第289話 ロンリーウルフ
二人はウォーカー隊の結成を決めてから、ダーレー邸を後にしてスラム街に向かった。
ザイオンの仲間のスラムの皆には、これからミランダが結成するウォーカー隊の説明をして、自分たちの仲間になる条件を提示した。
『最低限の知識と教養を詰め込む努力をする』
『この生活を抜け出す努力をする』
この二つを軸に隊員は採用すると、皆に伝えて、努力を怠らない奴だけを自分たちが帰ってきた時に仲間にすると言って、二人は帝都から出立した。
それに合わせて、彼女が作った教科書のようなものを、スラムには置いてきた。
努力を忘れない者は、それらを活用して頑張ってくれるだろう。
これからのウォーカー隊に必要な者とは、そんな底辺のスラムにいることに満足する者じゃなく、環境にも負けずに上を目指す者だけが必要なのだ。
彼女らが満足するような仲間は、普通に旅するだけじゃ見つけられない。
怪しい森や、危険な山脈など、通常の町や村にはいないような人が欲しい。
採用条件としては、なかなか厳しい条件である。
「ザイオン。なんかいいのがいないな」
「まあな。でもさっきよ」
「ん?」
「面白い話を聞いた」
「どんな?」
「隣の村にえらく強い傭兵がいるってよ。徴収してきた貴族の私兵をぶっ倒したってよ」
「マジか! それは面白い話だな」
「ああ。行ってみるか」
「いいぜ。行ってみよう」
二人は隣町に向かった。
◇
シーラ村。
「なんだ。面白そうなのいないじゃん」
「ミラ。俺たちさ。二人しかいないから警戒されないだけじゃないのか。無視されてんだよ」
「ああ。そうか。あたしら軍とか兵には見えねえもんな」
しかしである。
やけに体の大きな男と、背中に大きな刀を背負った少女。
この二人が警戒されないのもおかしい話である。
「おい。なんだ。貴様ら、この村には勝手に入って来るな。ごたごたがあったから、今はよそ者を受け入れてない」
チンピラみたいな男が二人に言った。
「誰だお前。傭兵か?」
「ああ? このチビ。デカい男の妹か」
「誰が妹だ。こいつはあたしの仲間だ。ボケ」
「ボケだと、このガキ」
男は怒りに任せて拳を出した。
短気だなと思うミランダはザイオンに話しかける。
「はぁ。ザイオン。手出すなよ」
「出す気はない。そもそも俺の力が必要ないだろ。お前だぞ」
「ククク。言ってくれる。守ってくれねえのかよ。一応、女の子だぞ」
「いらねえだろ。この程度、それにただの女の子は、パンチが自分に向かってきて笑わないわ」
ザイオンは腕組みスタイルのまま立っていた。
ミランダを守るそぶりも見せない。
「なんだよ。ま、いっか。おい。パンチが遅え」
ミランダは相手のパンチを掻い潜って、相手の肘を軸に背負い投げを披露した。
「うわああ、なんだ」
「情けない声を出すなよ。お前、戦い慣れてねえな。脅しておいて、戦わないように仕向ける奴か?」
「おい。ミラ。なんか出てきた」
「ほう・・・なるほど。二段階で確認か」
ぞろぞろと人が集まってくる。
武器を持つ人間たちは、身なりが良いとは言えない。
「傭兵か。あんたら? なんだか素人のような感じだな」
「ミラ。戦うか?」
「来るならな。来ないなら別にいいけど」
ミランダは、ただその貴族を追い払った人物に会いに来ているだけだから、基本戦う気はない。
でも彼女の性格は・・・。
「来た。ザイオン。暴れんぞ」
「おうよ」
好戦的である。
「弱えな。こいつらが貴族らを蹴散らしたんじゃないのか」
「そうだな。あっさりだな」
二人で十五人を撃破した。
あっという間の出来事で、援軍が来る余地もなかった。
「おい。てめえら、あたいの仲間に何してんだ?」
「ん? あれか。あれがボスだな」
ミランダは敵の大将だと思われる女性を見た。
中々気骨のある風貌に、両刀を持つ女性だ。
「お前が頭だな」
「あ? 何だこのガキ。このデカブツに話してんだよ」
「おい。あんたもかよ。まあいい。あんた、どうやって貴族共を倒したんだよ。こいつら、弱いんだけどよ。無理じゃね?」
「この人たちが傭兵だと? ちげえよ。お前ら貴族じゃないみたいだし、帰りな」
女性は否定してきた。
「ん? 話が違うな」
