第11話 弟のような人間にはさせない

 「ふう。そうですね。参加が決まっている状態なのです。これは仕方ありません・・・よし、ゼファー!」


 深呼吸を繰り返して、いったん心を落ち着かせたフュンは、後ろで控えているゼファーを呼び出した。


 「はっ。殿下」

 「ジスターに連絡をお願いします」 

 「殿下、何を伝えれば?」

 「えっと、まずですね。僕も教えていますが・・・普段から戦いで手を抜くなと、あなたたちも教えていますよね?」

 「そうです。我もジスターもそういう風に教えています」

 「しかし。そうなると、相手の子が大怪我を負うのは間違いないですよね?」


 彼女を育てている者たちは、彼女が子供と戦う事を想定していなかった。

 あまりにも強すぎる彼女には、いつも大人と一緒に訓練を積ませるしかなかったのだ。

 だから、対戦相手の子供の事を想像してしまったゼファーは、声を震わせる。


 「ま、まずいですね。た、たしかに・・・殿下。まずいかもしれません」


 フュンは頷いた。

 

 「ええ。そうですよね・・・・ゼファーもそう考えますよね」


 自分の顎に手をやって、軽く指でトントンと叩く。

 フュンは冷静に考えをまとめていた。

 指導に反しないで、レベッカを制御する方法を考えているのである。


 「……よし、これだな。ゼファー。彼女に、こちらから仕掛けてはいけない。動きは、後の先のみだと伝えてきて下さい。そして、この大会で、攻撃してもいいのは、一人に対して一回だけで、しかも肩への一撃のみだと。それ以外では負けだとしなさい。もし、これら以外の行動をしたときは、降参をするように言い渡してください。いいですね。ゼファー。ジスターに正確に伝えてください。急いで」

 「はっ」


 フュンは、彼女に本気を出してもいいと伝える代わりに、ハンデを付け加えたのだ。

 肩への一撃のみが唯一の攻撃箇所。

 その意図は、顔。胸。腹。背。足。

 こういった箇所では確実に急所に攻撃をしてしまうからだ。

 彼女の剣技であればいとも簡単に行える、しかも子供相手だから更に簡単だ。

 だからフュンは肩への一撃のみにしたのである。


 骨が折れたとしても、最悪肩ならば他の箇所よりはまだマシであるとの消極的な考えであった。


 「大元帥殿。なにもそこまで、彼女はまだ8歳なのでしょう。13歳の子らに紛れるので、そこまでは警戒せずともよろしいのでは?」


 隣の席のネアルが聞いた。


 「ええ。普通はそう考えます。ですが、彼女は別です。我が子でありますが、ハッキリ言ってあの子は化け物です。剣の神に近い。戦いの女神になれる器を持っています」

 「な、そこまで。親馬鹿では?」

 「親馬鹿じゃありません。ネアル王。見ていてください。彼女がいかに強いのかを・・・」


 フュンの顔が、いつものような笑顔じゃなかった。

 真顔で闘技場を見ている。

 その表情があまりにも真剣で、ネアルは唾を飲み込んだ。


 「そ、それほどか・・・」


 見てみたいと思う反面。

 そこまで恐ろしいものかと、ネアルの全身が珍しく緊張感に包まれていた。

 末端の手足が震えるなど、戦い以外で訪れたことがない出来事である。



 ◇


 子供たちがリングに上がり、大会の説明を受けている頃。

 会場の選手入場入り口付近にまで来たゼファーが、ジスターを呼んだ。

 

 「ジスター」

 「ん。ゼファー殿」

 「殿下からの伝言だ」

 「伝言!? やはり参加は駄目ですと? 拙者とミランダ様が、秘密にしていたのがいけなかったのですか!」

 「いいや違うぞ。殿下は参加してもよいと。だが、条件が加わったのだ」

 「条件ですと?」

 「ああ、それが・・・・」


 ゼファーが一言一句正確に伝えると、ジスターもうんうんと頷いた。


 「それは確かに。私もそこを考えていなかったです。レベッカ様に必ずお伝えします」

 「頼んだ。殿下からの直接の言葉だ」

 「はい。お任せを」



 ◇


 「参加者の皆さん。いいですか。あなたたちは、ここからトイレ休憩などをしてもらいます。二十分後。再びこちらに集まってもらいますよ」


 大会説明をしてくれる男性が、子供相手なので優しく言っていた。


 「それで、大会の予選の方式は、乱戦です。決勝戦に参加できるのが八人までなので、八人になるまで戦ってもらいます。生き残ればいいので、最後にリングに立っていた者が決勝に進みます。以上です。質問がある方はいますか? いいですか皆さん」

