第279話 新たな帝国には、この者たちが必要 ⑦

 リエスタとサナが、フュンの屋敷に泊まって二日後。

 都市の色々な施設をマルクスが案内して、夕方には三人で帰って来た。

 玄関に到着する前からの言い合いが続いての帰宅である。


 「だから! なんでお前は方向音痴なんだよ。俺が右だって言っただろ。なんであの時に、左に曲がるんだよ」 


 マルクスが怒っていた。


 「知らねえよ。お前があんな人込みの中で、先に行っちまうからいけねえんだろ。お前の背中が見えなくなったら目印がねえもん」


 そんな彼に対抗するのはサナである。


 「はぁ。リティ様は俺の後ろに居ましたぁ! お前だけが反対に行きましたぁ。だからお前が馬鹿なだけなんですぅ」

 「んだと」

 「いい加減に方向音痴を治せよ。いい大人だろうが!」

 「私は方向音痴ではない。方向が私を間違えたんだ」

 「出た! 意味わかんねえ言葉!」


 二人のそんな不毛な言い合いを聞いてくれた扉が開く。

 すると、そこにいたのが、フュンだった。


 「いやぁ。サナさん。マルクスさん。お久しぶりですね。その言い合いも懐かしい。ハハハ」

 「フュンさん!?」「辺境伯!?」

 「用事があってですね。急いで戻った次第で、えっと。リエスタ様はどちらに?」

 「リティに用事?」


 サナとマルクスの真後ろにいたのがリエスタだったので、フュンには彼女の姿が見えなかった。

 

 「私はいるぞ。貴殿があの大元帥となる男か」


 二人の後ろから小柄な女性が出てきた。

 スクナロに似ても似つかない可愛らしい女性がリエスタである。

 この顔の良さは、エステロ似ではないかと、まことしやかに周りから噂されている。


 「ん。おお。こちらがあのリエスタ様ですね。僕はフュン・メイダルフィアであります」

 「そのような丁寧な挨拶は無用。私の方が格下である。それに我が父も、貴殿よりも下だ」

 「スクナロ様が下? いいえ。僕が下ですよ」

 「ん? 何を言っている? 貴殿の方が遥か上の位ではないか」

 「僕はスクナロ様の義弟ですからね。下でありますよ」

 「ほう。そう来るか。面白い男だ。それで私に何の用だ!」


 偉そうであるのは変わりない。

 でも、可愛らしいお嬢さんが一生懸命にふんぞり返っているように、フュンには見えているので、ニコニコと笑顔で対応している。


 「ええ。少々お時間。よろしいでしょうか」

 「良いぞ。ちょうど私も貴殿と話したかったからな」

 「ありがとうございます。マルクスさん。サナさん。お二人もご一緒でもいいですか」

 「もちろんだ」

 「ではお二人もいいですか?」

 「俺はいいですよ」「私もだ」

 「それじゃあ、応接室に来てください」


 フュンは三人を案内した。


 ◇


 どっしり構えて座るリエスタを見て、フュンは微笑んだ。

 なんだか、可憐な少女が、一生懸命偉そうにしているみたいで、可愛らしく見えてしまっていた。


 「なんだ? 何かおかしいのか」

 「いえ。なにもおかしくはありませんが、初めてお会いしてね。嬉しかったのですよ」

 「私と会ってか? 珍しい事でもあるまい。私は来る者拒まずだ」

 「そうなんですか」

 「去る者も追わない」

 「なるほど」

 「だから、リースレットのことだろう」

 「!?」


 フュンの用件を言い当てた彼女。

 鋭い観察眼と予想の組み立て方をしている。


 「貴殿の話を二日。彼とサナから聞くに、そういう考えに至ると予測した。だから良いぞ。勝手に使ってくれ。帝国の柱にしてほしいわ」

 「ありがとうございます。まあ、それも僕の話のひとつでした」

 

 フュンがお礼を言った後。

 リエスタは腕組みをしはじめた。


 「この話ではないというのか。その口ぶり」

 「ええ。それだけじゃないです。僕はあなたとサナさん自身にもお聞きしたいことがありましてね。ちょうどサナリアに来ているというので、僕は急いできたんですよね。そしたらマルクスさんもいらっしゃっててね。ここもちょうどよい。ある話を聞いてほしいですね」

 「俺もですか。珍しいですね」


 マルクスがお茶を飲むと、隣にいるサナが肩を小突いた。


 「おい。マルクス。辺境伯が知らねえじゃねえか」

 「あ?」

 「お前が来ていることを知らないみたいな口ぶりだぞ」

 「そりゃ、言ってねえもん」

 「言えよ、馬鹿」

 「言わねえよ」

 「なんでだよ。迷惑だろ。勝手にこっちに来たらよ」

 「いいんだよ。俺はフュンさんに許可もらってんの」

 「なんだと。ふざけんな。ズルいぞ」

 「そっちかい!」


 二人の喧嘩を笑顔で迎えるフュンが懐かしい気分になっていた。


 「サナさん。実はサナさんもいいんですよ。自由にここに来てもらってね。何ならここのメイドや執事に顔を覚えてもらえれば、出入りが自由になりますよ。マルクスさんも覚えてもらってるので自由になっていますしね」

