第7話 丁寧な子育て

 遠征メンバーが確定したことにより。

 帝国陣営は、ヒスバーンに連絡して彼を呼び寄せる。

 フュンの前に来たヒスバーンは、会話の開幕早々で驚く。


 「ヒスバーン殿。今日出立します。よろしいですか?」

 

 午前に知らされて、午後にはこの決定をする。

 ほぼ即決に近い形だったので、ヒスバーンはさすがはネアルの宿敵フュン・メイダルフィアだと思った。

 この瞬発力が、ほぼネアルと同格であると分かる。


 もらった紙に書いてあるリストを見て、ヒスバーンが答える。

 

 「一日未満でのご決断。さすが、お早いですね……ですがこちらの紙にある。ゼファー殿とミシェル殿が、こちらにいらっしゃらないようなのですが?」 

 「ええ、大丈夫です。アージスで落ち合ってほしいと連絡をもう入れたので、急いでそちらに向かってくれています」

 「そうですか。では我々が先行しますので、そちらが後ろに来て頂ければ、安心でしょう」

 「そうですね。そうしてもらえると助かります」

 

 受け答えの間ずっと笑顔を絶やさないヒスバーン。

 噂に聞くに、表情の変化が少ないとされる人間だと聞かされていたのだが。

 ここに来ての彼の態度は、丁寧な態度を貫いていた。

 腹積もりは分からない上に、不気味な印象が残る。


 「我々は先に準備します。南の門で待ちます」

 「はい。すぐに追いかけます」


 ◇


 帝都城での準備をする一行の元に、関所で仕事をしていたジャンダがやってきた。

 作業の途中であっても、主に言われたら招集を断ることはできない。


 「フュン様。俺もなんですか?」

 「ええ。ジャンダにもお願いしたいのです」

 「意味ありますかね? 俺なんかがあっちに行っても無駄じゃありませんか」

 「意味? 無駄? いえいえ、あなたも大臣ですし。それに、あちらの建築を見るのも勉強でしょう」 

 「でも俺のやってるのは道路ですし・・・」

 「そうです。でもアン様と一緒に見ればいいでしょ。二人の仕事には直結すると思います」

 「え? アン様!? アン様も行くのですか。危険じゃありませんか?」

 「ええ。まあまあ危険ですので、ジャンダが守りながら、一緒に来てほしいのです。ジャンダ。だからあなたを指名したというのがあります」


 王国に訪問することが一ミリも危険だと感じていないフュン。

 口八丁でジャンダを説得する流れに持っていく。

 自然な会話なので嘘くさくないのである。


 「なるほど。俺の腕っぷしも込みってことですね」

 「そうです。あなたの基本は大臣ですが、本来は戦えますからね。相手はそれを知りませんよ。なので、いざとなったら、こちらが有利です」

 「わかりました。俺が守りますよ」

 「はい。お願いします。表向きは大臣として、裏では彼女の護衛としてです。内密にです。敵に気づかれないように張り付いてください」


 本当の所は、護衛ではない。

 とにかく口が上手いのである。


 「わかりました」

 「ええ。頼りにしてます」


 とフュンはジャンダと密約を交わしていた。

 護衛役として張り付いていれば、関係も更に良くなるのではないかとの計算もしていたのである。

 

 フュンは皆の準備が整うと。


 「ではいきます。皆さん」


 声掛けから始まった。

 三班に別れたフュンたちは、それぞれの馬車に乗る。


 一班。

 フュン。レベッカ。デュランダル。レヴィ。


 二班。

 アン。ジャンダ。(ミシェル)

 

 三班

 サティ。ジスター。(ゼファー) 


 この内訳で出立した。

 南門でヒスバーンと合流して、そのまま帝都を出立。

 寄り道をするつもりがないので、斜めに大陸横断。

 帝都からルクセントを目指した。


 ◇


 道中。

 第一班の馬車の中。

 

 「閣下。ここは俺じゃなく、ジスター殿がいいのでは?」


 デュランダルが聞いた。

 

 「いいえ。ここはあなたが良いです」


 フュンが答えた。


 「俺がですか?」

 「はい。レベッカが人に懐くのも珍しいですしね。それに誰かとだけ、特定の付き合いをするのはよくありません。もっと広い考えを持ってもらうには、多くの人と出会っていなければね。考えを柔軟にすることは出来ません。人の好き嫌いはよくありません。食べ物の好き嫌いと同じですね」

 「確かに、それはそうですけども・・・ね。俺ですか?」


 意見は賛成だが、自分はその大役が合わないと思う。

 デュランダルは悩んでいた。


 「ええ。いいんです。あなたは一般の出です。ジスターもそうですが、貴重なんですよ。貴族よりも、より柔軟な考えを持っています。ゼファーはですよ。一応、重役の甥っ子だった者です。彼の振る舞いからはそのような雰囲気が一切ありませんけどね。まあ、貴族のようなものなんですよ。ですから、この子の親しい人物たちの大体が、貴族出身ですからね。あなたとジスターが適任なんです」

