第12話 我儘の極致

 「ほう。考えましたね。レベッカ。なかなかやります。あの子は何も考えないで、本能のまま戦うイメージがありましたが、これは改めて評価してあげないといけませんね」


 貴賓席にいるフュンは、レベッカが戦う予選ラウンドを見て思った。


 「確かに……ふむ。大元帥殿が出した条件から計算しても、真ん中に立って戦うのは愚策であると判断したのですな。あの歳で、なかなか賢いですな」


 ネアルも彼女の考えに賛同した。


 レベッカは現在。

 戦闘開始の合図と同時に移動して、大きな丸いリングの右端に立っていた。

 あと二歩。

 後ろに下がったらリング外である。


 「背中を気にせず前にいる人間だけを斬ろうとする動きですね」


 フュンはレベッカの行動を解説。それにネアルも追従する。


 「これは上手い。大元帥のお嬢さんは、自分であの状態に追い込んだのだな・・・だが、普通はあそこに立たない。リング外になれば、負けが確定。出来るだけリングの中央に寄って戦うのが定石ですからな」

 「まあ、普通はそうでしょうね。ですが、レベッカなら後ろが敗北への道でも関係ない。彼女は常に勝つための行動を起こします。前にだけ突き進みますからね、あの子は・・。薄氷の勝利でもいい。とにかく勝ちを手に入れる気でいます」


 四人の少年がレベッカを囲んだ。体格差は一目瞭然だ。

 

 「しかし、あれで終わりではないですか。あんなに小さい子に対して、体の大きな男の子が四人ですぞ」

 「いいえ。無理でしょう。相手が速度型じゃないといけません。パワーがあるタイプでは、意味がない。パワータイプの子の速度では、レベッカに触れられませんからね」


 確かにただの親馬鹿じゃないのだろうと、ネアルは一瞬だけフュンを見てから、彼女のいるリングを見つめた。



 ◇


 一際小さな少女が一人。

 ぽつんとリングの端にいた。

 黙っていれば美少女。澄ましていれば美人。

 そんな女の子であるのがレベッカである。


 「おそっ!」


 周りの子供たちを見て、彼女はついつい侮辱のような言葉が出ていた。

 相手に敬意を払えと言われていたのに、傲慢な言葉が出たのが良くなかった。

 それをすぐに反省する。

 

 「ああ。駄目だ駄目だ。ジスターと約束したんだった。相手に敬意。相手に敬意・・・・」


 念仏のように唱えることで、レベッカは相手への敬意を維持しようとした。


 「おら」「じゃまだ」


 自分よりも二回りくらい大きな少年が、人込みから出て来た。

 四人での囲い込みが始まる。

 

 「これをやればいいのか」「そうみたいです」

 「それじゃあ、とっととやっちまうぞ。こんなガキ、すぐだ」

 「おお!」


 男の子たちのやる気が凄かった。


 「ガキにガキって言われたくないな」


 レベッカは、彼らの一言にカチンときた。

 右足を一歩だけ前に出すと、気付く。


 「しまった。後の先だった・・・」


 攻撃する際に動くことを禁止されている彼女は、一歩で踏みとどまる。


 「なんだこいつ。急に動かなくなったぞ」

 「俺たちにビビったんだ。とっとと外に出すぞ」


 少年らに先手を取らせるために、レベッカは木の棒を後ろに引いた。

 子供部門の武器は木製武器。

 出来るだけ怪我を負わないようにするための、親切設計である。

 しかし、レベッカであれば、それが親切設計になっていない。

 武器と本人が一体化となれる彼女には、木の武器ですら凶器である。

 武器が持つ会心を探し始めた。


 持つ手は握りすぎず、手首をしなやかに動かして、敵が迫る中で木の棒を振り始める。


 「このくらいかな・・・このくらいだな」

 

 重さを確認。

 そこから最も力の入る地点を見つけ出し、インパクトの瞬間をそこに合わせる作業をし始めた。

 

 「おらよ。消えろよガキ」


 男の子の攻撃を鼻先で躱す。

 男の子の目には彼女が紙一重のやっとで躱しているように見えるだろうが、それはわざとである。

 レベッカは少年の振りを完璧に見極めていて、左足を半歩だけ引いて躱していたのだ。


 「おれの攻撃が・・・た、たまたまだ。ホイル、やっちまえ」

 「俺のはどうだ。まぐれはないぞ。俺はこいつよりも強いからな!」


 別な少年の攻撃が右から来ると、レベッカは少年の下段からの切り上げ攻撃に対して、自分が持つ木の棒を滑らせた。

 相手の力を利用して、攻撃を逸らす。


 「俺の剣がすり抜け・・・あ」

 『バタっ』

 

