第291話 お目当て発見

 「腹減った・・・マジで・・・死ぬかもしれないのさ」

 「おい。腹減る事がよ。何で起きるんだ。今の金ってどうなってんだ。帝都でシルクさんから、結構もらっていたよな」


 ザイオンが聞いた。


 「もらってるよ。あとはこんくらい」

  

 ごくわずかな金がミランダの体から出てきた。


 「うお!・・・少ねえ!・・・なんでだよ。なんでこれぽっちなんだ」

 

 ザイオンは金の少なさに驚いた。

 帝都では、ザイオンの大きな両手でも乗らないくらいのお金があったのに、今は人差し指だけでお金が乗る量である。

 

 「だってさ。エリナ来てくれたんだぞ。パーティー代なのさ」

 「クソ。こいつ馬鹿だ。おいエリナ、お前に任せたい。こいつから今の金を奪え」

 「わかったぜ。よこせ。こら」

 「あ! 何すんだエリナ」

 「お前に任せてたら破産する。あたいとザイオンがやるわ」

 「んだと!」


 ミランダは当然であるが、金の計算は出来る。

 でも金の勘定は出来ない。

 際限なく使うスタイルを持っている。


 「あたいらさ。今どこにいんの?」

 「知らん。ミランダ。どこにいるんだ?」

 

 ザイオンは地図が苦手である。


 「えっとな。マールダ平原じゃないのか。下が土だしよ」

 「つうか、あたいらよ。あの村から西に行ってビスタには行ったよな」

 「ああ」

 「んで、今がマールダだろ? そんで次は何処行く気なのよ?」

 「バルナガン!」

 「は? バルナガン!? ビスタから? バルナガン???」


 エリナはキレ気味に答えた。


 「おう。バルナガンで見学がいいかなってさ。そっち向かってる」

 「おいおいおい。だったらお前、シーラ村から北上した方が良かったじゃねえかよ。何で帝国の南西から北東までを移動すんだよ。無駄移動じゃねえか」

 「旅には無駄が付き物さ・・・」

 「おい! こいつ、戦いの時とかは頭がいいのによ。私生活になるとゴミだぞ、こいつ」

 「そうだな。ヤバい奴だな」


 エリナとザイオンは同意見だった。


 「んだと。やる気かてめえら」

 「うるせえ。無駄な体力を使わせんな」

 「ああ、喧嘩すんなよ。ほれ」


 ザイオンの左手に納まるのがミランダ。右手に納めるのがエリナ。

 喧嘩の仲裁は、ザイオンの役目である。


 ◇


 バルナガンの入り口付近。


 「死にかけだ・・・」

 「てめえのせいだわ」

 「良く生き残れたな。俺たち」


 ミランダたちはお金が底を突く状態でバルナガンに到着した。

 それでも生きてこられたのは、ミランダのサバイバル知識と、エリナの料理センスと、マールダからバルナガンまでの途中にあるテースト山での食料補給のおかげである。


 「ま、何とかなっただろ。いいじゃんなのさ」

 「クソ。なんでこいつがあたいらの大将なんだ」


 文句は言っても、大将であることは認めているエリナであった。


 ◇


 バルナガンは鉄鋼の都市。

 至る所で、鉄の匂いが充満している。

 そして、この当時は内戦が多く、貴族たちも武装するために、武器の注文が多いのだ。

 全ての鍛冶師がフルタイムで仕事をしている。

 大繁盛の状態である。


 「どこ行っても鉄だな」

 「エリナはここに来たことがないのさ?」

 「ないな。帝国北部には来たことがない」

 「そっか。まあ見学しておこうぜ」

 「そうだな・・・」


 エリナもだが、ザイオンも都市間を移動することなど滅多になかった。

 特にスラム出身の彼は帝都を中心に活動していたので、他の都市に行くことはなかったのだ。

 せいぜい移動しても近くのククルくらいである。


 「喧嘩だ。喧嘩。ここにいる奴らは下がっておいた方が良いぞ。いつものだ」


 都市の酒場通りで、乱闘騒ぎがあったらしい。

 市民の男性が皆に知らせるために走り回る。

 すると、武器防具屋は店じまいを始めた。

 その姿が手慣れているので、喧嘩が度々起きているのだと予想できる。

 

