第286話 莫逆の友 ザイオン

 旅をし始めて数カ月。

 帝国の大体半分程を旅してきたミランダはもう一度帝都に戻ってきていた。

 ダーレーの様子を見る事を目的に、最初にシルクに会い、次に生意気なガキだと思ったジークと会話し、まだ赤ん坊のシルヴィアを可愛がってから、彼女は再び帝都を出立しようとした。

 その出立前に、なんだか騒がしいスラムの方に向かった。

 いい感じの人間がいないか。

 索敵するかのように人を物色していると、逆に周りからジロジロとみられる。

 オレンジ色の髪が目立つのもあるが、それ以前に身なりがしっかりしている子供がいることがここの連中には気に食わないのだ。


 ぞろぞろと集まって来たスラムの人間が5人。

 代表者のような男が前に出て来る。


 「おい。ガキ。何をしようとしてんだ。こんな所に来るようなガキじゃないだろ。恰好が良すぎる」

 「あ? あたしに言ってんのか。ガキ!」


 相手が明らかに年上である。

 ミランダが11歳の平均女子身長に対して向こうはすでに15,6歳の男の子の体格。

 見上げる彼女も男に負けない口ぶりを披露した。


 「てめえ。生意気なガキだ。身ぐるみ剝いでやろうか」

 「お前くらいの男に出来たらな。この服、プレゼントしてやらんでもないのさ」

 「んだと。この野郎」


 男の子は怒り出してミランダに襲い掛かる。

 しかし、彼女はオレンジの閃光となり、男の側面を取って、右足で蹴りを披露した。

 腰の入った蹴りで、相手のすねを砕いた。


 「いてええ。て、てめえ。野郎ども、こいつをやれ」


 後ろに控える男たちが前へと出て来るがミランダは何も動揺しない。

 何人飛び掛かってこようが、自分が絶対に勝てると思っている。

 しかし、ある声が響いて、同時に来た敵が止まる。


 「やめろ。まだ小さい子じゃないか。お前ら、恥だと思わねえのか」

 「・・・す。すみません。ザイオンさん」

 「でもザイオンさん。こいつから・・・」

 

 一人の大柄な男がやって来た。

 周りの連中が一気に身を引いたのが分かる。戦闘態勢が解かれた。


 「でもじゃない。お前、男だろ。女の子一人によってたかって攻撃するのは、恥じゃないのか。それすらも分からんのか。男として恥ずかしいと思え」

 「ほう。お前、面白いな。お前みたいなのがなんでこんなところにいる。スラムにしては・・・礼節がある奴だな」

 「ん? 想像以上に小さいな」


 ミランダは、ここにいる何十人の死んだような顔をした連中の中で、唯一。

 この人物に興味を持った。 

 スラム街という特殊な環境下に置いて、目に輝きがある人物だ。


 「ザイオンだっけ。あんた」

 「そうだ。お前は」

 「あたしはミランダだ」

 「そうか。ミランダか。何の用でここに来た。ここはお前のような良い環境で育った人間が来る所じゃないぞ。危ないから家に帰った方がいい」

 「あたしは別に良い環境で育ったわけじゃないぞ。お前らとそんなに変わらない。屑みたいな奴をたんまりと見てきた」

 「ん? それはどういう意味・・・」


 ザイオンが言いかけた時、後ろから叫び声が響く。


 「ザイオンさん。シャザールが攻めてきました。ザイオンさんがいない間に俺たちのシマが!? 女も取られましたよ。彼女らが危ないっす」

 「なんだと。許さん。どこに行った」

 「地下通路です」

 「わかった。案内を頼む」


 ザイオンとその取り巻きが、スラムから地下通路までを移動するために走り出すと。

 彼の隣で走るのが仲間じゃなくミランダだった。


 「おいザイオン」

 「ん? ミランダ? 何故ついて来た。家に帰れ」

 「あたしも手伝おう」

 「は? 下がれ。怪我をするぞ。まだ子供だ」

 「気にすんな。いざとなったらこれを使うからよ」


 ミランダは、背中に背負った長刀をザイオンに見せた。

 

