第292話 部隊指揮

 サンデー家対ストロー家の戦いが始まった。

 場所はガイナル山脈の南。

 ラーゼの西での平地戦だった。

 視界を遮るものもなく、足場もしっかりしている。

 だから、戦略も戦術も、意味がほぼなくなる。

 力と力の野戦想定だった。

 それがこのストレイル家のアホさ加減を増長させていた。


 ガイナル山脈の入り口辺りで見学をしているミランダたち。

 苦虫を噛んだような顔のミランダは、戦いが始まる前からキレていた。


 「やっぱアホだな。貴族ってさ。どうもなぁ。頭が良い奴に会ったことがないのさ・・・・ああ、クソジジイだけは違うか・・・」

 「おいミラ、どうしたカリカリして。ほれ弁当。マスターさん、わざわざ用意してくれたぜ。ありがてえ人だな」


 エリナはミランダにマスターお手製の弁当を渡した。 

 この細かい気配りがエリナの特徴でもある。


 「エリナ、俺の分もあるか」

 「あるぞ。お前のは超デケえ。お前身体デケえからな。マスターさん気を遣ってくれたんじゃないか」

 「おお。良い人だな」


 ザイオンには特大弁当がやって来た。

 彼の両手でやっと持てるくらいなので、とんでもなく大きいのである。


 「んで。なんでそんなカリカリしてんだよ。ほれ、お茶」

 「サンキュ」


 ミランダはエリナの水筒からお茶をもらった。

 こちらの用意はエリナ自身である。

 

 「見ろエリナ。あいつら馬鹿だぞ。何も陣形がないんだよ」

 「・・・・どれが陣形なんだよ?」

 「だからねえのよ。後でお前にも戦術を教えてやるけどよ。見ろ。陣形っつうもんがない。ということで、あれを見ろ。ザンカの部隊」

 「おお・・・・あれの何が凄いんだ? 並んでいるだけじゃないのか」


 ザンカの部隊だけは整列していて、横に一列、二列、三列ときっちり並んでいた。


 「いいや違う。あいつ。三段で隊列を整えているのよ。一段。二段。三段。厚みを出して前から来る敵の勢いを失わせるのが目的だ。今の戦場で一番駄目なのは、前をぶち破られることだ。ここまで開けた平地だとさ。挟撃されるってケースが少ないからよ。あいつ、それを計算して前から来る敵だけを封鎖しようとしてんのよ。そうなれば何とか戦える。あいつの部隊だけやけに数が少ないからよ。周りと同じように戦うには、あれしかない」

 「へ~。あいつ凄いんだな」

 「ああ。あいつ、どこから来たんだ? 貴族か? 平民であれだと、天才だよな? 誰かから教わったのか?」


 ザンカの考えが想像以上に良くてミランダは驚いていた。

 

 「お、二人とも、始まったようだぞ」


 食べながら指摘するザイオンの声で二人が戦場を見る。


 ◇


 一進一退を繰り返す戦い・・・。

 ではない。無法地帯のような乱戦状態。

 サンデー家二千。ストロー家二千百。

 数は変わりがない。百など誤差の範囲だ。

 しかしそんな数の差なんてどうでもいい。

 乱戦のような戦い方の方が気になってしまい。

 このどうしようもない泥仕合に、ミランダには見えていた。

 ザイオンとエリナは。

 『そこだ。いけ。今だ、押せ』

 などの掛け声を出して、興奮しているが、ミランダの心は。

 『ボケが。引け。そこは押せよ』

 と攻めと守りの問題点が見えすぎてしまい苛立っている。

 

 「あれで止めないのかよ」


 ミランダは戦場が決していることに気付く。

 サンデー家が八百。ストロー家が千七百。

 倍以上の開きが出てきているのに、ストレイル家は止めもしない。

 これは完全に狙いが片方の家の全滅である。


 「姑息だ。ちょっち腹立つな。あいつら好かんわ」

 「どうしたミランダ」

 「エリナ、このままだとザンカは死ぬ。今見事な防衛をしているが、ザンカが指揮しているのは三百しかない。他の連中はもっといたのにな。はぁ。やるか。ザイオン。エリナ。ついて来い。暴れるぞ」

