第295話 悪童と影の計略
別な場所に移動した二人。
ミランダの前の靄は、まだある。
「おい。そろそろ姿を見せてくれよ。もしかして、あんた、姿を見せるのが恥ずかしい奴なのか?」
「いや、そういうわけじゃないぞ。おいら確認したのぞ」
「確認??」
「お前以外の目には、おいらが映るのかぞってな」
「え。この靄。みんなには映ってねえのか?」
「そうぞ! なんでお前だけ見えるのぞ」
「あたしも見えてねえよ。声だけ聞こえる」
「いや、だっておいらに・・・」
「だから靄が見えてるだけなんだよ。姿が見えてねえ」
「マジかぞ!?」
ミランダの目には相変わらず姿が映っていないのだが、こうして普通に会話しているのであった。
「これがおいらぞ。お前、名前なんぞ? 変わった奴ぞ」
影から人が出てきた。
袴に下駄姿の少年が現れると、珍しくミランダが驚く。
「おお! 人だ。でも小せえな」
「なんぞ。失礼な奴ぞな。おいらはまだ13ぞ。まだまだ伸びるぞ」
影の男は、ミランダと同じ身長だった。
「おお。子供じゃん」
「お前に言われたくないぞ。お前も子供ぞ」
「あたしは11だ」
「子供ぞ!」
ツッコミ役はサブロウである。
「名前ぞ。名前。なんなんぞ?」
「ああ。そうだったわ。あたしはミランダ。お前は」
「おいらはサブロウぞ。ミランダか。面白い奴ぞ。里以外だったら、この技を見破ったのはお前しかいないぞ」
「へ~。そうなんだ」
「そうなんぞ。おいらたち。里の者しか使えない技なのにぞ・・・なんでぞ?」
「里?」
「ああ、集落があるんぞ。千人くらいのぞ」
「ふ~ん。で、そこの金が尽きたから盗むと」
「何故分かったぞ」
「そんで、ただ盗むんじゃ良くないから、平民に盗んだ金の一部をばら撒いていると。こんな感じか」
「なんでわかったんだぞ」
「いや、噂話を聞いた感じと、あんたと話した感じな。こんな思考かなってな」
「合ってんだぞ。お前、化け物かぞ」
「そうか。じゃあさ、良い案があるんだ。ちょっちいいかな」
「案だと?」
「そう。おもしれえのをここでドカンとやる。ニシシシ」
「は?」
ミランダの笑みが悪い笑みだった。
◇
ノーシッドでは、ファールス家と同等の家が二つ。
ノルディー家とハルナン家がある。
三家は仲が悪く、争いが絶えない。
この都市の貴族はニバルジェ家で、この三家を従えている存在で目の上のたんこぶである。
三家は、大人しく言う事を聞いていながらも、いつかは倒そうとも思っている。
それが内乱時代の豪族らの思考でもあるのだ。
貴族は貴族同士で争い、地方の豪族らは豪族らで地位を保持しながら貴族の地位を狙う。
ミランダがヴァーザックに言った下剋上が頻繁に起こるのがこの時代である。
「つうことでさ。このハルナン。ここの当主が良くねえ。ファールスも同様だ」
ミランダはこの都市に来てから、そういう貴族関係の情報を調べ上げていたのだ。
「ん? それおいらの盗みと関係あるのぞ?」
サブロウは当たり前の質問をした。
「ああ。でな。ノルディー家はまあまあ良さそうなんだよ。特に当主が良いんだ。んでニバルジェが良くない。帝国の最前線にいる貴族としては弱いと思うのさ。つうことで、このノルディー家の権力を上げる。ここを貴族にしちまって、この都市自体の軍事力を上げんのさ」
「だから、おいらの盗みと何の関係があるんぞ」
再び当然の質問をした。
「あるって言ってんだろうが」
「いや、文脈からすると関係ないぞな」
「いやあるんだって、続きを聞け。いいか」
ミランダの計画は続く。
「いいか。サブロウ。二つの家をコテンパンにぶっ潰す。そのために、まずハルナン家に盗みに入る」
「ハルナンに?」
「そう。お前さ、仲間とかいないのか。複数人いると助かるんだが」
「いるぞ。十人」
「全員。影とかいう技が使えるのか」
「使えるぞ」
「よし。じゃあさ、第一段階にハルナンの家に入れ。金と服を盗め」
「は? 金と服ぞ?」
「そう。そこからまたファールスに忍び込む。ただし、ハルナンの兵士の服を着てな」
サブロウはミランダの言いたい事とやりたい事を理解した。
悪魔的計略であると、彼女の笑顔を見て思う。
「まさか、お前さん・・・わざと見つかれってことだな。その服を着たおいらたちをわざと目の前で見せつけるのぞな」
「そう。そういうこと。察しがいいな。サブロウ」
「影の技が使えるから、逃げられるのは確実だから、おいらたちにやらせるのぞな」
「そういうこと」
「悪魔ぞな。お前さん」
「ニシシシ。始めるか。サブロウ、これ面白くねえのか?」
「しかしぞ。それで上手くいくのかぞ? 単純すぎないかぞ」
サブロウの疑問はごもっともだった。
でもミランダは。