 「え? 私もいいのか」

 「ええ。もちろん。サナさんも僕の友達ですからね。僕の友達は、ここを自由に使ってもらっていいようになっています・・・って、僕の友達少ないんですけどね」

 「そうか。ならいいか」


 サナは満足そうにしていたが、隣のマルクスは不満そうな顔でサナを見る。

 さっきまでの喧嘩は何だったんだという顔である。


 「貴殿、あとの話とは、なんだ!」

 「ああ、すみませんね」


 リエスタはせっかちでもある。

 気になったら最後まで聞かないと、苛立ってくる。


 「とりあえず、報告が先ですね。それでは、どうぞ!」


 フュンが部屋に入ってくるように促すとアイスとリースレットが入ってきた。

 二人ともリエスタに深くお辞儀する。


 「おお。二人とも来ていたのか」

 「はい。リエスタ様」

 「リティ様ぁ。あたしやりましたよ。アピールしてきました」

 「そうか。よくやった」

 「エヘヘへへ」

  

 リエスタが褒めると、リースレットは嬉しそうにして頭を掻いた。


 「それで、二人の報告というわけか」

 「そうです。アイスさんは、帝国大将になってもらい。リースレットさんは帝国少将になってもらいます」

 「なに!? 将だと。しかも、大将!?」

 

 リエスタの顔がフュンの方に向いた。

 

 「はい。お二人の才は、そのくらいの価値があると僕が判断しました。まあ修行が必須ですけどね」

 「・・・そうか。まあよい。私の元からそのような人物が出たのは嬉しいぞ。よくやった二人とも。あっぱれだ」

 

 フュンはこの時、彼女の器の大きさを見た。

 自分の位よりも高い地位を部下が得ても、意に介さずに褒めることが出来る器は素晴らしいものである。


 「そこで、僕としては、この二人を育てた功績と、あなた方の実力。そして実際にお会いしたことで総合判断をしました。リエスタ様。帝国中将になりませんか。それとサナさん、あなたは少将になって欲しい。元々あなたには少将を打診する予定でありました」

 「なんだと。その取ってつけたような形での打診は!」


 ここでリエスタは自分が馬鹿にされたと思った。

 部下の功績で位が上がるのが気に食わない。


 「取ってつけた形ではありません。総合判断をしました」

 「総合判断だと・・・」


 誰かの評価をもらって、出世なんかしたくない。

 その思いが分かるような答えだった。


 「リエスタ様。あなたはどうせこの次の大戦で、出陣しようとするでしょう? それもサナさんを連れてです」

 「・・・・・」

 「でもお父上に止められている」

 「・・・・・なぜわかる。その通りだ」

 「ええ、スクナロ様の一人娘ですもん。スクナロ様が心配しないわけがない」

 「過保護なのだ。我が父は! 私は戦える」

 「わかっていますよ。だから僕は、あなたに権限を与えようと思います。いいですか。あなたのお父上は帝国元帥の左将軍です。その左軍が出張る時に、あなたが勝手に軍事行動を起こしたらどうなりますか。分かっていますか」

 「・・・・・」


 リエスタは口を真一文字にして黙った。


 「その様子。わかっていますね。処罰の対象になることをね。それもご自身だけじゃなく、お父上自体もです」

 

 勝手に軍事行動を起こすというのはご法度である。

 でも左将軍と右将軍には、自由であるという命令を出している。

 そう実は、フュンの方が異例でおかしいのだ。

 通常の将であれば、勝手に行動を起こされたら処罰の対象にするに決まっている。


 「まあ、でも僕は処罰を与えませんが、たぶんスクナロ様がすると思います。しかも、身内なのでより一層厳しく出すはずです。だからあなたに、スクナロ様は権限を与えないのですよ」

 「・・・でも、過保護だ。そんなのはな!」

 「わかっています。戦いたいのでしょ。ということで、僕の所に少しの間来ませんか? ミラ先生から指南を受けてください。あなたとアイスさんとリースレットさんの三人で、修行をしましょう。サナさんは、もう十分実力があるので修行はいりません。そして、その上で、僕はあなたに中将。サナさんに少将の地位を与えたい。僕は出来るだけ将になれる人物を探したいんですよね」


 リエスタの表情が柔らかくなっているので、フュンの言葉を段々と受け入れ始めているのが分かる。


 「僕は、帝国強化に必要なのは、一番に人材。二番に経済。三番に兵器。こんな感じだと思っています。なので、あと五年の間に一番早く揃えたいのが人材であります。あなたたち四人は僕の貴重な戦力なのです。この提案、受け入れてもらえないでしょうか」

