第287話 悪童はこれからを戦う

 二人は裏通りの闇商会に辿り着いた。

 路地に隠れながら入り口を窺う。


 「ミラ、なんで中に入らない」

 「入って暴れてもいいんだけどさ。あたしら、二人だろ。敵を取り逃がす可能性がある」

 「なるほど、敵を全部叩き潰したいわけか」


 ザイオンはやはり頭が良かった。

 ミランダが説明しなくても言いたいことを予想してくれる。


 「そうそう。証拠も中に揃っていた方が良いしさ。女の子を救って、これ以上の被害が出ないようにしたいのさ」

 「それは賛成だな。それの方が手っ取り早く問題が解決するぜ」

 「ああ。ザイオン。お前、体がデカい割に、器用だな。気配とか消すのが上手い」

 「まあな。見様見真似だ」

 「誰か、師がいたのか」

 「師じゃない。憧れた人がこんな感じで偵察をしていた」

 「ほう。どんな奴だろ。なかなか腕のいい奴だぜ」


 ミランダはザイオンの才を気に入っていた。

 中々見どころのある奴だと褒めた。


 「それでミラ。お前の仲間がいるのか。さっきのピスケに渡した手紙みたいなので応援呼んでんじゃないのか」

 「ああ。呼んでるよ。お前は察しが良くて助かるぜ。意外と頭いいよな」

 「おい。意外とが余計だぞ。ミラ」


 冗談にも笑顔で返す男。

 ますますミランダはザイオンを気に入った。


 「ちょっとここで待つぜ」

 「ああ」


 その後。

 二人で雑談しながら、待っていると、何人かが建物の中に入っていく。

 色好きそうな貴族共だった。


 「ああ、やべえな。エロジジイ共が中に入った」

 「なに。じゃあ、買われちまうのか」

 「そうかもしれん。買われたら大変だ。中に入るか。ザイオン気を引き締めろ。ああいう所の衛兵っつうのは、結構強いからよ」

 「わかった。気を付けるぜ」


 自分よりも遥かに年下の忠告も素直に受け入れる。

 彼の度量は大きかった。


 ◇


 大のザイオン。小のミランダ。お互いの体のサイズが合っていなくても、建物内をコソコソ隠れながら進んでいく二人。

 器用に順調に、奥地へと向かうと。

 女性が檻に入っているエリアに到達した。


 「私はこのおなごが良いですな」

 「ぼくちんは。この子。白い肌が好きぃ」

 「俺は、この黒いのが良いな」


 品定めしている男どもは、女を論評していた。


 「こいつは・・・直接買わないのか?」


 ミランダが小声で言うと、ザイオンが彼女の肩を叩く。

 

 「ミラ、あれ。お立ち台みたいなのがあるぞ。あと、ハンマーだ」

 「ん?」


 部屋の奥に一段高いエリアがあり、その脇に机とハンマーが置いてあった。


 「あれは、オークションか!」

 

