第303話 ダーレーを守るために
当主シルクの強い意向で、ミランダの仲間たちも、しばらくダーレーに泊ることになった。
なので彼らも、ミランダから話だけで聞いていたシルヴィアとようやく対面出来たのである。
「こいつ。泣かねえのな。強い子だな」
言葉の強さとは裏腹にエリナは、シルヴィアを優しく抱っこした。
「こいつが例のお嬢ぞな? でも、なんでお嬢なんぞ?」
「そこに疑問を持ったことがないな。別にお嬢でもいいんじゃないか」
ザイオンが言った。
「いや。普通はおいらたちはシルヴィア様と呼ぶんじゃないのかぞ?」
「別にいいんだよ。理由はよ。あたしらの当主はこの子だ。シルクさんは、この子が大きくなったらすぐに当主の座を渡す気だからよ」
ミランダが言った後。
ザンカが聞く。
「ん? シルク様は当主を降りてしまうのか。まだお若いのに?」
「そうだ。だからこの子には、強く成長してもらわないといけないのさ。素質はあるはずだ。絶対な」
ザイオンが話す。
「は? なんでそんなことが分かるんだ。生まれて二年くらいしか経ってないんだろ。運動能力じゃなくて戦闘能力や当主としての器なんて、まだわからんだろ」
「いいや。間違いない。この子は最強になるんだ。だから、あたしらが間違った方向に導かないようにしないとな」
ミランダが自信満々に言うと、部屋の入り口に小さな男の子がやって来た。
「おう。ジークだな。久しぶりだな」
「お前・・・ミラか」
「おお。話せるようになったか。去年は話してくれなかったからな」
ミランダがジークの前に立った。
頭を撫でると。
「やめろ。俺は子供じゃない」
ジークがその手を払った。
「なんだよ。お前子供だろう。生意気なガキだな」
「お前も子供だろ。俺に触んな」
「お前・・・ホントに五歳かよ。生意気だぞ。あたしはお姉さんだぞ!」
と言い合いになる十二歳と五歳。
当然ザイオンたちにとっては、どっちも子供に見える。
「俺の兄妹は、妹だけだ。お前は姉じゃない」
「なに!? この野郎。おりゃあああ」
「イテテテテテ」
ミランダは、ジークの頭にぐりぐり攻撃を炸裂させた。
「おいおい。やめろよ。ミラ。可哀想だぞ」
エリナが声を掛けると、ミランダは。
「うっせい。こいつが悪いんだ。あたしらは姉弟なの」
「姉弟じゃない。俺には兄妹しかいない!」
「まだ言うか。ジーク! この野郎!!」
「おおおおお。いてててて」
さすがに五歳児にそれは無いと思ったザイオンがミランダを持ち上げた。
「これこれ。ミラよ。ジークが可哀そうだぞ」
「離せ。ザイオン・・・・このクソガキに分からせてやらないと」
とうるさい彼女を持ち上げたまま会話が進む。
「ジーク。俺がザイオンだ。よろしくな」
「よろしく・・・あんたは強そうだ。俺に稽古をつけてくれ」
「お前に? 俺でいいのか。エステロさんや、ユースウッドさんの方が良いんじゃないのか?」
「会ったことない」
「そうか。じゃあ、いいぞ。ここにいる間は俺が教えてやる。でも我流だ」
「本当か」
「ああ。暇になったら俺に会いに来い。いつでも教えてやる」
「うん。ありがとう」
「ああ。またな」
ジークは嬉しそうに自分の部屋に行った。
「なんだよ。素直な良いガキじゃねえか。なあザイオン」
優しくシルヴィアをあやしているエリナが言った。
彼女もエリナには慣れていったらしく、ムッと眉間にしわを寄せていた表情から穏やかな表情へと変わっていた。
「そうだな。俺たちには素直だな。こいつにだけ、みたいだ」
ザイオンがたかいたかいをするとミランダが不貞腐れる。
「うっせ。あたしはジークの姉だ」
「そうだな。でもあんまり主張しなくてもいいんじゃないか。直接言われるから恥ずかしいんじゃないか。ジークはよ」
「そうなのか?」
「ああ。別にあいつ。本当の意味で怒ってるわけじゃないと思うぜ」
ザイオンの後にザンカも続く。
「それは俺も思ったな。むしろお前に構ってほしいみたいな感じだったな。だから姉弟みたいだったぞ。なあ、マール」
「そうですぜ。あっしもそう思いましたよ」
サブロウたちも続く。
「まあ、おいらたちみたいな感じぞ」
「それはどうだろうか?」
「違うよな。俺たちはサブロウに振り回されているだけだ。シゲマサの疑問の方が合ってるわ」
