第290話 ウォーカー隊の初勝利
シーラ村にワルター家の私兵がやって来た。
「おい。貴様ら。エリナとか言う女はどこに行った」
「へい?」
ここに住んでいる村人は、偉そうな貴族に話しかけられて困った。
「どこに行った!」
「知りませんよ」
「なんだと。貴様らが雇った女じゃないのか」
「何の話だか? 私には分かりません。あの、探し人なら、私は昨日ですね。村に帰って来たばかりなので、村長とかに聞いてみてください。村長なら分かるかもしれませんよ」
上手い具合に話をはぐらかした村人は、貴族の集団を村長の方に促すと、焼き芋を焼こうとして落ち葉に火をつけた。
黙々と煙が上がる。
◇
シーラ村の裏山。
木の上にいるミランダが下にいる二人に向かって話す。
「おい。ザイオン。エリナ。村に敵が来たらしいぞ。合図の煙が上がった」
「ほんとか。ミラ。お前の予想通りだな」
木の上にいる彼女の方を見たザイオンの後に、隣のエリナが話に続く。
「うそだろ。こいつ凄くねえか。予想じゃねえじゃんか。敵が来るってのはもう予言だったじゃんか」
敵が来る時期まで予測したミランダを褒めた。
「あそこからどの程度の時間で来るかだな。すぐ来たら一流。待ったら超一流。中途半端だと二流三流だな。どの程度の奴だ。貴族の連中はよ」
村人全面協力で物資があるミランダは、借りた双眼鏡から敵を探していた。
◇
村長からもう村を出ていった。
山の方に消えていったと聞かされた貴族の兵らは、そのまま村の裏手に出て、エリナを探そうと動き出した。
三時間後、足跡を見つけた。
女サイズの足跡が一つ。
だから、兵士らは迷わずに追いかけることが出来た。
着々と一歩ずつ進んでいく兵士らは足跡が新しめになっていることに気付き、進軍を遅くして、全体がゆっくりとなった。
「そろそろかもしれない。慎重にいくぞ」
私兵らは、何も考えずにゆっくり進む。
◇
「アホだな。三時間越えかよ」
木の上にいたミランダは、敵を見つめて言う。
「来るなら一時間で来い。来ないなら八時間以降でもいい。こいつら頭使ってねえじゃん。もう夜になってんだよな。夜過ぎてエリナが移動するわけがないからよ。待ってても、そっちが勝ちなんだよな。それにあんなにくっきり足跡を残す馬鹿に見えんのかってんだ。エリナは、お前らが思うよりも頭がいいぞ」
ミランダは相手が三流だと見抜いた。
だから作戦を決行する。
◇
私兵らは立ち止まった。
先頭の男には何かが見えたために、待機命令を出す。
「待て。誰かいる」
真っ暗闇の中では、人がいるのは確認できるが、誰なのかを視認できない。
「貴様がエリナだな。大人しく捕まれ。ワルター家の兵を斬った罪を償え」
「は? あたしに罪だって? んじゃ、あんたらはよ。何の権利があってあの村から徴収しようとしてんだよ。あそこの村はウインド家の領地だそうだぞ。そしたらあんたらこそ罪があるんじゃねのか」
なんだか少し棒読みに感じるエリナの声だった。
「徴収はいいのだ。戦争で金が必要な場合。緊急時は徴収が可能。それがこの帝国のルール」
「そうなのか。苦しい生活をしている村によ。この間徴収されてばかりで、金もねえのによ。そんな糞みたいな決まりがあるってのかよ」
なぜかまだ棒読みが取れない。
「黙れ、一般人風情が、我々貴族に口出しをするな。どうやら貴様は死にたいらしいな」
「はっ。あたしの口に勝てねえからって、すぐに暴力か。雑魚だなあんた」
「き、貴様」
「尻尾巻いて帰った方が良いぞ。三流貴族の兵士共」
ここだけ棒読みが取れた。
「この・・・かかれ。殺してもいい」
貴族の私兵は、黒い影にしか見えないエリナに向かっていった。
『おい。ミランダの台本通りに言ったらキレたぞ。すげえなあの台本』
エリナは、内心そう思っていた。
ミランダの挑発文を読み聞かせてもらい、話すだけ。
単純な作業だが、ほとんど台本通りに喋ったことで相手は見事にキレだした。
『ミランダ。あいつガキの癖に凄い奴だな。逆らうのはやめた方が良いかもな。言うとおりにした方があたいの人生上手くいきそうだぜ』
と勝手にミランダを尊敬したエリナであった。
◇
私兵たちは号令に続いて走り出した。
エリナらしき人影に向かっている私兵らは、人影に近づいて見て初めて分かった。
その場に誰もいない。
エリナだと思った影は、かかしであった。
「なんだこれは、かかし?」
それを罠だと思わずに、ただただ立ち往生しているのが判断ミスである。
「あんたら、アホだぜ。ワルター家? つうことは、あのウォーカー家と同じで、あの雑魚について行った家じゃなねえか」
別な女の声が聞こえて、私兵らは混乱した。