 ミランダの予想通りに、ここはオークションで人の売買をする場所であった。

 腐った貴族共が蔓延っていた帝国。

 貴族共は、法律で禁じられていた人の売買。

 ご法度に手を伸ばしていた。


 「腐ってるぜ。ここの貴族共はよ」

 「ミラ。声が大きいぞ。小さくしないと気付かれる」

 「ああ。すまん。ザイオン。いけるタイミングの時に前に出るからよ。あたしの背中の方の警戒を頼む」

 「おう。まかせとけ」


 二人は時を待った。


 ◇


 「こちらの3番を、10から始めます・・・」

 「20」「42」「51」


 オークションが始まった。

 ミランダたちは会場の最後方から、一気に駆け降りて助け出すタイミングを窺う。


 「まだだな、ありゃ。落札する瞬間が一番だな」

 「95・・・他は・・・他はいませんか」


 誰か分からない禿げのおっさんが落札して、その男が登壇して女性の首にある鎖を引っ張ろうとした瞬間、オレンジの閃光は動き出した。

 後ろを大男ザイオンが追いかける。


 「こ、これが。こいつの全力、さっきのも本気じゃなかったのか」


 十分速いと思っていた前回の戦い。それの倍は速いと思ったのだ。


 「証拠は見た! あたしとザイオンが証言すりゃいいのよ」


 ミランダは、男の持つ鎖と、女性の首輪から垂れ下がる鎖の間で切り上げる。

 分厚い鎖であったのに、彼女の刀での攻撃で一刀両断。

 鍵なしに鎖が外れた。


 「ザイオン。その人を頼む。あたしはここらを一掃する」

 「わかった。ミラ、一人で大丈夫か」

 「ああ。任せろ。その人を守ってくれ」 

 「了解だ。あんた。大丈夫か・・・酷い目に遭ったな。これを着てくれ」

 「は、はい。こ、怖かったです。ありがとうございます」


 ボロボロの体の女性は、ポロポロと涙を流した。

 その辛そうな姿を見て、ザイオンは自分の上着を女性に着せてあげた。

 裸に近い薄着だったのだ。

 彼はガタイに似合わずに紳士である。


 「ぶっ殺す。あんたらみたいな奴らはな。めっちゃくちゃ気に入らねえ。でも今ここで単純に殺しちゃあ、ここでの問題だけが解決するのみだ。だから、クソ共でも殺さねえ。気絶しとけや」

 

 ミランダ・ウォーカーを語る際に、重要な事が五つある。

 まずは、大陸を照らす太陽の光『フュン・メイダルフィア』を育てた師である事。

 次に、ダーレー家の顧問で、ジークとシルヴィアを支え続けた事。

 次に、帝国の軍師の称号を二度に渡って得た女性である事。

 そして、混沌の奇術師カオスマジシャンと呼ばれ、戦場で混沌を生み出す女性である事。

 最後に、帝国が荒れていた時代に現れて、帝国の中で暴れ回った悪魔の童である事だ。

 

 ミランダイコール悪童。

 そう呼ばれた時期もあるのだ。

 当時の貴族たちは、ウインド騎士団の名を聞くと震え上がったとも言われているのだが。

 この悪童の名を聞いても震え上がったとも言われている。


 悪童ミランダ・ウォーカー。

 その強さは子供にして強者。

 体に似合わない長刀を背負い、敵をなぎ倒す姿は悪魔の童。

 圧倒的な速度で、白閃と同じような移動を体現するオレンジの閃光だった。

 

 「ぐおあああ」

 「あああ」

 「ぬおおお」


 駆けつけてくる衛兵に、この場にいる貴族たち。

 その両方の人間が、次々と倒れていく。

 敵を逃がさないようにして倒していく悪魔は。


 「こいつらで終わりか。手ごたえがねえ」


 余裕であった。


 「だ、旦那・・・この時の為に雇ってるんだから・・出てきてくださいよ」


 震える貴族の一人が大声で誰かを呼んだ。

 すると、奥から声が聞こえる。


 「あ? なんか騒がしいな。寝てたのによ」


 奥から出てきた男は、ジャラジャラと顔を鳴らす。

 耳、鼻。口。顎。全てにピアスとチェーンが埋め込まれていた。


 「旦那・・あのガキを」

 「ガキ? なんだオレンジのガキか」


 男はミランダを見た。

 オレンジが特徴的なので、一番に目が行く。


 「あ? そんなに顔に、鎖つけて・・・犬か? お前?」


 ミランダも挑発的な言動で対抗した。


 「クソガキだな。こいつ。おい、俺はこいつを倒せば、金が入るのか。追加でよ。あと殺しか?」


 男は貴族の方を見て確認した。


 「ええ、そうです旦那。お願いします」

 「わかったよ。やってやるわ。殺しだから、金は倍だぜ」


 男は背中に収納した二本の担当を取り出した。


 「さ、殺してもいいらしいからな。さっさと殺して金をもらって、贅沢暮らしよ」

 「あっそ。殺せるなら殺してみな。鎖男」


 先手はオレンジ。ミランダの疾風からの一閃。

 横に払う攻撃だったが、敵もまた強し。

 両刀で受け止めた。


 「なに!? あたしの一撃を」


 ミランダが刀を見て、敵の顔を見る。

 余裕の笑みを浮かべていた。


 「戦いに自信があったんだな。ガキ。俺に勝てるとでも思ったのか。所詮、ガキの腕力だ。ほらよ」


 ミランダの刀が弾かれた。

 大きくのけ反るところに敵の短刀が迫る。

 短刀を交差して、首を刎ねる気だ。


 「速え」

 

 相手の攻撃速度に反応しきれない。

 ならば、ミランダは、咄嗟の判断でジャンプして敵の足自体を足場にした。

 相手の踏み込んできた右足に、自分の両足を置く。

 そこから後ろに飛んだ。


 「クソっ。器用なガキだ」


 短刀が空振りに終わると男はムカついた。

 