 「ん? いざとなったらだと、じゃあ抜かずに戦うというのか」

 「おう。察しが良いな。ザイオン」

 「察しの話どころじゃないわ。お前、女の子だぞ。危ない、戦うなよ」

 「ただの女の子だったらな。それと普通の女の子は、今のあんたについて行かないわ」 

 「たしかに・・・」


 ザイオンはゴツイ顔に似合わずに頭が良かった。

 話がどんどん前に進んでいく事に、ミランダは気持ちよさを覚えていた。


 「ザイオン。シャザールって誰だ?」

 「お前、帝都にスラムが二つあるのを知っているか」

 「あ? そうだな。今の帝都にゃ、二つあるな。こっちの東と、あっちの西だろ。昔は三つだったけど」

 「そうだ。って、なぜそれを知っている?」

 「あたしは情報通だからな、帝都の裏は知っている」


 若干10歳のミランダは、街の様子を良く知っている。

 暇さえあればそういうことを調べていたのだ。

 弱小貴族はどうやって生き残るべきか。

 それを5歳くらいから考えていた変人なのだ。


 「それで東のほとんどを俺が牛耳ってんだが、あっちの方は、シャザールが取っている」

 「ふ~ん。で女が取られるってのは」

 「あいつ。歓楽街や貴族に売るんだよ」

 「は? 女をか!」

 「そうだ。あいつ、女狩りをして、売って金にするんだ。俺はそういうのが気に食わねえから、保護してたんだ。だからスラムの女どもは俺の方に来ててな。あっちは男しかいない。だからますます俺とあいつが対立しているんだ」

 「ほう・・・ちょいと気に食わんな。女を食い物にするって事だろ」

 「まあな・・・ってお前、本当にガキか? そんな年じゃ、そんな言葉は使わんだろう」

 「ん? あたしか。あたしは、そろそろ11になるな」

 「嘘だろ。俺の7も下かよ」

 「お前18か。ふ~ん。そうか」

 

 漢気がある男に見える。

 ミランダは、スラム街にいるのに、信念を持つ人間を初めて見た。

 真っ直ぐな心をこの男から感じる。

 

 「おし、ザイオン。そいつがいると思われる地下通路はどういう構造だ」

 「構造?」

 「ああ。出入り口とか、中の道とかの情報が欲しいのさ」

 「それなら、あそこは一本道の通路だな。あいつらが良く使用するのはそこだ。俺たちと正面で戦うためにわざとそこを使うんだよ」

 「正面で戦うためにだと。そうか、待ち伏せして、全面対決ってことか」

 「そうだ。戦うとしたらその条件になる」

 「馬鹿丸出しだな。正面決戦かよ。つまんねえ戦い方だぜ」


 ミランダは戦略と戦術を持ってシャザールをコテンパンにしてやろうかと思ったが、しかし、一本道となると、力づくが一番であるのだ。

 

 「はぁ。やるか。ザイオン。相手は何人だ」

 「知らん。現れた奴を倒す」


 答えが想定外なので、ミランダは後ろを振り向く。


 「おい。さっき報告してきた奴。何人だった?」


 ザイオンに報告した男に聞いた。


 「なんだよ」

 「いいから答えろ、ボケ。急いでんだよ」

 「くっ。この野郎、見た時は12だ」


 少年は、不満を言いながら答えた。


 「12か。あたしを外して、お前らが7だもんな。1対1にならんからな。ここはそうだな。おいザイオン」

 「なんだよ。走るのに集中させろよ」

 「相手が倍近い」

 「数が多いからって、ここでやめるってか」

 「違うわ。あたしとお前で突っ込むぞ」

 「は? お前もかよ。お前は見学じゃないのか」

 「見学!? ありえん、こいつは喧嘩だぞ! あたしが参加せんでどうする」

 「どういう理屈だよ」

 「あたしが半分やる。お前が半分やれ。そしたら逃げ道を塞ぐ感じで、こいつらを配置だ」

 「逃げ道?」

 「そう、一本道なら、二つの道を封鎖すればいい。3と3だな。あたしとお前で戦って。3、3で相手の道を封鎖。こうすれば全部捕まえることが出来るわ。シャザールとかいう奴もな」