 「そうですか・・・まあ、俺に任されるのであれば、やりますけど。いいんですか。お宅のお嬢さんが不良にでもなったら。俺は、責任なんて取りませんよ」

 「ええ。いいですよ。大丈夫。あなたと出会って、不良になるくらいなら、その子もそれまでの子であるとします」

 「・・・ふっ。ずいぶん自分の子に自信があるようだ。閣下はね」


 デュランダルは勘違いしていた。

 フュンの言っている意味は、デュランダルの思う事と逆である。


 「自信?」

 「閣下の言う事は、自分の子が不良にならないという。絶対的な自信ですよね」

 「いいえ。違いますよ。逆です」

 「逆?」

 「僕の目に狂いはない。あなたがそばにいてくれるのだから、この子が不良になるわけがない。という意味です。あなただから安心しているという事だ。自分の子に自信があるわけじゃないです」

 「・・・俺にですか!?・・・なるほどね・・・」


 デュランダルは、窓を見た。

 流れる景色を見て思う。

 この人の、人を信じる力が、幾度の困難を退けてきたのだと。

 誰かを信じているから大丈夫。

 この人は裏切らない。この人は信用できる。

 その見極めがハッキリしているから、頼るべき人間を常に間違えていないのだ。

 

 それに、彼の期待に自分も応えていきたいと思うのである。


 「いいでしょう。閣下。俺流でこの子に接しますよ」

 「ええ。お願いしますよ。あなたの膝の上で寝てますけどね」

 「はい。いつのまにか寝てましたね」

 「ええ。すっかり馴染んでますね。この子にしたら珍しい」


 『く~』と言いながらデュランダルの膝の上で眠るレベッカであった。


 ◇

 

 アージス平原中央。

 フュン一行は、騎馬に乗って待っているミシェルとゼファーを見つけた。

 

 「ゼファー。ミシェル。よく来てくれました」

 「殿下。我々もお供します」

 「ええ。二人はあちらの護衛で」

 「「はっ」」


 律儀な二人は、返事もしっかりしていた。


 「ゼファー!」


 レベッカも窓から顔を出した。


 「・・・ん?・・・レベッカ様!? なぜこちらに?」

 「ゼファー。父と一緒に来た」

 「いや、これから敵地に・・・いくのですが・・・え?」

 

 何度もフュンを見て戸惑うゼファーに対して、フュンが言う。


 「ゼファー。申し訳ない。この子の見聞を広めるためにですね。少々面倒かもしれませんが、夫婦でこの子を頼みます。ミシェルもお願いしますね」

 「はい。フュン様」


 ミシェルも頷く。


 「ミシェル。また稽古をお願い」

 「はい。レベッカ様。いいですよ」

 「ほんと」

 「ええ。もちろんです」


 レベッカはミシェルにも懐いている。

 彼女の美しい槍技を好いているからだった。


 「それでは、あなたたちはアン様。サティ様の護衛でお願いします」

 「「はい」」

 

 合流した一行は、敵地を目指す。


 ◇


 王都前に必ずいかねばならないのが、王国側のアージス手前にあるルクセントである。

 ルクセントとビスタは、互いの最前線の都市のために強固な作りになっている。

 壁の囲い込み方などが堅牢な作りであった。

 アンや、ジャンダも感心するほどの作りである。


 馬車から降りて都市内に入った一行。

 フュンは都市の内部から周りを見ていた。


 「ネアルはこれらを僕らに見せてもいいと、判断しているのでしょう。自信があるようだ」

 「ええ、閣下。俺も同じ考えですね。たぶんそうだと思うんですよね」


 レベッカを肩車しているデュランダルは、フュンと会話している最中に頭をポンポンと叩かれる。


 「デュラ」

 「ん? どうしました?」

 「デュラ、あれなに!」

 「ああ、あれは旅人ですよ」


 頭にターバンを巻いた人がいた。


 「なんで、頭。グルグルなの」

 「ああ、あれはあちらの熱い地域から来たんだな。トレント平原から来た旅人だと思いますよ」

 「へぇ。それどこ?」

 「ハスラの前にあるパルシスからシルリア山脈まで続く大平原だな。朝から夕方まで熱い。暑いんじゃなくて熱い。激熱だ」

 「へぇ。そうなんだ」


 物知りな部分があるデュランダルは、レベッカの知の部分の強化に欠かせない人物であった。

 ゼファーやジスターには出来ない。

 年齢に応じた教育を行うことが出来る。


 案内されてから休憩に入った時、ヒスバーンと会話することになった。


 「それで、ヒスバーン殿。僕らはここで休息ですか?」

 「そうですね。ずっと野営続きでしたから。一度宿に泊まってから、体も回復させた方がいいでしょう。宿はすでにこちらで用意をしているので、この都市の高級宿に泊まって頂きたい」