 「おう」「やるか」


 ミランダは二人を引き連れてあの戦場に飛び込むことに決めた。


 ◇


 「兄貴。もうあっしら無理ですぜ」

 「ふぅ。マール諦めるな。俺がなんとかする」


 ザンカは、部隊を鼓舞しながら見事な指揮を披露していた。

 他の仲間たちの心が折れかけていたが、ザンカ部隊は、元々ザンカを長にした傭兵部隊で組織されているので、長の心が折れなければ、下の者の心も折れないのだ。


 「あっちは。負けそうか」

 「そうっすね。ノオルさんの所はギリギリ耐えてます。でもこれは包囲戦に」

 「ああ、無理かな。あっちは・・・」


 ザンカとマールは隣の部隊が崩れるのが見えた。

 あそこが崩れれば、五百が喪失。

 三百の兵では、相手の千七百の兵を倒すのは不可能である。

 今でも戦列を維持できているのが奇跡とも言える。


 「兄貴」

 「あ? どうした」

 「変ですぜ。押し返してる!?」

 「ん? なぜだ」


 異変は突如として訪れた。隣のノオル部隊が息を吹き返したのだ。


 ◇


 息を吹き返す少し前。


 「もうだめだぁ。俺は死ぬんだ。もう死ぬんだぁ」


 ノオルは半べそを掻いていた。

 

 「まだ、戦えますって。ノオル様。サンデー家を勝たせないといけないんでしょ」


 ノオルの配下の男性は必死に彼を説得していた。


 「もう知らないよ。俺は戦えるわけないだろ。サンデーに仕えていても、大した教育を受けてないんだから。それにサンデーなんてただの地方豪族だぞ。有名貴族でもないんだ・・・って、誰だお前」


 オレンジの少女がノオルの前に現れた。


 「おい。屑。泣いている暇があったら。先頭で戦えよ。ボケ」

 「へ?」

 「あんたが大将でな。今の状況。最後の賭けに出るなら、士気だけだ。そこでお前が先頭に立って戦うことで、士気は爆上げだ。それだけで勝機が来る可能性がある」

 「で・・・出来るかそんなこと!!」

 「じゃあ、いいのかよ。ここにいる奴ら、皆死ぬぞ。あそこのストレイルの屑は、どちらかの家の兵士が全滅するまで戦いをやめさせない。そういう戦いだぞ。これはな」

 「え? 勝者があればいいんじゃないのか」

 「馬鹿かお前。貴族は糞。それを頭に入れろ。いいな。帝国の貴族は糞が多い! こんな事な。日常茶飯事なんだ。誰がどこで野垂れ死のうが関係ないんだよ。お偉いさんにはな」

 「そ。そんな・・・」


 がっくりと腰が砕けたノオルは地面に平伏した。

 やる気のない指揮官などお荷物以下だ。

 ミランダはここで代わりを務める気だった。


 「ふぅ。お前が副将か」 

 「え? あ、はい」 

 「いいか。あたしが指示を出すのを承認しろ。この使えないボケの代わりにあたしが指揮を取ってやる。いいな。生きたいか!」

 「は、はい」


 ミランダは全体に目を通した。


 「わかった。じゃあ、やるぞ。てめえら。ノオル部隊。死にたくねえ奴は今、手を挙げろ。目の前に敵がいようとも手を挙げろ」

 

 ババババっと各々の手が挙がる。

 死を前にしては、誰の指示だろうが言う事を聞く状態だった。

 

 「よし。あたしの言う通りに動けよ。んじゃ、まずは右端。そこの奴らは盾を持て。そこから相手を押し込め。倒すんじゃない。押し込むだけでいい」

 「「はい」」


 女の子に返事を返した部隊は、言うとおりに盾での押し込みを開始した。


 ◇


 「なんだ。前に押して・・・」


 ザンカが悩んでいたところに、後ろから声を掛けられる。


 「お前がザンカだな」

 「誰だ・・・女?」


 振り向いたザンカは、背後にいたのが女性であることに驚く。


 「あたいはエリナだ。今、隣の部隊を指揮している奴が、あたいらの大将ミランダだ」

 「大将? ミランダ?」

 「あたいらの大将から伝言がある。『あんたなら今の状況で最善手が取れるはず。今の状況を考えてみてくれ』だそうだ」

 「考えてみてくれだと。あの突出した盾部隊でか・・・」


 ザンカは頭をフル回転させた。

 ノオル部隊の右翼が突出して隆起したように前へと進出。

 彼らと隣接していたのは自分の左翼。

 だから隙間が生まれそうになるが追従するかのように、自分の左翼も勝手に前に上がっていた。


 「そういうことか、中央突破か。そこを軸にする。というのが罠。これ自体が罠なのか」

 

 ザンカは理解した。

 左翼に突撃命令を足す。


 「ザンカ部隊の左翼はそのまま突進を続けろ。ノオル部隊の右翼に連動して、敵の真ん中を押し続けるんだ」

 「「おおおお」」

 