「大丈夫なのさ。豪族ってのはアホが多い。そんであたしは下調べしてきたから、ファールスとハルナンの当主は引っ掛かるはずだ。あれは・・・アホだ!!」
「そうかぞ・・・ほんとかぞ」
成功の方に賭けていた。
盗みさえ成功すれば計略は成功する。
「いいか。サブロウ。こいつが成功すれば、あたしらがこの都市をコントロールしたことになるぞ。それに大量の金が手に入るからよ。あんたらも助かるはずだし、それでその後はあたしのやりたいことに協力してくれ」
「お前のやりたい事ぞ?」
「ああ、頼むわ。お前らに大量の金をやるんだから、いいだろ」
「・・・んんん。悩みどころだな。こんな恐ろしい事を考える奴に協力することになって。いいのぞな?」
「その判断はお前次第だぜ。でもあたしはサブロウが仲間になって欲しいと思ってるぞ。面白そうだ」
「・・・面白そうで仲間にしたいのかぞ。利害じゃないのぞ?」
「利害? ああ、そんなのはつまらねえ。あたしはそんなんで仲間にしてねえ。ザイオンもエリナもザンカもな。そんでサブロウもだ。ナハハハ」
いつのまにかサブロウも仲間の数に入っていた。
「おい。勝手に仲間入りしているのぞ。おいら、仲間になってもいいって言ってねえぞ」
「いいじゃん。もう仲間じゃん。じゃあ、一人でこの計画やるか?」
「・・・そうぞな。それは・・・お前とやるぞな。でも仲間になるかはその後で考えるぞ」
「おし。まずやるぜ。じゃあ、あたしにもその影とかいう技を教えてくれよ。やってみたい」
「出来るかぞ。これはおいらの里の人間が苦労して覚える技でな。千人も里の者がいても、出来るのは三十しかいないのぞ」
「へ~。でもまあ教えてくれよ。別に減るもんじゃないだろ。一人増えてもいいじゃん。その技が使える奴がいれば楽だろ?」
「・・・たしかにぞ。分かった。教えてやるぞ。シゲマサに頼むぞ」
翌日。
ミランダは影の技を習った。
サブロウの里にいる人間にしか使えないと思われていた技であるが、ミランダはコツを掴むのが上手くすぐにマスターしたのであった。
その事実にサブロウも驚愕していたが、主となって教えてくれたサブロウの仲間シゲマサの方が目が飛び出るほど驚いたのである。
「シゲマサ。お前、教え方上手いな」
「いや。俺の教えで出来たんじゃないからな。お前に才があるだけだ」
「つうか。サブロウくらいか? お前の歳?」
「そうだ。俺とサブロウ、マサムネは同学年だ」
身長も同じくらいで、三人の雰囲気が似ていた。
「へえ。でも影の軍団で言うと、お前ら階級が高いのか? あいつらみんな、三人の言う事を聞いているみたいだけどよ」
「ああ、俺たちの里は実力主義でさ。影の力で当主が決まる。サブロウが影の当主だ」
「へえ、そうなのか。サブロウやるな。んで次がお前とマサムネか」
「そういうことだ。子供でも大人たちよりも影になれるからな。しょうがない」
「一族を背負うみたいな感じか・・・苦労してんな。お前ら」
「そうでもない。サブロウは面白いからな。みんな満足している」
「そうなんだ。ならよかったか。それにしても、シゲマサは真面目だな。良い奴すぎるぜ」
「ふん。別に普通だ」
「いや、親切さ。あたしに教えてくれる時も丁寧だしな・・・シゲマサ、良い奴はよ。早死にしちまうからよ。もう少し我儘言えよな。サブロウには文句いっぱい言ってやれ。それで良い奴帳消しだ、ナハハハ」
「そうか。そうしようかな。サブロウもハチャメチャだからな」
シゲマサは親切で丁寧な男だった。
サブロウの片腕として、最も働いた男である。
「ミラ。お前、こんな作戦どうやったら思いつくんだ?」
「ん? 今の作戦か」
「ああ。上手くいったら二つも消えるんだろ」
「そうよ。んで、上手くやるはあたしら次第じゃないのさ。ノルディー家次第さ。生き残りをかける戦いに勝った方が強い家だ。ノルディーとニバルジェの一騎打ちにすんのよ」
「・・・そうか。理由は知らんが怖いことを思いつくな」
「あたしはさ。基本貴族が嫌いだからな。全部なくなれと思ってる。でもノルディーは良さそうだ。貴族になってもらった方が良いかもな。今のニバルジェよりもな」
「そうか」
シゲマサには理解できないミランダの作戦の意図は、ニバルジェを貴族から追い出すことである。
都市の情報を手に入れたミランダは、この都市の問題点を見つけた。
それは、ニバルジェが、リックズの貴族シュペン家と度々衝突することだ。
むしろ彼らは、その戦いが目的になっていた。
こちらの都市の重要な事とは、勢力争いなんかじゃなく、防衛である。
イーナミア王国が一番最初に攻めて来る三カ所のうちの一つがこの都市。
フーラル川とガイナル山脈を保有していて、防衛が第一の都市なのに、目が向いているのは内向き。