「あたいは用心棒さ。ここの奴らは、ここの村人。仲間の振りしてもらって、貴族共を追い払っただけだ」
「ん??? つうことは、お前。口で追い返したのか」
「いいや、最初にあたいが脅しで戦った。二人斬ったら相手がビビったのさ」
「なるほどな。そいつはまずいかもな」
ミランダは事情を察した。
「あんた、相手何人だった?」
「十だったな」
「そんで戦ったのはあんただけ?」
「そうだ」
「んで、相手が逃げたのか」
「ああ。逃げた」
「そうか。やべえな」
ミランダは更に事情が分かった。
「おい、ミラ。お前だけ納得すんなよ。俺にも教えろ」
「ああ、こいつ。あんた名前何?」
ザイオンに話しかけられていたから上を向いていたミランダ。
こいつじゃなく名前を言いたいから、彼女の方を向いた。
「あたいは、エリナだ」
「エリナだな。わかった」
ミランダは説明のために、地面に絵を描いた。
「これ、ここの村な。ここに用心棒のエリナが村人を使って傭兵がいるように見せて、貴族共を追い払った。ただ、ここの貴族は、この村を使用する目的があるからな。村人だけは殺さん。金づるが減るからな。そういうのは一人でも多い方が良いと考える。人を人とも思わないのが奴らだ」
「なるほど」
ミランダが言ったことと書いた絵にザイオンが納得する。
「つうことは、最初に来た奴らはビビったんじゃなく、エリナの周りにいるのが村人だと分かっているから引き下がったのさ」
「ほうほう。ということはだ。エリナがやばいんだな」
ザイオンはミランダの解説の一部で理解した。
「そうだ。やっぱザイオンは頭いいな」
「なんだよ。またかよ。意外か」
「ああ。察しが良くて助かるぜ」
ミランダとザイオンの会話の後。
「じゃあ、あたいは村人と一緒に見逃されたってことか。そして引き下がった訳は・・・」
「おう。あんたも察しが良いな。あんた、その貴族に消されるな。もっとたくさんの私兵を呼んできて、ぶっ殺す気だ。確実にな」
「チッ。追い払えていい気になってたから、こうなったのか。あたいも馬鹿だな」
「あんた。一人なのか?」
「ああ、あたいは一人だ。親もいねえからな。これで稼ぐために一人よ。あたいは強いからな。一人でも生きられたのよ」
エリナは自分の武器を持ち上げた。
よく磨きこまれた短刀二本が輝いている。
「そうか。あんたは死ぬにはもったいないよな」
「は?」
「いや、結構強いし、何より作戦自体は間違いじゃなかった。でもあんたのミスは、ここの連中を傭兵ぽく見せる事をしなかったことだな。こいつらさ、村人感が抜けなくてな。すぐにバレたんだと思うぜ」
「そうなのか。やっぱ失敗か」
「ああ。でも、ここは幸いにも裏が山だ。ユーラル山脈だっけ。そこの山を利用しよう」
「ん? どういうことだ?」
「あんた、あたしの仲間になるか? ザイオンとあたしのよ」
「お前らのか? なんでまた?」
「あたしは結構あんたの強気な感じが気に入っている。今も死を恐れずに戦う事を考えてそうだ」
「あたりまえだ。簡単に死んでたまるか」
「だから、あたしの仲間にならんか」
「・・・んんん。何か策があるのか。そこを聞いてからだ」
「いいぜ。んじゃ、更に絵を足してと」
ミランダは簡易の地図を書いた。
「この裏の山にあたしらで布陣する。敵がどれくらい来るか知らんけど、あそこのデカい木から、この村を監視。敵の数に応じて、深い位置で待機するぞ。まず、ここの村人には情報を売ってもらう」
「情報を売る? どういうことだ」
「告げ口だ。いいか。まず、あっちの貴族らがここに来たら。あの女はどこにいる! ってなるのよ。その時に村人が抵抗すると死にはしないが痛めつけられる。でもすぐに答えれば何も起きないだろう。情報を売りさえすればな」
「村には迷惑が掛からないようにするってことか」
ザイオンが答えた。
「そういうことよ」
「それで奴らを山に引き連れてどうするのよ」
エリナが聞いた。
「待ち伏せで全滅させるのさ。あたしが罠を設置するからよ。結局は、まあ、全滅になんのよ」
「三人でも出来るのか?」
「三人でも出来るのよ!」
ミランダの自信満々の答えにエリナは驚く。
前回が十であるなら、今回は更に来るはず。
