第294話 影の男 サブロウ

 ミランダはザンカを仲間にした後。

 一緒にいた兵士たちの動向を見守ることにした。

 千人の兵の内、各地へと散らばった兵士たちが、五百で、ここに残った兵士たち五百となり、残った兵たちはミランダについて行きたいと思った兵士たちだった。


 ミランダ対ヴァーザックの舌戦。

 あれで彼らは、彼女の言葉にとても感銘を受けたらしく、彼女の下で兵士として生きていきたいと思ったのだ。

 年齢なんて関係ない。

 彼らは、決して口には出さないが、年下の女の子を尊敬したのである。


 「いや、どうするよ。来てもらえて嬉しいけどさ。金がねえんだけど」

 「それはだな。全体で傭兵をすればいいんじゃないか」

 

 ザンカが言った。


 「それはそうなんだけどよ。どこでよ。ここはやべえぞ。目をつけられてる」

 「あっし。良い場所を知ってますぜ」


 男の子が話に入って来た。


 「・・・こいつ誰?」

 「マールですぜ」

 「お前幾つ。小せえんだけど」

 「11」

 「あたしと一緒か!」

 

 ミランダが答えると。


 「「「ええ!?」」」


 兵士たちも驚く。

 この現象は当たり前なので、エリナとザイオンは淡々としていた。


 「そんで。マール。良い場所はどこだ」

 「ノーシッドがいいんじゃないかなっと」

 「あそこか・・・フーラル川の前だな」

 「そうですぜ。あそこの町。そしてその下のリックズも良いと思うんですぜ」

 「なんでだ?」

 「それは、あそこは王国に近いから小競合いが起きたら傭兵が呼ばれますぜ。それに、リックズとノーシッドは、帝国の中でも戦争数が圧倒的に多い。内乱にも積極的だから、傭兵が集まっとるんですぜ」

 「なるほどな・・・よし、そこに行ってみるか。でも五百で行くのも・・・厳しいか?」

 

 ミランダは全体を見て言った。


 「大丈夫じゃないか。こいつらの金を集めて計算したからよ。そっちまでいけると思うわ」

 「ほんとか。エリナ」

 「ああ。まかせておけ。あたいが食糧とか計算しておくからよ」


 こういう細かい分野が、彼女の得意分野であった。

 

 「そんじゃ、まずはノーシッドに行くか」


 現在はない。

 都市ノーシッド。リックズ。

 当時はなかなかに栄えていた小さめの都市で、帝国最前線の位置にあった。

 フーラル川付近にあって、大陸の北部にあって、さらに最前線である。

 そうつまりは現在で言うハスラの位置にあった都市である。

 


 ◇


 帝国最前線都市ノーシッド。

 リックズが南に対して、ノーシッドは北。

 ガイナル山脈に近いので、山越えを目指す王国軍と衝突することが極稀にある。

 しかし、この都市が戦う相手として多いのが、リックズの軍なのだ。

 

 帝国最前線都市のリックズ。

 そこはノーシッドより南にあり、正面がフーラル川となる都市なので、川越えを目指す王国軍と水上戦をする可能性がある。

 その戦いが、エイナルフの治世の間に起きたのはたったの一回。

 極稀ではなくほぼ起きる可能性がない戦争である。

 なので、リックズは王国軍と戦うというよりも、ノーシッドと争いを続けてきた。

 互いの軍は、戦闘をこなすために正規軍のみならず傭兵を使用する。


 『こちらはいくら出す。こちらの待遇はもっと良いぞ』 

 と傭兵たちの引っ張り合いが起きているのだ。   

 

 

 「なあ、ここさ。帝国の一番先頭部分だよな」

 「そうだ」

 「一番重要だよな」

 「そうだ」

 「なんで国内で争ってんだ?」

 「知らん」

 「ザンカでも知らねえのか」

 「ああ。悪いな。でもここまで戦うのなら、仲でも悪いんじゃないか」

 「そんな理由か・・・糞どうでもいいな」


 ノーシッドに到着したミランダ一行は、都市を歩いている。

 五百名にもなった大所帯。

 傭兵集団だとしてもなかなか多めの人数になって来ている。


 今は彼らとザイオンとエリナが傭兵の登録をしに行って、ミランダとザンカとは別れた形になっている。

 