いくらイーナミア王国側も内乱の時代だからと言っても、いつこちらに本格的な軍が来るか分からないのだ。
だから防衛に重点を置いている政策を主張し、無駄な戦いを避けているノルディー家は有能である。
その上で幾度もニバルジェ家で言い争いになっているらしく、下の立場であっても主義を貫く、気概のある家でもあるのだ。
だからミランダは、ノルディー家の昇格を狙っている。
「よし。やるか。コソ泥作戦だ!」
「なんか嫌だな。その名称」
「え? いいじゃん。シゲマサ」
「もう少しいい様に言えよ」
「んんんん。泥棒大作戦か! どうだ」
「ほとんど同じだろ!!」
真面目なので、何にでも反応してくれるのがシゲマサである。
◇
コソ泥作戦が発動。
ミランダとサブロウの影の一団は、ハルナン家に潜入。
貴金属は盗まない。盗むのは金だけである。
しかし金銭はどこに隠しているのかが分かりにくい。
それは目に見える場所には隠さないからである。
だが、ミランダは元貴族。
偉い奴らが隠す場所など、ハッキリクッキリ分かるのだ。
寝室の奥の秘密の部屋か、暖炉の裏面の隠し通路から入る場所などである。
「いや、ドンピシャだな。この部屋で決まりだぜ」
影になっているミランダがドア前で言うと、同じく影になっているサブロウが返す。
「お前・・泥棒のセンスがあるんだぞ」
「おう。あるみたいだな」
「おい、それでいいのかぞ・・・・やっぱり盗んでもいいのかぞ?」
「いいんだよ。どうせこいつら、ここの都市を守る気が来ねえんだからよ。金なくなって滅びた方がいいのさ」
「そうかぞ・・・ひでえぞ」
「ササッと盗むぞ、お前ら!!」
コクンと頷いた影たちは部屋に侵入。
ミランダとサブロウの予測では罠があると思ったのだが、何もなし。
ここの当主は、この部屋に誰も到達できないと踏んでいたらしく、金もそのままの状態で置いてあった。
「金塊もあるぞ」
サブロウが聞く。
「そいつは重い。持ち逃げがむずいから。少量だ。それにここらで売れねえからよ。少々うまい具合に売り払わないといけないわ」
「そ、そうなのか」
シゲマサが彼女の知識に驚いた。
「よし。一通りもらったな。ほんじゃ、こいつらの服を盗むぞ。誰にも気づかれんなよ」
「わかったぞ。じゃあ、おいらとミラとシゲマサで盗もうぞ。マサムネ。お前は金を持って例の位置に」
「ああ。やっておくわ」
マサムネは影の部隊を指揮しながらこの家を後にした。
◇
マサムネたちを見送った三人は影移動して、屋敷内を探索している。
「お前ら、意外と統率が取れているよな。やっぱりあたしらの仲間に欲しいな」
「お前らの仲間ぞ?」
「ああ。あたしらな。ウォーカー隊ってのを結成してんだ」
「ほう」
「自由な傭兵軍だな。集まっては戦う。究極自由な隊だ」
「へえ」
「お前、来ないか。その里の人たちと一緒によ」
「里と一緒に?」
三人で兵士の服を盗みながら、会話が続く。
「ああ。こっちの家の金と、あっちの家の金を盗んだらよ。どっかに里を結成できるはずなのさ。今、お前らがいるのがガイナル山脈なんだろ?」
「そうぞな。よくわかったぞな」
「ああ、近場で隠れられるのはそこしかない。しかしだ」
「しかしってなんだ」
シゲマサが聞いた。
「この国の内乱が治まったり、あっちの国の内乱が治まるとよ。ガイナルにいるのも危険だと思うんだよな。あそこは、互いの国がぶつかり合う戦場地の一つだと思うのさ。そこに里があれば・・・たぶんどうなるかは火を見るより明らかなのさ・・・里には戦えない奴もいるだろ」
「ああ。いるぞな。影以外は基本普通の町人みたいなものだぞ」
「だろ。だったらあたしらでどこかに移り住んで生きていける場所を作ったほうがいいな」
「しかしな。ミラ。俺たちは千人もいるんだぞ。一体どこがいいんだ?」
真面目なシゲマサは真剣に聞いてくれる。
「あたしはよ。テースト山が良いと思うのさ。この間行ったんだけどさ。あそこは誰も足を踏み入れないだろ。険しすぎるんだよ。特に頂上に行こうとすればするほどな。だからあそこに里を築くのはどうだ。そこだったら、見つからないし、攻め込まれる恐れもないわ」
「・・・なるほどぞ・・・たしかに、おいらたちが傭兵として金を稼げば、その里に金を納めればいいのかぞ」
「そういうことよ。お前も察しがいいな。サブロウ」
「うむ・・・面白いかもしれないぞ。おいら、今回のお前の行動を見守ってから決めるぞ」
「おう。じゃあ、見てろ。あたしがこのノーシッドの物語を作ってやるからよ」
こうして、服を盗んだ三人は次回への布石を打ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます