第293話 ミランダの舌戦
戦場が睨み合いに入る。
包囲されたストロー家の軍は、手を出せずに守りを固める。
包囲しているサンデー家の軍は、手を出さずに周りを固める。
ここからは戦わずにして、勝敗は決まっていたからだ。
だからミランダは、最後の攻撃を許可せず、それを察しているザンカも攻撃命令を出さずに囲んでいるだけに留めた。
そしてそこから彼女は、戦場に声を掛けずに、脇にいる見学者らに声を掛ける。
「おい。おっさん戦いは終わりだ。勝敗は決した!」
ミランダの声に皆が驚く。
少女の声だったからだ。
「誰だ。この戦場を荒らした奴か」
「あたしはミランダ・ウォーカーだ。おっさんがヴァーザックだな」
肩車されたままのミランダが兵の群れから突出して前に出る。
「私の名を呼ぶというのか。下賤の者が!」
「下賤!? ああ、そうかい。じゃあ、あんたは下衆だな」
周りに誰もいなくなったので地面に降ろしてもらったミランダは、ヴァーザックにたてついた。
「なんだと貴様!」
「おい。おっさん。戦闘中断の指示をしろ。今回のサンデー家。ストロー家の戦いは引き分けだ。それ以外は受けいれねえ」
ミランダの言葉に驚いたのは、この場の全員だった。
サンデー家の勝利が目前なのに、勝敗は無しにする。
その言動の意味が分からなかった。
「貴様がこの戦場を決定する権利はない。どちらかが勝利するまで戦え。兵士たち」
「うるせえ! クソ親父。あんたの目的はわかってんだよ。おい。そこのサンデーとストローの当主。いいのか。このままこの兵たちが全滅までいってもよ。その狙いも知らないのか」
ミランダは当事者に聞いてみた。
「私は勝たねば・・貴族にしてもらえない」
「私もだ」
二人は兵の生死よりも、出世だった。
「そうかい・・・じゃあ、この兵たち。無駄に散らせてもいい命だとそういう事だな・・・あんたらもそう思ってんだな。そこの糞馬鹿のヴァーザックと同じようによぉ!」
ミランダの言葉に反応したのは、両軍の兵士たち。
自分たちの命がまるでそこらにいる虫と同じ。それに怒りを覚え始めた。
「命を賭けて、あんたらの為に戦った奴に対してよ・・・あんたらは自分の出世だけしか見えてねえのか? ああ?」
子供だけど、鬼のように捲くし立てる。
「じゃあよ。あんたらは自分の命を賭けなくてもいいのか。今、ここで、あたしはあんたらを殺してやってもいい。そっちは何人だ。この戦場で悠々と見学してんのは何人なんだ。自分たちの数。数えてみろよ」
ヴァーザック。両家の当主。そしてヴァーザックの近衛兵百。
つまり敵は、百三である。
そして・・・。
「こっちは、千以上はいるぞ。あんたら、この兵士たちが、ここで立ち上がらないとでも思ってんのか? あたしはここで、この兵士たちと共に、あんたらを殺してもいいんだぞ」
ミランダの言葉の後に、ヴァーザックらの陣営が横を向いたりして慌てだした。
まさか、兵士らがこちらに敵意を向けるだと!?