 攻撃をしていたはずの少年が、突如として倒れた。

 意気揚々と攻撃した後の事だったから、何が起きたか分からない子供ら。

 だから仲間が倒れるなんて恐怖の出来事だった。

 倒れた少年は右肩を押さえて呻いている。


 「いてえ。いてええええええよおおおおお」


 激痛が走ったのは倒れてからで、遅れてくる痛みに耐えられずに少年は泣きだした。

 

 「な、何が起きたんだ」

 「止まるな。まだこっちは三人。囲めば勝てる」

 「寄せてから同時に斬るぞ」


 三人がじりじりと詰め寄る。

 武器を構える手が震えているのは、泣きだしている少年の声が大きいから。

 よほど痛いのだろう。

 その悲痛な叫びにも似た声が、三人の動揺を誘う。


 「ねえ。駄目だよ。こっちの子。介抱してあげたら? 痛がっているよ」 

 「お前を倒してからやるんだよ」

 「今だ。こいつの隙だ!」


 少年の叫び。

 これで音頭を取った三人が、同時に剣を振り下ろした。

 

 レベッカはその剣を冷静に見る。

 稽古ではジスターらの剣技を見ている分、スローモーションよりも遅く感じる少年らの剣。

 軌道を読むと、自分の頭の上に三つの剣が重なっていた。


 「これ、それぞれが邪魔になるよ」


 先読みしているレベッカは三人に忠告した。

 未来予知のような言動を聞かされた少年たちは、自分たちの攻撃が上手くいかないことに気付いていない。

 三つの剣がちょうどレベッカの前で絡まる。


 「ほら、駄目だよ。せめて、あなたの剣は、私の肩にだ!」


 左端の少年の肩に一撃を加える。


 「いてええ」

 「そして、あなたは私のお腹に攻撃する!」


 真ん中の少年の肩に一撃を加える。


 「ぐおっ」

 「最後に、あなたは私の剣を持つ手を攻撃するんだよ。そうすると私も困ったのにね」


 右端の少年の肩に一撃を加える。

 指導しながらの一撃で、少年らはリングに沈んだ。 

 

 「ありがとうございました」


 レベッカは敬意を忘れずに、少年たちにお辞儀したのであった。


 ◇


 貴賓席。


 「なんとまあ、素晴らしいな。歳の差も関係ないのか」


 ネアルが驚いている脇で、フュンはあくまでも冷静だった。


 「よかった、あの程度なら怪我は負ってないでしょう。ゼファー。どうです」

 「はっ。殿下」

 

 ゼファーが隣に立つ。

 

 「あなたの目にも、少年らの様子が見えますか」

 「もちろんです」

 「あの子たち、泣いているだけですよね」

 「はい。肩を押さえて泣いています。少々可哀想ですが、相手が彼女ならば、その程度ですんで。まだマシかと思った方が良いでしょう」

 「そうですよね。結果を良しとしましょう。深手であれば、気絶しているでしょうから。泣いているならまだ安心だ。よかった」


 想定していたよりも傷が浅くて助かる。

 フュンはレベッカの心配よりも相手を心配していた。


 「そこまで心配ですかな。大元帥殿」

 「ええ。もちろんです。彼女はまだ実力の半分も見せてません。いつ、何時。彼女が本気を出してしまうのかが心配でたまりません」

 「ほう。あれで本気じゃないと・・・それは面白いな。本気を見てみたい」


 今のネアルの興味は、レベッカに向いていた。

 圧倒的強さがあると言ったフュンの言葉は真実であったのだ。

 実際に動いている彼女を見て確信する。

 完璧に攻撃を見切り。完全に相手の先を読んでいる。

 次元の違う動きをしていたのだ。


 「面白いじゃすまないです。ネアル王。もしものことがあったら、責任を取ってもらいますよ」

 「え? 責任ですと!?」

 「いいですか。相手の子に大怪我でも負わせたら、僕と一緒に謝ってくださいよ。あなたがあの子の出場の許可を出してしまったんです。いいですね」

 「あ。はい」


 眼光鋭く睨んだフュンの圧力に負けたネアルであった。

 

 「さて、まだ子供たちが残っています。余計なちょっかいを出さないでくださいよ。皆さん、彼女に触れないで・・・どうか。無視してください。お願いします。あと神様、大怪我だけは・・・お願いします」