まさか他にも人がいるとは思っていなかったのだ。
「その場の匂いがおかしい。その事を気にしていない。アホな奴らには、たった一本の矢をプレゼントしよう。んじゃ! さいなら~」
声は上から聞こえていた。
私兵らが上を向くと、火の玉が一つ見えた。
こちらに勢いよく向かってくる。
近づいてくる火の玉は音を立てていた。
兵士ならばよく聞いた音だ。
矢の風切り音だ。
火矢が貴族の私兵らがいる地面に落ちる。
ミランダが言っていた匂い。
それは酒の匂いである。それも度数の高い酒だった。
かかしも、酒も。
村からもらった物である。
村人たちだって好き勝手に徴収されてたまるかと思っているのだ。
「ぐああああああああ」
「うおおおおお。逃げろ」
火矢は燃え滾る炎と化して、これが村人の怒りの炎となった。
暗闇の山の一部が明るくなる。
「下がれ、下がれ」
百人ほどの兵士たちの三分の一は燃えただろう。
その三分の二が逃げようと来た道を戻るところに、大きな人影が現れた。
「ここで下がれたら幸せだったな、貴族共。俺と対戦だ。おらあああ」
暴れ狂う大男を止める術がない。
私兵たちは前後で苦しくなる。
前は火。後ろは大男。ならば横しか逃げる道はない。
右に移動しようと動き始めると、何かが飛んできた。
「ぐお」「な、なんだ。何が起きた」
「鋭利な物が飛んできている。武器で防ぐんだ。守れ。身を守れ」
勢いよく投射されているのはナイフ。
エリナが投げているナイフは、敵の急所に正確に向かっていた。
このナイフもまた、村にあるものだ。
これを何百と頂いたのである。
村人の怒りの数だと思ってほしい本数だ。
「おらよ。おらよ。これ、くらいな」
エリナは楽しそうにナイフを投げている。
「駄目だ。こっちは駄目だ。そっちに逃げろ」
今度は、左から逃げようとする。
だが、そんなことも予想済み。
ミランダがみすみす敵を逃がすわけがない。
「だから甘ちゃんなんだよ。これでもくらえ。アホ貴族ども」
矢が二本同時に飛んでくる。
側面から逃げようとする兵士にクリーンヒットする。
「矢だ。躱せ」
「どこにだよ。どこも逃げられねえんだよ」
指揮官の声に対して、ため口。
もはや規律性もない軍になっていた。
「だから甘ちゃんなんだよ。お前らはな。ザイオンに刈り取られな!」
逃げ場がなく、立ち止まるとどうなるか。
それは暴れている大男ザイオンに迫られるという事である。
「おりゃあああああああああ。手ごたえがねええええええええ」
夜中の山で、声が響く。
大きさが人の範疇を越えているから、鬼かと思う兵士たちであった。
鬼が一つ叫ぶと、人が三人宙を舞う。
鬼が二つ叫ぶと、人が六人宙を舞う。
これがいかに恐ろしくても、この場から逃げる方法がない。
火に矢にナイフの嵐が吹き荒れているからだ。
「ミラ! これで終わりらしいぞ」
暴れ回った結果、ザイオンは最後の一人を捕まえた。
「わかった。終わらせてもいいぜ」
「わかった。おりゃよ」
「ぐあおば」
相手を持ち上げて、地面に叩きつける。
敵は気絶した。
「終わったぞ」
「おし。エリナ。縄で縛んぞ。手伝ってくれ」
「わかった」
三人は生き残りを縄で縛る。
こちらに来たワルター家の兵士の半数以下。
四十一名の兵士が生き残った。
だが、生き残ってもたったの三人に捕まったのであった。
◇
『バシャーン』
水の音が出ると、ミランダの声がする。
「おい。起きろよ。このおっさんが一番偉いんだよな。武装が一番良いみたいだしさ」
「ぐはっ。い、息が出来る!?」
ミランダに水をぶっかけられた男性が起きる。
「おっさん」
「な、なんだ。私が・・捕まっている!?」
ミランダの声を無視しておっさんは自分の体に縄があることに驚いた。
「おっさん!」
「ど、どうして、私が・・・」
ミランダの声を無視して、おっさんは状況を受け入れない。
「おっさん!!!」
「ま、負けたというのか。この私が・・・」
ミランダの声を無視して、おっさんは現実逃避を始めた。
「この野郎! ぶっ殺す!」
「待て待て待て。ミラ、せっかく捕まえたのに殺してどうすんだ」
ミランダが名刀疾風を抜き出そうとしたので、ザイオンが止めた。
彼女の体を持ち上げる。
「ザイオン! 離せ。こいつをぶっ殺す!」
「おい。冷静になれよ。こいつから話を聞くんじゃなかったのか」
「だってこいつ。あたしの話、無視しやがったぞ。だからぶっ殺す」
「おいおいミラ。いいからいいから、ここで冷静になっておけ」
じたばたする足が地面に着くことはない。
ザイオンに体を持ち上げられたら、少女では空中を歩くしかないのだ。
「お前さ。なんであの村から金が欲しかったんだ?」
ここで一番冷静なエリナが話を聞こうとした。
