第13話 興味がある事ない事

 「で、では。いきます」


 ダン少年は、レベッカの正面に入った。

 彼の足は今までの子供たちとは別物。

 ダン少年の動きは、他の子供たちでは反応できない動きである。

 でも、彼女の実力が、すでに子供の領域ではない。

 

 レベッカは難なくダンの動きに反応を示した。

 木の棒同士が激しくぶつかる。


 「素晴らしい。その踏み込み。この撃ち込み。どれをとっても一級品だ。大人と変わりない」


 レベッカはダン少年を大絶賛して、木の棒をずらす。

 相手の体勢を崩そうとするが、彼はバランスを崩さない。

 細い体であるけども、足腰がしっかりしていた。


 「やるな」

 「つ、強い。攻撃箇所がない」


 ダン少年は距離を取って、レベッカを見つめる。

 彼の目には、敵の動きを予見する力があるようで、相手の行動が予測できるらしいのだ。 

 それで、先程の彼女の動きが見えていたわけだが、今対峙している彼女の動きを予測すると、どこを撃ち込んでも返り討ちに遭う状態だと判断した。

 こちらから攻撃を仕掛けても、勝てないものばかりで、焦りも生まれる。


 「私に隙がないと分かるのだな。ダン、素晴らしいぞ! 君は本当に素晴らしい!!!」

 「・・・い、いきます」


 興奮状態のレベッカは、ダン少年の攻撃を待つ。



 ◇


 フュンが驚いて立ち上がる。


 「あ、あの子。食らいついている!?」

 「殿下、あの少年素晴らしいですな」

 「ええ、強いです。明らかに周りの子たちよりも強い」


 しかし二人は気付いている。

 いくらあの少年が強いと言ってもレベッカにはハンデがあり、その条件下での戦闘で何とか食らいついている状態なのだ。

 レベッカに対して、何も指示がなく、攻撃箇所や回数なんて、無視して戦闘しても良いと言えば、彼女はすぐにでも勝つであろう。

 でもそれでも、あの少年の実力が素晴らしいのに変わりがない。


 「・・・・しかし・・・このままでは終わるな。全体がな」


 ネアルは二人の素晴らしい戦いを見ていながらもリング全体が見えていた。



 ◇


 「終了です! 八名になりましたので、戦いを終えてください」


 審判の人の言葉が、大会会場に響く。

 

 「ん!?」

 「お、終わりのようです」


 終了の合図を聞いて、ダンが武器を納めた。


 「私たちはまだ終わってないぞ。ほら、まだまだ」

 「いいえ。予選が終わったので、私はゴルド様と下がります」

 「・・・つ。つまらん。そんなのつまらない!」

 「関係ありません。私は戦いません」

 「なんで、楽しくなかったの」

 「楽しい。楽しくないの話ではありません。大会のルールです」

 

 選手たちがリングから降りる中でなかなか降りない三人に審判が近づいた。


 「ほらほら降りて。君たちだけになっているよ」

 「はい。私は降ります。ゴルド様」

 「あ。ああ・・・降りる」


 ゴルドの悲しみの涙を取り除くためには、服が必要である。

 なぜ今すぐ取り換える必要があるかと言うと、彼もリングに残った八名に入ったのだ。

 決勝進出者となっている。


 「ちょっと。待ってよ」

 「ほらほら。君も降りて」


 リングを降りていくダンを追いかけるレベッカの前に審判が立ち塞がる。


 「だって、戦いたいもん」

 「いやいや。君、勝ったんだよ。決勝で戦えばいいでしょ」

 「・・あ、そっか。次は一対一?」

 「そうだよ。決勝トーナメントは全部そう」

 「そっか。じゃあ降りるね」

 「はい。いい子ですね。それではね。こちらが勝手にくじ引きして対戦相手が決まるからね。ちゃんと見ててね」

 「はい」


 首がうな垂れて、がっくりしたレベッカは、最後の望みで決勝で彼に当たることを期待した。


 ◇

 

 選手控室の脇。

 周りから見られないようにしている仕切りの中にゴルドとダンがいた。


 「クソ。あの女。私を馬鹿にしやがって」


 ゴルドは新しいズボンを履き始める。

 ダンに手伝ってもらわないと服が着れないのは、彼が高貴な生まれであるからだ。


 「ダン。お前が勝っていったら私に譲れよ。あの女は私が倒す」

 「はい。承知しました」


 と返事をしているダンであるが、ゴルドでは勝てるわけがないと思っている。

 自分が相対しても、勝つイメージが湧かない相手。

 今まで生きてきて、そんなこと思うのは彼女だけだった。

 自分の実力よりも劣る相手としか戦ったことがない。

 今までは、相手の前に立つだけで、勝てると分かっていた。

 なのに、彼女の前に立った瞬間、自分が負けるとすぐにわかった。

 自分に勝てない相手がいたことに、ダンは内心では焦っていた。

 底が見えない。

 どころか、彼女は本当の力すら隠しているような気がした。

 

