュンが現れた時には、子供の時の懐かしさを感じています。
ダーレー家に入ることになるフュンのことも温かく見守っているのがヒザルスです。
彼は、忠義の心がないような感じで、ダーレー家にだけ、忠誠を捧げているのです。
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