「き、貴様がエリナか。情報の通りだと・・・エリナだな」
おっさんは、話に聞いていた情報を照らし合わせるために、彼女の胸を見た。
ぺったんこだった。
「てめえ。この野郎、ぶっ殺す!」
おっさんの視線が自分の胸に入ったことで逆上したエリナ。
背中の二刀の短刀を抜く寸前で、ザイオンに持ち上げられた。
「離せザイオン。あたいはこいつをぶっ殺さないと気が済まねえ。女のプライドで殺す」
「ちょっと待ってくれよ。お前ら、もう少し冷静になれよ」
「おい。ザイオンいい加減にしろ。あたしも離せ」
「はぁ。なんだよこいつら。頼むぜ」
片手ずつで二人を持ち上げるザイオンの苦労は絶えない。
意外であるが、ザイオンは初期の頃のウォーカー隊では、皆の面倒を見てきた側で。
ミシェルを育てるまでの彼は、好き勝手出来なかったのだ。
◇
落ち着くまで三分を要した。
「クソ、ザイオンに免じて許してやる。おっさん。でも次はねえぞ。いいな」
先にミランダが冷静になってくれた。話は進む。
「おっさん。ワルター家の家臣か?」
「そうだ。貴様は誰だ。こんなド派手な頭の小娘に負けるとは」
「あたしは、ミランダだ」
「ミランダ? 知らないぞ。こんな小娘」
「ウォーカーだ」
ミランダは嫌々名前を言った。
貴族連中にとって名は重要。
だから名乗ればどこどこの家の者かは大体理解できる。
「・・・ウォーカー? ああ、去年無くなった家だな」
「そうだ。屑どもは死んだ」
「貴様、自分の家族のことだろう。何を言っている」
「あんなのは家族じゃねえ。あたしとは関係ない。あいつらは糞の塊よ。あたしはあいつらに育てられてねえ」
「・・・そうか。そうかもしれないな。あれらは血眼になって出世しようとしていたしな。子供の世話の話も、子供自体の話をしたのを見たことがないな」
「そうだろ。でもそれはワルターの家もだろう。出世をしようと必死なんだよな」
「なに? そんなことしなくても、ワルター家は大丈夫だ」
「いいや、あの村にちょっかいを出すなんてアホがする事だろう。あそこはウインド家だぞ。お前らはレティスの恐ろしさを知らねえのか」
この中で一番彼女に触れたことがある。
ミランダの言葉は重かった。
「奴は騎士団で手一杯だと聞いたことがあるが」
「誰にだ?」
「知らん。ビスケット様がそうおっしゃっていた」
「ビスケットだと・・・ワルターの当主だな。あの糞デブ」
「貴様、その口。不敬だぞ」
ミランダは貴族の連中は一度見たら覚えるたちである。
なぜかというと、貴族がものすごく嫌いだからである。
全部を淘汰して、消えるべきだと思っているのだ。
ビスケットの事は、一度両親と話している所を見たことがあるので覚えているのだ。
「ビスケットは誰かに聞いたのか?」
「ん?」
「お前の当主は! 誰かにその話を聞いたのかってんだ」
「わからん。でも、急にこの作業が加わったのだ。戦争参加をするとのお話の後に、お金周りの強化をしなければならないと、私たちは当主様の指示通りに動いていたのだ」
「・・・ビスケット如きが、こんな事を決断できるわけがねえ。これには裏があるな」
ミランダはすでに怒りの状態になっていない。
思考の中に感情が入っていなかった。
「ミラ。どうすんだ。こいつら」
ザイオンが聞いてきた。
「ああ、村長に言ってあるからさ。こいつらを引き渡すわ」
「ん? 村長にだと。何する気だ?」
エリナが聞いた。
「それは、村長の手で、引き渡してもらうのさ」
「渡す? 誰にだ?」
「もちろん。ウインド騎士団なのさ。エステロに連絡を入れたからよ、すぐにでも来るだろう」
「は? もう連絡を?」
「ああ。捕まえる事は確実だったからな。あとは村長たちに渡しに行く。そうすりゃ、ヒストリアがここに詫びを入れると思うぜ」
「詫びだと? なんでだ?」
「ヒストリアはこういう事に律儀なんだよ。迷惑かけてすまないと、金か、しばらくの税の免除をすると思う。それで村は助かると思う」
「そうなのか・・・ならよかったな。あそこの村」
エリナはホッとしていた。
世話になった人達が苦しまなくて済む。
彼女は態度は大きいが、心は優しい女性であった。
「んじゃ、こいつらをひとまとめにして連れて行くぜ。ザイオン頼んだわ」
「おう。まかせとけ」
こうして、ウォーカー隊の隊としての初戦は、ワルター家の私兵戦であった。
三対百十四の数の差も関係ない。
大勝利を収めたのである。
ついでにシーラ村も救い、エリナも仲間に加えたのが大きな収穫であった。
ミランダの旅は続く。
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