第304話 ササラ防衛

 大規模内乱の始まりはバルナガンからであった。

 ストレイル家による大粛清大会が行われたのである。

 以前に行われたサンデー家とストロー家のふるい落とし戦争のように、バルナガン周辺のいらない豪族や貴族たちの大きな人員整理に近い形で、大粛清が始まった。

 王家はこの戦いに、大義名分がなかったので介入できず。

 それと、ウインド騎士団も別件があって参入できなかった。

 

 この戦いは一方的でストレイル家が味方にしている豪族らの方が強かったので、敵方は全く歯が立たずに終わるという形だった。

 シドラルト。ハン。シャトー。リブート。ナージュ。などなど。

 数多の家が淘汰されていった。



 帝国歴500年12月8日。

 ダーレーに関する事件はここから始まる。

 それはササラから送られてきた緊急の手紙から始まったものだった。

 内容は襲撃の知らせ。

 陸側からの攻撃が一度行われて、何とか籠城のような形で防衛をしているとの事。

 なので、アレックスが緊急での連絡を帝都に寄こしたのである。


 「サブロウ。マサムネはいるか」

 「いるぞい」 

 「じゃあ、里に連絡して、移動を開始しろってマサムネに伝えてくれ。ウォーカー隊の出撃だ。ザイオン。お前がエリナたちと連携して・・・そうだな。ユーラル山脈の南に入り込んでくれ。あそこなら兵がいても、敵に察知されない」

 「了解。急いでいくわ」

 「ああ」

 

 指示を出すと、サブロウから質問が来る。

 

 「お前さんは? どうするつもりぞ?」

 「あたしは、動く。最初に現地入りする」

 「そうかいぞ・・・じゃあおいらも行こうぞ」

 「そうか。その手もあるか。よし。影はシゲマサに統率させよう。サブロウはあたしと来い。時間がねえからもう行くわ」

 「おうぞ」

 

 二人が出立しようとすると。


 「ミランダちゃん」

 「あ、シルクさん」

 「行くのね・・・」


 心配そうな顔のシルクにミランダは笑う。

 

 「大丈夫。あたしもここ数年で強者の仲間入りだよ。ユーさんが言っていた時期を越えたからね。あとはもう。彼らの背を追い越すだけなのさ」

 「ごめんね。私がそういうことが出来れば、あなたに迷惑を・・・」

 「いいんだ。シルクさんには他にやれることがある。あたしがやれることがこっちなだけ。そうでしょ。シルクさん。当主なんだ。ジークとお嬢を守らなきゃ」

 「うん。そうだね」

 「ジーク!」


 ミランダはシルクの隣にいるジークに声を掛けて、頭を撫でた。


 「ミラ、なんだよ。いつまで撫でてんだ」

 「ジークいいか。あたしは戦いに行く。だから、ここにはしばらく居られないんだ。だからな。シルクさんを頼んだぞ。お前が頼りだ。お母さんを守れるのは、お前しかいないんだぞ。まだお嬢は赤ちゃんだ。だから頼んだ」

 「・・・俺だけ」

 「ああ。お前が頼りだ。あたしは信じてるぜ。お前は結構筋がいい。ザイオンと戦っている時とかな。でもお前は脳筋にはなるなよ。考えるのが得意そうだからな」

 

 笑顔のミランダがジークの頭を撫で続ける。

 いつもなら嫌がって手を払いのけるのに、この時ばかりはジークでも受け入れていた。

 

 「頼んだよ。あたしの姉弟」

 「ふん。姉弟じゃない。でも頼まれた」

 「そうか。んじゃ。いってくる!」


 ミランダはダーレーを守るためにササラへと向かった。


 ◇

 

 ミランダとサブロウはササラに近づくと影になった。

 敵の配置を確認する。


 「ありゃあ、結構な軍勢だな。万か」 

 「そうぞな。ザッとだけど・・・千単位ではないだろうぞ」

 「ササラの兵っていくつだっけ」


 ミランダに聞かれたので、サブロウは内ポケットにある小さなメモを取り出した。

 シゲマサが用意してくれたメモである。


 「待てぞ・・・・ササラは四千ぞ」

 「防衛戦争。相手が一万と仮定すると・・・その数だと守れるギリラインだな。粘れるか。ウォーカー隊が来るまでよ。それこそギリだよな」

 「そうぞな」

 「まず悩むよりも、中にいる人と相談だな。サブロウ。中に入るぞ。いいな」

 「おうぞ」

 