「なんだと。おいらたちも幼い頃から一緒にぞ。暮らしてきたんだぞ。兄弟だぞ」
「だから、マサムネも言っているが、俺たちはお前の無茶に付き合ってるだけだ。ジークは姉に対抗したいだけだろ。ミラに負けたくないのさ。張り合ってんだよ。そこが俺たちとは違うだろ。別に俺たちはお前と張り合おうなんて思ったことがないからな」
シゲマサの言葉が確信。
皆は彼の言葉に頷いていた。
「ふぅ。まあいいや。ジークは後でもよ。んじゃ、あたしらは準備をしよう。戦争が始まるかもしれないからな。その間は傭兵家業で力をつける。それと護衛を強化したいのさ。つうことで、しばらくは皆で里を作って、サルトンさんとザンカで傭兵家業。エリナとシゲマサとマサムネで里の強化。あたしとザイオンとサブロウでダーレーの警戒をしよう。三カ月後には、三手に別れるか」
「いいけど。俺とサブロウなのか?」
「ああ、内戦が悪化すれば、治安も悪くなるし。何より当主の命が危険になるかもしれない。ここにいる衛兵だけじゃな。不安があるから影からサブロウ。表でザイオン。そんであたしが双方で守るよ。安全を確保できていると思ったらさ。また里に行くからさ」
「いい案だと思うぞ。おいらも警戒した方が良いと思うぞ。それにシルクさんは守った方がいいぞ。おいらたちはあの人のおかげで里を維持できそうだしぞ」
サブロウもダーレー家にいることで、自分たちの暮らしが守れると思っていた。
その事を皆が同じ思いで思ってくれて、全員がシルクを守る決意が固まったのだ。
「よし。数日こっちにいて、あとは里で準備しよう。早めに行動を起こすか!」
「「「おう!」」」
◇
ミランダたちは計画通りに動き出した。
三班に別れて、里の成長と、ウォーカー隊の傭兵家業で軍としての成長を促していく。
そしてミランダはミランダで、ダーレー家での仕事をし始めた。
ザイオンとサブロウの二人を配置して、完全な防衛を目指していた所に。
帝国歴499年11月。
応接に呼び出されたミランダは久しぶりの人物に出会う。
「お? エステロ。どうしたんだ」
「ミランダ。大きくなりましたね」
「一年とちょっとだよ。変わんないよ」
「いえいえ。少女から成長してますよ」
「そうか」
シルクと話していたエステロが褒めてくれた。
内心は喜んでいるが、表情には出さない。
「何の用であたしも呼ばれたの?」
「それがね。ミランダちゃん。本格的に王家も動き出すらしいの」
「王家が動き出す?」
「ねえ。そうなのよね。エステロ」
「はい」
エステロはシルクに返事をしてからミランダに体の向きを直す。
「いいですか。ミランダ。貴族らの大規模な反乱を察知しましたので、各王家は領地の安定を図り、軍の用意と貴族らの懐柔を始めています」
「そうか。ついに来たか。末期になったか」
「はい。でも末期というよりは、新たな時代の戦い。いわば、王貴戦争とも言えるかもしれませんね」
「王貴戦争だと」
「はい。王家と貴族らの足の引っ張り合いに騙し合いが始まるでしょう。その戦いは今までの小競合いのようなものから、変化が起きるかもしれません・・・どうなることやら」
エステロは深いため息をついた。
「そうか。それで? なんでエステロがこっちに?」
「私は、ウインド騎士団として間に立って戦争を防ぐ行動に出ます。出来るだけ大きな戦にはならないように未然に防ぐつもりですのでね。それで、ユースウッドさんも、そちらに行きますから、こちらには・・・」
「ああ。わかった。ユーさんが、ダーレーには関与できないってことだよな」
「そうです。申し訳ない」
「いいよ。あたしらはウォーカー隊を作ってるからさ。守れるさ・・・いや、待てよ。領地もって言ったよな」
「はい。そうです」
「じゃあ、ダーレーの領地ってどこだ? そういや知らんわ」
ミランダの言葉に返事を返すのはシルク。
地図に指をさした。
「ここよ。ササラ。元はダーレーとサンド家が一緒に切り盛りをしていた都市。今はダーレーのみが持っているわ」
「そこだけ?」
「ええ。だから王家の中で一番小さい領土なの」
「そっか。でもここってたしか・・・そんなに不便なところじゃないよね。結構稼げているはず」