 「ふぅ~。こいつ、ただの男じゃないのさ・・・今の攻撃? 暗殺術か?」

 「ガキにしては鋭い。お前もその体術。誰に習った。ガキにしては強すぎるな」

 「あたしの体術は、この国で一番の人たちから習った」

 「一番なのに、たちかよ。馬鹿かお前」

 「あんた。それはあんたが世間知らずなのさ。この国で最強を見たことねえんだろ」

 「最強? それは俺だぜ。他は雑魚だ」

 「は、お前程度。あの人たちに比べたら、そこら辺に飛ぶ、蚊と同じだぜ」

 「減らず口な女だ。この世から消えろ。クソガキがぁ」

 

 ミランダの言葉に引っ掛かった男は、我慢できずに走る。

 ぶちのめして口も聞けなくしてやる。

 彼の怒りが走りに伝わる。


 「あたしは、白閃から武を! 紫電から知を! 戦の女神から魂を! そして、ダーレーから愛をもらったのさ。だから負けるわけねえんだよ。このクソ野郎が」


 ミランダも走り出した。

 彼女は出会えた彼らに感謝している。

 武を鍛えてくれた事を。知を授けてもらえた事を。魂を託された事も。


 それにミランダは愛をもらえたのだ。

 空っぽの心に愛を注いでくれたシルク。

 その彼女のために、ミランダは戦う。

 これからダーレーの子として育つジークとシルヴィアを守るために、ダーレー家の一員としてこれからの帝国を戦いぬく気概を幼いながらに持っているのだ。

 彼女の覚悟は、そんじょそこらの人間とは違う。背負うものが、すでに大きいのだ。


 「この人たちを奴隷なんかにさせねえ。糞貴族の好き勝手にはさせねえ。そんな奴らにあたしは負けねえ。うおりゃああああああああああ」


 男の方が速い。

 彼女の首を刈り取る攻撃が先に到達しかける。

 その軌道は、先程とまったく同じだった。


 「さっき見たわあああああああああ。ボケえええええええ」


 ユースウッドは指導中。

 どんな攻撃をしても、ありえない方法で攻撃しても怒らない。

 ただそんな彼が、怒るのは『同じミスだけはするな』である。

 これが彼の口癖でもある。


 「ユーさん。見とけやああああ。これがあんたの自慢の弟子だ。おらあああ」

 

 敵の攻撃をギリギリで見極めて、短刀を躱した。

 頬が切れても、首は繋がっている。

 血がドッと噴き出ても、彼女は目も瞑らない。

 相手の動きのみだけに集中して、体を倒し込みながら敵に近づき、そのまま必殺の一撃を繰り出した。


 「疾風。あたしに力を貸せええええええ。レティスの一撃だ」


 身を切っても、骨は斬らせない。

 躱しながらの攻撃だから、ミランダは無防備な敵に対して一撃を加えることが出来た。

 敵の肩から一直線が無防備になった。

 全身全霊の攻撃を仕掛けて、疾風の刃が、敵の上半身を走り抜ける。


 「どりゃあ」


 振りきった刀に体が持っていかれて、ミランダは前に転んでいった。


 「いてててて。うわ」

 『ドガッ』


 転がった後に、オークション会場の机にぶつかりながらミランダが叫んだ。


 「おっしゃ、勝ってやったぞ。この野郎」


 生死を分けた戦いを経験したミランダは、これからを生きる為。

 愛する人と共に、この帝国を生き抜くために勝利のみを追求していく。

 ダーレーがこの帝国で生きるには勝つしかない。

 ひとつでも負けが許されない。

 わずか11歳でも、彼女はダーレー家を背負う戦士であるのだ。




―――あとがき―――


帝国は奴隷制度を禁止している。

なので人の売り買いも禁じている。

当時の王国の方にはこのような制度が残っていたらしいが、帝国はこの当時でも禁じていた。

しかし、この時代の貴族たちは人を売り買いしていた。

これはエイナルフの前々時代辺りからあったことで、彼の治世である程度の統率を取れるようになったことで、何とか少なくなったくらいになったのだ。

要所の貴族らと婚姻した結果である。


だが、それでも完全になくなったわけではなく。

こうして裏の世界では人の売り買いが起きていたのだ。


そして、こういう裏の世界を知るミランダも、こんなことは当然好きではなく、自分の道を勝手に他人に決められるのがムカつくたちである。

だからこの人たちを救うことに全力であったのだ。

どちらかと言うと善意ではなく、自分がムカつくからぶっ潰す。

シルクが絡まない事柄を処理するミランダは、損得勘定ではなく感情で動き出す部分がある。

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