第278話 新たな帝国には、この者たちが必要 ⑥
雲一つない空だと漆黒の髪が映える。
緑の大地のおかげで漆黒の瞳がより黒く見える。
足を踏み入れたことのない。
一面草原の大地。
ワクワクしているというのに、なぜか仁王立ちの女性は、覇気のある声で話し出した。
「サナ、ここがローズフィアか!」
「そのようで」
サナの返事のテンションが『はい、そうですか』と同じだった。
「なんだ。その返事は・・・煮え切らんわ」
「リティ様! 私ね、サナリアを知りません。私は初めてきたのです」
「なに! 友人の国なのだろう」
「そうでありますが。私は行った事がないのです。それにここはですね。つい最近までは属領だったのですよ」
そう最近まで、ここはサナリア王国であったのだ。
「それはいつだ。最近じゃないだろう」
「五年程前じゃないでしょうかね」
「五年なんて大昔だ! 私が
「リティ様、五年前がね。大昔だったら、十年前はどうなんですか。え!?」
サナの気分的には『ああ』とガンをつけたいくらいである。
「十年前は古代だ!」
「あなた、現代に生きてますよ。十年前だってあなたは生まれてます。五つでしょ」
「そうだ。だから古代だ。過去は過ぎ去るもの。今を生きるのだ」
フュンやタイロー、ヒルダと会っている時のサナは、堂々としていて好きな事を正直に話せるのだが、この人物には手を焼いていた。
我儘とは別に、彼女は確固たる自分を持っている女性で、口も手も強者である。
サナはこの人物の指南役として幼い頃から仕えている。
リエスタ・ターク。
ターク家きっての武闘派の彼女。
父よりも勝ち気で勝利を目指す男勝りな性格をしている。
年頃のはずなのだが、思考が美容や恋愛などにはいかずに、日々己を鍛える事しか考えていない。
昔のシルヴィアにも似た女性。
その変わった思想により、リースレットの才を見抜いて、サナと共に指導した。
メイドを戦士に変えようとするのもまた思考が戦闘に傾いている証拠である。
「それでさっきから気になっているのだが」
「何がですか?」
「サナよ。あれを見ろ。都市のすぐそばにある奴だ」
リエスタが指差したのは、ローズフィアから見て南東にある船である。
大型船とまではいかないが、まあまあ大きな船が変わった形をしていた。
船のデッキがまん丸い。
へんてこな形だとリエスタは思った。
「ああ。船の土台ですかね」
「そうだ。聞いた話。ここは山に囲まれた草原の場所だろう」
「そうですね」
「じゃあなぜ、ここに船がある。ここは海も川もないぞ」
「たしかに」
「それにここは港町とも遠いぞ」
「そうですね」
「何の意味がある?」
「知りませんね」
「友人じゃないのか。サナ!」
んなもん知るか!
と思うサナは口調が変化した。
指南役から離れて彼女自身になる。
「あのね。リティ。友達のことってのはね。何でも知ってるわけではないの。それに不気味でしょう。友人の事を隅から隅まで分かっていたらね。いい。友達ってのは、全部知らないといけないなんてことはないの。全部知らなくても友達でいられるんだよ。私も辺境伯やヒルダたちの事をさ。全ては知らないしね。アイスの事だって全部は分からないのよ。いい。あなたも友人が出来たら分かりますからね」
「うむ・・・そうなのか」
遠回しにあなたには友人がいないという言葉である。
でもショックを受けることもなく、堂々とした態度を崩さない。
少々変わった女性であるのがリエスタだ。
「まあよい。いくぞ。サナ」
「はいはい」
「返事は一回だ!」
「・・はい」
お姫様の相手にお疲れのサナは、ローズフィアへと足を踏み入れた。
◇
都市の中を歩いて数分。
「何かがいるな」
「ん? どうしました。リティ様」
「私を監視している」
「え? 敵ですか」
「敵っぽくはない。ただ、ジロジロと見られている。気分が良くない」
自分の周りに目がある。後ろに誰かの気配がする。
見えない誰かがいることに、リエスタは気付いた。
「誰だ!」
後ろを振り向いても誰もいない。
「いるだろ。返事をしなければ、私はこのまま斬るぞ。姿を消した者よ」
「あの、すみません」
大人と青年の間くらいの爽やかな男が、光と共に出てきた。
両手を挙げて戦意はないとしていた。
「なんだ。少年ではないか!」
「いや、あなたも少女ではないですか」
「私が少女に見えるだと。貴様の目は節穴か」