ここで想定外の事件へと発展する寸前だったのだ。
「貴様。馬鹿だろう。この私、帝国貴族であるヴァーザックに下賤の者が逆らうわけがない。ストレイル家自体に逆らったら、帝国での命はないのだぞ。そこの兵士らが動けるはずがない」
「あんたの方がアホだろ? 頭にウジでも湧いてんのか? 無抵抗でも、戦っても、自分が死ぬんだったらよ。ここであんたを殺して、生きる道を探った方がいいだろうがよ。いいか。あんたが貴族だからって、その地位があるからって、こっちが殺しの躊躇をするわけがねえ。あなたが貴族だから殺しませんよ。なんて思う馬鹿が今ここでいるか。ボケ。あんたがストレイル家だからって、死を迫られた奴がビビり散らかすとでも思うのか。人の命に身分なんて関係ねえ。命は平等だ!」
この言葉が兵士たちに刺さる。
ミランダに対して頷き始めた。
「貴族は屑だ。私利私欲ばかり、自分の出世しか興味がねえ。自分の立場しか興味がねえ。そうだ。だから、あたしの両親も屑だった。貴族なんて、どうしようもない屑ばかりだ。そんな連中が上にしかいねえからこの帝国は腐ってんだよ。そんでやっぱりお前も屑だ。人の命を何だと思ってる。一生懸命生きている平民を何だと思っている。お前が好き勝手していい。おもちゃじゃない。兵士はお前らの為に戦ったんだ。でもお前らは死ぬまで戦えと言うんだろ。壊れるまで戦えって言うんだろ! んなもん、人でもねえ。おもちゃ以下の扱いじゃねえか」
彼女は、この論戦の核心に迫る。
「出世したい。たったのそれだけのために、サンデーとストローの当主は戦ったんだ。自分が貴族になりたいからだ。相手を全滅させればそれで貴族。クソどうしようもないルールだ。そして、それを決めたのはストレイル家のヴァーザックだ。どちらかが全滅するまで戦わせる理由はひとつ。有力な豪族を消していくためだ。貴族権限の強化を図る目的であるだろう。これは二つの家の為じゃない。自分の為だよな。ストレイル家の為だよな。ヴァーザック!!」
この舌戦。
心に響いているのは、兵士たちの方だった。
自分たちが言いたいことを代弁してくれているのが小さな少女である。
「でもお前らのその関係、そのルール。そんなのこっちの兵士たちには関係ねえ。こっちは、命を大切にしないような奴に、ついて行く筋合いがねえ。この内乱時代の兵士なんてもんは、自分の道を自分で決めていいんだ。ついて行く奴を自由に決めていい。あんたらについて行かないってな。決めたっていいんだよ。そんで今ここで、あんたを殺すって覚悟を決めちまったら、あんたを殺したっていいのさ。混迷の内乱時代だぞ。貴族がいつ死に。平民がいつ死んだってな。誰も何とも思わないんだ。それを激動の時代って言うんだよ。命が軽い。糞みたいな時代なんだ!! ならば、ここであんたが殺されてもおかしくない。あたしらが生きる為、あんたを殺しても構わないんだ。だって、今の時代は生きるために戦うんだからな。その条件は一般の兵だって同じなんだ!」
ミランダは力強く言い放つ。
そしてさらにまだ怒涛の口撃を繰り出す。
「それによ。あんたを殺して、罪に問われるかもしれないってよ。あんたが勝手に思ってんなら、それでも構わないと思うぜ。ただよ。この時代に、あんたを殺したら、どんな罪があるんだろうな。ヴァーザック! いいか。ここで今、あんたを殺しても、それは単なる下克上っつうもんになるんだよ。平民が貴族をぶっ倒した大事件になるだけだぜ。なあ、そうだろ、よく考えてみろよ。ヴァーザック!!!」
ミランダの言葉は強く兵士たちの心に届いた。
彼らの表情が凛々しく、覚悟が決まった形になる。
両軍はいつの間にか睨み合いじゃなく、ヴァーザックらの方を見ていた。
いつでも、ミランダの命令があれば、貴様らを殺す!