 二人は潜入するかのようにササラに入っていった。

 領主ダーレーのお屋敷には、アレックスがいた。

 黒い髪がびっしり生えている覇気のあるお爺さんだった。


 「誰じゃ!」

 「あんたが、アレックスさんか。あたしはミランダだ。ミランダ・ウォーカーだ」


 事前にシルクに特徴を教えてもらっていたので、アレックスだと気付いた。


 「おお。お前さんがミランダか」

 「ん? あたしを知っているのか」 

 「もちろんじゃ。シルク様のお子さんだとな」

 「え? いや残念だけど違うよ。血が繋がってない」

 「違わないわ。お前さんは、シルク様の子供じゃ。彼女が、家臣たちに念を押してきているからのう。自分の子供だって言い張っておる」

 「え、そうなのか・・・シルクさんが・・・あれはあたしにだけの方便じゃないのか・・・」


 ミランダは自分にだけ子供だと言ってきていると思っていた。

 彼女の優しさからいつも言っている事だと思っていたのだ。


 「ホホホ。お前さんもまだ子供じゃな。シルク様の頑固さを知らんとはな。ミランダよ。お前さんは、堂々と彼女の娘として生きなさい。自信を持ちなさい」


 アレックスの慈愛に満ちた声と目だった。


 「いいのかな。アレックスさん。あたしみたいなのをさ」


 珍しく大人に素直に聞いたミランダだった。


 「いいんじゃないかのう。シルク様は、人を見る目は良いからな。お前さんも信頼に値する子じゃろうて」

 「・・・・うん」

 「ホホホ。ユースウッド様からは生意気だと聞いていたがな。素直ないい子じゃ」

 

 アレックスとそんな会話になり、ミランダは誇らしさと嬉しさが同時に沸く。

 彼女に信頼されている事と、愛されていることを、他人から教えてもらえて嬉しかったのだ。


 「こうしてる場合じゃなかった。アレックスさん。囲んでいるのは誰なんだ?」 

 「あれはビスケットじゃ。主な軍の出所は、ワルター家の所じゃな」

 「奴か・・・クソっ。あの時私兵だけしか処罰が出来なかったからか」

 「以前の件じゃな。そうじゃな。しかしあれは仕方ないのじゃよ。お前さんは良い事したのじゃ」

 「でも、もしかしてあれでダーレーが目をつけられたのかも」

 「う~ん。でもウインド家はあれで助かったであろう」

 「そうだけどさ」


 以前のシーラ村で捕まえた私兵共の罪は、ビスケットにまで届かなかった。

 それは、私兵らが勝手にやった事だという判定になったのだ。

 ウインド家の仲介が入ってもその件を追及できなかったのは、あの私兵らがビスケットから雇われた者じゃなく、奴の下にいる豪族のグルゲール家からお金が出ていたからだった。

 奴は下を切り、生き残った。

 それで今の結果になる。

 だから、ミランダは奴の私兵を皆殺しにしておけばよかったのかと悩んでいた。

 しかし、それではおそらくシーラ村が困った事になるだろう。

 他の私兵がお金を徴収するだけだからだ。


 「ミランダ、いいかのう」 

 「はい」 

 「良い事をしても良い結果になるかは分からない。しかしじゃ、良い事をして、悪い結果に結びついても。それも良き経験じゃ。ミランダ。人生の全てが成功するとは限らんのじゃ。良しも悪しも経験してこその人生じゃ。よいな」 

 「・・・そうですかね。アレックスさん。この時代での失敗は、取り返しがつかないんじゃ」

 「いいや。これは失敗じゃないのじゃ。むしろ、汚い大人ばかりでのう。子供にその苦しみを味わせるような大人が悪いのじゃ。これはお前さんらのせいじゃない。大人の責任なんじゃよ。だから、ミランダよ。前を向け! 思考を先へ向けるのじゃ。未来へ向かうのが若者の特権なのじゃ。過去は爺が反省するからな! はっはっはっ」

 「・・・・アレックスさん・・・」


 バシバシと自分の頬を叩いてミランダは気合いを入れた。


 「わかりました。目の前の困難に立ち向かいます。余計な事は考えません」

 「そうじゃ。ミランダよ。儂がそばにいるから、失敗を恐れるな。作戦を練るぞい」

 「はい!」

 