 「ゴルド様。彼女は強いですよ」

 「ふん。でもあいつはお前に攻撃をして来なかったぞ。逃げるだけで何もせん。守りだけ硬い奴なら私でも勝てる」

 「で、ですが」


 自分を覗き込むようにして、笑っていた彼女。

 反撃機会は幾つもあったはずなのに、攻撃してこなかった。

 だから、彼女には何らかの制約があるのではないかと、ダンは薄々感じていたのだ。


 「お前に意見など求めていない。黙っていろ」


 レベッカにいいようにしてやられてしまったので、機嫌がすこぶる悪いゴルドであった。


 ◇


 控室の端。

 レベッカとジスターは一息ついていた。


 「つまんね」

 「レベッカ様。口が過ぎますぞ」

 「だってジスター。でも最後の見た?」

 「ええ。見ておりましたよ」

 「あの子、凄くない?」

 「ええ。才能がありましたね。良き師がいれば、彼は素晴らしい剣士になるでしょう」

 「だよね。そうだよね」

 「そうです。レベッカ様。気になるのですか」


 彼女が、姉弟以外の子供を気にかけるのが珍しい。

 ジスターは良い傾向ではないかと微笑んでいた。


 「うん。あの子さ。首とかに痣があるんだ。もしかしたら、体中にも痣があるかも」

 「なんですと!? ありえませんね。それは戦いの傷などではありませんな。彼のレベルであれば、子供程度では触れることなど出来ないはずだ」

 「うん。だから、虐待だと思う。あのへんてこりんな格好の男の子の下についているみたいなんだ」

 「下? 子供同士で? 使用人か、奴隷ですか?」

 「わからない。でもあいつの言う事が絶対って感じだった」

 「そうですか。それならどちらでもありえますね」

 「使用人も絶対なの?」

 「ええ。普通はそうです」

 「普通は?」

 「はい。それは、フュン様がおかしいのです。使用人に対して皆平等で、何をしても自由なのが、普通ではないのです。普通は絶対的な命令をします。強制等ですね。それも厳しく言いますよ」

 「そうなんだ」


 フュンの普通が、レベッカの普通になりつつあるから、常識が一般の貴族や上流の者たちとずれていた。


 「はい。ですからあなた様のお父上は、素晴らしい人物なのですよ。あれくらい出世した方が、皆を平等に扱う事自体がいかに素晴らしいのかは、レベッカ様もおわかりになるでしょう。フュン様の元で働く者たちは、皆幸せそうに働いていますよね」

 「うん。そうだね。みんな笑顔だ」

 「そうですレベッカ様。あなたもお父上と同じ人になりましょうね。人を大切にするのです」

 「うん。でも私は、敬意を払える人じゃないと嫌。笑顔になれないような奴は無理」

 「ん?」

 「私はあいつが好きじゃない。人を物みたいに扱う奴。ムカつく」

 「それは・・・」


 たしかに、怒っている部分が悪くない。

 でもこの子供の時代にそこまでハッキリと善悪を区別した方が良いのか。

 ジスターは少し悩んだ。


 「ジスター。決勝っていつから?」

 「予定通りだと、十分後だと思います。レベッカ様、決勝戦でも条件は同じですぞ。むしろ、決勝の方が守って欲しいです。一対一では圧倒してしまいますからな」

 「わかってるよ。だからつまんないんだって。あの子と戦わないとさ。面白くないもん」

 

 先を見据えているレベッカは、自分と戦える相手は彼しかいない。


 ◇


 「決勝戦トーナメント第一試合は・・・・」


 会場でアナウンスしている人の声が響く中。

 レベッカは不満を漏らす。

 

 「んんんん。反対側だ」


 トーナメント表を見る彼女は、自分のブロックが第四試合で、彼の試合が第二試合なことにがっくり来ていた。

 彼が、万全な体力の状態で戦いたかったのだ。

 このままでは決勝戦での勝負になる。

 

 「それにあれ・・・」

 

 第一試合にいるのは、ゴルド。

 相手は同じ貴族らしく身なりの良い少年で、お互いが煌びやかに見える。

 泥臭い感じがないのが、レベッカには余計に気に食わない。


 「つまらないね。低レベル」

 「レベッカ様。敬意!」

 「無理! 私は払える奴にしか払えない」

 「駄目ですぞ。それでは」

 「無理なものは無理。それにジスター。あいつの相手の動きがおかしい」

 「え?」


 レベッカの目は誤魔化せない。

 ゴルドの対戦相手の少年の動きが時折止まる。

 それもゴルドが体勢が崩れた時に、撃ち込もうとする時に上から糸でも吊るされているかのように、カクカクとした動きになるのだ。


 「あいつ何か言っている」

 「え? 何をです」

 「わからない。でもあいつ何かしているよ。ズルしてるかも」

 「なんですって」

 

 一見すれば緊張しているからに見える相手の少年の攻撃。

 でもレベッカは瞬時に見抜いていた。


  

 ◇


 「私を勝たせなくていいのか。マリガ」

 「ん」

 「貴様の家は私の家に金を借りているはずだ」

 「ゴルド・・・お前・・・」

 「いいのか。お前の父が困るのでは?」 

 「・・・ちっ」


 マリガ少年の手が止まると、そこに何の躊躇もなくゴルド少年の攻撃が刺さる。

 お腹が三撃。顔面に一撃が入ってノックダウンした。


 「私の勝ちだな」 

 「そ・・・それでいいのか・・・」


 マリガは気絶した。


 ◇


 「あれは確かにおかしいですな」

 「そうでしょ。あいつ面白くない」

 「まあ、それでもあなた様とは戦いませんでしょう。あの実力では彼には勝てません」

 「・・・そうだといいね」

 「ん?」

 「そうだとさ」


 レベッカはそう告げると、ジスターは首をひねった。


 その後の決勝トーナメントは、順調に実力者が勝つ。

 レベッカも当然子供相手では負けるわけもなく、準決勝に進出した。

 そして反対ブロックの準決勝第一試合。

 ゴルド対ダンの戦いは、不自然な形でゴルドが勝利した。

 また何かを口走ってからダンの動きが変わり、圧倒的な手数でゴルドの勝利となる。


 そして、準決勝すらも圧勝したレベッカは、決勝戦をゴルドと戦うことになったのだ。

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