 「ザンカ。あたしさ、ここを調べてえわ。あたしが一人で旅してた時はここに寄らなかったからな。立ち寄っておけばよかったのさ」

 「調べるだと?」

 「ああ、だからさ。傭兵業をお前に任せてもいいか」 

 「俺にか」

 「うん。ザイオンとエリナに集団での戦い方を教えてやってくれ」

 「俺がか!?」

 「お前、基本戦術出来るよな」

 「まあな。大体は出来る」

 「なんでだ? お前、平民じゃないよな」

 「俺は、平民だ。だけど元騎士だ」

 「騎士?」

 「ナーズロー家の騎士だった」

 「ナーズロー? 貴族だよな」

 「ああ、ナーズローの家で育った平民だ」

 「そうか。その家は?」

 「全滅だ。この内乱で消された」

 「家もか」

 「家はある。本家がな。ただ分家が消えたんだ。ロル様が死んだのさ。良い人だった。俺みたいな平民を・・・片腕にしてくれたからな」

 「・・・そうか。貴族にもいい人がいるってわけだよな」

 「まあな。でも基本は屑ばかりさ。俺は傭兵のような、野党のような、どっちつかずの人間になって気付くばかりさ・・・」

 「そうだよな」

 「お前も貴族なんだろ。元だっけか?」 

 「ああ。弱小だった。そんで糞みたいな親だった」

 「親がか?」

 「ああ。あたしのことを育てたことがない。あいつらとあまり会ったことがない。メシだけ出てきた環境だった。だからあたしはほとんどを外に出て過ごしていたのさ。そんで帝都内で人を見て、人は屑だと思ったわ。でもそれは貴族共が屑だと思ったのさ。それは、あたしがもっと外に出たらわかった。皆一生懸命生きてたのさ。だから、貴族共がのうのうと自分たちの争いだけをしていることが腹立つんだ」

 

 ミランダは五歳くらいから帝都内に出て、一年間外に出る練習をして、七歳あたりで遠出をした。

 その際に会ったのがフィアーナである。

 山で自然と共に生き、ある時は部族衝突して戦う。

 自由に生きる女性を目の前にして、彼女に憧れた。

 そして、家に帰った時に家族に絶望したミランダを拾ってくれたのがシルクなのだ。

 だからミランダが真っ当に成長出来たのは、フィアーナとシルクの二人のおかげである。


 「そうか。苦労したんだな。お前11なんだろ」

 「まあな」

 「そうとは思えんくらい強いな」

 「まあな。あたしはそこら辺の奴らよりは強いな。でもまだまだなのさ。あたしの師匠よりも強くならんとな」


 理想は高く。目指すはウインド騎士団幹部たち。

 ミランダの師匠は帝国最強の人間たちなのだ。

 だからミランダは帝国最強に肩を並べないと、最低でも超えたとは一生言えないと思っている。

 

 「だから頼んだぜ。ザンカに任せる。基本戦術だけでいい」

 「了解だ。任せろボス」

 「ミラでいいぜ」

 「ああ。ミラ頼まれた」

 「おう。頼んだぜ」


 いったん傭兵集団をザンカに預けた彼女は、一人で都市内を歩き回った。



 ◇


 酒場。

 オレンジ髪の少女がカウンター席にちょこんと座った。


 「なんか。良い情報ないか。マスター」

 「ああ。駄目駄目。子供は入ってきちゃ駄目だよ」 

 「そうなの。別にいいじゃん」

 「ここらは傭兵共が来るからさ。治安が悪いんだよ。守れないよ。君の事」

 「ああ。そういう理由か。大丈夫だ。あたしはその傭兵らよりも強いからよ。気にしないでくれ」

 「は?」

 「じゃ、オレンジジュースくれ!」


 子供らしくない会話だったが、注文は子供らしかった。

 ガヤガヤする店内で、ミランダはオレンジジュースを飲みながら人の話を聞いていた。

 各地でのおしゃべりで有益なものを聞き分ける。


 「お嬢ちゃん、何してんのよ」

 「マスターね。ここらの人の話を聞いてんのよ」


 カウンター席を背もたれにして座るものだから、マスターはミランダの格好を不思議に思っていた。

 

 「あ、あれが良さそうだ。マスター。これね」


 とりあえず、食い逃げだと思われないように、オレンジジュース代を席に置く。


 テーブル席で酒を飲む兵士三人。

 身なりからして正規兵ではない。

 一人が酔いつぶれているので、会話するのは二人。

 長髪男性と短髪男性はもう出来上がっていた。


 「あんたら傭兵か」

 「なんだ・・・なんだよ。ガキかよ」

 目が真っ赤で、半分目が開いていない短髪男性の後。

 「別嬪の女性なら嬉しいのにな」

 クッキリした目が冴えている長髪男性も答える。

 「悪かったな綺麗な女性じゃなくて。んで、今の話。なんだ?」

 「「は?」」

 二人が驚く。


 ミランダは二人の世間話を聞いていた。

 その中身は。

 

 「さっきの義賊の話。どんな噂だ」

 「お前、どこで聞いていた。俺たちの話なんてそばで聞かないと聞こえないぞ。小声だったんだぞ」

 「あっち」

 

