第305話 秘密の大事件
ササラ防衛戦争はその後。
膠着状態が続き、完全にビスケットの狙いが兵糧攻めに切り替わった。
籠城させて、降伏を待つ形だった。
だが、それは意味がない。
なぜなら、港を封鎖できていないからだ。
海側も封鎖して初めて完全な包囲と言えるのが港町での攻城戦。
なのに敵軍は海軍なしで攻めてきている。
それでササラが苦しくなる点をあえて挙げるとしたら、交易がしにくくなるくらいで、海の物を封鎖できないので、食糧は取れ放題であった。
皆で頑張れば釣りをして生きていけるのだ。
なので何の効果を期待して、敵がササラの城壁に包囲を続けるのかが分からなかった。
帝国歴 500年 12月22日
一カ月近く続いた包囲戦に終止符が打たれた。
城壁にいるミランダの元にシゲマサがやって来た。
「ミラ」
「お! シゲマサ!! 来たのか」
「ああ、そこの山に皆を隠す予定だ。おそらくそろそろ布陣するはず。俺が先に知らせに来た」
シゲマサは、ミランダへの報告の為に皆よりも先に移動してきた。
「サンキュ。じゃあ、山側を包囲している奴らの背後を突いてくれ」
「了解。すぐだな」
「ああ。頼んだ。合図はいらねえ。好き勝手やっていいのさ。こっちは合わせられる」
「わかった。ザイオンらに言ってくる」
シゲマサが再び連絡役となりウォーカー隊の方に戻っていく。
この日の午後一時。
いつものように包囲を続けるワルター軍の中で、北東方面を担当するところに異変が起きた。
それは大きな雄叫びと共に突進してきたウォーカー隊によって奇襲攻撃を受けたからだ。
ザイオンの突進から始まり、ザンカの見事な指揮で急所を生み出し、エリナがそのチャンスを逃さずに倒していく。
各隊長の色を出しつつ、ササラの北を包囲していた敵が崩れていく。
ササラの西側を囲んでいたワルター軍は、北側のために兵を派遣させようとするも、今度は目の前の城門が開いてササラ軍本隊が出撃してきた。
ササラは、東と南が海で、西と北しか陸地がない。
だからその場所を失えば、勝負がつくだけである。
ササラ防衛戦争は、アレックスの粘り勝ちとなる戦いで、敵将ビスケット・ワルターを捕らえた戦争となった。
「ビスケット殿。なぜこんな戦争をしたのじゃ」
「ふん」
「教えて頂けないのですかね。儂らには・・・」
アレックスが聞いても答えない。
だからしびれを切らしたミランダが。
「てめえ。チンタラしてんじゃねえ。とっとと言えよ。ぶっ殺すぞ。あたしは貴族を殺すのに躊躇しねえ。嫌いだからな」
ミランダの怒りにビスケットの体が少し浮いた。
縄で縛られた体でも震えだす。
「・・・頼まれたのだ」
「頼まれただと? 自分の意思で戦争したんじゃねえのか」
「じ、自分の意思もある」
「あるならなんでそんな事言った。責任逃れか。てめえ」
ミランダの怒りは深く、ダーレーに刃を向けたくせに、言い逃れしようとするのが気に食わない。
「ち、違う。仕方ないのだ。あの人から言われたら私はやるしかない」
「あ? 誰に言われたんだ」
「リルローズだ」
「なに!?」
ミランダも驚くリルローズとは、それは帝国大貴族の一つリルローズ家の事だ。
大都市ククルを所有している大貴族である。
「なんでそんなところが? ササラを欲しがるとは思えねえ。ククルからの距離だって結構あるんだぞ・・・おい。ビスケット。どんな指示だ。正確に言え。一言一句間違えんなよ」
「・・・わ、私への指示は、出来るだけ包囲時間を長くして、ササラを落とせだ・・・それ以外を聞いていない」
「出来るだけ包囲をして落とせだと? なんだその指示は」
今の言葉で、ミランダも悩んでいるが、アレックスやここにいるウォーカー隊の隊長らも悩んでいた。
包囲の時間を出来るだけ長くしていけなんて、正直何の意味があるのか分からない。
落とせるのであればすぐにでも落とせた方がいい。
援軍が来るかもしれないのに、ずっと待機しておけのような指示は意味がないのだ。
「変だ・・・それじゃあ。まるで」
ミランダの後にザイオンが続く。