 「私が戦力だと」

 「そうです。あなたの事はお聞きしました。その武力、その考え方。どれをとっても、ここでなにもしないのはもったいない。僕が子供の頃に受けた修行をしてほしいのです。ミラ先生の修行をね」

 「・・・・・」


 少しの間考えるようで、リエスタは目を瞑った。


 「おい。辺境伯」

 「ん? サナさん?」

 「私もいいか。修行ってよりかは見学みたいな感じでもさ。ミラ先生ってのは、あの軍師ミランダだろ」

 「ええ。そうですよ。いいですよ。見学をしてもね」

 「あの人を見れるのか」

 「そうです。最高の指導です。厳しいですけどね」

 「マジかよ・・・嬉しいな」


 帝国の皇帝シルヴィアを育てて、弱小だったダーレーを支え続けた名軍師ミランダ。

 彼女の事を、一個人として外から見ると、全ての女性の兵の憧れと言っても過言じゃない。

 でも実際の人物を知ればそんな単純な事ではない。

 彼女は最恐で最狂の悪魔であるのだ。

 知らぬが仏である。


 「うむ。いいだろう。でもなぜ私は中将なのだ」

 「それは、大将では駄目です。そして少将だとサナさんをそこに入れたいから駄目です。お二人を上下で配置するためには、中将がいいのです」

 「大将が駄目な理由はなんだ?」

 「何も実績がないのに、大将になるのは、あなたのプライドが許さないでしょう。それに、大将になると他の戦場に行く可能性が出てきます。僕が設定しようとしている八大将は、自由に移動するのです」

 「他の戦場? ならば私が行く戦場が決まっていると?」

 「ええ。そうです。僕はあなたを中将にして、スクナロ様の下に入れ込みます。そこで実績を積みましょう。そして、スクナロ様に見せつけましょう。あなたの娘は、ミラ先生の修行により最強の将の一人になったのだとね。どうですか。これは面白くありませんか?」


 ニヤリと笑ったフュンは彼女の重要な心の部分に触れた。

 父から認められたい。

 それも自分の実力を真正面から受け止めてほしい。

 この思いがこの女性にあるはずだと、フュンは見抜いているのだ。


 「・・・面白い。良き提案だ。大元帥殿。私も修行をしようではないか」

 「ええ。助かりますよ。リエスタ様」

 「リティでいい。大元帥殿」

 「そうですか。じゃあリティ様。よろしくお願いしますね」

 「だからリティでよい。貴殿は叔父上であろう」

 「叔父上?」

 「そうだ。父の義弟だ」

 「あ~あ。そう言われるとそうなりますね・・・ではリティ。あなたは僕の姪っ子だ。フュンでいいですよ。これからよろしくお願いしますよ。色々頼みますからね。頼りにします」

 「うむ。任せてほしい。よろしく頼む。フュン殿」

 

 リエスタはフュンを叔父上としても、大元帥としても気に入った。

 この提案は双方にメリットのあるものとして認識している。

 自分がまずやりたかったことは父に認められること。

 その次に父を超えることが目標であるのだ。

 だからフュンの提案は彼女のその目標に沿ったものである。


 やる気に満ちている表情をしていた彼女を脇に置いて、フュンは次の話題に切り替える。

 

 「それでは、四人にはこれからラメンテに行ってもらうとして、マルクスさん。お仕事の切り替えをしてもらってもいいですか」

 「俺の仕事の切り替えですか?」

 「はい。あなたの仕事は変わらずであったんですけど、リナ様の情報部での仕事を格上げします。大臣の補佐になってもらいます」

 「俺が!?」

 「はい。大臣補佐になってもらい、多くの仕事をすることになります。ですが、ここで一番重要な仕事をしてもらいたくてね。ちょうど、マルクスさんを探していて、ここにいたから運が良かったです」

 「何の仕事でしょう」

 「ある人を探して欲しいんです。情報部の力をフルに使って、ラルアナとミレンという人です。このお二人が今後の帝国に必要な方たちなんですね」

 「急ぎですか?」

 「はい。出来るだけ早くにお願いしたい」

 「わかりました。今帰ってやりましょう。お任せを」

 「頼みます。でも今日はゆっくりしましょう。久しぶりに会いましたからね。サナさんとも久しぶりですし、食事にしましょうよ。それに、リティもお二人を褒めてあげたいでしょ」

 「ん? 私がか」

 「ええ。あなたの所から二人も将が出ました。そしてあなた自身も、その指南役のサナさんも将となります。これであなたの勢力は帝国でも相当なものですよ」

 「そうだな・・・それは確かにそうだ。私が育てた者が上に行くのは気分がいい」


 『育てたって、あなたよりも年上なんですけど』

 と思っているサナとアイスの内心は内緒にしておいた方が良いでしょう。

 

 「では、皆さんで今日は食事会にしましょう。楽しみましょうね」


 フュンは友達二人と、新たな仲間たちと親睦を深めたのであった。


 

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