「いいえ。僕の目は良い感じですよ。主からもお墨付きをもらっています」
「主だと。誰だ!」
「ここの領主様です」
警戒を解かないリエスタに対して、サナは違ってフランクだった。
「そうか。あんたは辺境伯殿の部下か」
「そうです」
「リティの気配を察知して。警戒していたのか?」
「そうです。たまたまこの道を通りかかっていたら、やけに輝いている人がいたので、危険かなっと」
「うんうん。君はなかなかいい勘をしているようだ。警戒はした方がいい」
「ありがとうございます」
サナは微笑んでいるが。
「何を笑っているサナ! こいつは私を敵視したのだぞ」
リエスタはやや怒っていた。
「だからしてないっつうの。リティ。あんたね。この子の話を聞いてるの? この子はあんたが強いから警戒網を敷いただけ。あんたがこの都市に対して害がないと判断したらそのまま帰るつもりなの。あんた馬鹿か。話聞け!」
「なんだと。私にそのような態度でもいいのか。サナ!」
「ああ、いいぜ。こうなったら、ここで戦って決着でも着けてやるか。分からせてやる小娘!」
ヒルダやタイローと居る時の口調のサナになっていた。
この激しい言葉遣いに対して、リエスタは怒りはしない。
むしろ喜んでいた。
「いいだろう。久しぶりに決闘でもしてやるか」
「リティ、どこでやる!」
二人はもう激突寸前のテンションだったが、ここで慌てたのはジーヴァだった。
「いやいや。待ってください。この都市で戦ったら捕まえないといけないです」
「「は!?」」
二人に驚かれても、ジーヴァは話を続けなければならない。
「喧嘩御法度な街なのでね。喧嘩の取り締まりが厳しいんですよ。娯楽の場所以外だと確実に捕まりますので、おやめになってくださいよ」
「なんだと。ビスタではそんなことはないのに」
「日常茶飯事だからな。私の街はな。誰もが喧嘩する」
サナとリエスタがリアクションを取ってくれるのは嬉しいが、そんなに市民が喧嘩するのかと少年は呆れていた。
「というか。貴様。誰だ?」
「僕はジーヴァです」
「ジーヴァ? 聞いたことがないな」
「それはそうでしょう。僕は太陽の戦士なので、表には出ていませんでしたからね」
リエスタとジーヴァの会話にサナが入る。
「それ、いいのか。お前、名前を名乗ってもよ。その組織は名を隠すものなんじゃ」
「大丈夫です。太陽の戦士の存在もすでに公表していますし、それに領主様は戦士たちも表に出て行ってほしいと思っているので、言っても大丈夫です」
「そうか。ならよかったわ。私らのせいであんたが怒られたらな。なんか悪い気がするわ」
「いえいえ。あの・・・あなたは領主様とお知り合いなのですか。なんとなくそんな感じに見受けられるんですけど」
「ああ。そうだぜ。私は友人だ。サナだ」
「・・・サナ・・・ああ、あの人だ」
左手の手の平にポンと判子を押すようにして、ジーヴァは右の拳を重ねた。
「なんだ? 私を知っているのか」
「はい。領主様の貴族側のお友達さんですね」
「貴族側?」
「はい。領主様には一般人と貴族のお友達がいて、どちらも大切だといつも言っています」
「ほう。あいつそんなに友人がいるのか」
「いえ。あんまりいないですよ。領主様はいつもお友達を作りたいって言っても、どんどん身分が偉くなっちゃって、友達作りが出来ないんだぁって嘆いていました。だから、子供の時から友人になってくれた人たちは、貴重なんだって。それはそれは楽しそうに話してくれます」
「ふっ。むず痒い奴だな。あいつ。そんなことを他人に言うのかよ」
サナは照れ臭そうに笑った。
「それで、貴様は何故私の後について来た。もう害はないことはわかっただろう」
リエスタが話の流れを切って、元の話を進めようとする。
「いや。今のやり取りだと、危ないです。都市の中で暴れてもらっても、こちらも困りますし、あなたたちも捕まえないといけないですしで・・・あ、じゃあそれにですよ。サナさんが、領主様のご友人なら、お屋敷にいきませんか。ご案内しますよ」
「え? いいのか」
サナが聞くと、ジーヴァがすぐに答える。
「はい。ご招待しますよ」
「主がいないのによ。勝手にはまずいだろ」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。今、マルクスさんが領主様がいなくても一人でこちらに来てますから」
「なに!? マルクスだと!? あいつ。私に何も言わずに勝手に遊んでんのかよ」