「俺たちが来るのを待っているようだよな・・・俺たちがここに来るのを待ち望んでいる感じだぞ」
「ああ。そうだ・・・・ぜ・・・そういう事か。待ち望んでいる。しまった。アレックスさん。あたしは戻る」
「どうしたのじゃ。ミランダ?」
「ダーレーがヤバいかもしれない。時間がねえ。あたしとザイオン。サブロウと影が来てくれ。急いで帝都に戻るぞ。エリナ。ザンカ。隊は半分にして、里に戻しておいてくれ」
「「了解」」
エリナとザンカが了承すると、ミランダが叫ぶ。
「急ぐ! とにかく急ぐんだ。ザイオン。サブロウ。いくぞ」
全員が呆気にとられる中で、彼らは帝都へ急いだ。
ミランダの予測は合っていたのだ。
大事件が起きようとしていた。
◇
帝国歴500年 12月27日
シルクはこの日、ご近所であった旧友と自宅で会っていた。
「シルクちゃん。お久しぶり」
「あ。リンさんじゃないですか。おひさしぶりです。変わらないですね」
彼女のお屋敷に訪問してきてくれたのは、リン・テュー・シューズ。
貴族時代のダーレーが住んでいた屋敷のご近所だった家の人物だ。
明るくてお喋りな彼女とシルクはとても仲が良く、歳は離れているけど、お友達である。
ちなみに15歳離れているけど、お友達なのである。
「今日はどうしたんですか? さあ。こちらのお部屋にどうぞ」
シルクは、彼女ともう一人を応接室に連れて行った。
「それがね。うちの旦那。戦死したでしょ」
話す話題が暗いのに、表情も声も明るい。
リンは前向きな女性なのだ。
「そうでしたね。四年前ですよね」
「うん、そう。大変だったわ。あ、それでね。私が、当主代理を務めていたんだけど、これ。今度からこの子がやることになったの。あなたに挨拶をした方が良いと思ってね」
「この子・・・ああ、可愛らしい子だったヒザちゃんね。大きくなったね。それがもうこんなに立派になって。お姉さんは嬉しいですよ」
ヒザルス・テュー・シューズ。18歳。
シルクに遊んでもらっていた覚えが記憶の片隅にある男。
この時初めて王族となったダーレーの家に訪問した。
「シルク様。ヒザルスであります。お久しぶりです」
「あら。しっかりして! 立派になったのね」
「いえ。まだまだであります」
ヒザルスは謙遜して頭を下げた。
「それで、シルクちゃん」
「はい」
「本題ね」
「本題???」
「ええ。私たちは、あなたにつくわ。ご近所のお友達としても、貴族としてもね」
「え? でも、リンさん。私の家は・・・」
「ええ。知ってますよ。あなたの家の下には、貴族が少ないのよね?」
「・・・はい。お恥ずかしい話ですが・・・少ないというよりはほぼいないみたいな・・・」
「でも安心して、この子があなたの配下になるからね。そうでしょ。ヒザルス」
ヒザルスが再び頭を下げる。
「シルク様。私ども、シューズ家はダーレーに尽くしていきます。母を助けて頂いた恩は、必ずお返ししたいと、私は思っております」
「え? 恩???」
シルクに心当たりがない。
「そうよ。シルクちゃん。あなたが私のそばに居たから。私は今日まで生きてこられたわ。たとえね。とても小さい貴族であってもね。後妻で平民出身の私にはあの家でも厳しかったのよ。でもね。あなたがいたからね。私の心の拠り所はあなただけだったからね。あなただけが、私を人として扱ってくれたわ」
「いや。え。でも。あの時の私は、ただ普通にリンさんが好きだっただけで・・・」
「そう。それがとても素敵だったわ。私の事を好いてくれる子がいるんだってね。世界に一人いれば、その事だけで元気が出たのよ。だからね。この子にはそう教えたからね。あなたに尽くすわ。それにそこのジークちゃんにも尽くすわ」
「ジークにも!?」
「うん。あとシルヴィアちゃんもね。次の当主なんでしょ」
「はい」
「ほら、ヒザルス。ジークちゃんにも挨拶しに行きなさい」
「わかりました。母上」
ヒザルスがジークの方に行くと、二人は会話に集中する。
「いいんですか。リンさん。本当に?」