 「「「は~い」」」


 子供たちは素直に返事をした。


 「よろしい。では、おトイレなど行ってくださいね~。解散です」


 ぞろぞろと控室に戻っていく。

 その途中、レベッカの隣にジスターがやって来た。


 「レベッカ様」

 「なぁに?」

 「フュン様からの伝言です」

 「父から!」


 嬉しそうにしたレベッカが、伝えられた話を聞いた。

 当然不満が出る。


 「ええ。肩だけぇ~」

 「はい。不満でしょうが、私もそのくらいは仕方ないかと思っています」

 「???」

 「あなた様は強すぎます。同年代の子らが戦うに、勝ち目がありません。そんな人物が、通常通りに全力で戦ってしまえば、怪我をさせてしまいます」

 「ジスター。でも、情けは駄目なんでしょ。戦いに慈悲はないって言ってたよ。あと相手に失礼だってさ。父も、あなたも。ゼファーも言ってたよ。あ! 母もだ」

 「それはそうです。ですが今回は仕方ありません。弱い者いじめのようになってしまいます。なので、全力は出してもいいですが、攻撃箇所を一つに決定したのです」

 「その決定が肩ってこと?」

 「はい。肩のみです。しかも一人に一度だけです」

 「一度だけ!? む、難しいな」

 「ええ。それと、こちらから動いて戦ってはいけません。後の先までの動きをしてください」

 「ええ!? ジスター。冗談でしょ?」

 「冗談ではありません。本気です」

 「後の先ってことは・・・動いちゃ駄目な奴だよね」

 「そうです。相手からの攻撃待ち状態から動いてください。攻撃する際に、先に動いたら負けです。先の先。先の後も駄目です。後の先か後の後でお願いします。いいですね」

 「う、うん。わかった」


 レベッカは、厳しい条件を無理だとは決めつけなかった。

 頭の中で、自分の動きのイメージをしている。

 乱戦中、おそらく周りの子供たちは動き回るだろう。

 そんな中で、自分はただ一人動かずにじっと待つ。

 一人だけ浮いた存在になる事を想定していた。

 

 そしてジスターも同じことを考えていた。

 彼女だけ別の動きをするが、彼女はそもそも考えも動きも、周りの子供とは桁が違う。

 周りから浮こうが浮かまいが、自分の進むべき道をいったん決めると断固としてその道を進もうとする性格をしているのだ。

 ジスターはこの数年で彼女の性格を深く理解していた。


 「やってみる。ジスター」

 「そうしてください。それでもしですよ。それ以外の行動を取った場合。大会を棄権します。いいですね」

 「・・・わかった、それくらいこなしてみせる」

 「いいでしょう。私も脇で見守らせてもらいますよ。大会中はリングの外で見ても良いようです」

 「そうなの」

 「はい。親御さんか、お師匠さんは、リングの外で見ていても良いらしいです」

 「うん。そっか。じゃあ、ジスター見ててね。バッチリ決めてくる」

 「はい。見ております。それと一つ、レベッカ様、相手に敬意を払いなさい。先程の子供への振る舞いもよくありません! この大会では、対戦相手となる子を敬うのです。その気持ちが大切であります。勝ち負けはいいです。そこが重要だとジスターは思っています」

 「うん。わかったよジスター」

 

 レベッカには色々な問題がある。

 それはかつてのズィーベにもあった問題で、圧倒的な強さを持つが故の慢心だ。

 それが、こちら側。

 フュンたち。彼女を育てている者たちの懸念である。

 特にフュンとゼファーは、あの弟を見てきた。

 傲慢で自尊心だけが高い男。

 だから、フュンは弟のような人間に、レベッカがならないように、彼女を厳しく育ててきたわけで、それに、その実力に溺れてしまわないように、今までの稽古では強き大人たちが彼女を打ちのめしてきたのだ。

 彼女が子供だからと言って、遠慮しないで訓練でも手を抜かずにやる。

 あなたの上には、まだまだ上がいるのだと常に分からせてきた。


 だがしかし、ここで彼女は、初めて同年代の子と戦うのである。

 一人の人間としてしっかりと育ってもらうためには、ここで厳しい指導をしないといけない。

 ジスターも覚悟を持って、見守ることを決めていた。

 仁王立ちのようにリングの脇に立った彼は、決戦のリングの上に立ったレベッカの様子だけを窺った。


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