 アレックス・シーカー。

 ミランダの人間性と度量を磨いたのは、間違いなく彼である。

 若者にはチャンスを与える。

 若者には失敗しても勇気を持って前へと進んでほしい。

 何事も経験なのだから。

 それが彼の人生のテーマだった。

 彼の指導を受けた彼女だから、フュン・メイダルフィアを真っ直ぐ育てることに成功したのだ。



 思考を丁寧に研ぎ澄ませたミランダは、こちらが取れる策の全てをアレックスに話した。


 「アレックスさん。これでどうかな」

 「・・・それはどれくらいの日数がかかるかのう?」

 「ええっとですね。あと10日くらいが欲しいかもしれません。ウォーカー隊は五千。これが移動となるとそれくらいの日数は間違いなく欲しいです」

 「そうかい・・・この都市がそれまで持つかのう」

 「持たせましょう。アレックスさんとあたしで。それにあたしにはサブロウがいますので、作戦があります。サブロウ!」

 「おうぞ!」


 サブロウが影から出て来ると、アレックスが腰を抜かす。


 「うお。どこにおったのじゃ?」

 「最初からいたぞ。ミラの影に入っていたぞ」 

 「影?」

 「おうぞ。おいらの技ぞ」 

 「そんな特殊な技がなぁ・・・しかしそれがあるからと言っても意味がないじゃろう。暗殺でもするって言うのか?」

 「爺さん、違うぞ。おいらの特殊工作物を見せるぞ。研究段階の物をドカンと出すぞい」

 「大丈夫なのか?」

 「・・・・たぶん・・・」


 サブロウの曖昧な返事を不安に思うアレックスだった。


 ◇


 当時のササラは現在の大都市の形をしているササラとは違い。かなり小さめだ。

 港町と言っていいくらいの小規模なサイズ感である。

 それでも、ササラは海側以外は城壁が回っていた。

 壁を利用して何とか敵の攻撃を耐えている状況が続く。


 物見櫓でミランダとアレックスが会話する。


 「アレックスさん、攻撃は一度でしたよね」

 「そうじゃ。一週間前に一度じゃな」

 「ずいぶん攻撃をしてきてないな。包囲戦にでも自信があるのか。それとも兵糧が余分に持っているのか?」

 

 ミランダは持久戦を仕掛けるにしては好戦的ではないことに疑問を持っていた。


 「持久戦にしては、じれったい・・・そういうことじゃな? ミランダ?」

 「そうです。せめてもう一回くらいは攻撃しないと、包囲する意味はないと思うんですよね」

 「そうじゃな。たしかに回数が少ないのう」

 「ええ。でもここはたった一回の反撃で黙らせてみせます」


 作戦は一つある。

 ただし成功するかどうかは一か八かであった。

 そして・・・。

 

 ミランダが都市に入ってから三日後。

 敵がしびれを切らして攻めてきた。

 声の主はビスケットだった。


 「行くのだ。ここで攻めるぞ」


 全軍が前進してきて、城壁に圧力をかけてきた。

 梯子を掛けようと前列に来ると、サブロウの奥の手が発動する。


 「ここだぞ! おいらのとっておきだぞ。いくぞ。サブロウ丸火炎砲だぞ。ほい」


 サブロウが投げたのは、現在で言うと火炎瓶改の前段階の実験物の事。

 火炎瓶改は透明な液体を相手に投げつけて、火矢などで着火させるのが主流となっているが。

 当時のサブロウはそんなことを考えておらず、透明な液体と爆発力を同時に起こそうと、丸薬の中に詰め込んで相手に投げつけていた。

 つまり煙幕弾やアルバの薬と同様の扱いにしていたのである。

 しかしこの時のサブロウはまだ・・・。


 サブロウが投げたサブロウ丸火炎砲は、敵がいる地面には落ちなかった。

 城壁から完全落下する前の空中で異音がしたのだ。

 シュシュシュッと音が鳴ると、サブロウ丸火炎砲は空中で爆発した。


 「な!? 失敗かぞ」


 サブロウたち城壁にいる人間らはその爆発で出た風に体が吹き飛ばされる。

 城壁から落ちないように縁に掴まる。


 それに対して、ちょうど真上で爆発が起きたワルター軍は、耳がおかしくなりながら、上から吹く強い風の影響で、地面にめり込むような感覚を得ていた。

 それと大音量のせいで、爆発の驚きが倍以上だった。

 

 「おい! サブロウ!」

 

 城壁の上のサブロウは、物見櫓にいるミランダの声に反応しない。

 失敗がショックで、空の一点を見つめていた。


 「クソ。あいつ、何やってんだよ」

 「心臓が止まるかと思ったわい」


 爆音に驚いたアレックスは胸を押さえた。


 「アレックスさん。失敗です。あいつ、ここで失敗を」

 「なに。失敗じゃと・・・・ん? でも敵が」


 ミランダはぼうっとしているサブロウを見ていたので、目の前の敵を見ていなかったが。

 アレックスは戦場をよく見ていた。

 敵が下がっていく。


 「なんじゃ。なるほど。さっきので、恐怖心が生まれたのじゃな。ビスケットは小心者じゃからな」

 「・・・え? え?」


 ミランダも敵を見る。


 「ほんとだ。敵が引いていく。さっきの失敗作にビビったのかよ。あんたらの上空で爆発しただけだぞ」

 「ビスケットの器の小ささも作戦に入れるべきじゃったな。ミランダ」

 「ふっ。そうですね。アレックスさん。あたしももっと敵を見ないといけませんね」

 「なに、これからじゃ。ミランダよ。お前さんは良く見えているぞ」

 「はい! 頑張ります」


 サブロウの失敗作のおかげで、都市に敵を近づけさせなかった。

 彼らはこの出来事で、ウォーカー隊が来るまで、時間を稼げたのであった。

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