 「喧嘩か。いいな」

 「おい。ザイオン。無駄な労力を使うなよ」

 「わかってるって、安心しなミラ」

 「はぁ」


 無駄な指摘であると自分でも思うミラであった。


 ◇


 中からすでに物が壊れている音が聞こえる。

 酒場から物と人が外に飛び出ていく中で、酒場の中に入ろうとする奴らは珍しい。


 「おお。椅子が空を飛んでんな」


 建物に入ってまずミランダが見たのは、右から左へ移動している椅子だった。

 投げ込まれた勢いはなかなかのもの。


 「俺も戦うか」


 ミランダは、喧嘩に加わろうとしたザイオンの袖を引っ張った。


 「これこれ。ここは交渉させてくれ」

 「ん? 交渉?」 

 「ああ。あたしにまかせな。エリナ、ザイオンの手綱を握ってくれ」

 「わかった」


 ミランダを先頭にザイオンとエリナが酒場のマスターの元へ歩く。

 飛び交う椅子や酒樽などの中、三人はゆっくり歩いた。


 「マスター」 

 「ん? いや、お嬢ちゃん。こんな危ないところに来ちゃ駄目だよ」


 マスターは頭を下げて、手で覆っていた。

 頭部に危険物が来る恐れがあったからだ。


 「ああ。大丈夫だよ。あたしはこういうの慣れてるから」

 「え?」

 「この喧嘩さ。止めたら、なんか奢ってくれる? 腹減ってんだよね」

 「止める?」

 「ああ。マスター迷惑だろ。こんなにものがぶっ壊れたらよ」

 「それはそうだけどね。さすがにこれを止めるのはな、軍隊くらいじゃないと」

 「大丈夫。大丈夫。この男がやるからよ。全部、外に放り投げるわ」

 「え?」

 

 マスターはテーブルから顔を出して、上を見上げた。

 笑顔の大男が腕まくりしている。


 「わかった。出来たら奢るよ。出来たらね」

 「おっけ。ザイオン。許可もらったわ。暴れていいぜ」

 「おし、まかせろ」


 ザイオンは意気揚々と戦場に向かう。


 「おらああ。かかって来い」


 ◇


 後ろで暴れ回るザイオンがいる中、カウンター席にいるミランダはというと。


 「マスター。なんかメシない? 腹減った」

 「いや、君。お仲間が後ろで戦ってるんだけど」

 「ああ。大丈夫。あいつが全部勝つからさ。なんかメシちょうだい」

 「んん。すぐに出せるのだと、フルーツでもいいかい」

 「いいよ。なに?」

 「リンゴ」

 「リンゴか。じゃあ、ちょうだい」

 

 二つリンゴが出てきた。

 ミランダは一個にかぶりついて、もう一個は投げた。


 「エリナ。食べとけ」

 「おう。サンキュ」


 エリナもミランダと同じようにリンゴにかぶりついた。

 彼女の方はザイオンの喧嘩を見守り、ミランダは彼の戦いには目もくれずに、マスターと話す。


 「マスター。ここらの情報ってなんかない。良い感じのさ」

 「情報?」

 「なんか強い人とかさ。戦いがあるとかさ。そんな情報」

 「うん。ちょっと待ってね。メモがあるから」

 「メモ?」 

 

 マスターはカウンターの下にある用紙を取り出した。


 「マスター、もしかしてお客さんの話。メモってんの」 

 「そうだよ。情報はね。有益なんだ。売り買いできるものさ」

 「おお。やり手だね。マスター凄いね」

 「ありがと」


 ここのマスターはかなりのやり手であった。


 「えっとねぇ。直近で言うと、ストレイル家の下についている家が争うらしいよ」

 「ストレイルね・・・・ああ、あのデカいことばかり言うイカツイ奴ね」

 

 ミランダの脳内にはヴァーザックの姿があった。

 やけにゴツイ鎧を着るイメージがある。 

 ヴァーザックの顔が浮かぶと腹が立つ。


 「なんかムカついて来るな」

 「それでね。サンデー家とストロー家の対戦らしいよ」

 「サンデー?・・・ストロー?・・・・あんまり知らねえな」

 「二つともここらの地方の豪族さ。貴族に取り立ててやるとの話みたい」

 「ああ。そういう条件ね。宣言戦争に似ている形か・・・・んじゃ、どっちか死ねばいいとか思ってんだな。豪族って貴族にとっても邪魔だもんな」

 「しっ。嬢ちゃんそれは言わない方がいいよ。危ないよ。誰かに聞かれたらさ」

 「大丈夫だよマスター。あたしって強えからさ。ここらの豪族とか貴族に負けるつもりないからさ」

 「え?」


 リンゴをかじっているミランダを見るマスターは、どこからどう見てもただの女の子にしか見えていないのだ。

 でも豪語する内容は、酒を飲みに来る男どもと変わりない事を言っていた。


 「おっけ。マスターありがとね。そんじゃね。あ、他にもメシない? あいつにもご飯あげたいからさ」


 ミランダが指差した先にいるザイオンは、喧嘩していた連中を全て外に放り投げていた。

 手でほこりを払う余裕がある。


 「ああ、それじゃあさ。もう少し待ってよ。お礼にお弁当作るからさ」

 「マジで。マスター、イイ人じゃん。サンキュ」

 「これはお礼さ。また何かあったら頼るかもよ」

 「いいよ。いいよ。ここはあたしらがいる間は守ってあげるよ」

 「ほんとかい。助かるよ。用心棒代にご飯ね」

 「うん。ありがと」


 ミランダは巧みに交渉して、自分たちの滞在期間の間の飲食代は浮かせたのであった。


 ◇


 しばらくこの街を観察した後。


 「駄目だってよ。ミラ、どうすんの」

 「俺はいいらしい。でもお前らは年齢で駄目らしいな」

 