「領主様のお屋敷で泊まって、都市の中を探索してますね。何かを参考にするとか言ってました」
「そうか、あいつ! わかったぞ。視察するとか言って、遊びに来てんだ。これ!」
サナはマルクスの事情を察した。
気心知れた仲であるから、すぐに理解したのだ。
◇
フュンのお屋敷に来た二人は、ジーヴァの案内を受けて、玄関に入る。
立派な建物であるのは分かるが、意外にも中身は質素であった。
煌びやかなものはあまりなく、飾り気のない内装。
でも実用性と機能性を重要視していた。
建物内が歩きやすいのである。
「これは、作りが良いな!」
リエスタが言うと。
「そうですね」
ここのサナは素直に同意した。
二人が色々な場所に案内されていると、台所の場所で声が聞こえる。
「へえ。ファイアさんは、学校の先生じゃなくて、元々はメイドさんだったんですね」
「そうなんですよ。フュン様が、知識や教養がある人は、人の為に働いた方が良いと。メイドで僕の世話よりも有意義ですからね。って言って来たんですよね。でも本当は、フュン様のおそばで働きたかったんですよ。でもでも、今の仕事。自分は楽しいですけどね。それで満足もしてます」
ファイアは自分の事情を話させるくらいに男性と仲良くなっていた。
「ハハハ。さすがはフュンさんだ。そいつは正しいですね。でも、あなたみたいな可憐な女性を手元に置いて置きたいとは思わずに、外で働かせるなんてね。うんうん。凄いですね」
マルクスはファイアの顔を覗きこむ。
「いやぁ。やはりお綺麗だ。俺なら出来ないですよ。自分の手元に置いておきたいです。こんなに美人な方とは一緒に暮らしたいですよ。いや、ほんとにお綺麗だ。美しい」
「あら、お口が上手いですね。マルクスさんは、いやだわ」
「いえいえ。あなたが美人なんですよ。俺は美人にだけ弱い。ここ、内緒ですよ。あなたが美人だという事ね。誰にも知られたくないですから」
たまたまお屋敷に遊びに来ていたファイアと台所で会話をしていたのがマルクスであった。
フュンの友人であることは知っているので、ファイアは安心して会話している。
「だ~れ~が。美人にだけだって! マルクス!!」
「え・・なんでこの声が!?」
マルクスは振りかえらずともすぐに気づいた。
真後ろから聞こえる声に、聞き覚えがある。
「調子乗り!」
「うえ・・・なじぇに、サナが・・ここに・・ぐお」
しなやかな細い女性の腕なのに、ガッチリと首が締まる。
「お前! 相変わらず、誰彼構わず女に手を出そうとすんだな」
「ギブギブギブギブ。サナ・・・死ぬ・・・俺・・・死ぬ」
「ふざけんな!」
「ごはっ」
がっくりと首がうな垂れて、マルクスは気絶した。
「すみません。こいつ。どうしようもない男なんで、気にしないでください」
「え。ええ・・・いや、気にしてはいないのですが。今のが気になります」
ファイアの当然の疑問である。
彼女は美人なのでしょっちゅう声をかけられるので、こういうナンパみたいな事に慣れているので気にしていないのだが、こっちの気絶の方が慣れていないので、マルクスの体調が気になるのである。
「いえいえ。こいつにとっては普段からのことなんで。ほらよ!」
ゴキッと。背中が鳴るくらいに殴られると、マルクスは現世に帰って来た。
「ぶはっ・・・なんでここにいるんだよ。横暴女」
「それはこっちのセリフだ。マルクス」
「「んんんんんん」」
二人が睨み合いになった。
いつものことであるけども、ここがいつもの事じゃないので、仲裁が入る。
「サナよ。こちらの殿方が、お前が良く言う友人のマルクスか」
「はい。そうです。このどうしようもないのが・・・残念ながらそうです」
紹介したサナの右手がマルクスの肩をバチンと叩く。
「いって!? つうか誰だよ。サナが丁寧な言葉遣いをするなんてな。ありえない。ごほごほ。やべ、首がおかしい」
首を気にしているマルクスが、リエスタを見て言った。
「こちらはリエスタ様だ」
「・・・・うおおお。先言えや! すみません。すみません。失礼しました。王女様」
マルクスはぺこぺこと何度も頭を下げた。
「うむ。気にしてないぞ。それと、私は王女ではない。もう王家ではないからな」
「あ・・・すみません。重ねて失礼を働きました」
「うぬ。それも気にするな。王女などという肩書が消えて助かるくらいだ。正直あんなものは私にいらん称号だからな」