「そう。港はあるからね。交易さえ掴めれば、もう少し商売は良くなるかも」
「そうなんだ。でもさ、シルクさんがそこに行ったとこ見たことないよ? 誰がそこで領土を管理しているのさ?」
「ええ。そこにはアレックスていう凄腕のお爺様がいるわ」
「アレックス? お爺様? シルクさんのお爺さんなの?」
「ちがうわ。私のお父様の代から仕えてくれている執事さんで内政官としても仕事が出来る方なの。もう大ベテランだから、あんまり遠出はしないから帝都には来ないのよ」
「そっか。その人に任せている状態なんだ」
「そう」
アレックス・シーカー。
シルクの父。ユーリッド・ダーレーの時代からダーレーに仕えている者。
頭脳明晰で律儀な性格の彼は、ユーリッドが亡くなってもダーレーに忠誠を誓っている。
ユースウッドもシルクも、彼に絶大な信頼を置いている。
なので彼にササラで起きる事全てを一任しているのだ。
それで上手くいくから、アレックスの力が素晴らしいことが分かる。
ただし、だいぶな歳であり、無理が出来ない。
この当時で齢74である。
「・・・どんな感じで動きそうなんだ。エステロ。ササラは、やばくなるのか」
「どうでしょう。ササラはこういう時の為に貴族を排除しましたし、豪族も誕生させませんでしたからね。ササラが危険になるとは思えませんがね。でも他の場所から乗り込んでこないとは言えないですからね」
「そうか。注視しないといけないってことか」
「それよりも私は、ここバルナガンがきな臭いです。大きく荒れるとしたらバルナガン。次にビスタ。その次にリーガです。あなたが反乱を起こさせたノーシッドは安定していますよ」
「え? 何の話」
「しらばっくれても無駄です。あなたが罠を仕掛けましたね。ここの動き不自然ですもん。流れがおかしいです。あんなに宣言戦争なんてね。ポンポン連続で起きませんよ」
地図上のノーシッドの位置にエステロは指さした。
全て見抜かれているのである。
「チッ、エステロにはバレてんのか」
「ええ。ここの豪族の喧嘩。その前提の物盗り。そして里を作り出したとあなたから聞いてですね。あなたが関与したのは、物盗りからですね」
「うん。やった。バレずにね」
「こら。ミランダ。いけませんよ」
「わかってる。でもさ。あそこの位置が不安定なのは駄目だろ」
「ええ。そうですね」
ミランダはノーシッドから川を越えて王国を指さした。
「こっちさ。こっちから攻められたらまずいだろ。なあエステロ」
「ええ。そのとおりですよ。本来は国を守らなきゃいけない都市です」
二人の会話がだんだんと軍略会議になっていた。
「川越でも山越えでも、一番最初に狙われるのはノーシッドだ。ここが不安定なのが駄目だ。もっと王国に対して目を向けている貴族が必要だったのさ。そして、ノルディー家が一番向こうを考えてくれていた。だからあたしはあの家に力を貸したのさ」
「ええ。ウォーカー隊の名前はこちらにも届いていましたからね。だから私は何かあったのではないかとね。調べましたよ。これの前の戦いからですよ」
「ちぇ。だから、ウォーカー隊の名はまだ伏せていたかったんだよな」
エステロにだけ見抜かれるなら『まあいいか』とミランダは気を取り直した。
「それじゃあ、あたしはこのササラを注視しておけばいいんだな。ダーレーの領土だけでも守らないとな」
「ええ。そうですね。警戒はしておいた方がいいでしょう。都市の中に他の有力な貴族たちがいないとしても、別な都市から来るかもしれませんからね」
「わかった。影を入れよう」
「影?」
「うん。あたしの仲間に裏に潜める奴がいるんだ」
「裏ですか・・・それは、まさか・・・」
エステロはその影が気になった。
ヒストリアと一緒になって戦ったことのある消える敵のことかもしれないと。
脳裏に一瞬だけ昔の映像が蘇った。
「よし。あたしは動くわ。エステロ。報告サンキュ。安心しろ。あたしはダーレーを守ってみせるからよ。思う存分暴れな」
「はい。そうしますよ。ミランダ。シルクさんを頼みます」
「ああ。まかせておけ」
ミランダは自分の胸を叩いた。
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