ミランダは言葉だけで傭兵を覚悟ある戦士に変えた。
そしてヴァーザックは千を超える兵士たちを敵に回したのだ。
「ぐ・・・貴様・・・」
「さあ、この戦い。引き分けにしろ。ヴァーザック。お前の選択で全てが決まる! ただし、あたしらの生死は関係ない! お前が生きるか。お前が死ぬかだ。こっちはお前が何を選択しても死なんぞ! お前の生死だけが決まるんだ」
地位という立場は向こうが偉くとも、ここ戦場での立場は圧倒的にミランダである。
元貴族ミランダ・ウォーカー。
幼くても立派な戦士である。
この口の上手さ。
一体誰に育てられたのだろうか・・・。
彼女の師にはいないのだ。
ここまで口が上手い者はいないのである。
「・・わかった。終わりにする。ここで終わりだ」
「そうか。じゃあ、解散な。そっちが先にバルナガンに行け」
「なに!? お前たちに決まっているだろう。下賤の者が先だ」
「いいぜ。そしたらあたしは移動中にあんたを殺す!」
「な!?」
この場の全員の息が止まった。
「あんた。先にあたしらをバルナガンに移動させたらよ。あんたはバルナガンを封鎖して、あたしらを取り逃さないように殺そうとするんだろ。だったら、あたしはあんたを殺すぞ。あたしはな。やり方が違うだけで、目的はあんたと一緒なんだ。あんたがあたしらを敵と見ているのに対して、あたしだって、あんたを敵だと見てるんだ。いいのか。その作戦を取ると、あんたは、あたしからの下剋上を受ける事になるぞ」
「き、貴様・・・」
浅はかなヴァーザックの計略。
その全てを読み切るミランダの頭脳は明らかにこの場の者たちを越えていた。
まだ、11歳。
驚異の子供『悪童』ここに誕生である。
「くっ・・・わかった。バルナガンに引く」
「ああ。引け! ここで見張るからよ。一兵も残すなよ。ここに残った奴は殺す。いいな」
「ふん」
捨て台詞はそれだけかいと思ったミランダは、ヴァーザックの底の浅さを知った。
いかにバルナガンに多大な影響を及ぼしている大貴族であっても、優秀な者は出にくい。
今の帝国の混迷の世は、このような貴族のせいであると改めて思った事件だった。
◇
敵全員が移動した後。
兵士たちの前に立つミランダは、言葉をかける。
「あんたら、どうすんの。両家にいれば危険だよな」
「・・・・」
全体が黙った。
「あいつらここらの豪族だからよ。南に行った方がいいぜ。とりあえずどこでも生きられるからさ。あいつらのそばにはいない方がいい。あんなのについて行く筋合いもねえしな」
「お前はどうするんだ。目をつけられたぞ。ヴァーザック様だぞ。この帝国では生きていられないんじゃ」
ザンカが聞いてきた。
「ああ。大丈夫だ。あたしは、最強の軍。ウォーカー隊を作る予定だからな。ヴァーザック如きでは手も出せないほどの軍隊を保有してやんぜ」
「・・・ほう。どうやってだよ。今のお前、仲間二人だけだろ」
「ああ。二人しかいねえ。でもあたしは必ずダーレーを守る柱の軍を作る」
「ダーレーだと・・・それは王族では?」
「ああ。あたしはダーレーを守る矛と盾になりたいのさ」
「それはなぜだ。お前、あんなに貴族を毛嫌いしていたじゃないか。王族も元は貴族だろう」
「そうだ。でもあたしは、シルクさんから愛をもらったからな。その恩を返さないと気が済まない。あたしはそこんところが律儀なのさ! ニシシシ」
恩人の為に生きているミランダは笑った。
受けた愛を百倍にして返す。
それがミランダの目標である。
「ふん。あれだけ大貴族相手に豪語した女の子が、最後には恩か・・・おもしろいな」
「そうか? でもよ。聞いてくれよ。あたしはあんたをスカウトしたい。仲間になってくれんか。ウォーカー隊の隊長になって欲しい」
「お前の?」
「ああ。あたしと。ザイオンとエリナとあんたのだ!」
「おい。もう仲間じゃないか。俺がもう数に入っているぞ」
「駄目か!」
ザンカは次の言葉を即答した。
「いい。入ってやろう。ミランダ」
「よっしゃ。んじゃ! ザンカも加入な!」
こうしてミランダは、ザンカを得た。
彼のポストは隊長であるが、軍師補佐的ポジションである。
ミランダの戦略戦術を補強する重要な人物なのだ。
ウォーカー隊には欠かせない義理堅く人情に厚い男である。
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