 「ええ。いいですよ。お願いします」

 「はい」


 ネアルへ対する対応の仕方よりもかなり丁寧なヒスバーンは、フュンら一行を案内した。


 ◇


 高級宿の上階に案内されたフュンは、窓から外を眺める。


 「殿下。窓辺は危険では」

 「ええ。大丈夫。レヴィさんが外を回っています」

 「そうですか・・・それにしても殿下」

 「はい?」

 

 ゼファーの方を向いた。


 「そわそわしてますな。もしや・・・」

 「なんでしょう?」

 「この部屋が広すぎて落ち着かないのですな」

 「あ。バレましたか」

 「ええ。殿下は狭い部屋がお好きですからね」

 「そうなんですよね。ここ広いんですよね。レベッカと二人は厳しい。あなたが結婚していないのなら、僕と一緒にここに入って欲しいくらいですよ。昔みたいに一緒に泊まりたいくらいですね」

 

 フュンの苦手な部分が出てきた。

 さすがにここまでは、ヒスバーンでも調べられない。

 役人のトップクラスが接待を受ける宿を用意してしまった事が、逆にフュンには苦痛である。


 「では、ミシェルと共に一緒に泊まりますか? 我はいいのですが」

 「な!? そんなことするわけないでしょ。あなたたちは夫婦ですよ。誰が僕と一緒に寝ましょうなんて言えますか。レヴィさんに来てもらいます」

 「いや、それもなんだか・・・」


 フュンたちが話していると、とある人物が部屋にノックをして入ってくる。


 「フュン様。ならば」

 「あ、サティ様。話が聞こえていたのですね」

 「ええ。ドア前にいましたから」

 「それでなんでしょう?」

 「私どももこちらに泊まりましょうか?」

 「え?」

 「皆で眠ればお部屋が狭くなりますでしょ。それにアンとジャンダには別な場所で一緒にいてもらって・・・」

 「ええ? それは厳しいかと思いますよ。ジャンダは苦しい立場に・・・」

 「いや、それがですね。いい感じらしいです」 

 「え。そうなんですか」

 「はい。今も一緒に買い物に行ってます。楽しんでますよ」

 「そうですかぁ。よかった。じゃあ、いいかな。それじゃあ、サティ様がこちらにきてくれます?」

 「ええ。ジスター殿とデュランダル殿にも来てもらい、私とレヴィさん。そしてフュン様にレベッカでいいでしょう。六人ならばお部屋も狭く感じるでしょ」

 「それはいいかもしれませんね。大人数でいられるなら、この広い部屋はなんとかなりますね」


 広い部屋が嫌だから、全員で泊まることにしたフュン一行。

 なんだか合宿所みたいな豪華な宿になる。

 使い方としては間違っているかもしれないが、これはレベッカにとって、とてもいい経験だった。

 いろいろな人と接するいい機会でもあったのだ。


 なにせ、ルクセントを出立する頃には。


 「サティ。一緒に行く」

 「ええ。そうしますね。レベッカ」


 サティはレベッカの為に手を繋いでくれていた。

 特定人物しか受け入れない性格が緩和されたのである。

 フュンもそれを見て、彼女を連れて来てよかったと思ったのだった。


 そして・・・。


 ◇


 王都ウルタスの隣のババン。その両都市から東の位置に新都市が出来上がっていた。

 新王都リンドーア。

 ネアルが構築した都市で、超巨大な城と城壁を誇る。 

 都市の中に入ってフュンがすぐに気付いた。

 

 『この都市。そうか。前線に兵を送るために、あえてすべての施設を巨大にしているんだな。ここから三都市に兵を送るための都市。実用性を重視している。機能性もか』


 通りを歩くと、頻繁に兵とすれ違う。

 治安維持も兼ねてのトレーニングだと思う。

 ここで規律も学べるから、数のある兵たちにはちょうど良い訓練法なのだと、フュンは歩きながら兵を見ていた。


 「大元帥殿。こちらでは城の方で寝泊まりしてもらいたいのですが、よろしいですか」

 「え? ええ。まあいいのですが。そちらがよろしいのですか? 私たちは帝国の者。簡単に中にいれるのも」

 「いいです。これもネアル王の考えなので」

 「そうですか。わかりました」


 国の中枢に敵を入れる。

 難しい問題なのに、ネアルは簡単に許可をしていたらしい。

 ヒスバーンの表情にも変化もないので、この決定事項に迷いもなかったのであろう。


 フュンらは、寝泊まりする場所などの案内を受けた後。

 休む間もなく玉座の間に招待を受けるのであった。

 ネアルとの五年ぶりの対面は王となる前に行われた。

 王国の英雄が待ち望んだ再会は、変わった形の出会いである。

 

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