 祈るフュンは、『子供たちよ。どうか自分の子と戦わないでほしい』と願っていた。


 ◇


 「父。なんかお願いしてる。私の応援かな。父も心配性だな」


 父の気も知らないでいるレベッカは、貴賓席を見ていた。

 両手を握りしめてリングに向かって祈りのポーズをしているので、自分を応援していると思っていた。

 彼は、そんな事の為に祈っていないのに、彼女は暢気にそう思っていた・・・。

 

 「どれどれ。つまらないから歩こう」


 レベッカは、倒した子供たちのレベルを見て、自分の足下に及ばない敵たちには目もくれず、強き者を求めてリングを彷徨った。


 「どの子が強いかな・・・ん!?」


 レベッカの目に留まったのは、一番最初に突っ掛かってきた男の子の後ろにいた少年だった。


 ◇

 

 「ダン。私の後ろを守れよ。もし攻撃をされたら、鞭打ち百回だからな」

 「は、はい」

 

 ダンと呼ばれるみすぼらしい格好の少年は、偉そうな男の子の背を守っていた。

 側仕えにしては身分が悪い。半分奴隷のように映る。

 

 「うわ。お前、私を守れ」


 偉そうな男の子は目の前の少年の攻撃を防ぐのに必死だった。


 「え。だって後ろを守れと」

 「どんくさい奴が、私は守れと言っただろう」

 「わかりました。前も守ります」


 素早く無駄のない動きをしているダンが、偉そうな男の子が目の前の少年を撃破した。

 そこから戦いは、ダンが防戦を担いながらで、偉そうな少年が敵を撃破する形が続く。


 そこを見ていたのがレベッカだった。

 興味があったのは偉そうな方じゃなく、みすぼらしい格好のダンである。 


 「やっぱり。あの子凄い。あの子だけ動きが違う」


 レベッカは標的を決めた。

 まだ子供たちが戦うリング内で、彼女は悠々と歩いて目的の人物に近づく。

 子供の喧嘩戦闘をしている脇をすり抜ける。


 「ねえねえ。そこの君。私と戦ってよ」

 