「え?」
地面に向けていた顔を上に上げるマルクスは、王女がいらないなんて女性がこの世に存在するのかと、首をひねった。
「マルクス。それよりよぉ・・・てめえ、私に内緒で一人で遊びに来てんじゃねえか。サナリアに行くってのなら、行くって言えよ。おい」
「は!? なんで俺がお前の許可を取らんといけんのよ。勝手にしてもいいだろうが」
「言えよ」
「言わねえよ」
「言えよ。女好き」
「言わねえよ。ゴリラ女」
「んだと」
「やんのか!・・・・は、やめてくれ。お前、異常に力が強いからさ。俺、次は死んじゃう」
途中まで威勢がよかったのに、最後に情けないマルクスであった。
◇
しばらくして、二人が落ち着くと、普通に会話が出来るようになった。
「それで、なんでお前がここに来たんだ」
「それは俺が休みだからだよ」
「休み?」
「ああ。俺は有給が多く取れた時には、こっちに遊びに来てんの」
「は? そんな話、知らねえぞ」
腕組みをして、壁に背中をつけて立っているサナは怒り気味である。
「知らねえって、言ってねえもん」
その言葉を返すマルクスは椅子に座っていた。
「なんで言わねえんだよ」
「それはさ。俺の息抜きって奴だし。それにフュンさんが良いよって言ってくれてるしな」
「辺境伯がか!?」
「そうだよ。いつからだ・・・えっと、ここが出来てすぐあたりかな。三、四年は経っているな。俺は十回くらいは来てるぞ」
「マジかよ。そんなにか!」
「ああ。フュンさんがさ。『マルクスさん、暇になったら遊びに来てくださいよ。僕のお屋敷に泊まっていいですからね』ってな具合に帝都で会った時に俺に優しく言ってくれたんだよね。だから遠慮なく、こっちに来た時は泊まらせてもらってるってわけ。結構顔なじみだよ。ここにいる人たちとな」
フュンのお屋敷で働いている人も、マルクスの顔を覚えている。
彼はとても人当たりがいいので、人気もある。
「それは・・・私、言われてねえぞ」
「当り前だろ」
「あ、なんだと。何が当たり前だ。友達じゃねえのかよ。私は、ハブられたのか」
「馬鹿が。友達に決まってんだよ。だから誘わねえんだろうがよ」
マルクスはこの時ばかりは対抗して怒った。
フュンの名誉に関わるからだ。
「フュンさんは、お前の忙しさを知っているし、それに、お前今どこにいる」
「ビスタだ」
「だろ。あそこは最前線だ。そんな奴をここの後方まで遊びにおいでよ。なんて気軽に言えるかよ。移動距離もあるしさ。あと、もし何かがあった時にお前だけ戦争に参加出来ない状態になったりしたら恥だろ。お前、どの家に所属していたと思ってんだ」
「・・・タークだ」
「そう。タークなのよ。武家の家の出身なのに、いざ戦争に参加できねえなんて状態にでもなってみろ。それこそ恥だろ。戦う前から戦えないなんてよ。それもお前だけじゃなく、ハルク様にも恥をかかせるかもしれねえじゃんか」
「・・・ああ、たしかにな・・その通りだ」
マルクスの意見に、サナは深く頷いた。
「な! フュンさんはね。そこまで考えていると思うよ。あの人、すっげえ俺たちの事。大事にしてくれているからさ」
「そうなのか?」
「ああ。今度会ったら聞いてみろ。なんでも答えてくれるぜ。しかも褒めてくれるぞ。お前みたいな粗暴乱暴女でもな」
「・・ああ、そうかい。分かったよ。今度聞いてみるわ」
「うん。そうしな」
フュンにとっての貴族の友達は四人。
タイロー。ヒルダ。マルクス。そしてサナである。
彼がそれをとても大事に思っていることを、正直この段階ではサナだけが知らなかったのだ。
タイローやヒルダはあのラーゼ粛清事件での流れで、フュンの思いを知っているし。
マルクスは、帝都での仕事が重なるとちょくちょく会う間柄でもあった。
でもサナだけは、仕事場も遠いので接点が少ない。
だから、彼の心情や感情を知らなかっただけであったのだ。
彼女も親友だとは、言ってはいたものの、会えない時間があったからそこらへんは不安でもあった。
強気な物言いもするし、態度も不遜な部分があるかもしれないが、心は乙女かもしれないのがサナであるのだ。
「これが友達か・・・さっきまで喧嘩していたのにな」
そんな二人を見て、リエスタは、友達とはなかなかいいものだなと思ったのでした。
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