 エリナとザイオンの後にミランダが苛立って言う。


 「ああ。そうかい。あいつら、年齢で区切ってんのね」

 

 エリナとザイオンの二人は、さっきの話にあったサンデー家とストロー家に行って、戦闘参加を申し込みに行った。

 でも、ミランダとエリナの年齢と、女性であるからと言った流れにより、失敗に終わったのである。

 ただ、ザイオンだけは見込みがあるとして、サンデー家からスカウトを受けそうになるが、彼は断った。

 彼が人の意見に耳を傾けるのは仲間だけだからである。

 

 「どうすんだ。ミラ?」

 「そうだな・・・エリナがな。誘惑とか出来たら参加できそうだけどな・・・無理だもんな。色気ねえもん」

 「て、てめえ・・・あたいにぶっ殺されてえのか」

 「ん。そればかりはどうしようもねえもんな」

 

 ミランダはまだ子供だから誘惑なんて出来ない。

 でもエリナの年齢なら出来るはず。

 ミランダは横目で彼女を見続けた。


 「この野郎。おい! って、離せザイオン」

 「おいおい。ここで喧嘩すんなよ。この都市でなにするかを決める話し合いなだけだろ」


 ザイオンがエリナを持ち上げながら聞いた。

 

 「そうだな。その戦いに参加できないなら、見学でもするか」

 「見学だと?」

 「ああ。実践訓練でもするだろ。どっちもよ」

 「そうだな。一週間後だからな。その間に少なくとも数回くらいは練習しないと厳しいよな」

 「ああ。ザイオンの言う通りなのさ。全体練習しないとな。集団戦闘なんて出来っこねえ」

 「じゃあ、場所を探って来るわ」

 「ああ、頼んだ。あたしはちとこの街全体を探る」

 

 三人はそれぞれバラバラに行動を起こした。


 ◇

 

 その後。両方の見学をした後に見る家を選択したミランダは、サンデー家の方に見学に行く。

 ここには理由があり、数多の有象無象の兵の中で、一人だけ気になる動きをしていた人物がいたからだ。


 「あれだ。あれ、あいつが面白いぜ」

 「どれ?」

 

 遠くからミランダとエリナが望遠鏡で戦闘訓練を見る。


 「あの中で唯一、戦術がある男だ。でも基礎じゃない。だから他の仲間が動きを合わせることが出来てねえのよ。自分の仲間だけだ。動けているのさ。たぶん理解力がない奴に高度な指導してるから周りがついて来れねえのさ。もったいないのさ」

 「どれだよ」

 「あれだよ、あれ。なんか後ろに小さいのを連れてるだろ。つうかさ。小さい子。戦場に出てんじゃん。どういうことなのさ」


 ミランダが指摘した男の後ろには、ミランダくらいの少年がいた。

 大体11歳くらいの男の子である。


 「あれは、ザンカとマールじゃないか」

 

 ザイオンも望遠鏡で見て、ミランダが指摘した男を確認した。


 「なんだ。ザイオン。名前まで分かんのか」

 「ああ、受付の時に会ってな。酒場のマスターからも奴の話を聞いたぞ。あの両家以外からのスカウトはあいつだけだったからな。俺が欲しいんだと。盾役にな」

 「ほう。ザイオンに目をつけたと。あいつ、なかなかやるな・・・でも盾役なのがいかんのさ」

 

 ザンカは、ザイオンをスカウトしようとした。

 その事で、彼は指揮だけじゃなく、先見性があるように思う。

 ミランダは、ますます彼を気に入ったのだ。


 「俺が盾役じゃないだと?」

 「ああ、そうさ。お前は矛。明らかに攻撃だ。盾は、あいつだ!」


 ミランダは、遠くにいるザンカを指さした。


 「あいつが盾? ザイオンが矛でか。じゃあ、あたいは!」

 「エリナは、バランスだ。中間距離のスペシャリストだな」

 「は? あたい、飛び道具はそんなに得意じゃないぞ。ナイフくらいだぞ」

 「あたしが言っているのは武器の事じゃない。中間距離というのは部隊位置の事だ。お前はバランス感覚がいい。攻め時。守り時。両方の判断が優れている。ザンカもどっちかと言うとそこが上手い方だが、それ以上にエリナの方が良いのさ。あたしは幹部だけは優れた奴にしてえ。ウインド騎士団にも負けないためには、とにかく優秀な人材が欲しい。ザイオン。エリナ。すでにあたしの幹部になる二人は優秀だ。そして、ザンカ。あれも欲しいぜ。あれもかなり優秀だ」


 欲しい人材を見つけたミランダは、不敵に笑った。

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