 レベッカは、少年二人の間に話しかけてしまった。

 だから、主の方が話を返してしまう。


 「貴様はたしか・・・まだ貴様とは戦わん。消えろ」

 「あんたじゃない。邪魔」

 「なに!?」

 「君、君。お名前は?」


 レベッカの目には、偉そうな少年の顔も姿も映っていない。

 すでに彼しか見えていないのだ。


 「わ、私ですか。私は・・・ダンです」


 レベッカが覗き込むように顔を向けてきて、ダンは緊張した。


 「ダン? 名前それだけ」


 レベッカはダンの名前が短いから不思議に思った。


 「はい。ダンです」

 「ふ~ん。ま、いっか。戦おう」

 「いえ。出来ません。許可がないので」

 「え? 許可?」

 「はい。ゴルド様の許可がないと」

 「誰それ?」

 「え。こちらのゴルド様です」


 ダン少年は、今まで自分が守って来た少年を紹介した。

 無視されたことで、ゴルド少年は怒りに震えていた。


 「こいつ・・・これの許可が必要なの?」

 「はい。私は勝手に戦えません」

 「ふ~ん。でも、君。なんで手を抜いているの」

 「え?」

 「あなた、手を抜いて戦っているよね」

 「そ、そんなことありません」

 「嘘だ!」


 さっきまでそばで会話していた彼女が突如として消える。

 その事で、ゴルド少年の目には何も映らずにあるのだが、ダン少年の目には彼女の移動先が映る。

 自分の右隣に現れる事を予見して、目線が合う。

 だからレベッカは、この子だけが自分の実力に見合う相手だと見定めた。


 「ほら! あなた、今の私の動き。見えていたでしょ」

 「え。い・・・いえ、見えていません」


 ダン少年は彼女から目を逸らした。


 「嘘だぁ。見えてたもん。君、絶対強いよ。戦えば面白いよ」

 「お、面白くありません」

 「ええ。そんなぁ。ここで唯一戦える子だと思ったのに」


 二人の会話を聞いていたゴルド少年が怒り出す。


 「貴様、私を無視しやがって。くらえ」


 攻撃をしようと木の棒が僅かに動くのだが。


 「黙れ。小童」


 年上なのは明らかである。

 でもその言葉の圧力だけで、行動も言動も封じた。

 レベッカの威圧的言動だけで、ゴルド少年はぴたりと動かなくなった。


 「貴様程度が、私に構うな。今ここで、本気を出してもいいのなら、貴様がどうなるか分からんぞ。そこを動くな。話すな! 私と彼の間に立つな。邪魔をするなら貴様を斬る」


 レベッカから漏れだしている強烈な闘気が、強者たちには見えた・・・。



 ◇


 「まずい!? あれは・・・」


 フュンは咄嗟にジスターの方を見た。

 すると彼の方も武器に手をかけて、走り出す姿勢に入っていた。

 フュンとそのそばに居るゼファーも息を飲む。


 「殿下。あれは怒りだしていますね」

 「はい。あの感じは、稽古の時の彼女です。上手くいかない時の彼女です。まずいです。子供相手に本気を出す恐れがあります」

 「ふむ。たしかに。凄い雰囲気を持っていますな。あれは成長したらと思うと恐ろしいな・・・あれはな・・・」


 ネアルもまた彼女の力の片鱗を見た。

 英雄ネアルであっても、あれほどの力を持つ者は見たことがない。

 自分も子供の時から強かったが、それ以上だと認識している。


 「ジスター。あなたしか間に合いません。もしもの時、頼みますよ」


 フュンは、レベッカに怒り出さないでくれと願い。

 もし怒ってもジスターに全てを託していた。


 ◇


 「ん。ね。君、戦ってよ。いいでしょ」


 レベッカは、ダン少年に話しかける時は穏やかである。


 「む、無理です。ゴルド様のお言葉がないので・・・」


 ダンは命令通りに動くしかない少年だった。


 「そっか。おい。貴様」


 ゴルド少年に対してだけは、レベッカの物言いがキツイ。


 「・・は・・・・」


 ゴルド少年は恐怖で言葉が出なかった。

 はいの『い』も出ないくらいである。 


 「この子に戦っても良いと言え! じゃなかったら斬る。その肩が二度と上がらないようにする」

 「・・あ・・は・・」

 「おい。どうした。許可すると言え!」


 恐怖が全身を駆け巡り、『許可する』というたった一言が出てこない。

 喉の奥から一音でも出て来てくれればいいのに、歯の先にまで言葉が到達してくれない。

 震えるゴルドは泣きそうになっていた。


 「ちっ。じゃあ、この子が戦ってもいいのか。良かったら、頭を下げろ。嫌だったら首を横にだ。まあ、横に振ったらその首が飛ぶがな」


 もはや脅しである。

 自分の目的の為ならば、どんな手も使う恐ろしい女なのだ。


 「じゃあ、いいか。この子が戦っても!」

 

 うんうんと縦に首が振れたことで、レベッカから威圧的態度が消えていく。

 だから、ほっと一安心したゴルドの股からは悲しく生温かい涙が流れていった。


 「まあいい。自分で処理しな」


 ジョボジョボと出る涙に一瞥して、レベッカはダンを見た。


 「それじゃあ、戦おう。ダン君だっけ。やろう」

 「で、ですが・・・ゴルド様が」


 情けない姿と化した主君を心配するダン。

 レベッカとは違い、とても心が優しい人物であった。


 「いいんだよ。こんな奴、君を縛り付けているからさ。君、その首元の痣。おかしいよ」

 「え?」

 「君のような子が、ここらにいる奴らから攻撃をもらうはずがない。それにその痣は、深い。ずっとダメージを受けているようなものだ。だからこいつにやられているんだね。甘んじて攻撃を受けている証拠だよね。でもさ、こいつも雑魚だよ。戦って傷が付くわけがないから、その痣は虐待の痕だよね」

 「え。い、いえ。私が悪いんです。虐待じゃありません」


 サッと痣を右手で隠したダンに、レベッカは続けて言う。


 「うん。まあいい。そこは君の意志を尊重しよう。まだこいつを主とするならね。でもここでは関係ない。私と勝負だ。さあ、かかって来てほしい。私からはいけないからね」


 レベッカはここでも律儀に父との約束を守る気であった。

 戦いは後の先のみ。

 こちらから仕掛けるのはご法度である。


 「し、しかし」

 「君が全力を出しても勝てない相手。それが私だ。今までの対戦相手は雑魚共だ。だから君は手を抜いていたのだろう。君が本気を出したら周りを傷つけるかもしれないからだ」

 「え!?」

 「そうだろう。でも今、君が全力を出しても傷つけられない人間が目の前にいる。さあ、かかって来い。私はいつでも君の挑戦を待つ! 君が望む、強者はここにいるぞ!」

 

 レベッカは、仁王立ちでダン少年の挑戦を待った。

 強き者を求め戦うレベッカに対して、ゴルドに言われるがままに戦って来たダン少年。

 この二人の出会いが、後の大陸にとって重要な出会いであった。


 


 

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