「そんなに心配しないで、シルクちゃん。ヒザルスは必ずあなたの家を守るわ。私がちゃ~~んとそういう風に育てたから。大丈夫! ただね」
「ただ?」
「口が悪いから、ヤバい奴に見えちゃうかもしれないわ。根はいいから気にしないで。だはははは」
口を思いっきり開けて豪快に笑うこの人が好き。
シルクはリンのこういうところが大好きだった。
二人が昔のように会話して、ジークとヒザルスが対等のような会話を繰り広げていると、訪問者が現れた。
それは懐かしい人物だったから、何も警戒せずにシルクはその人をその場に呼び込んだ。
リンにとっても、多少知っている人物だったからこそ同じ場所に案内したのだ。
それが・・・。
「お久しぶりですね。ニル兄さん」
「そうですね・・・シルク様」
「あら。いやだわ。ニル兄さん。あなたと私は、同郷じゃない」
「ええ。そうでありますね」
ニルダート・サンド。
ササラで暮らしていた時の知り合い。というよりも、ダーレーと一緒にササラを切り盛りしていたサンド家の若君だ。
時代が進んだので、現当主。
ダーレーが王家へと出世したために、サンド家は繰り上げが行われた。
繰り上げとは。
貴族の配置転換の事である。
貴族間では繰り上げと言われ、平民たちにとっては栄転とされるが。
その実態はただの厄介払いとなる。
サンド家は、ククルの貴族に繰り上げがなされた。
ササラは田舎町のような形なので、ククルへの繰り上げは事実上出世である。
ククルは、当時だとトップクラスの大都市であるからだ。
「兄さん。どうしたの。やつれてるわよ」
シルクがニルダートのそばに来て、体調を心配する。
「ええ。すみませんね・・・でもあなたのせいですよ」
「え?」
シルク。リン。ジーク。ヒザルス。そしてニルダートがいる。この部屋の中。
突然の出来事に対応できたものはただ一人。
ヒザルスだけだった。
「貴様、何をしようと。チッ」
二人に駆け寄るよりも先に、ニルダートが隠し持っていたナイフが、シルクのお腹に刺さった。
「え・・・ごふっ・・・に、兄さん」
「君がいけないんだ。君が皇帝なんかに見初められるから。僕の家が無くなるんだ。君がいけないんだ。君が」
恨みが入った瞳。
血を大量に吐き出すシルクは彼のその顔を見て倒れた。
「貴様。よくもシルク様を!」
ヒザルスがニルダートを取り押さえる。
「母上!」
「シルクちゃん」
「母上! 駄目です。抜いたら大量に出血します。だから先に、先にジョルジさんを呼ぶんです」
「あ、そ、そうね」
ヒザルスはここで的確な行動を取っていた。
ジョルジとはここのダーレー家の護衛長である。
この日は、いつものように油断せずに外での見回りをしていた。
そうこの事態は油断とは言わない。
なぜなら、ニルダートは知り合いなのだ。
この人に警戒心を持つわけがなかった。
「ジーク! ジーク!!! こっちに来るな!」
「あ・・・あ・・・・あ・・・」
母が倒れている方にゆっくりと近づくジークにヒザルスが叫びながら言った。
来てほしくない。その一心での叫びだった。
「クソ! ジークになんてものを見せるんだ。貴様」
「君が悪いんだ。君が皇帝なんかに・・・」
「この野郎。錯乱か!? どういう意図でシルク様を刺すんだ!?」
まだ若い18歳にして、ヒザルスは冷静に事態を把握しようとしていた。
でもジークにだけは、母親が倒れている姿を見せたくなかった。
今思い出しても、この時の彼の心残りは、この瞬間である。
この後、駆けつけてきたジョルジにニルダートを託したヒザルスは、母にジークを任せて、シルクの治療を補佐した。
ダーレーの医者を呼んで、その後自身は皇帝に直接会いに行き、直談判をして、皇帝の医療班を呼んでもらい彼女の治療をした。
結果。彼女は、目を覚まさない状態となった。
この事件により、ダーレー家全体に暗雲が立ち込めていた。
激動の時代に起きたダーレー家の悲劇なのである。
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