 「ふん。そんな単純だったらな」

 「大丈夫。単純さ。あたしにまかせな。ザイオン」

 「・・まあいい。俺が暴れればいいんだ」

 「まあ、そういうことだな」


 ミランダとザイオンは、戦う前から息が合っていた。

 両者ともに、馬が合う人間だと言える。



 ◇


 地下通路に入った瞬間から、人の気配がする。

 敵が割と入り口に近いなと思ったミランダは、ザイオンではなく後ろの連中に声をかけた。


 「お前ら、あたしが敵に突っ込んだと思ったら、そこの三人が相手の裏に入れ」

 「「「は?」」」

 「いいな。あたしの奇襲を見逃すなよ。相手が唖然とするからよ。こっちも唖然とするなよ」

 

 指示を受けた男たちは半信半疑だった。

 小さな女の子に何が出来るのだと。


 ザイオンが先頭になり、数分。

 敵はぞろぞろと集まっていて、21人だった。

 こちらの3倍の数であった。


 「あらま。結構いたのか」


 ミランダが隙を窺っている間に、ザイオンは早速話しかける。


 「シャザール。いいかげんにしろ。女を返せ。お前、人を売り買いするなんぞ。スラムの人間のする事じゃない。奴隷商とかだろ」

 「ふっ。甘ちゃんが、金になるんだよ」


 仲間の影に隠れていた男シャザールが、手前に出てきた。

 出っ歯がチャームポイントの男だった。

 容姿がなかなかだった。

 モテないから、女を盗むんだなと偏見満載のミランダは、相手の顔を覚えた。


 「あれか。んじゃ」


 電光石火の先制攻撃。

 オレンジの閃光は、ザイオンの裏から突出して、シャザールへ一直線。

 

 「ほらよ。ごくろうさん」

 「ぐおはっ」


 ミランダの閃光の右ストレートが、シャザールのこめかみを打ち抜いた。

 その位置があまりにも的確で、拳の威力が正確にシャザールの脳に伝わる。

 たたらを踏んだシャザールが頭を下に下げた瞬間に、ミランダは追撃をする。

 シャザールの顎を正確に蹴り抜いた。

 

 「だあはっ」


 全員が呆気にとられた。

 小さな少女が西のスラムのボスを瞬殺したからだ。

 誰もが手足を止めてしまう中、ミランダは叫ぶ。


 「おい! あたしの言ったことを実行しろ。お前ら」

 「「「あ、ああ」」」


 ザイオン一派の人間三人が動き出して、敵の背後に蓋をした。

 敵も呆気に取られていたから、彼らの動きを見過ごしていた。


 「ザイオン。暴れんぞ」

 「お。おお。わかった」


 二十人の中で二人が暴れる。

 敵の最初の動きの悪さは、頭が撃破されたから。

 でも次第に自分たちが負けたくないから、動きが良くなっていく。

 しかし、ミランダとザイオンは息の合った攻撃を止める手段がなく、彼らは全員汚い地面に顔をつけた。

 

 「ほれ。こいつがシャザールなんだろ。みんなのしかかれ」

 「ごあっ」


 地面に伏せて倒れるシャザールに対して、ザイオンの仲間たちがのしかかった。

 拘束される形としては物理的である。

 そこに、ミランダが靴のつま先でちょんちょんと顔を蹴る。


 「ぐっ・・な、なんだ・・これは」

 「あんた、こんなんで気絶すんなよ。この程度でやられていたらな。ユーさんの一撃なんかもらえねえぞ。死んじまうわ。それにあいつの攻撃ならもっとだ。粉みじんになっちまうのさ」


 ミランダの基準が高すぎる。

 白閃や戦の女神の一撃など、大人の兵士がもらっても死ぬのである。


 「んで、何をしようとしていた。あんた」

 「なんだ、この女のガキは」

 「おい。こっちが圧倒的優位だぞ。正確に答えろ」

 「し、知らねえ」

 「ここに女性がいねえんだよな。どこ連れて行った」

 「し。知らねえ」

 「おんなじこと言うな。時間の無駄が一番好かん。この屑」


 ミランダは、顔を蹴ろうとしたけどとある所で変更した。

 シャザールのチャームポイントを砕いた。

 