 ミランダはカウンター席を指さす。


 「カウンターじゃねえか・・聞こえるはずがねえ」

 「ここは入口だぞガキ」

 「まあまあいいからよ。そんでそいつが次に狙うのが分かったって話。なんだ?」

 「ちっ。聞かれちまったからしょうがない。誰にも言うなよ」

 「ああ。いいぜ。頼むよ」


 ミランダに話してくれた内容は。

 ノーシッドの有力豪族のひとつ『ファールス家』

 ここに犯行予告が来たらしく、最近噂になっている義賊が物取りを始めるとの事。

 その義賊は、金持ちから金を巻き上げて、平民にばら撒くことから義賊として知られているのだ。

 名前を名乗らないので、名無しの味方として噂が立っている。


 「そうか。じゃあ、そこの家が今から物盗りに遭うってんだな」

 「そうだな。犯行予告通りだとな」

 「なんで、おっさんらが知ってんだ?」

 「おっさんだと・・・この野郎。お兄さんと言え」


 短髪おっさんは、変なところに引っ掛かってキレた。


 「あんた、いくつよ」

 「33」

 「おっさんじゃん」

 「お兄さんがいい。お願い」

 「なんだよ。さっきの勢いが無くてなってんぞおっさん」

 「ううううう・・・・・」


 短髪おっさんは、突如として泣き始めた。


 「なんだよ? どうしたんだ」

 「悪いな嬢ちゃん。こいつが一人で育てた歳の離れた妹がさ。結婚と出産を同時にしてな。寂しいのさ」


 長髪おっさんが、短髪おっさんの肩に手を置いて慰める。


 「そうだったのか」

 「甥っ子が生まれたから、お兄さんからさ。おっさんになっちまってな。彼女からの呼ばれ方も、おじさんに変更になっちゃったのよ。だからお兄さんって呼ばれたかったのよ。悪いな」

 「いや、なんかさ。こっちも悪かったな。そんな傷心中にな。まあ、お兄さんも頑張れよ」


 ミランダも可哀想だと思ってお兄さんと言ってあげた。


 「うん。頑張るよ。うん。お兄さん、頑張ります」


 酒を飲み始めた短髪おっさんは、ミランダに慰められたのだった。


 


 ◇


 ファールスの家は、街の北にある大豪邸の家である。

 お屋敷内には樹木もあり、池なども存在している。

 

 その一番高い木の上にミランダがいた。

 義賊とかいう奴の顔を一目見ておこうと思ったのである。


 「どれ。配置は?」


 庭に十名。屋敷の中から外を見る者が十名。

 ミランダの予想では、もう少し外を警戒するかと思ったが、お屋敷の中にはもっといるかもしれないとは感じた。

 

 「これ、どこから攻める気なんだ。その義賊とやら、それにだぞ・・・どこにいんだ・・・」


 ミランダはずっと変化のないファールス家の様子を見ていた。


 「ん? なんだあれ。靄みたいなのが見えんぞ。あれ? あたしの目が悪くなったか」


 目を擦ったミランダがもう一度そこを見ると、ササッと移動し始めた。


 「あれか!」

 

 ミランダは追跡を開始した。


 ◇


 「どうするぞ。犯行予告・・・しない方が良かったぞ。マサムネ・・・なんでしたんぞ、ここに人いすぎぞ」


 男はブツブツと呟いていた。


 「なあ。誰だ? あんただろ義賊」

 「え!?」

 「なあなあ。あんただろ。なんか姿が見えねえんだけどさ。いんだろ。そこに」

 「は!?」


 男は驚いて振り向いた。

 オレンジの少女が、笑っていた。

 珍しいもの発見!

 みたいなキラキラした顔をしていた。


 「誰ぞ。つうかなんでおいらが見えるんだぞ・・・あれ、影になってなかったのかぞ」

 「見えねえよ。でもなんとなくいるかなってな。そう感じるんだ。感覚の問題だぜ」

 「いや、それでは影は見切れないはずぞ」

 「影ってなんだ。つうかさ。この状態のお屋敷じゃ、物なんて盗めないのさ。だから止めといたら?」

 「でも。やらないとな。金ないぞ」

 「お前に?」

 「おいらたちにぞ」

 「たちかよ!?・・・ふ~ん。今すぐ盗まないといけないのか? あとではダメ?」 

 「・・・余裕はまだ少しあるぞ」

 「そうか。じゃあ、中断しろ。どんくらい持つんだ。あんたら」

 「三週間だぞ」

 「ほう。結構あるな。いいぜ、あたしにまかせろ」

 「おいらたちに金が必要なのに、お前には関係ないぞ」

 「まあまあ。いいから、まずは下がるぞ。話はそれからなのさ」

 「…ん。仕方ないぞ。お前にバレてるなら、おいらも下がるしかないぞ」


 ミランダがたまたま出会った男、それがサブロウであった。

 影の男サブロウ。

 のちにミランダの最終兵器となる最強の偵察兵兼工作兵である。

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