 続けてザンカは、右に移動し始めた。


 「マール。俺について来い。そっちのエリナはどうする」

 「あたいも戦うぜ。ミラの許可はもらってるからな」

 「お前、強そうなのに、そいつの言う事を聞くのか」

 「ああ、あたいらの大将だからな」

 「ふっ。そうか。会ってみたいな。この死地を生き抜いたらな」

 「お前、これが死地なのか」

 「ん?」

 「ここはまだ死地じゃないだろ」

 「なに、劣勢だぞ」 

 「いやいや、ミラが勝つ。そう言ったからな。勝つに決まってんのよ。な!」


 劣勢の戦場で、エリナはニカッと笑った。

 その笑顔が弾けると不思議とザンカも勝つのではないかと思い始めた。


 「やるか。エリナ」

 「おう。いくぞザンカ」

 「ああ。やってやるか」


 二人は右翼に急ぎだした。


 ◇


 「さすが、ザンカだ。あたしの目が正しい。天才だな・・・あたしがな!」


 ミランダは、副将ルトーに肩車をしてもらっていた。

 目線を高くして戦場を見たいがためである。


 「おし、敵を押し込めているな。そんで止まるな」


 ミランダの予測通り。

 中央突破を図るかのように押し込んでいくノオル部隊の右翼とザンカ部隊の左翼の勢いが止まった。

 その理由はもちろん。敵も中央突破をされたくないとして、中央に厚みを持たせたからだ。

 両端から応援を出して分厚い中央を作り上げた。


 だからミランダたちの進軍が止まったのである。

 ただ、そうなると・・・・。


 「引っ掛かったよな。これよ。ザンカも右に移動したしな。あたしの作戦を読み切っているわ。ほんじゃ。誰か弓貸してくれ」

 「は、はい」


 ミランダはルトーの部下から弓を借りた。


 「これにオレンジの鉢巻きを巻いてと」


 矢じりにオレンジの鉢巻きを巻いた。

 

 「ほらよ。こっちの切り札投入だ。ザイオン。真横をぶち破れ」


 矢が左翼に向かって飛ぶ。


 ◇


 上空をオレンジの矢が駆ける。

 ザイオンはその合図に喜んだ。


 「おっしゃああああああ。俺の出番!!!!」


 叫び散らかしたザイオンが出撃。

 敵の左翼に一人で当たる。


 「おらおらおらおら。手ごたえがあるやつ出てこい!!!」


 敵を挑発しながら、薄くなった敵の右翼陣をぶち破っていく。


 ◇


 「よし。ザイオンが乱した。ノオル部隊。左端からあのバカでかい男について行け。あいつが撃ち漏らした奴を狩り続けろ」

 「「「はい」」」


 ミランダは指示の後、右の戦場を見た。

 

 「ああ、やっぱ優秀だな。ザンカはやるぜ。それにエリナも。あいつフォローが上手いわ。人の事をよく見てんだな」


 ◇


 「押すぞ。このまま右翼から真ん中に押し続ける。前へ進み続けろ」


 ザンカを先頭にして、右翼部隊は敵の左翼部隊を撃破し続ける。

 中へ中へと押し込みが開始された。

 その道中、撃ち漏らしそうになる敵に対して、エリナがナイフを投射。

 一人も逃さない彼女の目が、眼光鋭くなっていた。


 「ザンカ。とにかく前へ行け。お前、合ってるぜ。ミラが言っていたことにな」

 「そうか。そいつ。やっぱりすごいな」

 「でもよ。何が凄いんだこれ? あたいはよくわからん。伝言係だったからな」

 「ああ。ミランダとかいうお前の大将は最初。隆起するように右翼を盛り上げた。それは相手の中央をこじ開けようとする動きに見せた囮だ。俺の左翼もそれに追従すると作戦としては更に信憑性が増す」


 ザンカは完璧にミランダの攻撃の意図を理解していた。


 「だから敵は慌てて中央に厚みを出そうとする。結果。中央が分厚くなるとどうなるか分かるか。エリナ」

 「まあ、端から人が応援に行くからな。そうか。左右が薄くなるってことか」

 「そうだ。それでミランダは、俺に右翼。あっちに何か左翼を突破できる奴を置いているんだろう。お前ら、他にも仲間がいるんだろ」

 「いる。ザイオンがな」

 「そうか。やっぱりな。じゃあ、今のこの状態は!」


 ザンカは敵を切り裂きながら前進し続ける。


 「挟撃状態だ!・・・・そして、奴の真の狙いは・・・・」


 ◇


 「完璧だな。中央までザイオンが行ったぞ。つうことは、こっちも押しきれば・・・完成だな」


 ミランダが完成させたのは、挟撃状態からの包囲戦争。

 敵の中央軍を取り囲うようにして、ノオル部隊と、ザンカ部隊が配置される図になった。

 敵の数は千。

 両部隊の数は六百。

 数の違いはまだあるが、戦場に置いて、包囲戦の逆転劇はほぼない。

 ストロー家の勝機はほぼなかった。


 「はいよ。これで勝ち。んじゃ、あのおっさんの所に行くかな」


 ザイオンを連れて、ミランダは、この結果を叩きつけることにした。

 

 

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