 「ぐお。おれ、おれ。俺の歯が・・・」

 「あ、二本いっちゃったわ。すまん。一本だけ折ろうとしたんだけどな。失敗だわ」

 「ああ。俺の歯・・・が・・・」

 

 地べたに顔をつけているシャザールの前に二本の歯が落ちている。

 悲しそうな声と顔をする彼をちょっとかわいそうだと思うのは、ミランダの味方であるザイオン一派の子たちであった。

 ミランダが怖い。

 ただの身なりの良い小さな女の子では無いと思い始めた。


 「で、どこにやった。売った奴をとっ捕まえるからよ。早く言ってくれ。売られだすと、厄介だからよ」


 ミランダは遠慮せずにシャザールの髪を引っ張った。


 「いだだだ。髪が抜ける抜ける。禿げるううう」

 「だから、禿げたくなかったら、情報を出せって」


 『だからはどこからやって来たのだろう』

 前提の脅し文句が消えていることに、周りの連中は謎に思っていた。


 「歯も毛も無くなったら今度こそ女にモテねえぞ。シャザール」

 

 ミランダの脅しが聞いたのか。

 シャザールは渋々答えた。


 「カルスメ通りの裏に連れて行った・・・そこの商人に」

 「ああ。あそこか。めんどくさい所にやったな。この屑」

 

 ミランダは腕組みをして計算し始めた。

 拉致してから僅かな時間では、女性たちは他には売れないはず。

 まだ間に合うとして再度の指示を出す。


 「ザイオン。あんたはついてきてくれ。ここからは急ぐからな。この場合は、あんたしか、あたしの速度について来れねえ」

 「ん? ついて来れねえ?」

 「ああ。全力で走るからよ。ついてきてくれ」

 「わかった」

 「サンキュ。そんじゃ、あんたらはこれらを捕まえておいてくれ。アジトかどこかに置いて。そんでだ。誰か、ダーレーの屋敷を知っている奴いるか」

 

 ミランダは紙とペンを取り出して文字を書き始めながら、皆に質問した。


 「あ、俺知ってます。貴族たちの屋敷の中でも、あのこじんまりとした場所ですよね」


 一人の男の子が手を挙げる。

 

 「そうそう。じゃあ、あんた。これを頼む。ミランダからの願いだと言ってくれ。たぶん通してくれるからよ」

 「わ、わかりました」

 「サンキュ。ミランダって言えばわかるからな」

 「はい」


 ミランダは男の子にメモを渡した。


 「それじゃあ、いくぞザイオン。あたしについて来な」

 「わかった」


 二人は再び走り出した。

 今度の彼女は全力で走る。

 その走りが疾風のように速く、今までが皆に歩幅を合わせていたことが分かった。

 ザイオンも本当の意味で全力で走らなければ彼女に置いてけぼりを食らう所だった。


 「速いな。お前」

 「ああ。でもあんたもこれについて来れるなら、なかなかやるぜ」

 「フッ。面白いなお前。ミランダだったな」

 「ああ。そうさ。ミラでもいいぞ」

 「おう。ミラだな。俺は・・・ザイオンだ」

 「そのまんまじゃねえか」

 「そうだな。ガハハハ」 

 「豪快だな。お前、ニシシシ」

 

 これがミランダの最初の友。

 ザイオンである。

 彼は、彼女が作る伝説の傭兵集団ウォーカー隊。

 その切り込み隊長になる男である。

 


―――あとがき―――


ザイオン


スラム出身であるが、希望に満ちた顔をしていて、暗い顔を一切しない男。

そのせいか。人が良く集まってくる。

スラムの人間が、困った場合。

ザイオンを頼りにするのが定番だ。

いつも豪快な『よし、まかせろ』の返事が返ってくるからだ。

熱い男で、信頼をしたくなる人物である。


ミランダと出会った時も、人助けのつもりで彼女を追い払おうとしていた。

身なりの良い人間はスラムでは危ない。

しかも小さな子供であればなおさらだ。

親切心もある男性なのだ。

しかしこの出会いで、彼の人生も変わる。

レティスに憧れて成長しようとしていたザイオンにとって、ミランダはその成長の道への起爆剤であった。


ミランダ最初の友。ザイオン。

最初が彼でよかったと、ミランダは今になっても、昔に戻っても、そう思っている。

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