十でも多いのにさらにこちらに増えた人数で来たら、この人数では負けが確定である。
でもミランダは不敵に笑っている。
「どうする。エリナ。あたしの仲間になるか。なるなら手を貸さんでもない」
「なんだよ。悪魔の契約かよ。断ったら死で。受け入れたらあんたの部下ってか」
「部下じゃない。仲間だ。エリナ、あんたもウォーカー隊の隊長だ。あんたはそのくらいの器がありそうだ」
「隊長だと?」
「ああ。最強の傭兵集団。ウォーカー隊の一員になれ」
「傭兵? 軍? なんだそれ集団で隊?」
「そうだ。傭兵で軍だ。そんで仲間だ。あたしはそういう事が出来る奴をスカウトしに来てんだよ」
「・・・・あたいに向いてんのか?」
「向いていると思うのさ。あんた、基本の作戦も良かったし、ここの村人とそんなに長くは一緒にいないんだろ。付き合いなんて短いだろ?」
「10日くらいだな」
「それなら、よくここの奴らを上手く使えてるよな。やっぱりあんたは指示を通すのが上手いぜ。なかなかやる」
エリナは調整能力に優れた女性だった。
相手との会話などで軋轢を生むことが少ない。
「・・・あたいが隊長かよ・・・つうか、その組織は? どこかにあるのか? お前ら二人みたいだけどよ」
「これから作る!」
「は?」
「これから最強の傭兵団を作るんだ。あたしたちはゼロから始まってんだ。あんたが来たら、イチくらいになるのさ」
「へ?」
「だから人の話聞けよ。あたしは最初から作ってんの! それであたしが目指してんのは帝国でも最強の集団なのさ。ウォーカー隊は、ウインド騎士団にも負けねえのさ」
「へ?? ウインド騎士団だと!? あの強えって噂の?」
「ああ、そうだよ。あたしはそれよりも強くなりたい。ヒストリアには負けたくねえ」
ミランダの話が夢物語のように聞こえる。
エリナは彼女の言葉を理解できなかった。
「エリナ。俺も最初はそう思ったけどよ。こいつの力を信じてくれ。たぶん作れるぞ。俺たちは最強の集団をよ」
「あんたは誰だ。ずいぶん体格がいい男だな」
「俺はザイオンだ。ミラの相棒ってとこだな」
「そうか。あんた、歳いくつだ? こいつ、小せえのに、付き従ってんのか。あんたの方が年上だろ」
「俺は18だ」
「まだそんな歳かよ。見た目かなりのおっさんだな」
「おい! 失礼な」
軋轢が生まれそうになった。
ここでミランダがフォローを入れる。
「見た目はおっさんだけどな。こいつは強いぞ」
「おい! ミラもか!」
ミランダもザイオンがおっさんだと思っていた。
「お前は、いくつだよ」
「あたしは11になる歳だ」
「は? まだ10かよ。あたいよりも5つも下じゃねえか」
「あんた、15か。ふ~ん」
エリナをジロジロと見て、もっと幼いかと思った。
なぜなら。
「胸、小せえな」
「うるせい。このガキ!」
「まあまあ。そんな怒るなよ」
「んだと、このガキ」
ミランダに飛び掛かろうとすると、ザイオンに持ち上げられた。
エリナは、たかいたかい状態になる。
「そんで、エリナ。どうすんだ。俺たちと一緒に戦うか」
「・・・クソ。仕方ねえ。やるしかねえよな。お前らの予想じゃあよ」
「おっしゃ。じゃあ、エリナ。作戦を実行すんぞ。あたしについて来な」
「クソ。あたいがこんなクソガキに!」
エリナは渋々、ウォーカー隊に入団することを承諾したのだった。
―――あとがき―――
エリナ
ウォーカー隊の要と言ってもいい女性。
それは気配りがある女性であることからそう言われている。
ミランダ以外の女性の幹部と言えばシルヴィアとなり、ミシェルやリアリスらが台頭するまでは彼女が一人で隊を支えている面があった。
彼女は戦うだけじゃなく、軍の進軍速度や休息のタイミング。
色々な面に気配りがあるので、彼女に従軍するとあまり疲れないで戦えるとまで言われている。
粗暴そうに見える言葉使いや態度だが、仲間のことを最も思っている女性であるのだ。
ミランダの駄目な部分をすべてカバーできる貴重な人材である。
ちなみにタイトルのロンリーウルフは、ここまでの彼女が、一匹狼みたいな感じだったのでつけました。
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